第3の大陸
魚人のンゴラたちが曳く船に乗って、来人たちは第3の大陸に上陸する。
ンゴラたちの契約はここまでだ。
上陸地点に荷物を下し、あとは帰りの日に迎えに来る。
荷物の食糧は10日分。
それがタイムリミットである。
未来の約束なので、この日に彼等が迎えに来なかったら来人たちは見知らぬ土地で立ち往生してしまう。
まあ、帰れない事はない。
来人はフタバスズキリュウか魚竜に乗って移動出来るし、ユハとマイハは飛べば良い。
ではあるが、魚人たちはギルドを通した契約だから、必ず守ると言う。
信用を失えば、ギルドから仕事を貰えなくなり、困るとも言っていた。
ギルドを通すのは、この世界では重要な事であろう。
ギルドを通さないと、例えば猪人族なんかが狡猾な種族と直接仕事のやり取りをすれば、割に合わない仕事をさせられたり、報酬未払いで泣き寝入りさせられたりしている。
そういう不正を行わせず、契約通りに報酬支払いや保証をするギルドはこの世界で重要だ。
だからギルドを通した事で、報酬はギルドに後で送っておけば、魚人たちにちゃんと届くようになる。
毎回現場で物々交換をせずとも契約が成立するのは、非常に物事を進めやすい。
「さて、この大陸を知っているのはマイハだけだと思うけど……。
メユノは何で着いて来たの?」
メユノは四肢動物の大陸は詳しいが、この蛮地は知らない筈だ。
道案内としても、アドバイザーとしても、もう役には立たない。
渡し場までは「交渉の見届け人」とか言う理屈も通じたが、別にこちらの大陸まで来る必要も無いだろう。
だがメユノは目に涙を浮かべて
「ライト様は、私が居ると迷惑なのですか?」
と縋って来る。
演技だ、これは演技だ、と思いつつ、冷たく突き放す事が出来ない、女性関係ではウブな来人であった。
「さて、エリヤ・ハシェムとはどこに居るんだろう?
この辺と言われた場所まで連れて来ては貰ったが……」
誰も、大体の位置しか知らない。
漠然とした大地で、人を1人探すのも大変である。
「マイハ、この辺りを空から探ってくれないか?」
「分かった」
「あとは、ルーデルたちにも偵察して貰う」
そう言ってプテラノドンを召喚。
空から捜索を開始する。
「翼竜を3羽出したから、しばらく俺は動けないから、フォローお願いね」
「分かった!
任せて!」
来人とユハのやり取りを、メユノは悔しそうに見ている。
女の意地にかけて、この異世界の男を篭絡してやりたいが、このユハは思った以上に来人の信頼を得ていて、阿吽の呼吸で物事を進める時がある。
それがメユノには悔しい。
「ライト様、私も何かお手伝い……」
「ライト!
早速だけど、何か来た!」
メユノの言をユハが遮ったが、これは意地悪でではない。
ユハが持つ魔物探知機でもある「退魔の小剣」が鳴り始めた。
その振動は、結構な大物な事を示していた。
「出たな!
えー--っと、グラボ〇ド?」
地中から巨大なワームが出現する。
ユハが慌てて雷撃を発動。
しかし、表面を雷撃が滑っているようで、効果が無いようだ。
来人は現在恐竜を召喚出来ない。
仕方なく拳銃を使用。
しかし、穴を空ける事は出来るし、そこから気持ち悪い液が出て来るが、かえってその生物を怒らせているだけのようだ。
そのワームが一撃をかける。
「危ない!」
来人はメユノを抱いて、ワームの触手から逃れる。
ユハは飛んで上空に逃れている。
この場合、一番弱いのがメユノだと思われた。
「ライト様?」
女の誇りの問題で来人を誘惑しようとしている筈のメユノが、一瞬ドキっとときめく。
「ここは俺たちが食い止めるから、君は早く安全な場所に!」
助けてくれて嬉しい。
しかし、戦力外だと思われている事は、誇り高いダークエルフには屈辱であった。
「ライト様。
私も戦えます」
そう言うと、腰の小弓を構え、矢を放った。
矢はワームに刺さる。
直後、メユノが何やら詠唱を始めた。
すると刺さった矢が鳴動する。
ワームが苦しそうにのたうち始める。
暴れた結果矢は抜けるが、刺さっていた部分が怪しい黒紫色に染まっていく。
しばらく地に倒れてジタバタしていたが、ついにグタッと動かなくなった。
「一体何が起こった?」
不思議そうにしている来人と、同様に何が起きたのか分からずにいる、上空で「退魔の小剣」に電流をチャージ中だったユハを見て、メユノはちょっと誇らしげに胸を張った。
「ダークエルフ族は風魔法、誘惑魔法の他に薬物を望む効果のものに変化させる魔法を使えるのです。
あの矢には、ある毒薬が塗ってあるのですが、私の魔法でそれを魔蟲に効く猛毒に変化させました。
あれならば、ひとたまりも無いでしょう」
これも意外な情報である。
メユノはもしかしたら、ずっと強い戦力になるかもしれない。
そう思って聞いてみた。
「毒に変化させるだけでなく、薬にも変化させられるのか?」
肩を掴んで聞く来人に、またメユノがドキドキする。
「え、あ、はい。
こちらの薬草何種かと、魔法を使えば効果の高い薬を作れます。
元々の効能と、全く別の物は作れませんが、私たちは土や荒れ地に住まう民。
岩場に生える薬草や毒草について、幼き頃より学んでおりますので」
「そうか!
有り難い!
良かったら、この先も俺を手伝って欲しい」
「あ、あの、あ、はい、喜んで……」
ジト目で睨んでいるユハをあえて無視して、来人はメユノに頼み込んだ。
(なんでこんなにドキドキするのか?
この男を篭絡するのは、誘惑に堕ちなかった借りを返す為であろうに)
メユノは人知れず葛藤する。
そんな3人だったが、プテラノドンからの急報で、気まずい空気は一掃される。
<何か変なものが来る!>
個体名マルセイユから思念で連絡が届く。
「ライト!?」
「ライト様、どうかされましたか?」
「ちょっと待った。
翼竜から緊急思念が届いた。
悪いが俺を集中させて欲しい。
ユハ、メユノ、警戒を頼む」
「うん、言いたい事は後にする」
「お任せ下さい」
女性2人は、視線を合わせると「フン」と言って顔を逸らす。
いがみ合ってはいるが、来人を警護する役ではキッチリ協力をするから有り難い。
「感覚共有!」
来人の視覚と、プテラノドンの視覚が共有された。
確かに個体名マルセイユと同じ高度で、彼を警戒している「何か」が見える。
「あれは何だ?
土偶?
埴輪?
アニメの天空の城に出て来たロボットか?」
明らかにこの世界のモノではない飛行体が浮いている。
<どうしますか、司令>
「マルセイユ、君は旋回能力が高い。
近くまで行って、あれが何なのか見てくれないか?
攻撃して来たらかわして欲しい。
君の空戦能力なら可能だよね」
<その通りだ。
自分の能力ならかわす事は出来る!>
翼竜は翼を翻すと、その変な奴に向かって行った。
その相手もこちらを見ている。
目に当たる部分が、常に翼竜の方に相対している。
<どうする?
攻撃して良いか?>
「いや、向こうもこちらを探っているだけのようだ。
攻撃は許可しない。
引き続き様子を観察して欲しい。
注意は引き続き必要だ」
<了解した>
謎の飛行体と翼竜は、お互いを観察し合っている。
その緊張は、謎の飛行体が背を向けて後退した事で解けた。
<どうする?>
「もう少し様子を見よう」
マルセイユが旋回しながら相手を見ると、その飛行体は停止し、体を振っている。
「来いって言っているのか?」
<追跡する>
「そうしてくれ」
マルセイユが追って行くと、その飛行体も移動を始める。
明らかに誘っている。
「ルーデル、ハルトマン」
<どうされた、司令>
<何か有りましたか?>
「マルセイユが変な奴と接触し、追跡している。
敵意は無いように思えるが、万が一の事に備えたい。
マルセイユと合流してくれ」
<了解>
<これより合流する>
3羽の翼竜は、謎の飛行体の移動する方に向かう。
暫く飛んで行くと、その飛行体が降下を始めた。
<司令、何か見える>
「ああ、感覚共有でこちらも確認している。
あれは、城か?
宗教施設か?」
明らかに建築物が見えた。
その周辺には溜池が在り、その周囲は砂漠の中には珍しい緑が見える。
畑が作られているようだ。
「どうやら目的の場所を探し当てたようだ。
……正確には、向こうから教えてくれたのだが」
位置を確認すると、翼竜には帰還を命じる。
早く化石に戻しておかないと、この危険な場所ではまた何が襲って来るか分からない。
そして不安は的中する。
マイハが戻って来た。
ドラゴンを連れて……。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
ドラゴンが追っかけて来た!!」
マイハが泣きながら着陸し、ユハに抱き着く。
「風よ、この矢を遠くまで飛ばせ!」
メユノが風魔法と併用して矢を放つ。
この魔法は、矢を誘導させる事も出来る。
だが、メユノの毒矢はドラゴンの鱗で弾かれて突き刺さない。
体内に刺さらねば、毒魔法も効果が無い。
「私がやる!」
ユハが「退魔の小剣」に纏わせた電流をドラゴンに放った。
ヘキサポーダ大陸のドラゴンなら、これで撃退可能だ。
だが、この大陸のドラゴンは角を避雷針のようにして電流を受けると、そのまま周囲に散らしてしまう。
「まったく、どこが南の大陸よりは弱い、だ。
厄介な敵じゃないか」
ドラゴンが接近し、火炎の吐息を放つ。
マイハの防御魔法で、それは防げた。
攻撃を防がれたドラゴンは、着陸して咆哮を上げると、尻尾で攻撃して来る。
防御魔法ごとマイハが吹き飛ばされてしまった。
マイハは地面に叩きつけられる前に、飛翔して難を逃れる。
<遅くなった>
<あれを攻撃すれば良いか?>
翼竜たちが帰還した。
だが翼竜ではドラゴンには勝てない。
「ご苦労様。
代わりを出すから、戻って欲しい」
そう言って化石に戻すと、来人は頼みの綱を握った。
「フクイラプトル、ソーテキ、多分1分も顕現出来ないと思うけど、頼む!」
現状最強の恐竜を召喚した。
個体名ソーテキは、その巨体を走らせ、ドラゴンに向かっていく。
ドラゴンも、この見慣れぬ巨大生物に対し闘争心を漲らせ、向かって行った。
巨体同士がぶつかり合う。
サイズはほぼ互角。
しかし、異世界に来て身体能力が強化されている肉食恐竜の方が物理的には強く、ドラゴンの首に噛みつくとそのままドラゴンを振り回した。
牙がより深く食い込み、苦しむドラゴン。
ゴリっとおかしな音がする。
首の骨に致命的な一撃を与えたようだ。
倒れるドラゴン。
しかし、とどめは刺せなかった。
「く……もう限界だ」
来人の意識が飛びそうになる。
ドラゴンの首を噛み砕こうとしていた肉食恐竜が姿を消し、化石となって転がっていた。
ドラゴンは首と口から青い血を流し、息も絶え絶えだが、まだ生きている。
死体とせねば安心は出来ない。
直後、ドラゴンの首が跳ね上がったと思ったら、血反吐を吐いて倒れた。
ドラゴンの背には、多数の杭のような物が刺さっている。
更に遠くを見ると、土で出来たロボットのような物が多数展開していた。
「迎えに来てみたら、危険生物と戦っているのではないか。
お節介だが、このゴーレムを使って倒させて貰ったよ」
ゴーレムと呼ばれた物体の手の平の上に、初老のちょっと神々しい雰囲気を纏わせた人間が居た。
「貴方が、エリヤ・ハシェムか?」
その問いに、男は
「私の名を知っているという事は、やはり客人のようだな。
そうだ。
私がエリヤ・ハシェムだ。
恐らくは同じ世界から来た者よ、歓迎するぞ」
来人は2人目の地球人と、思いがけない出会い方をしたのだった。




