ファーストコンタクト
来人は恐竜を使役出来るようになった。
その訓練の際、複数頭の召喚と使役も試してみた。
だが成功しない。
召喚は成功する。
しかし、制御が上手くいかないのだ。
アメリカの博物館も込みで、あちこちから集めて来た化石である。
生前、同じ群れに属していたわけではない。
顕現したと同時に、喧嘩を始めるのだ。
来人は思念を送って制御を行う。
しかし、片方を統制すればもう片方が暴れる。
思念が単チャンネルで、別の個体に命令を移すと、回線が切れた方が本能のままに暴れ出す。
これを見たスタッフは
「同時召喚はしない方が良い」
という方針を立てた。
だが来人は諦めていない。
以前見た映画のように、ラプターの連携攻撃をやってみたかった。
誰にも迷惑が掛からない場所で、密かに試してみる。
だがどうやっても喧嘩が収まらない。
喧嘩して、顔に傷を負うモノも出て来た。
来人はどうしたら良いか悩む。
まず、同じような恐竜である為、指示が混乱しているところがある。
指令を送る側が、誰に送っているのか分かっていないなら、送られた側も混乱するだろう。
ここで来人は、大学の講義を思い出した。
”日本の霊長類研究は、欧米のそれと違って特殊であった。
ゴリラの群れに入っていった時、それぞれの個体に名前を付けていたのだ。
これによって、愛着が湧くと同時に、次第に個体を見分けやすくなっていった。
欧米の研究者もやがて、この方法を取り入れ、ゴリラに名前を付けるようになっていった……”
これを思い出した時、来人は名前をつけてみようと考えた。
丁度喧嘩の末、顔に傷を負ったモノもいた。
同時召喚は3頭が限界であった。
それで、あのアニメの黒い奴等を思い出す。
「まあ、そのままの名前じゃ芸が無いなあ」
そこで、顔に傷を負った奴に「アッシュ」、鼻の辺りにブツブツがあった奴を「オルガ」、一番喧嘩が強かった奴を「ガイ」と呼ぶ。
何か、立ち眩みのような頭から血の気が引くような感覚に捕らわれる。
だが倒れずに、その場に立つ事が出来た。
指令を出そうとしたその時、意思が逆に流れて来る。
<あんたが俺を使役する存在かい?>
<俺の生きていた時代には居なかった種だな。
あんた、俺たちの同類かい?>
<まあ何でもいいや。
これからよろしくな。
あと、何か食いたいから指示でも出してくれ>
「えーっと……、誰が話しかけて来てるんだ?」
<俺だよ、俺、俺!>
「異世界にもオレオレ詐欺が有ったのか?」
<訳分からん事言うなよ。
俺だよ、ダンディーで喧嘩が強いガイさ!
あんたが名づけたんじゃないか>
<アッシュだ>
<オルガだが、早く飯を食わせろ>
なんか急に賑やかになった感じがする。
だが、孤独な探検をする来人には、恐竜といえど意思疎通が出来る相手が出来た事は嬉しかった。
残念な事に、彼等は来人の意識がある時間しか活動しない。
即ち、眠っている時に害獣を近づけないよう任せたり出来ないのだ。
相変わらず、眠る時は警戒が必要である。
注意をしつつ、一方で心細くなる事もなく、どんどん奥地に足を伸ばす。
山を越えた時に、原付はそこに置いて、新たに召喚した草食恐竜プロトケラトプスに乗り換えた。
こいつも名前を付けておかないと、ユタラプトルたちに
<喰っていいだろ?>
と言われる為、名前を付けて群れの一員と認識させた。
こうして奥深くに進みながら、サンプル採集もしていく。
試験管に花や虫の死骸などを入れて保存する。
周囲の様子を写真に撮り、水や土壌も保管し、採取場所を地図にプロットする。
大学生であり、国からの正式な依頼であったから、この辺りも探検の内である。
データはプテラノドンに運搬させる。
プテラノドンに限らず、翼竜は重荷を持って滑空する事は出来ないと考えられている。
しかしこの世界で、しかも名付けがされたプテラノドンは資料をベースキャンプに運んで貰える。
このまま、恐竜を使役しながら孤独な探検が続くと思われていた。
それはベースキャンプを出てから1週間経った時の事である。
多数の四足猛禽に追われている、人間を見かけた。
人間??
いや、人間ではない。
羽根が生えている。
「天使??」
思わず目を疑った。
ここで事情もろくに分からぬまま、綺麗な女の子の方を助けようと思ったのが、来人の浅はかさであっただろうか。
プテラノドンの個体名「ハルトマン」を召喚。
密かにXコンドルと呼んでいたその猛禽から、女の子の天使を助けるよう命じた。
<お安い御用だ>
ハルトマンは急上昇をすると、猛烈な速度での急降下で一撃を加える。
謎の闖入者に怒るXコンドル。
しかし、個体名を持ったプテラノドンは強く、巨体をぶつけては離れる一撃離脱戦法を繰り返し、ついにXコンドルの群れを撃退した。
「おーい、お嬢さん、大丈夫か?」
言葉が通じるか分からないが、声を掛けてみる。
『え?
僕、男の子だよ』
その返答の念を感じ取り、来人は衝撃を受けた。
そしてその天使の坊やは、礼も言わずに去って行った。
「この世界に、知的生命体が居たのか……」
男の子だという衝撃を乗り越えて冷静になってみると、羽根こそ生えているが、人型の知的生命体が存在したという「新発見」が有ったのだ。
最初の接触は、決して敵対的なものではなかった。
そこは上手くやれたと思う。
だが友好関係は全く結ぶ事が出来ていない。
ただ男の子を襲っていた猛禽の追い払い損のような感じである。
(こういう時、一人行動にはちょっと問題があるな)
来人はそう考えた。
接触に成功、しかし記録が残っていない。
無理もない。
急にピンチになっているモノを救うべく動き、助けたらさっさと去られる。
常時カメラでも回していないと、こういう時の記録は撮れない。
なんせ、電子機器が正常に動かない世界なのだ。
録画時間の短いフィルム式ビデオカメラを、その瞬間だけ回す事になる。
1人が助けに行き、1人がその様子を録画する。
そういうやり方でないと、どう接触したのか証拠が残らない。
こればっかりは恐竜を使役してもどうにも出来ない。
(クロマニヨン人でも召喚しようかな……)
そう思ったが、どうも召喚可能な化石生物は一定年数より古いものでないとダメだった。
第四紀はおろか、新第三紀でも召喚不可能。
これはベースキャンプでの召喚実験でハッキリしている。
自分でどうにかしないとならない。
二度目のチャンスもすぐに来た。
そしてあっという間に去っていった。
今度の知的生命体は
(妖精??)
そう思われる小柄な、やはり羽根の生えた人型生物である。
カメラを回しながら、YouTuberのように
「これから助けに行きます」
と自分で喋りを入れて接近し、襲っているXコンドルをやはり迎撃する。
「大丈夫ですか?
我々は敵ではありません」
しかしその妖精のような有翼人は、翼竜がXコンドルと戦っている間に、来人が接近すると一目散に逃げていった。
こうした事が何回か続く。
来人は、この世界には知的生命体が居る、それは羽根を持った人類である、そう結論した。
まあすぐ後に、他の種族も居る事が明らかになるのだが。
そして有翼人は数が多く、しかも生態系の中位から下位の存在である為、見る機会が多かっただけなのだ。
何回か、コミュニケーションこそ出来ていないが、有翼人との接触には成功し、記録映像も残せた。
半月に渡る調査で、そろそろ食糧を補給する必要もあってベースキャンプに戻る事にする。
往復で1ヶ月。
空けていたその期間でベースキャンプは随分と整備されていた。
太陽光発電に自家発電、万が一の為の防御設備、内部には冷蔵庫や冷凍庫、それも来人や将来現れるかもしれない調査員の為の食糧保存用と、回収資料保存用との2セットある。
保管庫には、フィルム式のカメラと替えのフィルムが入っている。
暗室も作られ、そのフィルムをここで現像も出来る。
ちょっと離れた場所に燃料タンクが設置されていた。
ただしまだ何も入っていない。
そのベースキャンプは、現在は無人であった。
地球人には影響が出る環境である為、必要時以外は立ち入らない。
地球側出口から少し離れた場所で、後方要員が待機している。
来人はここに電話をかけ、知的生命体の存在を報告した。
そして録画したフィルムを届ける。
しばらくすると、来人には地球への帰還が指示された。
そのままテレビ電話のある場所まで案内される。
『ご苦労様でした。
それにしても大変な発見だよ、君!
我々は対応を考えざるを得なくなった』
開口一番で東京の管理官はそう言い出す。
人類が初めて発見した、自分たち以外の知的生命体と「思われる」存在である。
思われるというのは、彼等の声を聞いたのが来人しかいないからだ。
映像用のフィルム、音声用のテープの双方に、彼等の知的活動と思われるものは記録されていない。
衣服という人工物を纏っているから、知的生命体と判断して良い、そうなった。
今後更に慎重に相手と接触する必要があるだろう。
『安鳥君は、寒冷地用にラム酒とか持って行ってますよね。
携行品の届けを見ると、1瓶ですね』
「ええ、そうです。
あれはがぶ飲みするものではないので」
『あとウイスキーの小瓶』
「それは……寝酒用で」
『責めていませんから警戒しないで下さい。
危険な事を依頼していますので、余り固い事も言いませんので。
それでですね、この携行量を増やしたらどうか、と言いたいのです』
「えっと、どういう事ですか?」
知的生命体と接触した際に、もしも地球人類と同様の文化を持っているのなら、酒は良い交換材料になるという判断であった。
「えー-っと、『いかなる他文明の正常な発展への干渉をしてはならない』ってどこ行ったんですか?」
『そこは君の判断に委ねるよ。
アルコールを飲まないモノに、アルコールを教えてはいけませんからね』
かつて戦国時代のハワイには、麻酔的な酩酊作用のある飲料は有ったが、アルコール飲料は存在しなかった。
クック船長ら、ハワイに来たヨーロッパ人たちが酒を持ち込んだ結果、その後の統一王朝ハワイ王国は、国民だけでなく王家の者たちすらアルコールに溺れ、中毒になって体を害する者が多く現れた。
アルコールが一国に破滅的な影響を与えた例である。
だから、相手があくまでも「地球人類と同様」であった場合、やってみろという事だった。
(そんな事あるのかな?
天使とか妖精みたいな連中がアルコールとかを欲するかな?)
来人は疑問に思ったが、従ってみる事にした。
そして、相手が人型であるなら、お互いに伝染する病原体の交換も有り得るとして、ベースキャンプでの様子見期間や、接触時の為の殺菌処理等の防疫措置が決められる。
こうして来人は3回の調査の旅に出た。
同様に途中までは原付で移動し、バイクでは入れない森林の中に徒歩で踏み入る。
そして来人は、やっとコミュニケーションを取る事になる有翼人の少女と出会う事になる。
おまけ:
記録映像を見た学者がボソッと言った。
「この羽根……物理学的に有り得ないなあ……」
妖精サイズのモノは良いとして、少年サイズのそれが飛ぶには小さ過ぎるというのだ。
「これでよく飛べるものだ」
来人は言われてみて、やっと気づく。
次に出会った時は、それについてもじっくり見てみようと思った。




