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翼を持つ少女との出会い

 遠くより悲鳴が聞こえる。

 見ると少女が猛獣に襲われていた。

 だがそれが、我々がよく知る世界の風景ではないと明らかに分かるものがある。

 それは襲う側、襲われる側ともに両手両足に加え、翼がある事だった。


 ここは異世界。

 地球と異なり惑星なのか、別の次元にあるのか、それもよく分からない。

 ただ分かるのは、異なる物理法則が成り立つ世界であるという事だ。


(あんな短い翼で、よく空中に浮いていられるものだ)

 そう思う男は、見慣れた両手・両足だけの人間であった。

 彼はポケットの中から3つの化石を取り出す。

 それは長い爪のようなものである。


「ガイ、オルガ、アッシュ、頼むぞ」

 そう言って遠くに投げる。

 その化石が地に着く前に、次第に透明な肉が付き始め、やがて可視化して3体の恐竜となって顕現した。

 恐竜の種類はユタラプトル。

 全長は5~7メートルのその姿は、某映画で有名な「ラプター」そのものである。

 その映画で描かれた「ラプター」はヴェロキラプトル。

 実際のサイズは現在の七面鳥程度。

 同じ種類の鉤爪を持った恐竜で、最大種はこのユタラプトルなのであった。


 ガイ、オルガ、アッシュとは復元されたユタラプトルの個体名である。

 これは某アニメの黒い塗装を好んだ3人のパイロットにちなむ。

 その3頭は、自身よりも少し大きな羽根のついたトカゲに襲い掛かる。


 突如見た事が無い生物が襲って来るのを見たその羽根トカゲは、威嚇の咆哮を挙げる。

 だが3頭の恐竜は怯まない。

 そこで羽根トカゲ、もう便宜上ドラゴンと言って良いだろう、それは炎を吐く。

 映画と違い、羽毛の生えた前肢を炎がかすめた為、火のついた羽毛を見て無表情ながら瞳孔の伸縮で怒りが感じられるオルガ。

 ガイが意思を込めた咆哮をする。

<オルガ、アッシュ、アレを仕掛けるぞ>

<おお! やってやるぜ>

<俺の毛を燃やしやがって、ただでは済ませねえぞ、あの野郎……>


 3頭の恐竜は走りながら一直線に並ぶ。

 先頭のオルガだけがドラゴンからは見える状態だ。

 ドラゴンは再度火炎を吐く。

<今だ!>

 ガイは右に、オルガは左にかわした。

 ドラゴンがガイの方に首を向けた瞬間、ガイの影からアッシュが跳躍し、強力な武器である鉤爪でドラゴンの目の辺りを斬り裂いた。

 ドラゴンが怯んだ瞬間、背後に回り込んでいたオルガが飛び乗り、ドラゴンの背中に爪を突き立てる。

 これは攻撃であると共に、ドラゴンの体の上で自身を安定させる行為でもあった。

 痛みに悶えるドラゴンの首に、オルガが噛みつく。

 さらにガイも飛び蹴りの要領で爪をドラゴンに突き刺す。

 オルガがドラゴンの首を噛み砕く間、ガイとアッシュはヒット&アウェイで爪を突き立ててドラゴンの生命を削っていく。


 そしてドラゴンは倒された。

 その間に人間は、襲われていた少女を救出した。

 少女はドラゴンの火炎を羽根の辺りに被弾し、また爪で足を斬られていた。

 要は飛べない、歩けないという状態である。


「大丈夫か?」

 男が問う。

 しかし、先程は助けを求める悲鳴を挙げていたのに、少女はポカーンとしている。

(また意思疎通が出来ない者なのか……)

 かつても、同様に襲われている人間のような生命体を助けた事があった。

 しかし彼等が知的生命体であり、言葉が何故か通じるのに、会話が成り立たないという事が度々有ったのだ。

 この世界では、感情を込めて発した音声は、言語体系が全然違うのに伝わる。

 だから

「助けて!」

 という感情は、この世界の言葉を全く知らなくても理解出来るのだ。

 だが、何度もあった事だが

「大丈夫か?」

 と問うと

(何か変な生き物だ)

 という感情が伝わって来る。

「怪我は無いか?」

 と問うても

(変な奴に食われるのか?)

 と警戒の感情が届くだけ。

 何というか、彼の世界の子供よりも会話が成り立たず、犬猫の音声翻訳機を使っているような感じなのだ。

 ただ、彼等は服を着て、道具を持っていたりする。

 森の恵みを篭に入れていたりする。

 何らかの文明や文化を持っているのだが、どうにも意思疎通だけが出来ない。


<旦那>

 アッシュが思念を送って来た。

 見ると、3頭の恐竜はドラゴンの死骸を食っている。

「ああ、そうか、戻し忘れていたな」

 本来、化石を媒介にして恐竜を召喚すると、特に戦闘指揮のようなもので精神を使ったりすれば10分程度で維持出来なくなり、彼等は消滅するのだ。

 だが彼等の本能に任せて食事等をさせておけば、精神消耗は少なく、もっと長い時間顕現し続ける。

 負担が無かったから、つい消し忘れていたのだ。


 アッシュは物騒な事を言い出す。

<旦那、そいつも喰っていいですかい?>

「おい、ダメだよ。

 折角助けたんだから」

<ですが旦那、そいつを俺は仲間かエサか判別出来ねえんでさ。

 名前とか無えんですかい?>


 そう言えばそうだ。

 彼等は名前があるものは識別が出来るようだ。

 初めて彼等3頭を召喚した時も、お互いを敵と見て殺し合いを始めた程だった。

 そこで便宜上彼等を、顔に傷がある個体にアッシュ、鼻先にブツブツがある個体をオルガ、残りにガイと名付けて命令しようとしたら、使役命令を出す前に彼等はお互いを味方と認識したのだ。

 それだけでなく、名づけをした後から、彼等には性格のようなものが生まれる。

 さらに意思がハッキリとし、こちらにも自分の要求を伝えて来るようになった。

 明らかに知能も向上している。


 そこで、この翼のある少女の個体名を聞いてみる事にした。

 名前を認識させれば、無いモノはエサにしか見えないこの恐竜たちが涎を垂らしながら見る事も無くなるだろう。

「君、名前は?」

 以前はこういうやり取りはしていない。

 接触しても、飛んだり、海に潜ってしまったりして逃げてしまうからだ。

 幸か不幸か、この少女は羽根と足に怪我をしていて逃げられない。


(名前? 無いよ)

 多少会話が成立する。

 名前という概念は有るようだ。

 だが、それを何で知ろうとしているか不思議がっている表情である。

「名前を知りたい。

 あいつら、名前が無いと食糧だと見ている」

(怖い、助けて)

 明らかに怯えてしまった。

 ジタバタしているが、怪我をしていて遠くにはいけない。


<名前無いんなら、喰っていいんですね>

 そう思念を送って来るオルガを、ガイが窘める。

<おいおい、お前ら、アレはメスだぞ。

 メスは大事にしないとな。

 力ずくでメスをどうにかしようなんざ、モテねぇ野郎のすることだぜ>


 なんというか、ガイという名前にしたせいか、こいつ恐竜の癖にキザで女好きなんだよなあ……。

 恐竜の癖に酒も好きだし。

 とりあえずガイが仲間を止めている間に、この子をどうにかしないと。


「なあ、名前が無いなら俺が勝手に付けて良いのか?」

 その質問に少女は首を傾げっぱなしである。

 全く意味が分かっていないようだった。

「名前、有るとダメなのか?」

(分かんない)

「名前、付けて良いか?」

(分かんない)

「名前無いと、あいつらに喰われる」

(嫌だ、怖い)

「名前、付けて良いのか?」

(食べられたくない、助けて)

「じゃあ、名前付けるよ」

(いいよ)

 反射的な感情なので、伝わっているのかどうか。

 だが便宜上、名前が無いと困るので、仮名であっても付ける事にした。


 ふと考えた。

 そして、この羽根のある少女に、彼の世界で好きなアイドルから名を拝借して付ける。

「君の名前は夢羽(ゆは)でどうだ?」

(名前……ユハ……)


 変化が現れる。

 その少女は今まで、喜怒哀楽、恐怖や安堵が生の表情となっていた。

 だがその様子が変わり始めた。

 ちゃんとした説明は難しい。

 だが、画家が人物画を仕上げた時のように、何か意思のようなものが、心のようなものが籠ったように見える。


「私の名前はユハ。

 私、名前が付いたのですか?

 何と言って良いか分かりませんが、これで私はあのドラゴンみたいなのから狙われないのですか?」

 少女からのはっきりした思考の質問に、思わず男は驚いた。

 だが、聞かれたからには答えよう。

「なあガイ、オルガ、アッシュ、もうユハを襲おうとはしないよな?」

 それに対し3頭は

<ああ、どうやら仲間のようだからな>

<さっきまではエサだったけど、今は召喚主(マスター)の同族に見えている>

<メスとか言ってすまんな。

 どうやらアンタの仲間、淑女(レディー)だったようだ。

 大事にしてやりなよ>

 と返答する。


「だそうだ。

 伝わっていたかな?」

「はい、分かりました。

 食べられないようでホッとしました」

(随分と変わったものだなあ)

 そう思ったら思考を読まれたようで

「すみませんね。

 こうなってしまうから、本当は名づけは禁止だったんですよ」

 と言って来る。


 どうやら彼女たちは自我というものを持たない、無垢な存在であるようだった。

(旧約聖書でいう「知恵の実」を知らず知らずの内に食べさせてしまったようだな)

 これは思考が伝わってしまっても、共通の知識が無いから相手は理解出来ないようだ。

「ところで、ユハってどういう意味なんですか?」

 少女が聞いて来る。

「夢……って分かるかな。

 でも寝ている時のそれじゃなく、美しいとか理想とかそっちの意味なんだけどね。

 そんな夢の羽根って意味だよ」

「何となく……分かったような、分からないような。

 でも、綺麗な言葉ですね、嬉しいです」

 ユハが微笑む。

「ところで、貴方は何ていう名前なんですか?

 教えて下さい」


 男は答える。

「俺の名は安鳥(あんどり)来人(くると)

 『くると』って名前がちょっと珍しくて意味不明なようだから、『ライト』と呼ぶ人もいるよ。

 親が古生物学のスティーブン・グールドを尊敬しているから、その名を付けたようだけどね。

 まあ名前の由来通り、古生物……つまりあいつらが好きな大学生だよ」

 恐竜どもが、サムズアップして応答する。


「ライト……ですね。

 私、ユハ!

 貴方、ライト!

 助けてくれてありがとう!

 会えて嬉しい!!」


 来人はやっと意思疎通が出来る人型の相手に答えた。

 こうしてまともな会話をこちらの世界でするのは初めての事である。

 そしてここから来人の異世界の旅は本格化し始めた。

おまけ:

スティーブン・J・グールドはカンブリア紀バージェス動物群の研究者。

もう一個ネタバラシ。

安鳥=恐竜の卵の化石発見者ロイ・チャップマン・アンドリュースの「アンドリュース」から。

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