異世界ウルルン滞在記
アルコールは異世界にも存在する。
フルーツが樹の窪みに溜まると、自然発酵して出来たりする。
このアルコールの向精神作用は、この世界の自我の無い有翼人たちには劇物であった。
能力が全開放、暴走状態となってしまうのだ。
だがそれを利用してネブカドネザルという邪念を持った有翼人との戦いで、強力な魔法をぶつけたと言う。
一方で、自我がはっきりした有翼人だと、地球人が酔うのと大して変わらない。
その為、アルコールもまた厳重に管理され、非常時を除けば族長級以外の者は口にする事を禁じられている。
「本当、よく知ってますね。
まるで記録媒体でも持っているかのように」
見たところ、電子メモリどころか、紙も石板も、記録を残すような物が見当たらない。
自我が無く、歴史とかそういうのを残す事を思いつかないのだろう。
それにしてはこのヨハネス・グルーバーという族長は、物を知り過ぎている。
疑いの念を持ったのを感じ取ったのか、ヨハネス・グルーバーはちょっと思案顔になると、種明かしをした。
「この頭の上にある輪なんだが、これが族長として先代や、更にその先代の記憶を継承するものなのだ。
族長たるもの、無知では皆を守れないからね」
天使の輪と思われたそれは、単なる道具だった。
相当量の記憶を貯め込むそのアイテムで、彼は族長としての責務を果たしているのだと言う。
「だから、見てきた事、聞いた事は分かるのだよ。
ライト殿の世界では、果実から出来た酒だけでなく、もっと手の込んだ酒があるって事もね。
ね!
ね!!」
催促してんじゃねえよ、このオッサン……、来人は鞄の中のラム酒とウィスキーを思い出しながら毒づいた。
寒冷地で体を温める為、また消毒作用も考えてこうした酒を持って歩いている。
この酒は小瓶がある為、持ち運びに不便ではない。
情報を聞き出す為にも、気持ちよく酔わせるというのはアリだろう。
来人はヨハネス・グルーバーに酒を振舞った。
その見返り、というわけではないが、来人は食事に期待していた。
異世界ではどんなご馳走が有るのだろうか?
その期待は残念な結果に終わる。
恐る恐る来人に食事を持って来る、この村の名も無き有翼人。
「え? 花?」
花が大量に並べられる。
そう言えばユハも、ドラゴンに襲われていた時に花を詰めた篭を持っていた。
「我々は花の蜜と水が有れば生きていけるのです。
申し訳ないが、食事は貴殿が持って来たものを食べられよ」
どういう事か聞くと、有翼人や幾つかの種族は、水と糖分と幾つかの栄養素が有れば、周囲に満ちる魔素を使って体を動かす為のエネルギーを生成する「魔合成」を行って生きているという。
それもあって、体が極めて軽いのだろう。
摂取する栄養量は少ないが、魔素を使ってエネルギーを得られる。
だから必要に応じて食糧を採集すれば良い。
それでも味の好みはあるようで、美味しい蜜と苦い蜜とが有るから、そういった事は親から子に伝えられるそうだ。
期待が裏切られ、仕方なしに缶詰めを開けて中の物を食べる。
それをユハが遠くから見ていた。
彼女はやはり、自我を得た為に周囲から浮いてしまったようだ。
彼女が近づくと、村の者が逃げてしまう。
かと言って、許可無しに族長の近くにも来られないようだ。
「ユハ、おいで」
そう言った時、ユハはヨハネス・グルーバーの方を見て、何かを訴えていた。
「ユハ、許可するからこちらへいらっしゃい」
ヨハネス・グルーバーがそう言って、やっとユハがやって来て、ちょこんと来人の隣に座った。
「よしよし、じゃあこれをあげよう」
そう言ってオイルサーディンを食べさせようとしたら、ヨハネス・グルーバーが必死の形相で止めて来た。
「ダメです!!
我々には強過ぎる食事です!!
ユハを破壊する気ですか!?」
魔合成で生きている種族にとって、余りの高タンパク質は体を破壊するものであった。
いわば、大量に特定の肥料を撒き過ぎた後の植物のようになる。
魔合成の反応があるだけに、短時間で急激な変化を起こしてしまい、体がもたない。
「じゃあ、この花の蜜を全部あげるよ。
俺はそれでは栄養を摂れないからね」
「あー-、ライト殿。
その子は既に自我があるから、酒を飲ませても大丈夫だぞ」
「何言ってんですか。
未成年に酒なんてダメでしょ」
「え?」
「え??」
族長の記憶装置の中にある異世界人は、子供でも酒を飲んでいたという。
「まあ、昔はそうだったんだけど……」
見た目が中学生から高校生のユハに、酒を勧める事には抵抗があった。
「で、さっき『我々や幾つかの種族は』って言いましたよね。
この世界、他にも知的生命体が居るのですか?」
「どうしてそんな事を聞く?」
「あのね、ライトはこの世界の事を調査しているんだって。
だから色んな事を知りたいらしいよ」
ユハが答える。
族長の近くに寄るのを憚る割に、口調は随分とぞんざいだな、とか変な事を考えていたら、ヨハネス・グルーバーが真剣な顔で聞いて来る。
「貴殿たちは何が目的だ?
貴殿たち異世界人は、僅かな例外を除いてこちらの世界では暮らしていけないぞ。
侵略する意思があるなら無意味だ」
「いや、それはもう分かっている。
逆の場合についても……」
「そうだろう。
ドラゴンや他の魔獣がそちらの世界に落ちても、生きていく事は出来まい。
我々が魔法を使って異世界に攻めて行く事もない。
そういう意味での調査なんて意味が無い」
「それも分かっている」
「では一体どうして?」
「俺にも詳しい事は分からないんですよ。
俺は、俺しかこの世界で活動出来ないから、この世界が何なのかを調べて来いと頼まれたまでで……」
そう言ってから、ふと来人はヨハネス・グルーバーの言葉に引っ掛かるものがあったと気付く。
「僅かな例外……俺以外にもこの世界に適応した奴が居るんですか?」
ヨハネス・グルーバーは自分の口の軽さに、イラっとした表情になっていた。
正直酒を飲んでいたせいだろう。
滅多に酒を飲まない有翼人のネームドは、耐性はあっても酔い方は下手なようだった。
ヨハネス・グルーバーは酒を煽ると、アルコール臭い息を吐きながら
「居るよ」
と答える。
「多くの異世界人はこの世界で生きていけない。
だが、ごく稀に貴殿のように、この世界でも生きていける者が紛れ込む。
その者たちは、異世界には帰りたくないようで、この世界に住み着いた。
異世界からの侵略の先兵ではないようだから、そのまま放置している」
「そいつらは何処に?」
「知らぬ」
「本当ですか?」
「知らぬよ。
先程の貴殿が発した『我々以外に叡知ある種族が居るのか?』という問いへの答えにも繋がる。
我々が居る大地の他に、大いなる海を隔てた先に2つの大地が存在する。
そこには貴殿のような四肢族が住んでいる。
我等が知るのはここまでだ。
大いなる海には、恐るべき魔獣たちが住んでおる。
我々の羽根では、その海を渡り切る事は出来ん。
だから、そういう大地がある事までは知ったが、それ以上は知る必要も無かった。
誰が危険を冒してまで調べたいだろう」
(いや、ここに危険を冒して未知の世界を調べに来た者が座っているのだが)
この辺、地球人類のメンタリティーは理解出来ないのかもしれない。
話を続ける。
「その異世界人は、海の果てに同じような種族が居ると知り、船を作って去った。
あの海を渡れたのかどうかも分からん。
無事に渡れたとしても、何をやっておるのか知らぬ。
これが貴殿の問いへの答えである」
「ありがとう、参考になりました」
その後は堅い話は止めて、酒を酌み交わした。
ユハには濃縮オレンジジュースを振舞う。
最初の一口で
「キャアーーーーーーーー!!!!」
と悲鳴を挙げて逃げてしまった為、薄めてやったら
「美味しい!
フルーツの味が随分濃いんだね」
と喜んでいた。
「ユハ、待っていなさい」
ヨハネス・グルーバーが席を立つ。
やがて小刀を持って戻って来た。
「これは『退魔の小剣』という武器だ。
魔蟲のようなモノは寄り付かない。
魔獣が襲って来る場合は、退ける事は出来ないが、カタカタ鳴って危機を知らせる。
そしてお前の雷撃を纏わせて、魔獣にぶつけてやる事が出来る。
それでいざという時は身を護るが良い」
「ありがとうございます。
御恩は決して忘れません」
「その方を村から追い出す事になり、可哀そうな事をすると思っておる。
だがこれは掟であるし、村に残っても皆から避けられてしまい、結局同じ事になる。
この刀を私だと思って、肌身離さず持っていなさい」
「はい……」
「ライト殿、ユハを頼みますぞ」
「分かりました」
「ふむ……。
ところでライト殿、まだ私は貴殿の力を見せて貰っていなかった。
ユハを護るだけの力があるのか、見せて貰えんだろうか」
「……えーっと、良いのですか?
ここで」
「族長! ライトはね、怖いドラゴンを召喚出来るんだよ」
「ドラゴンを!?」
「いや、ドラゴンじゃないです。
恐竜という生き物でして……」
そう言ってユタラプトルの爪を握る。
ガイだけを召喚した。
こいつは何故か、女好きで理知的だから、名無しが多いこの村でも危害を加えようと暴れないだろう。
<お! なんだ酒を飲んでんじゃねえか!
俺にも飲ませてくれるって事で呼び出した、って考えていいんだな?>
こいつがこんな性格になったのは、「ガイ」って名前のせいだな、と族長の話から思い当たった。
某ロボットアニメの黒い奴らのリーダーならこんな性格ではないが、鳥人戦隊の黒い戦士の名前が同じだったから、そっちの性格が反映されたようだ。
「ほら、マッカランだ。
味わって飲めよ」
<けっ……しけた事言ってないで、もっと飲ませろよ>
「また後でな。
で、どうです?
俺が召喚する恐竜って生物の1頭です」
「……う、うむ……。
これらはこの世の生き物ではないな?
既に死んでおろう?」
「そうですね。
今から6500万年前には絶滅していますよ。
化石から呼び出しているんですが」
「……石には大地の精神が溜まり、不思議な力を持つ物があるという。
貴殿はそれを使って、当の昔に死せるモノを召喚する力を持っているのだな」
ヨハネス・グルーバーは頷き、
「まるで死霊召喚士だな」
と呟いた。
そう言えばそうだ。
死せる恐竜を使役する、これが人間なら死霊召喚士だ。
「そうっすね。
自分は恐竜召喚士、ダイナマンサーと名乗る事にします」
来人は自分の能力に名を付けた。
この名付けにより、能力が更に強化されていくのを感じるが、それは黙っておく事にした。
既にガイの存在に、ネームドの2人以外の村人がパニックを起こしていたのだから。
おまけ:
ユタラプトルも羽毛恐竜。
鳥人戦隊も、羽根は無いけど翼がある、で共通の要素ありでした。
なお、ガイの弱点(というか嫌いなもの)は納豆です。