初めての恐竜召喚
来人はそれを何かに使おうと思っていた訳では無かった。
彼は恐竜が好きである。
元々、恐竜の化石を掘り起こそうとして、異世界への入り口を掘り当ててしまった。
肝心の化石は見つからなかった。
だが、得てしてそういう欲望が無い時に、運命は出会いを作る。
異世界への入り口への移動中、ふと目にした石に驚いた。
「これ、歯の化石じゃないか?
多分、肉食恐竜!」
大学3回生で勉強不十分、確信を持ってそう言ったのではなく、多分に期待込みでの発言であった。
その化石を、来人はポケットに入れて異世界へ持って行った。
あとで調べてみたかったから。
折角見つけたのだから、誰にも預けたくなかったから。
そしてお守り代わりとして。
彼に与えられたのは、拳銃と小銃、そして原付スクーターであった。
ベースキャンプで一応一日体を慣らした後、調査の為の冒険に出発する。
果たして、既に調査していた者が報告した通り、足が四本の猛禽が襲い掛かって来た。
捕食というより、嫌なモノを排除するような気配で。
最初の襲撃時は、護衛がついていた。
普通の人間でも、降圧剤を飲みながらなら行動が可能である。
自衛官が護衛で着いて来ていた。
自衛官は発砲。
その鳥を撃墜する。
「では、これを持ち帰りますので」
護衛の1人はそうして離脱した。
最初の方はこうして、ベースキャンプの周囲を原付で走りながら、護衛と共に調査していた。
この時は自衛官が身を守ってくれた為、安心であった。
だが、いつまでもこんな護衛も着いて来られない。
彼等は規則により、異世界での活動時間は最大12時間、故に時間的距離で片道6時間の半径内でしか活動出来ない。
その外に出る時は、来人1人となる。
「ではご健闘を!
決して無理はなさらぬように」
護衛の自衛官が敬礼をして、去って行った。
ついに異世界で1人きり。
そういう行動には慣れてはいるが、ここは危険地帯である。
果たして彼は、早速猛獣の襲撃を受ける。
それは来人が休息を取ろうと、洞窟を見つけてそこにテントを張った時であった。
彼は外ばかりを警戒していた。
だが、猛獣は洞窟の中に居た。
むしろその猛獣こそが先住民であった。
猛獣は、後に判明するのだが、地球人の発する無制御の思念を受けて苛立っていた。
猛獣たちは地球人から発せられる思念が不愉快で、それで攻撃して来るのだ。
洞窟の奥から現れた、六本足の熊のような何か。
咆哮しながらやって来るソレに、来人は咄嗟の対応が出来ない。
(銃を……)
いざ撃とうとすると、訓練通りにはいかない。
安全装置の外し方、分かっていた筈なのに
(あれ、どうすれば)
と手間取る。
それに指が震えて、上手く動かない。
だが六本足の猛獣はもう手が届く距離まで来ている。
彼は咄嗟に、ポケットの中に入っていた石を投擲した。
周りに手頃な石が無かったので、そうしたのかもしれない。
そして奇跡が起こる。
その石は、この世界に来る前に拾った化石であった。
その化石が猛獣目掛けて飛ぶ。
飛びながら、周囲の空気を変えていく。
何やら形造られていき、やがてそれは来人が愛するモノへと姿を変えた。
フクイラプトル。
日本に生息していたアロサウルス上科の肉食恐竜であった。
フクイラプトルは猛獣に対し襲い掛かる。
熊のような猛獣の、爪の一撃を物ともせず、恐竜は猛獣の首筋に嚙みついた。
(え?
え??
え??!!
なんで、恐竜?
なんで……)
来人の気が遠くなる。
霞む視界の中で、恐竜が猛獣を倒していた。
来人は気を失っていたようだ。
目を覚ました時、倒された猛獣は居たが、恐竜の姿はどこにもない。
投げた化石が、手元に戻って来ていた。
これが初めて恐竜を召喚した時の話である。
来人は、今起こった事を信じられずにいた。
夢でも見たのではないか?
だが現実として猛獣は、血を流して死んでいる。
死んだ生物ならサンプルとして持ち帰る事が出来る。
眩暈がする。
立ち眩みがする。
しばらく休息を取った後、原付に積んであったロープを猛獣の死体に結びつけ、引き摺ってベースキャンプまで戻る事にした。
幸いここは、一般人の行動半径からそう遠くない場所である。
帰りやすい場所だ。
だがやはり異世界。
すぐに死体から流れる血の匂いに惹き付けられてか、別の猛獣が襲って来た。
来人も2回目となれば、1回目よりも冷静な行動が出来る。
安全装置を外し、拳銃を撃った。
だが当たらない。
射撃場でさえ、中々的に当たらないのだ。
初心者が原付を走らせながら、走って来る獣に当てる事なんて出来っこない。
原付の操縦の方が覚束なくなって来た為、停車し、下車して狙ってみる。
不思議な事が分かった。
銃を向けた瞬間、そいつらは回避を始める。
引き金を引いた時、既にそいつらは避けていた。
(なんだよ、あのアニメのニュータイプだとでも言うのか?)
半分正解だ。
彼等が殺気や圧力を感じるのではない。
こちらが余りにも殺気を放ち過ぎている為、行動が筒抜けなのだ。
「もしかしたら、あれは夢ではないかもしれない」
お守り代わりの化石を握る。
そしてもう一回、猛獣たちに向かって投げつけた。
すると前と同様、周囲の空気が変化し、徐々に恐竜の形になっていく。
その恐竜は顕現化すると、恐ろしい咆哮を上げた。
猛獣たちは立ち竦み、その恐ろしさからか逃げていく。
そして来人はまた気を失った。
目が覚めた時、来人は無事だったが、牽引していた猛獣の死体は既にあらゆる獣に食べられて、骨と不味い部分だけが食い残され、悪臭を放っていた。
サンプル回収には失敗した。
だが来人は、この世界で不思議な事が起こった事を知る。
「俺は、恐竜をこの世界に呼び出したんだ……」
とは言え、僅かに数秒から十数秒だけである。
召喚してすぐに気絶してしまうのは、かえって危険だ。
来人はまだ知らないが、実は気を失っている時の方が安全だったりする。
怪我をして血を流しているなら兎も角、意識が無くなっている時は、この世界の猛獣を苛つかせる思念波が発せられないから、獣たちは気にしなくなるのだ。
更に獣たちは、本能的なものなのか、金属の臭いと火薬の臭いを嫌がる。
苛ついて襲って来るのではなく、避けて近づかない。
発砲し、火薬の臭いを染み込ませた上で意識を失った来人は、例えて言うなら道端に落ちている「ウ〇コ」のようなもので、異世界の生物からしたら近づきたいと思えるものではないのだ。
ともあれ、来人はこの能力について、もっと知りたいと思う。
自分の身を守る為というのは確かにある。
だが何より、自分が愛する生物、恐竜と会えるのだ。
ここは一回地球に戻って、他の恐竜でも試してみよう。
あと、撃っても当たらない銃についてもどうにかしたい。
そうでないと、危険極まりない。
そして彼はベースキャンプに引き返すと、電話をかけて後方支援の人に来て貰った。
来人は単独で異世界を探検しているが、その背後には多数の人間が動いている。
護衛する者、補給を担当するもの、ベースキャンプをメンテナンスする者、サンプルが有った場合それを運ぶ者、来人が怪我や病気になった時に対処する者。
ここまでが現場の人間で、普段は異世界への入り口から少し離れた場所で待機している。
入り口付近だと、異世界の謎の力の影響を受けてしまうからだ。
この現場担当者の他に、東京では来人から得られた情報やサンプルの分析を行う者がいる。
更に上位に、この計画を統括する者が居るし、来人以外の適応者を探す者、それらを用いた本格調査を行う為の法整備に関わる者などが動いていた。
こうした人たちを異世界に呼び出す。
僅かな時間であれば、彼等とて居る事が出来るからだ。
そして論より証拠。
来人は大勢の前で、恐竜の化石を投擲。
そして現れる恐竜。
すぐに気を失う来人。
この能力に驚くも、すぐに対策に入る一同。
使いこなせるなら、行動範囲に限界がある自衛官よりも、余程良い護衛になるだろう。
一方、通常の護衛である自衛官を伴い、襲って来る猛獣に対して発砲してみせた。
やはりどこぞのニュータイプのように、狙った瞬間に回避行動を取られる。
当てられない来人に対し、護衛の自衛官はあっさりと猛獣を仕留められた。
極意は
「撃ち気を見せず、心穏やかに。
引き金を絞る時には寒夜に霜が降るが如く」
との事だった。
銃に関しては、とても短時間でその境地には達する事が出来ない。
やはり来人は自分のユニークスキルを磨く事にした。
銃は、威嚇や超至近距離、絶対外さない時に使えれば良いだろう。
多数の目撃、フィルム撮影でしっかり写る事、これらから恐竜召喚は異世界で来人が使える技と認識された為、国はこの技の為のバックアップをする。
あちこちの博物館から、死蔵されている恐竜化石を借りる。
色々な種の恐竜の召喚を試させた。
大きいもの、小さいもの、古いもの、新しいもの、肉食のもの、草食のもの。
恐竜とは厳密には鳥盤目と竜盤目に限られる。
それ以外の首長竜、翼竜、魚竜は古生爬虫類であり、恐竜ではない。
それでも試してみたら、召喚出来た。
爬虫類だけではない。
第三紀以降の哺乳類、オルドビス紀のウミサソリも召喚可能であった。
ただ、節足動物なんかは召喚出来ても、全くコントロール出来ない。
恐竜も、知能が高いと言われる種程、意思を通じさせる事が出来る。
「あれを襲え!」
「行って戻って来い」
そういう指令に、すぐに反応するか、強く念じないと反応しないか、どんなに頑張っても従ってくれないかの違いがあった。
そして、念じるよりも意思を込めて言葉に出した方が、より伝わりやすいようだ。
「まるでポ〇モンですな」
「せめてカプ〇ル怪獣と呼んで下さいよ」
そんなこんなで、ベースキャンプ周辺で恐竜の使役法を練習し、比較的長時間使役可能な恐竜を選び、再度泊りがけでの長期探査に出発した。
来人はまだ、恐竜使役の為の練習が思念の集中と集約、指向性を持たせる訓練も兼ねていた事に気づいていない。
他の地球人に比べ、この世界の生物を刺激しなくなった来人は、襲われる事も少なくなる。
恐竜という新しく、かつ距離の制約が無い護衛を得て、更にこの世界に不快感を撒き散らかさなくなった来人は奥地へ進んで行く。




