夢
ここは異世界、頭に角がある生物たちが暮らす大陸。
そこに在って安全な場所、エリヤ・ハシェムの暮らす神殿都市に来人は泊っている。
色々あって疲労困憊だ。
来人は深い眠りに落ち、夢を見ていた。
それは彼の元々の世界、日本の夢である。
~~~~~~
安鳥来人自身は某地方都市で産まれ育った。
その両親も都市在住であるが、祖父母はいわゆる里山で林業をして生活していた。
来人は、祖父母が大好きで、よく遊びに行っていた。
祖父は迷信を信じるような人で、山に入る時は
「これは山の神様に捧げるもんだ」
と握り飯を3個、山の入り口の所に置いて入っていた。
切り株の根本には、日本酒をお猪口で置いたりもした。
質問しても
「これは、そういうものなの」
としか答えてくれなかった。
烏とかが食い荒らすから止めろと言われても、
「これは昔からこういうものなのだ」
と止めようとしない。
そういう人であった。
来人が幼い時、その田舎の祖父母宅には、大きな犬が飼われていた。
大分老犬である。
小さい来人は、その犬に乗ったり、棒で叩いたりして遊び、
「犬をイジメるんじゃありません」
とよく怒られていた。
その犬「与作」は老犬で、人間の子供のやんちゃには慣れっこなのか、来人少年が何かして来てもあくびをするだけで相手にしなかった。
来人も、犬をイジメている気持ちは全くない。
ただ遊んでいるだけで、棒で叩くのも戦闘ごっこをしていたに過ぎない。
与作は来人の友達のような存在であった。
ある時、町に買い物に行く為に軽トラに乗っていた来人の祖父は、急に胸の辺りを抑えて苦しみ出す。
「玩具を買って!」
と祖父にねだって、車に同乗していた来人は、何が起きたのか分からなかった。
大好きなお祖父ちゃんが急に倒れたのだ。
幼稚園児であった来人は、どうしたら良いか分からず、ただ泣いていた。
電話も通じない。
丁度、集落と町の中間辺りであり、どちらに行くにしても遠い。
幼児の足なら尚更だ。
それでもどうにかしようと、ドアを開けて外に出る来人。
高さがあり、上手く降りれずに地面に落ちてしまう。
痛さから、更に大声で泣き出した。
ただ泣きじゃくる来人少年の元に、聞き覚えがある声が……。
「ワン、ワンワン!
ワンワンワンワン!」
「あっ、与作、なんでいるの?」
「ワンワンワンワン!」
「あのね、おじいちゃんが大変なんだ。
どうしたら……。
ウエーーン」
泣く来人の顔を舐めると、与作は背を低くした。
乗れと言っているように感じた。
来人少年は、与作の背に乗る。
すると与作は、急いで走り出した。
大型犬とは言え、小学校に上がる前くらいの男子は重く、乗せて走るのは苦である。
まして与作は老犬だ。
そしてここは山道。
近道をする為に、ちょっと悪路に入っていた為、所々舗装もされていない。
そこを与作は走り続けた。
来人は家に戻る。
「来ちゃん!
どうしたの?
お祖父ちゃんはどこ?」
出て来た家族に、来人は
「おじいちゃん、くるまの中でうんうんいってるの。
ぼく、どうしたらいいかわからなく……」
そう伝えると、また泣き出した。
「ワオン!」
与作が吠える。
そして、来た道を引き返す。
適当な距離でこちらを振り返り、来いと促す。
来人の父は、自分の自動車で与作を追う。
「来人、こっちで合ってるか?」
「うん」
自動車が走り、え?ここか?という山道に入っていくと、そこで軽トラが停車していた。
その運転席には、尋常じゃない様子の祖父がぐったりしていた。
「与作!
よく知らせた!
来人、今からお祖父ちゃんを病院に連れて行くからな!」
「うん。
与作、おいで!」
「馬鹿っ!
お祖父ちゃんを後ろの座席に寝かせるんだ。
与作が乗る場所なんか無い!」
「じゃあ、与作はどうするの?」
「与作、お前は先に家に帰っていなさい」
「ワン!」
こうしたやり取りの後、来人の祖父は病院に急いで運ばれた。
かなり危険な状態であった。
ギリギリのところだったが、手術して間に合うようではあった。
その祖父が手術を受けている時、来人の祖母と母親も病院に駆け付けて来た。
「お義父さんは?」
「まだ分からない」
来人の両親が話をしている。
「ねえ、おばあちゃん。
与作、家に戻って来た?」
「…………」
「ねえ、おばあちゃん!」
「来ちゃん、与作はね、お家に戻って来たんだけどね……。
すぐに天国に旅立っちゃったんだよ」
老犬は限界だったようだ。
もうここ数年は、天気の良い日に犬小屋から半身だけ出して、日向で眠っているような犬であった。
散歩はするが、あまり広くない自分の縄張りに小便を引っ掛けて、すぐに帰るだけである。
それ以上の遠出は嫌がっていた。
来人少年が遊びでちょっかいを掛けて来ても、寝そべりながらあしらっていた。
まあ、余り酷い時は起き上がって脅かしてみせたり、尻尾で引っ叩いたりもするが、基本的に大人しく、吠えたり噛みついたりする事はしない犬だった。
そんな老犬が、結構重くなった子供を一人乗せて山道を走り、何往復もして家族に急を告げる活躍をしたのだ。
その代償は大きかったようで、移動手段が無い女性陣が支度をしてタクシーを呼び、それを待っている間に自宅に戻って来たのだが、着いてすぐに倒れてしまう。
「与作、お帰り……って、お義母さん、ちょっと!」
「与作! どうしたの?」
「与作! 与作!」
しかし、もう与作は息をしていなかった。
舌をベロっと出したまま、もう動かなくなっていた。
「なんで?
与作しんじゃったの?」
祖父が倒れた事に次ぐショックが、来人少年を襲う。
病院で大泣きしてしまい、父親に怒られる。
だがそれでも泣き止まない。
そして、泣き疲れていつしか眠ってしまった。
目が覚めた時、両親は笑顔であった。
「お祖父ちゃん、助かったよ」
「与作が頑張ってくれたから」
「与作が居なかったら、大変だったね。
だから、お家に戻ったら、お葬式を出してあげましょうね」
来人少年は、お祖父ちゃんが生きている事を喜んだら良いのか、与作がやっぱり死んだ事に悲しんだら良いのか、よく分からない感情に囚われた。
祖父はしばらく入院するという。
一旦来人の家族は、家に戻る。
戻ったら、与作が地面に寝ていた。
「与作、ぼくだよ。
ねえ、いっしょに遊ぼうよ」
だが与作は全く動かない。
「与作、与作!」
いくら呼んでも、いつものように片目だけ開けてこちらを見たり、耳をピクっと動かす事もしない。
「与作!」
触るともう温かさが無かった。
来人少年はまた大泣きした。
今回は両親も祖母も咎めない。
泣かせるに任せた。
泣いている内に、来人は自分が「遊び」としてやっていた事に罪悪感を感じ始めた。
友達だと思っていた犬に、随分と酷い事をしていたように思う。
それを感じると、一層涙が止まらなくなった。
時が経ち、悲しみからは徐々に立ち直る。
祖父は退院したものの、ほとんど寝たきりになってしまう。
それでも頭は冴えているようで、呂律は回らないものの、孫に色々と話をする。
「与作はね、お祖父ちゃんの身代わりになってくれたんだよ」
「そんなことないよ!」
「いいや、お祖父ちゃんには分かるんだ。
与作はずっとお祖父ちゃんの近くで吠えていたんだ。
それで、何か綺麗な川が在って、そっちに行こうとしたら、体当たりしてお祖父ちゃんを止めたんだ。
何をするんだ!って怒ったんだけど、その時にもう与作は居なかった。
見ると、川の向こう側に与作が居たんだ。
なんだ、あっちに居るのか、ってお祖父ちゃんも行こうとしたら、来んなって吠えとるんだよ。
そしたら目が覚めた。
もう与作の声は聞こえなかった……」
「…………」
「与作はお祖父ちゃんの友達なんだ。
ありゃペットとか飼い犬じゃねえ。
友達なんだ。
お祖父ちゃんの友達だから、来ちゃんの友達でもあったんだ。
友達だから分かるんだよ。
お祖父ちゃんの代わりに天国に行ってくれたんだって。
理屈じゃねえ、何となく分かるんだ」
「そうかなあ。
だったら与作がかわいそうじゃない」
「いいや、あいつはお祖父ちゃんを助けた事を悔やんでなんかいねえ。
可哀そうとか言ったら、あいつに失礼だぞ。
与作は与作の生きたいように生きて、そしてあの世に行っちまったんだ。
お祖父ちゃんには分かるんだ」
こんな話を会う度にしていた祖父だったが、来人が高校生の時に亡くなる。
成長した来人は、犬と一緒の写真を見た他の者に
「ああ、ペットを飼っていたんだね」
とか言われると、無償に腹が立つようになる。
ペットなんかじゃない、友達だ、いや家族だ、と。
そう呼べるだけの魂が、確かに存在していた、と。
その感情は、犬だけでなく他の動物にも向かう。
彼は動物にも人間に向けるのと似た親愛を向けていた。
やがて彼は近所の野良猫に挨拶をしたり、たまに烏と話をしていたりと
「安鳥って、変な奴」
と言われるようになる。
彼は動物愛護者ではあるが、だからといって急進的な思想は持っていない。
他人に自分の思想を押し付ける気は無い。
彼は自分の思いの矛盾や、愛情が単なる自己満足である事をよく知っている。
愛護が行き届くのは、身内の動物だけだ。
彼は魚釣りが好きだったりする。
リリースはせず、釣ったものは焼いたり刺身にして食べるのだが、その際に必要以上に釣ってしまう事もある。
水棲動物だけでなく、動物の肉もよく食べる。
動物愛護が行き過ぎて菜食主義に走ったりはしていない。
彼の動物好き、ペットと言わず、友達とか仲間というのは限られた対象に対してのみだ。
その範囲において愛情を注いでいる。
邪魔だと思った異世界の陸棲魔獣を仲間の恐竜に「喰って良い」と言い、水棲魔獣に対して甲冑魚をけし掛けて大虐殺をやったりしたのは、それが身内ではないからだ。
自分の考えなんて、普遍的な生きとし生けるものへの博愛で無い事なんて百も承知だ。
それを分かった上で、また会いたいモノたちがいる。
また会いたい。
会いたい…………。
~~~~~~
「ちっ……、夢で泣いていたとは」
目が覚めた時、自分が涙を流していたのに気づいて、ちょっと恥ずかしい気持ちになった。
一緒に寝るとか、そんな事を言っていたユハやメユノが、本当に同じ部屋に居なくて良かった!
(あれが俺の原点なのかな……)
来人は恐竜を召喚し、使役する。
しかし、必ず対話をするし、報酬も払う。
まあ
<喰っていいか?>
と聞いて来るから、それに許可を出すだけの安い報酬なのだが。
既に絶滅した生物、そして使役する存在。
それでも来人は、恐竜たちを自分の仲間、友達と思っていた。
ユハたちに出会う前、傍目には一人で旅をしていたように見えるだろう。
だが来人は、常に仲間と一緒に冒険をしていたので、孤独では無かったのだ。
(恐竜たちにはそうだけど、俺はユハたちにはどう接しているのかな?)
ユハたちは動物ではない。
人間に近い。
しかし地球人類ではない。
地球人類という種からしたら、別の動物に過ぎず、場合によっては家畜・ペットとして扱うものであろう。
この異世界においても、ロンギノスが影響を与えた国では、自分たち「以外」はそういう扱いをしている。
他種族共生社会であっても、有翼人とかケンタウロスとかを飼い慣らし、家畜や愛玩動物としていた。
それに比べて、来人は異世界でも変人扱いである。
「なんで有翼人なんかを、対等に扱っているんですか?
あんなの感情も無い、動物に過ぎないじゃないですか」
そう言われた事もある。
それでも来人は、仲間として接している。
が……
(仲間、なのか?
もしかして俺、あの子たちを女性として見たりしていないか?)
そう自問した。
向こうは、恋人に対するような態度を取ってくるし、最近では取り合っていがみ合ったりもする。
(俺はこの異世界の住人たちをどうしたいんだろう?)
新たな疑問が、彼の心の内に宿っていた。
おまけ:
「これって、人間のエゴだろ」
って思われた方。
ツッコみ無用で。
後の回で、いずれ触れるつもりですので。




