奇襲
来人、メユノ、アクラ、そして米軍部隊はヨハネス・グルーバーの転移魔法で、戦場となる村の近くに瞬間移動した。
状況も分からないのに、急に村の中には入らない方が良い、そう判断した為である。
実は転移魔法は、そこも難しいのだそうだ。
転移先がどうなっているのか分からない。
瞬間移動したは良いが、そこが火事になっていて、危地に自ら飛び込む事も有り得る。
だから様子を見る為、少し離れた場所に移動したのだが、それは正解であった。
村では既に戦闘が行われている。
メユノが泣きそうになっている。
ここでメユノを抱きしめてやるような甲斐性がある男なら良いのだが、気が利かないのが来人である。
ヨハネス・グルーバーに促され、メユノの方から来人に縋りつき、声を殺して泣くメユノ。
来人はまた固まってしまったが、いつまでも固まってばかりはいられない。
一般人である彼がここに来た理由、それは偵察や連絡を行う為だ。
「ホークアイ、頼むぞ」
新戦力である始祖鳥を召喚する。
<鷹じゃないのにホークアイとはこれ如何に?>
「余計な事を言ってないで、偵察してくれないか?」
プテラノドンは既にジーザスに見られている。
プテラノドンを見れば、ジーザスは来人が近くに居ると悟り、警戒を強めるだろう。
「プリウス、頼む」
プロトケラトプスを召喚する。
「メユノを乗せて、ロンギノスの陣に向かってくれ。
そして、この手紙を渡して欲しい」
<分かりました……>
相変わらずこの草食恐竜は反応が微妙だ。
乗用車の名前にしない方が良かったかも。
個体名ジムニの方は荒れ地を走りたがるとか、個性が割と強く出ているのに……。
「メユノ、君の故郷を救う為だ。
行ってくれるね」
「分かりました。
頑張ります」
こうしてメユノはプロトケラトプスの上に乗り、ラテン語で書かれた手紙を携えて走って行った。
<兄さん、村に着きましたぜ>
始祖鳥から思念が届く。
「よし、今から感覚共有する。
お前はアホな鳥のふりをしながら、村の中を見回ってくれ」
<アホですな?
アホちゃいまんねん、パーでんねん!
って、誰がパーじゃ?>
「……一人で漫才やってないで、頼めるか?」
<兄さん、これはワイの性分やがな。
まあ、仕事はちゃんとしまっせ>
(大丈夫か?)
どうしてこういう性格になった?
村の中を、状況も分かっていない、見慣れぬアホな鳥が歩いている。
生きているダークエルフたちも、そのように見ていた。
「ありゃ何だ?
変な鳥だ」
「こういう時でなければ、捕まえて調べてみたいのだが……」
ダークエルフがアホを見ているように、始祖鳥の方もダークエルフをしっかり観察していた。
どこにどれだけの生き残りがいるか。
ゴーレムはどこに配置されているか。
その数はどれだけか。
ジーザスはどこに居るのか。
米軍特殊部隊は突入前に、特殊能力者である来人を介して詳細な情報を得たのである。
そのジーザスは、周囲をゴーレムに守らせながら、相変わらずカーリ相手に性欲を(以下略)。
外に声が漏れている。
だがジーザスは油断も隙も無い。
始祖鳥のホークアイが覗き見ようとしたら、既に片手に握られた拳銃が始祖鳥の方を向いていた。
身体はカーリを押し倒していて、こちらの方を見てもいないのに、何者かの視線を感知したのか、銃だけが無意識で向けられていた。
<なんですの?
あの人、シャレにならんわぁ>
「まあ、俺も他人のそういう生々しいのを覗き見る趣味は無いから。
他の所を見て回ってくれ」
<ホンマですかい?
兄さん、そういうのに興味が全く無いんですか?
そういう人って、実はむっつりスケベと相場が決まってるんですが>
「いいから、さっさと仕事しろ!!」
本当に、あの始祖鳥はどうしてこんな性格なんだろう。
一方、メユノを乗せたプリウスはロンギノスの陣に辿り着いた。
「待て!
あの女、見覚えがある。
通せ」
接近する謎の生物に、ローマ軍団は防御陣を取っていたのだが、指揮官の指令で解除された。
「確か、ライトとかいう平たい顔族の仲間であったな。
ダークエルフか。
あの村の者か?」
「そうだ。
覚えていて貰えて有り難い。
ライト様より手紙を預かって来た」
ロンギノスはその手紙を読む。
「……一体誰がこんな変な手紙の書き方を教えた?
文法がよく分からん。
大体言いたい事は分かったが、もっと勉強しろと伝えろ」
無理もない。
ラテン語なんて使える人間は少ない。
更に、古代ローマ時代のラテン語なんて使用者は皆無だ。
言わば
『拙者たち、貴方と援軍へ来たのでござるよ』
といった感じであり、読んでいてさぞ頭がクラクラした事だろう。
意味が通じるだけマシだ。
「それで、その物は用意出来るか?」
「他愛もない。
しかし、あの男はローマより二千年後の世界から来たと言っていたが、
二千年経ってもこのような手段でしか伝令が出来ないとは不思議なものだ」
無線機を使っても意味が無いだけだ。
直接思念を伝達し合えないと、この世界では言語はただの音声に過ぎない。
日本語の来人と英語の米兵、ラテン語のロンギノスにダークエルフ語のメユノが全く違う言語体系の中、遺漏無く意思疎通出来ているのは、魔素により思念伝達によるものが大きい。
だから長距離で無線を使っても、ただの雑音しか聞こえない。
下手くそでも手紙を書き、その手紙に書かれた方法で連携を取るのが最良であろう。
夕暮れ時、潜伏させていた始祖鳥から、カーリが食事を作り始めたという報告が入る。
ジーザスの性格から、食欲を満たせば次は性欲だ。
この間が、何だかんだで一番油断している瞬間になる。
来人は始祖鳥のホークアイからその情報を得ると、ロンギノスの陣に居るプリウスに思念を送る。
<おじょーさん>
「うわ、ビックリした。
ライト様からの連絡?」
<そうだ。
時間だ>
メユノからロンギノスに、ジーザスに油断が生じたという事が伝わる。
ロンギノスは死霊軍団を動かす。
気づかれないよう密かに兵を展開させていく。
同時に米軍もじりじりと村に迫っていく。
そして同時攻撃のタイミングを待つ。
「よし、狼煙を上げろ」
死霊兵にロンギノスが命じた。
その煙の信号により、米軍が村に進入する。
まだこの時点ではジーザスへの攻撃はしない。
人質、もしくは殺害対象となっている村人を救う為の配置に着く。
この時点で、油断して女を抱こうとしていたジーザスが、異常な気配を感じ取ってその手を止めた。
そこにすかさずロンギノスの死霊ローマ軍が攻撃をかける。
「俺の楽しい時間を妨害しやがって!
まあ良い。
戦いもまた俺の血を滾らせる。
殺しても死なないなら、何度でも殺してやるぜ!
ギャハハハハ!」
ジーザスの注意がロンギノスの方に向いた。
『よし、やれ!』
ハンドサインを見た米軍人たちは、村人を解放し、村の外に逃がす。
更に警備のゴーレムをロケット砲で爆破する。
「何だと?
いつの間に進入しやがった?」
ジーザスが驚く。
護衛の大型ゴーレムが村の中の侵入者に重機関銃を向けた。
だがそいつも爆発して機能停止する。
オーガーのアクラがロケット砲を撃ったのだ。
「このデカブツが!」
ジーザスが発砲。
アクラに命中し、さしものオーガーも負傷して倒れる。
だがジーザスはとどめを刺せない。
住民の避難誘導を終えた米軍が撃って来たのだ。
「いけよ泥人形!」
まだ残っているゴーレムを米軍に向ける。
弾薬に限りがある地球側兵士と違い、ジーザス側には弾薬の限界は無い。
ロケット砲は1発使い捨てである。
無限に補充されるロケット砲ゴーレムなんて反則も良いところだ。
このロケット砲ゴーレムは、背後からの攻撃で破壊された。
ロンギノスの陣に居たメユノが、突撃して来たのである。
「プリウス!
私と一緒にあいつらを蹴散らして!」
<んー……。
そんな命令聞いてないなあ>
「お願い!
お願い!
お願い!!!!」
その思念の強さに反応したのか、プリウスが応えた。
<分かった。
危ないと思ったら急ブレーキかけてね>
「ブレーキって、どこに在るの?」
<いくぞ!>
こうしてプリウスミサイルと化した草食恐竜は、突進して米軍を攻撃しているゴーレムに背後から衝突、見事に粉砕した。
「仲間の仇!」
衝突前にプリウスから飛び降りたメユノが、自身の弓で毒矢を放つ。
本来、恐ろしい反射神経と強化された身体能力で、矢に等当たらないのだが、メユノは風魔法を使って矢を誘導させられる。
腕に突き刺さる。
すかさず
「我、薬と毒の理に干渉す。
その効力を変え、肉を腐らす……」
と詠唱を始め、猛毒に変える事でジーザスを殺そうとする。
だが……
「我、薬と毒の理に干渉す。
命を奪う力を、治す力へと転ず……」
そう別の詠唱が聞こえ、毒変換魔法を中和する。
「あなた、カーリ!」
「おら、お姉さま、お久しぶりですね」
「詠唱を止めなさい!
その者は私たちの村を滅茶苦茶にしたのですよ」
「違いますよ。
お姉さま、勘が鈍くなりましたね」
「は?」
「やはり、関わる異世界人の差なのでしょうね。
そんな愚鈍なお姉さま、見たくはありませんでしたわ」
「まさか、あんたが?」
「そう。
今気づいた?
私が彼をここに連れて来たのよ」
「一体どうして?
ここは貴女の故郷でもあるでしょう?」
「ここはお姉さまたちの故郷で、私には何の価値も無いの。
本当に鈍くなりましたね」
「貴女……一体何を?」
「フフフ……。
皆さん、おバカですねえ。
私は敵だというのに、私がここに居ると攻撃して来なくなった。
この見た目に騙されてるんですねえ。
まあ、分かっていましたよ。
精々これを思い切り利用させて貰います。
ジーザス様、さあ、お早く」
「ふん、裏切らねえのは有り難え。
おら!
俺に手を出したら、こいつの頭が吹き飛ぶぞ」
「ああ、いいわぁ。
その野性、蛮性、私ぞっこんだわぁ……」
「カーリ……貴女……」
「じゃあ、この場は去らせて貰うぜ。
地獄で会おうぜ、ベイビー」
飛行型ゴーレムを呼び寄せると、ジーザスとカーリは飛び去っていった。
「カーリ……貴女、やはり欲に負けてしまったのね……」
ダークエルフは、あらゆる欲を幼い頃から経験する。
それで成長したと共に、世間を斜に構えて見られる程に、耐性を付けるのだ。
だがカーリはその耐性が弱かった。
それをジーザスに引き渡す前から危惧していたのだ。
一抹の不安程度のものだったが、これが最悪の形になって発現してしまったようだ。
男を手玉に取れるメユノが、一向に来人を篭絡出来ない。
だからちょっと不慣れな方が、異世界人向きかとインゲ族長は考えたのだった。
その選択が、最悪の答えとなって彼の身に跳ね返ったのである。
「だけど、あそこまで邪心に満ち溢れるなんて、貴女に一体何が有ったの?」
メユノは妹分がああなった事に心を痛め、立ち尽くしていた。
おまけ:
自分、どっかトチ狂ったキャラが好きっぽい。
話が回しやすい。




