ギルド本部での会合
来人が首都に在るギルド本部に漸く招待されたのは、ジャクオー師の元から戻って、更に10日も後の事であった。
帰って来てから、通常の魔法アイテムも購入している。
購入は主に金属製品との物々交換となった。
来人は日米の異世界調査機関から
「通貨が無い世界では取引の際に通貨代わりになるだろう」
と絹や木綿の反物、羊毛を持たされていたが
「質は良いが魔素が全く無いから、役に立たない」
と使えなかった。
魔素が無くても便利な金属製品でないと、異世界では何の価値も無いようだ。
さて、ギルド本部に招待された来人は、メユノを伴って会議室に入る。
すねられても面倒なので、ギルドの建物まではユハも連れて来たが、会議になると分かった途端に
「私はここで待ってる!
お姉さん、ジュースちょうだい」
と応接の間から出ない事を選択した。
ギルドの職員は、本来ペットか奴隷の有翼人に使われるのに嫌な表情をしたが、異世界の客人の連れという事もあってきちんと応接する事にしたようだ。
会議室に入り、来人は参列者を見渡す。
浅黒い肌に銀色の髪と、特徴的な長耳、ダークエルフ族がいる。
小柄で強いヒゲ、凄まじい筋肉質の体躯、ドワーフ族がいる。
ウロコに覆われた肌に、縦に割れた瞳孔、蜥蜴人族がいる。
モフモフの毛に覆われた犬の頭に人の身体、狼人族がいる。
有翼人と似ているが、独立した翼でなく腕も兼ねた翼を持つ翼腕人族がいる。
アメリカ映画でお馴染みの宇宙の運び屋の相棒のような毛人族がいる。
無毛に巨躯、おそらくはトロールとみられる者もいる。
そんな中、見慣れた、ほとんど特徴が無い者がいる。
(あれがこの世界のヒト種だな)
「呼んでおいて長く待たせて済まない。
我々の中でも方針が纏まらなかったのでね」
リザードマンが声を掛けて来た。
「私が総ギルドマスターのエルルイだ。
異世界のライト殿ですな」
引き続きギルドの者たちが自己紹介する。
物資の調達や道具の製作等を統括するのはドワーフのサナレという男。
ギルド所属の冒険者や工房との取引を統括するのはダークエルフのマシフという老婆。
害獣駆除の依頼を管轄するのがワーウルフとか、戦闘・傭兵関係はトロールとか、種族の長所によって長が決まっているようである。
ヒト種は学術調査と事務仕事を行っている。
学術調査担当は、如何にも無欲そうな老人であったが、書記を行っているヒト種のアウグストという壮年の男性が曲者っぽかった。
総ギルドマスターのエルルイに
「そろそろ話を進めて頂いてよろしいでしょうか」
等と指示を出していた。
「済まんな。
見ての通り私は順繰りで総マスターになっただけで、まだ慣れていなくてね」
そう言って笑うリザードマンと、ヒト種を見比べて
(どこの世界でも幹事長とか書記長とかが実質的な権限を持ってしまうのだな。
役職としてはトップでは無いが、トップは権力独占を防ぐ為に任期を設けて交代制とする。
そして一見端役の書記には任期が無く、長期に渡って事実上のリーダーとして居続ける)
ギルドで議論となっていたのは、彼等から見ての異世界「地球」がどのような社会か不明だった為、方針そのものをどうするかという事であった。
異世界人は優れた技術や、新しい社会の在り方をもたらす。
変化を受け容れる、そこまでは良い。
しかし、それは異世界人が1人で来た場合だ。
もうその者は、元居た世界とは切り離された存在だ。
不死身であろうが、社会を遠隔操作しようが、まだ許容範囲である。
しかし異世界人が組織でやって来た時は?
最初に感じたのが
「この世界が乗っ取られるのではないか?」
という恐怖であった。
これは理屈ではない。
本能的、直感的なものである。
こういう感情は、地球の日本という国にもかつてあった。
出島で制限された中で異人と付き合う分には良い。
しかし、国と国として付き合いを開始するとなれば、まず不安が先に来た。
相手がどのような連中なのか、文献でしか知らない。
さらに「仲良くしましょう」だけならまだ良いが、「交易をしましょう」「出張所を互いに作りましょう」と畳み掛けられ、反発が大きくなってしまった。
意外にも、強く反発をしたのは無知な者ではなく、知っている者たちであった。
それは彼我の力関係を理解しているから、「迂闊な付き合い方をすると、乗っ取られる」と感じたのである。
無知なるものは、反発ではなく、ただただ恐れ、嫌がった。
「相手がこちらより優れているからこそ、支配されてしまう」
この恐怖はやがて
「どうせ断る事も出来ない。
だったら積極的に国を開いて、相手の優れたものを取り入れよう」
という開国派と
「敵わずとも戦って、追い返すのだ。
決して従わないと見れば、相手だって諦める筈だ」
という攘夷派に分かれる。
異世界でも似たような感じになり掛けた。
対立を解消する為に、来人と接した者に色々と尋ねてみる。
やがて、この世界に来ている異世界人は2人しか居ない事や、その出現地点が遥か南方の、危険な魔獣が棲む大地である事、影響力が限定的である事が知れる。
ギルドの構成員たちは安堵する。
しかし、一度生まれた開国派と攘夷派の対立は、形を変えて継続される。
「限定的であるならば、異世界の進んだ文明を取り入れれば良い。
我々は今までも、そうやって国を発展させて来た。
ギルドとしては、異世界からの申し入れに乗るべきである」
こういう意見に対し、
「限定的といっても、今までのただ1人だけ住み着くものより遥かに影響力は大きい。
確かに大挙して移住はして来ないのだろう。
しかし、彼等が欲しいのは魔石や鉱物等だろう?
その取引を仲介出来ている内は良いが、その内に直接取引をするものが現れる。
そうして異世界と利害関係を持った者たちが、異世界の力を背景に反乱を起こさないだろうか?
やがてギルドや今ある国ではなく、異世界の出張所を頂点する社会が作られかねない。
それは利害関係がある者だけを優遇し、多くの者は不幸にされかねないぞ」
そう反対する者も出ている。
後者の意見は、実は彼等がギルドや国の外に居る者に対して行っている事なのだ。
多くの都市連合で「国」が出来ている。
その国が直接支配する地域は限定的だ。
その外には多数の種族が住んでいる。
それらの種族への対応が「分割し、統治せよ」というものであった。
これはこの国の建国者・ロンギノスから教わった事である。
利害関係を持った者を優遇し、構成員ではなくても味方として取り込み、その者に力を与えて周辺を支配させる。
人は、自分を基準にしてしか他人を判断出来ない。
他人は時に、自らを写す鏡となる。
ギルドの首脳部は、自らのやり方を適用される事を想像し、恐怖した。
こうして意見が割れ、方針も決まらないまま長引いていたのだが、流石にアウグスト書記が
「余りにも長く客人を待たせ過ぎですぞ。
怒らせたらどうするのですか?」
とせっついて、漸く会談の運びとなった。
要は、まだ方針が定まっていない中、とりあえず話をしてみようという事であった。
以上の詳細を総マスターが話したわけではない。
彼はただ「方針が纏まらなかったから、呼ぶのが遅れた」とだけ話した。
事情を知らない来人は、まあそんなものだろうと達観していた。
彼は高校では世界史を選択した為、日本史は通り一辺倒な知識しか無い。
それでも開国を巡っての日本史のゴタゴタは大体漫画で読んで知っていた。
何となくそうだったんだろうな、と当てずっぽうながら、ほぼ正解に辿り着いていたのである。
来人は地球の外交官のような役回りだった。
ただ「ヘキサポーダ大陸にギルドの出張所を置いて、冒険者への依頼の仲介をして欲しい」という伝言を預かっただけなのに、面倒な事になったものである。
彼はあくまでも伝言者に過ぎない。
聞かれても分からない事には答えられない。
積極的にギルドの連中を説得する義務は無く、猛烈なアピールを予測していたギルドの首脳部からしたら拍子抜けする感じである。
ただ、出張所が無いと面倒なのも確かである。
一々適応者である来人が、この地までやって来て、ギルドに面会を申し出て契約をする。
契約した物品を直接運んで来て、引き渡さなければならない。
来人としてはそれが大変であると伝えた。
地球側の利害を代弁はしない。
ただ自分の都合についてのみ話す。
聞かれた事には答えるが、如何にも「お宅様にも有益ですよ」なんて説得は一切しない。
怠惰なのではなく、自分の言質が地球の意見となってしまう事を避けたのだ。
それが何だかんだで、会合を長引かせてもいる。
やがて話は、地球という異世界についての情報収集に移った。
来人は、ここでも説明を避ける。
「地球の住人である俺が話せば、話を大袈裟にしているとか、良く見せようとか思われるのではないでしょうか。
このメユノは、この地の住人でありながら、初めて地球を旅した者です。
俺は席を外すから、メユノから話を聞いた方が良いと思いますが、どうでしょうか」
ギルドの者たちは驚いてざわついている。
誰もが、ここぞとばかり地球とやらの素晴らしさを力説するものだと考え、身構えていたのだ。
それが第三者に説明を任せるという。
肩透かしを食らった感じであろう。
驚いていたのはメユノもである。
「ラ……ライト様。
私はどのように話せば良いのですか?」
そう聞いて来た。
「見て来た通り、感じたままを話せば良いと思うよ」
「いや、そうではなくて……」
そう言うと小声になる。
「私は、ライト様に代わって地球の進んだ文明を説明し、興味を持つように仕向けるのですか?」
「いやいや、本当に見て感じたそのままを話して欲しい。
俺は伝言を頼まれただけ。
交渉して来いとは言われたが、無理に纏める気は無いよ。
まして、力を使って強要する気も、文明の優位さで誘惑する気も無い。
決めるのはこの世界の人たちなんだ。
だから、この世界の住人として、見て来たものを伝えたらそれで良い。
それが良い。
そうして欲しい」
そう伝えた。
メユノは段々と、篭絡したかった異世界の男について理解して来た。
(この人は、物質的な欲は薄いんだ。
この世界を支配したいとか、そういう欲は無いし、そういう欲に加担する気も無い。
この人の属する日本という国も、似た感じがある。
欲しい物は、奪えば良い。
それなのに、馬鹿正直に取引をしたいなんて言っていた。
そういう国の、こういう人なんだ)
欲というものを一通り経験し、若くして達観の境地に達するダークエルフからしたら、凄く愚かしく見える。
今までなら、そう思って内心馬鹿にしていただろう。
だが、今のメユノはこういう緩さが何か心地良い。
彼女は密かに、日本の為に、来人の為に、見て来たものを正しく伝えた上で、来人の世界に好意を持って貰おうよう話そう、そう誓っていた。
なお、来人の態度は彼の独断や怠惰ではない。
異世界調査部門の方針である。
本職の外交官でない来人に、交渉の全責任を負わせる程、この部門はブラックではなかった。
営業とは、最初は名刺を渡すだけ、2回目に挨拶をし、3回目は雑談、4回目に相手の要望を聞き、5回目に本題に入る、そんなものである。
最初は手紙だけ渡して、捨てられなかったらそれで良かったのだ。
だから来人も、最初から積極的に交渉を進めようと焦ってなんかいない。
ダメならダメという返事と、その時の様子を伝えれば、後方で次の出方について協議するだけだ。
という感じなのだが、メユノは今回である程度の成果を残すべく張り切ってプレゼンテーションに挑むのであった。




