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旅立ち

 旅立ちの朝が来た。

 村の者たちは、やはり恐れた感じでユハに近づこうとしない。

 ただ1人、女性の有翼人が恐る恐るやって来た。

「ママ!」

 それはユハの母親であった。

 名は無い。

 よって自我も無いが、感情は何となく分かる。

 子を慈しむ気持ち、子が得体の知れないモノに変わった恐怖、別れを辛いと思う心、それらが消化し切れずに何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

「ママ!」

 ユハが駆け寄り、母親を抱きしめる。

 有翼人にはそういう風習が無いのか、ちょっと混乱しているようだ。

 だがすぐに切り替えたのか、翼と腕でユハを護るように包み込んだ。

 きっと子供の有翼人は、母親がそうやって包み込んで護っていたのだろう。

 ユハもその母も目から涙が流れているのが見える。

 知らなかったとはいえ、あの時はやむを得なかったとはいえ、母娘を引き離すきっかけを作ってしまい来人の心が痛んだ。


 だが、涙の別れの後、ユハはさっきの事など無かったように明るく振舞う。

(無理しているのかな?)

 そう思ったりしたが、ユハは違うと答える。

「以前だったら村から出て行かないとダメってなったら生きていけなかった。

 でも今は、外の世界を色々見られるのが楽しみだよ。

 ママとはもう会えないわけじゃないし」

「え?

 でも村を追放されたから、もう帰れないんじゃないのか?」

「うん、村には帰れない。

 でもママは生きているから、村の外で会える」

 ふと「生きているから」という言葉が気になった。

「なあ、ユハ。

 村で君のママは見たけど、パパはどうしたんだ?

 ああいう場面で出て来ないのか?」

「パパはね、死んだよ」

 あっけらかんとした答えに、へーと聞き流すところであった。

「死んだ?」

「うん。

 グリフォンに食べられちゃった」

「……なんていうか、ごめん」

「え?

 え?

 なんで謝るの?」

「いや、悲しい事を思い出させたなあって」

「うん、死んだ時は悲しかったけど、そういうものだってなったよ。

 パパが食べられなかったら、他の誰かが代わりに食べられたわけだし。

 そんなものだって思うだけだよ」

「悔しくないの?

 自分が強かったら、グリフォンを追い返せたのに、とか」

「うーーーん……」

 ユハは考え込む。

「今の私なら悔しいって思う。

 あの時はそう思わなかった。

 仕方ないって。

 だって、グリフォンとかドラゴンとか、どうやったって勝てないから」

「でも君は、ドラゴンに襲われていた時、助けてって叫んでたよね。

 今聞いた死生観だと、喰われても仕方ないとか思わないの?」

「えー、思わないよ。

 だって自分の事だもん。

 流石に死んでもいいって思う人は、自我が無い人たちにもいないよぉ」

 そう言ってケラケラ笑った。


「ところで、グリフォンとかドラゴンって、君たちみたいな魔合成は出来ないの?」

「どうしてそんな事を聞くの?」

「いや、魔合成が出来るのなら、人を襲って食べなくても良いんじゃないかって思ったから」

「ん~~~~」

 しばし考え込むユハ。

「あいつらが魔合成出来るかなんて、考えた事無かったなあ。

 でも、私たちを食べる理由は分かるよ」

「教えてもらえるかな」

「うん。

 自分で魔合成するより、魔合成して魔素と生命エネルギーを蓄えた動物を食べた方が、身体が大きい動物だと楽だからだよ」

 なるほど、この世界において有翼人は「万物の霊長」なんかではなく、食物連鎖の中位から下位に位置する生物のようだ。

 自我が無い時点では、それを自然なものとして受け容れている。

 逆に、自我を持ってしまったら大変だ。

 徒党を組んで、その秩序を覆してしまうだろう。

 思えば地球の人類がそうだ。

 決して生態系の強者ではなかった、虚弱な猿。

 それが知恵を手に入れ、武器を開発した時、生態系のヒエラルキーは覆された。

(自我を持たせないというのは、そういう意味もあるのかな?)

 ふとそんな事を考えていると、ユハが袖を引いて来る。


「どうした?」

「族長から貰った刀がカタカタ鳴っているよ」

「え?

 確か、族長はその刀は小さい邪は寄せ付けない。

 大きい邪が近づいて来たらカタカタ鳴って知らせるって言ってたよね」

「そうだよ。

 何かが近づいて来てるみたい」

 この世界、電子機器は高度な程役に立たない。

 レーダーなんてのも、使えなかったのは実証済みだ。

 この何者かの接近を知らせる小刀は、案外ありがたいアイテムかもしれないな。

 とりあえず、またガイ、オルガ、アッシュを召喚する。

<旦那、先日はガイに酒を飲ませたそうですね>

<俺たちにも下さいよ、マスター>

<てな感じなんで、こいつらにも不味い酒でも振舞ってやってくれねえか。

 俺にはいつものマッカランをな>

「分かった、分かった。

 酒をやるから、まずは何者か知らんが、接近して来るやつが襲って来たら戦ってくれ」


 3頭のユタラプトルは防御陣形を取る。

 攻撃時は一直線に並んで相手の視覚を惑わす陣形を好むが、防御時は全方位を見渡すように3頭それぞれ外側を向いて同心円状に立つ。

「あ、グリフォンだ!」

 ユハが視認した。

 よりによって、さっき話していたユハの父親の仇なのか。

 まあ、喰った個体かどうかは分からないし、多分違うのだろうが。

「噂をすれば影が差すって事だな」

「え? 何?」

「俺たちがグリフォン、グリフォンって話していたから、本当にグリフォンがやって来ちゃったなって」

「そんな事あるわけないでしょ」

 う~ん……、ことわざとか故事成語の類はこっちの世界には存在しないのかな。

 凄く真面目に返されてしまった。


 そうこう言っている間に、グリフォンが見え……

 電撃を放って来た!


「遠距離から撃って来た」

「そういうやつだよ」

「もっと早く言ってくれないか」

 電撃は火炎放射よりも瞬時に届く。

 威力はそれ程でもないようだが、被弾した恐竜たちが嫌がっていた。

 そしてグリフォンはドラゴンよりも速い。

 電撃を撃ちながら、こちらの上を通過していった。


 グリフォン??

 あれはマンティコア?

 獅子とはちょっと違うし、狼にも似てるけど、要するに翼を持った肉食哺乳類って感じだ。

 だが、今はそれについて詳しく考えても仕方ない。

 グリフォンは恐竜よりも俺たち、いやユハの方に狙いを定めたようだ。

 真っすぐこちらに向かって来る。

 ユハも、進化して得た攻撃力「雷撃」を放つ。

 だがグリフォンには効かないようだ。

「やっぱりダメか」

 何がダメかは後で聞く。

 まずは回避だ!!


 だがダメだった。

 正確には、すれ違いざまの爪の一撃こそ避けられたが、通過時の電撃を浴びてしまった。

 火炎が狙った場所に放つから回避可能なのに対し、電撃は電位差のあるモノがどこに逃げてもそちらに向かって放たれてしまう。

 狙う必要はない、電流が勝手にそちらに流れるのだ。

 自分ですら凄く痛くて、心臓が止まるかのような感覚に捕らわれる。

 ユハは?


 あれ? キョトンとしている。


「何ともない」

 見ると、手に持っている小刀が放電している。

 そう言えばこれをくれた時に族長が

『お前の雷撃を纏わせて、魔獣にぶつけてやる事が出来る』

 と言っていたな。


 すれ違って一旦遠くに去ったグリフォンが、旋回を終えて再度襲って来た。

「ユハ、その刀をあいつに投げるんだ!」

 何が何だか分からず、逃げようともしないユハに向かって来人が叫んだ。

 もうグリフォンが爪を立ててこちらに向かって来ている。

 次の電撃で、来人は気を失うかもしれない。

 ボーっと突っ立っているユハに駆け寄り、刀を奪うとグリフォン向けて投げる。

 グリフォンはそれを避けて来人たちへの直撃コースから逸れた。

 だが、グリフォン自身の電撃を吸収したアイテムの「退魔の小剣」が、グリフォンに向かって追尾していく。

 グリフォンは電撃を放ち続けるが、小刀はそれを吸収し更に禍々しい色に光っていた。

 そしてグリフォンに突き刺さる。


 何とも表現し難い断末魔の叫びを上げて墜落するグリフォン。

 内部から焼かれたんだろうな。

 目や口から煙が出ていたし、香ばしい匂いが漂う。


<なあ、喰っていいか?>

「お前ら、今回は役に立たなかったな……。

 まあいいや。

 食え、食え」

 死骸処理は恐竜たちに任せる。


「ユハ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。

 やっぱりグリフォンは怖いね」

 グリフォンは電気属性、有翼人も電気系の護身魔法を使うから、相性としては最悪のようだ。

 ドラゴンは電撃の当たり所が良ければ怯んで動きが止まるから、その間に逃げられる。

 だがグリフォンは、その体毛が電気を弾く上に、自身が電気属性だから電気には耐性がある。

 流石にアイテムによって、自分自身の電流を増幅され、それを表面からでなく内部から流されたら如何なる生物でも溜まったものではない。

 それでグリフォンは倒されたという事だ。

 普段なら、ドラゴン以上の有翼人の天敵であり、被害もグリフォンによるものが多いとの事だった。


「なるほど。

 でもまずはその刀の使い方を学ぼうか。

 それを使えたら、グリフォンに黙って食べられる事もなくなるだろうし」

 雷撃を使えるユハが、この刀を使いこなせたら強力な戦力になる。

 さっき見たところ、刀を鞘からも抜かず、逆手で持ったまま棒立ちになっていた。

 今まで武器なんて使った事がなかったのだろう。

 

 それと来人も練習したい事があった。

 族長が言っていた精神が駄々洩れになって周囲に不快感を与えているという事。

 魔法を使えるものは、精神に指向性を持たせたり、放出しないようにしているそうだ。

 これが出来ないと、どの村に行っても避けられてしまう。

「ユハ、この辺りにちょっと頭が良くて、魔法に詳しい……」

 そう言いかけた時に、アッシュの思念が割り込んで来た。


<旦那、このグリフォンとやらの肉を食っていて思ったんですがね、どうも俺たちさっきのビリビリ来る攻撃に次は耐えられそうでさ>

 それを今伝える事か? と言いかけると、ユハがこれに応答する。

「そうかも。

 食べた相手の魔素を取り込んで、耐性とか属性を貰うみたいだよ。

 ドラゴンとかグリフォンとかああいうのは、それもあって襲って来るんだよ」

<やっぱりそうか>

「やっぱり?

 アッシュ、何か言いたい事があるのか?」

<ああ、もうオルガが警戒に当たっているけどな。

 匂いに釣られて何かが向かって来ている。

 エサを食いたいってだけじゃない。

 なんか、グリフォンの肉とか食ったら強くなれる、なんて感情が伝わって来てるぜ>


 捕食にはそういう意味があったようだ。

 地球でも、河豚は元々無毒だが、毒を持つ植物プランクトンを取り込んで猛毒の魚になる。

 そんなものだ。

 そして、電気属性で滅多に倒される事なんてない捕食者の上の方に君臨するグリフォン、その肉を食らうべく何者かが迫っているようだった。

補足説明:

コミュニケーションとして、意思や思考の篭った音声や念が発せられると、受信側は無意識で、その人の精神に合った口調に変換されます。

なので、知らない言語に変換されたり、知覚していない単語になる事もありません。

恐竜たちは、音声だけなら

グァッグァッグァッ!

フゴッフゴッフゴッ!

でしかなく、録音を聞いてもそう聞こえるだけです。

同様にユハの言葉も、録音からだとさっぱり分かりません。

そもそも語法がある言語なのかどうかも……。

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