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ダークエルフだって女の子だもん

(これは……ユハやマイハが欲しがるのも理解出来る!)

 周囲の日本人とは言葉が通じないから、来人のエスコートで店舗に連れて来られたメユノだったが、既にその前からファッション店が並ぶ中、見る物見る物珍しく、驚きの連続であった。

 何よりも、カタログで見た服と違い、マネキンに着せられた服は、合理主義者のダークエルフの心をも揺さぶる。

 華やかなのだ。

 艶やかなのだ。

 カッコいいのだ。

 一見すると、大きな帽子なんて意味が無い。

 日よけ効果以上に、目立つから敵の目を引くし、あんなに大きいと風で飛ばされると考える。

 しかし、実際に白いコートと組み合わされた大きな帽子は、異世界人から見ても「美」を感じるものであった。

(これがマイハの手袋か……)

 人間の手と違い、マイハの手は鳥の足のようになっている。

 機械操作において、尖った爪が邪魔になる為、マイハは手袋をしている。

 普段は作業用の皮手袋をしているが、オシャレをしたい気分の時は、黒いファッション手袋をはめていた。

 普段使いのは理解出来るが、あの役に立ちそうもない手袋に意味は有るのか?

 わざわざ違う手袋を使うとか、何を無駄な事をしているんだ?、とメユノは感じていたのだ。

 しかし、実際に地球を訪ねてみると、マイハの気持ちも理解出来る。

 来人の旅は4ヶ月にも渡っていた為、地球に帰って来た時にはもうクリスマスであった。

 クリスマス商戦中の女性ファッション店には、手袋も多数並んでいる。

 寒い中、手袋は確かに有用だ。

 その上で、ただ温かいだけのゴツいスキー用手袋も良いが、手元を綺麗に見せる手袋も、着こなしとセットで美しく見える。


「メユノ、そこじゃないぞ。

 君が言っていた店は隣だぞ」

 朴念仁な地球人が声を掛けて来る。

 もっと見ていたいのに……察してよ!

 自分の普段の態度は棚の上に置いて、そう感じたメユノであった。


「彼女、外国人なので日本語話せないんですが、適当に合う服を紹介……

 え? 違う?

 自分のじゃない?

 ユハの?

 あいつ……。

 あ、すみません店員さん。

 欲しい服聞きますんで、案内してあげて下さい」

 女性の服選びに、付き合う気が全く無い来人。

 だからモテないのだろう。


 ユハの好みは、姫系ゆるふわ、ぶりっ子系である。

 アイドルの衣装なんてのも大好きだ。

 一方、マイハの好みはゴスロリ。

 黒系が好きで、レースのような薄い服地も好む。

 ただ露出は嫌いで、長い裾のスカートを履くと、脛から先の鳥の足部分も見えなくなるから、美貌と相まってドキっとしてしまう。

 これは来人だけでなく、異世界に交代で来る調査員たちも同意見であった。

 普段の活動中に見せている、鳥の足のような手足は、やはり萎えるようだ。

 手袋と長スカートは、地球人の男性に媚びる気こそ無いようだが、自然に彼等を虜にするキラーアイテムとなっていた。


「で、お土産は買ったようだけど、メユノの欲しいのは無いのか?」

 その質問に、メユノはハッとする。

「私の欲しいの?」

「折角ファッションが見られる場所に居るんだし、自分のも買って行ったら?」

「そんな……。

 私、考えた事も無かった」

「あ、そう。

 じゃあ買い物も終わったし、帰るか?」

「有ります、有ります!

 欲しいのいっぱい有ります!」

 と反射的に言ってみたものの、自分の好みが何かも分かっていない。

 ダークエルフは、浅黒い肌と銀髪、そして目立つ耳という容貌だ。

 そこで地球上ではスカーフを巻いて貰い、中東の方(中東とは言っていない)からの旅行者という設定にした。

 ここに来る服装も、それに合わせたものにしてある。

 そうでないと、ずっと砂の民のローブを纏い続けていて、異世界では兎も角、日本では浮く事間違い無しだったのだ。

 ファッションについて、明確な好みというものは無い。

 考えた事も無かった。

「ちょっと見て歩きます」

 そう言って、ショッピングセンターの中を歩き回る事にした。


 メユノが全く地球の言語を話せない以上、通訳兼保護者の来人が一緒に回らざるを得ないのだが。


 メユノは宝石、装飾品には興味を示す。

 それは財貨だからだ。

 通貨が無い異世界では、宝石は富の象徴である。

 過度な高値が付かないよう、ロンギノスの軛で制限が掛けられているが、それでも高額なものに違いは無い。


 メユノは刃物に興味を持った。

 それは武器だからである。

 異世界の刃物は凄いものだ。

 これで料理の為の食材を切るとかいうのだから、驚いてしまう。

 これは武器に使える鋭さであろうに。


 メユノは靴に興味を抱いた。

 重そうではあるが、サンダルや厚手の布を巻いたものと違い、砂漠の移動では楽そうだ。

 ここに来る時も靴を履かされたが、足の裏に掛かる負担が随分軽くなった。

 岩場を登る際は素足の方が良いが、道を歩くなら靴を履いた方が良いだろう。

 靴を興味深そうに見ているメユノに、来人は試着をしてみたらと提案する。

 なお見ているものも、薦めているものも運動靴であり、パンプスとかハイヒールを薦めないのが来人の女性慣れを全くしていない部分であろう。

「軽い」

 メユノは驚く。

 異世界に行ったり来たりする調査員の履く、ゴツイ作業靴と違い、運動靴は随分と軽く感じた。

 店側の営業トークを聞き流しながら、一番軽くて使いやすそうなものを、メユノは来人にねだった。

「1足だけでなく、何足か買って行ったら?」

「そ、そうですね。

 持っていけば、高く売れるかも」

「へ?

 君が履くんだよ。

 どうせ運動靴なんて履き潰すものだし」

「こんな高価なものを、履き潰す?」

 ダークエルフは、どうせ足に巻いている布など、すぐに擦り切れてボロボロになるのだから、安くて汚いものを使う。

 サンダルという「工芸品」は、人前で格好を付ける時だけ履くものだ。

 そう考えているから、靴というものを履き潰すなんて発想が無かった。

(この世界は、ちょっとした部分でも遥かに豊かな世界なのだ)

 アイデンティティを強烈に揺さぶられるメユノ。


 彼女はダークエルフの生き方を疑った事は無かった。

 森の精霊(ハイ)エルフや、高山や北の海辺の雪が降る辺りに住むホワイトエルフ、人里と山林の境界辺りで社会生活をする低地(ロー)エルフなんていうのは、天敵が居ないのを良い事に、欲も無くただ自然の為すがままに生きる愚か者たちだ。

 岩場や洞窟に住むダークエルフと、砂漠に住むサンドエルフは、他種族と共生したり、時に競い合う道を選んだ。

 自分たちの技術を磨き、愚か者を出し抜いたりして、種族の繁栄を図る。

 貞操というものも無い。

 相手の欲望とは付け入るものだから、自分もその欲望が何なのかを知らねばならない。

 若い内にあらゆる欲に塗れ、長じた時にはスレて物事を達観出来るようになっておく。

 富というものは、使う為にある。

 いざという時の為に、宝飾品として身に着けて持ち歩く。

 一方で、衣服や足を守るもの等は、ボロボロになるものだから、最初からボロボロでも良い。

 破れたらそれを直して、ボロ布が繊維の切れ端になるまで使い続ける。

 そんな節約や職業をして、荒れ地の貧しい生活を豊かにしようと考えていた。

 豊かとは、必要な時に必要な物が有る生活の事で、それ以上の豊かさは贅沢であり、ダークエルフ族からしたら忌むべきものなのだ。

 贅沢は生きる上で必要な感覚を鈍らせるからである。


(豊かさをひけらかす、贅沢を誇るのは愚かだと思っていた。

 表面を着飾るような真似は無意味だと思っていた。

 しかし、この世界は違う。

 我々が過剰な贅沢と思っているものが、ここでは普通のものなのだ。

 身の丈に合った生活よりもちょっと余裕を持つ事が幸せだと思っている。

 私だけでなく、多くの種族も似たり寄ったりの思考をしている。

 着飾る、機能以外のものを求める、高い技術をふんだんに使う。

 そういうものを豊かさだと思い、そこに重きを置く者も少数現れはする。

 だが私たちは技術は兎も角、無駄については排除して来た。

 しかし、この世界では私たちから見たら無駄な物に高度な技術がふんだんに使われ、それは見た目と機能の両方を満たしている。

 無駄だと思ったものでも、私たちの全力よりも高い機能性を持っている。

 そんなのは鉱石を幾ら掘っても手に入らない贅沢な物な筈だ。

 なのにここでは普通に店に並んで売られている。

 贅沢なんかじゃないようだ。

 高度で贅沢な物も使い続けていれば、それが普通の物になるのなら……)

 これ以上は考えが纏まらない。


 古代ローマ「共和国」のロンギノスの思考の影響か、デミローマン大陸の都市住民たちは、華美に過ぎたるを嫌う。

 質実剛健な気風を持っている。

 来人はそれはそれで素晴らしいと思っているが、一方で無駄を嫌い過ぎる事が発展に歯止めを掛けているのも確かだ。

 異世界に来てから、来人は美術品を一回も見ていない。

 陶器やレリーフ、神像は見るが、模様以上の芸術は見当たらない。

 地球の古代文明はもっと芸術的だったようにも思う。

 異世界では華美な服は愚かしい、だから質素なトーガのような衣服で十分だ、そうなると服飾は全く発展しない。

 ゴールドなんて柔らかくて金属としては使い出が無い、そう言って一切目もくれない為に、金属加工技術が発展しない。

 鉄や銅を鍛えるのは職人(ドワーフ)の腕である、そんな姿勢が鉄の新たな可能性を阻害している。


 メユノはそういう事までは分かっていない。

 だが地球という彼女たちから見た異世界は、価値観が大いに揺るがされるものであった。

 なお、メユノはなまじ賢いから、このようにアイデンティティに衝撃を受ける。

 これがユハやマイハなら、

「キャーーーー!! カワイイーーーー!!」

 と叫ぶだけで、自分たちの社会なんてものに頭を回さないだろう。


 揺らぐアイデンティティ、だがアイデンティティという概念を知らないメユノは、何か自分の内なる何かに衝撃を受けていると感づいてぐらついていた。

 だが、それはそうとして、メユノも女性としての感性を大いに刺激される店をついに見つけてしまった。

 それはミリタリーショップ。

「これ、素敵……」

 ウットリとした目で、軍服のズボンと、タンクトップ姿の女性マネキンを見ている。

 更に目を守るゴーグル、小物を大量に入れられるポーチ、オリーブ色の水筒等に目を輝かせていた。

 軍服は、異世界に来た自衛官も、ジーザスも着ていた。

 しかし、本物の軍服よりも、ファッションとしてのミリタリーの方が刺さったようで、しきりに欲しがっている。

 人が来ないよう見張りながら、試着をさせてみた。

 サイズが合わなかったら、損をするだけだから。

 着せられていた服から、タンクトップにズボンに着替える。


「どうですか、ライト様!

 良いと思いませんか?」

 来人は完全に固まってしまう。

 体のラインが見えない服の時は、全く気付かなかった。

 いや、以前ハニートラップを仕掛けて来た時や、腕を組むふりをして胸を押し付けて来た時に、分かってはいた。

 この女性、凄まじくスタイルが良いのだ。

 ただ、普段のズタ袋のような衣服や汚れを気にしない事が魅力を台無しにしていたのだが、今、はち切れんばかりの密着タンクトップをへそ出しで着ている。

 実にけしからん。

 他の地球人には耳を見せないよう隠していたが、今はスカーフも取って、ベレー帽をかぶっている。

 ここに来る前に風呂に入れられ、髪もしっかりトリートメントされている為、スカーフを巻いた時とはまるで違う雰囲気となった。


「う……うむ、それで……良いと思うよ、うんかわいいよ。

 だから、買ってあげるから、来た時の服を着ようね。

 それを着て帰るわけにはいかないから」

「はい!

 それで、一着だけでなくて良いんですよね?

 これって、着潰すものなんですよね?」

 早速ダークエルフは、資本主義社会の流儀をマスターしていた。

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