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誰もが羨むような順風満帆な魔導師

 「ご苦労様です、メルズレッド卿」

 「うむ、ありがとう」

 「では昨日に引き続いてということで、こちらの方面についてですが──」

 「ああ、その部分についてだが──」


 俺はフィルベア・メルズレッド。第一級、エリートの魔導師たるアークメイジの称号を国王陛下から拝している。

この号と地位を得る為に、決して裕福とは言えぬ暮らしと共に、血の滲む様な鍛錬と勉学の日々を過ごしてきた……何故そんな事をして来たって?


 そりゃあ何と言ったって国の中央たる王都の魔導師、それも国王お抱えの宮廷魔導師だ。と来りゃあその時点でほぼほぼ勝ち組。


 ……なだけじゃない。俺の場合はそれに加えて王国立魔導図書館の司書、王国軍の第二大隊参謀長、魔導院主席研究員と、名だたる機関の要職を兼任している。


 今行っていたのは参謀長としての仕事、即ち軍議。近頃国を脅かす魔王軍の進撃が強まっているとあって、近頃は気が休まる間もなくもっぱら作戦立案と会議の日々。


 しかしまあ、裏を返せば俺の能力を惜しみなく活かせるまたとない機会でもある。この機をモノにして、俺は更なる出世を重ねてやるつもりだ。ここで足踏みし続ける気は毛頭ない。


 今に限って言えばなんの問題も無い。極めて順風満帆な出世街道真っ只中だ。

 この職場環境に不満も無い。国王陛下は俺を信頼してくださっているし、周りの連中も実力主義的なこの国の人間と言うだけあって俺の能力を買ってくれている者ばかり。


 これが血統主義……他国にあると聞く家柄重視のシステムならばこうは行かなかっただろう。

 俺は地位こそ今のようなとてつもない物だが、生まれを辿ると唯の一市民の家系。そんな人間が要職に就けるはずが無いから、この国に生まれたのがせめてもの救いだったと思う。


 ◇


 「…………と、このような布陣と方向で行けば先ず問なないだろう」

 「では、次の行軍ではこのように手配致します」

 「ああ。よろしく頼む」

 「はっ!」


 そうこう言っていると軍議が終わった。さくりさくりと立案出来るのは学びの賜物だが、国の利益損害が自分の一手で決まってしまう……

 そう考えると、些か単純な考えでやっていくことは到底出来ない。ある意味では、俺が受け持っている役職で最も重たく、そして重要なものと言える。


 「ふーっ……次の作戦も何とか問題なくやって行けそうだな……」


 なんて独り言を言いながら王宮の廊下を歩いていると、


 「おやぁ?これはこれはメルズレッド卿。奇遇だねぇ、くくっ」


 ……俺が一番会いたくない人間と遭遇した。


 「……ああ奇遇だな、バールト卿」


 それが此奴、ネスティム・バールト。

 俺と同時期に宮廷魔導師任官の試験を受けた同期にして現状、()()()()()()()()()()()()()()()()()人間。

そう言った意味では終生大切にするべき仲間という見方であるべきだが……俺の方はそういう気にもなれない。


 「何の用だ」

 「別になんと言うことは無いさ……しかし君、気を付けた方が良いぞ?」


 奴は大袈裟に身振りを交えながら言う。


 「世の中には君のような平民上がりをよく思わない人間が一定数居るからねえ……」

 「(代表例はお前だろうが……)」


 前述した仲間として見られない理由はここにある。ネスティムの家たるバールト家は脈々と続く名門の家系。


 そんな所から出てきた奴は言ってしまえばいい所のおぼっちゃん……少なくとも、平民からのし上がった俺にいい思いはしないだろう。


 加えて、宮廷魔導師の他に三つもの役職を兼任する俺と打って変わって、奴が就いているのは宮廷魔導師の任一つのみ。

 名門の出である自分は一つなのに、あの平民上がりが三つも――そう考えていたとて不思議ではないし、何なら俺をどうにかして辞めさせようと工作を働くかもしれない。


 しかし、俺には何の問題もない。


 例えば参謀長から外されたりしたとして……その時には司書か研究員として、第二の人生を歩んでいくのも悪くないだろう。

 一つの役職にしがみついているお前と違って、こっちの方は居場所は多いんだ。ざま見ろ。

 椅子を一つ失っても、まだ二つの椅子がある……。宮廷魔導師を含めれば三つ。


 心配はいらない。何故なら今の時点で俺の将来は決まっているも同然だからな、勿論良い方向に!


 「それじゃあ、お互い良い方向に向かうように願おうじゃないか」

 「そうだねえ……くくっ……いや、全くもってそうだ。では所用があるのでこれで失礼させて貰おうかな……」

 「…………」


 言いたいことは言ったと言わんばかりに薄気味と気色の悪い笑い声を零しながら踵を返して去るネスティムの背中を軽く見送った後、俺も足早にその場から去る。


 こんな場所に一刻も居たくは無い。出来れば自室にでも籠っていたいがそうも行くまい。


 これから少しした後に図書館司書の仕事がある。王城から図書館までは馬車で数分の比較的短い距離だから、そこまで急ぎ過ぎる事は無い。少々だが、時間を潰すか……


 等とそう思っていた矢先、俺を呼び止める声が聞こえた。


 「何だ?誰だろう…」

 「メルズレッド卿!」


 伝達か何かだろうか、使用人が急ぎめの足で俺の元へと駆け寄って来た。


 「一体どうしたんだ」

 「はい、こちらを手渡すよう陛下から言付かっております」


 言って、彼は上質な革の袋を差し出す。中々に大きめなサイズで、中身も多く入っているのか持つとずしりと重たい。


 「これは一体……」

 「陛下から日頃の感謝の念を込めての恩賞との事です」

 「陛下が……それは何とも有難い」


 これは格別の褒賞だ。有難く受け取って有効に使わせて貰おう。


 「では、私めは失礼させて頂きます」

 「ああ、どうもありがとう」


 使用人はそう言って一礼すると、つかつかと足音を響かせながら忙しく去っていく。


 「思わぬ収入が入ったな……どうしようか」


 まあ、図書館への道すがら考えることにしようか。


 ◇


 王城から馬車に揺られて早数刻。

 陛下から賜った御褒賞の使い道をああでもないこうでもないと模索している内に到着してしまった。


「……まあ、元々そんなに距離ないところだもんな」


 なんて誰にとも愚痴ともつかないボヤきごとを言いながら、御者に礼と心づもり(チップ)を渡して下車し、その足でまっすぐに司書執務室へと足を運んだ。


 「メルズレッド司書、本日もお疲れ様です」

 「お疲れ様、リード君」


 補佐役を務めてくれているリード・アラクシアという青年と挨拶を交しながらデスクに着き、業務に取り掛かる。


 「来館者数、貸出、魔導書の閲覧申請……右肩上がりだな、こりゃあ嬉しい限りだ」

 「近くは子供たちも多く来てくれますね……ちょっぴり入口が賑やかになっちゃいますけど」


 たはは、と困り気味な表情を交えた笑顔を浮かべるリード。まあ、閑古鳥が鳴くような物寂しい図書館になってしまうよりは確かに良いだろう。


 「それはそうと」


 リードが徐に目線を机の方へと向ける。視線の先には……先刻の革袋。使用人曰く、陛下からの恩賞。


 「陛下が俺に下さったんだそうだ……日頃のことを考えてのお気持ちなのかも知れない」

 「へぇ、それじゃあ特別手当じゃないですか!いいなあ、僕も欲しいですよこんな大金……」

 「大金だって?」


袋の中を見ながら羨ましそうな声色で言うリードの言葉が引っかかるように感じて、俺は思わず聞き返す。


 「銅貨か……せいぜいもって銀貨くらいなもんじゃないのか?」

 「とんでもないです、金貨ですよこれ」

 「金貨ぁ!?」


 思わずデカい声を上げて聞き返す。聞き間違いじゃあ無いよなあ……まさか、まさか。


 「そのやたらと綺麗で丈夫な革の袋の中身が全部金貨だって言うのか!?」

 「いやそうですって、ほら!」


 ばっ、とこれ見よがしにリードが開いて見せた袋の中身は……一つの例外もなしに全てが金貨だった。

これだけの多さ……一体いくらになるんだ……!?


 「冗談じゃないぞ!?俺が向こう二、三年何もしなくても過ごせる位の額だ!」

 「ほんとですよ!!とんでもない物貰いましたねメルズレッドさん!!」

 「自分で貰っておいて何だけど寧ろ気持ち悪いくらいだ……こんな大金見たせいか頭痛がしそうだ……」


 一応、高給取りの職に就いている縁で金貨くらい見たことはあるが、ここまで多量となると……平民出身の俺には刺激が強すぎるみたいだ。


 「……こんな大金、何に使えばいいんだよ……」

 「……とりあえず、司書業務やっちゃいましょうか」

 「だな……」


 こんなとんでもない量の金貨……そりゃあ重たいはずだよ。あーあ、どうやって使うべきなのやらなぁ……。

 順風満帆でなんの問題も無い俺の人生……そこに一つ、少々厄介な問題が出来てしまった。


 ◇


 ほぼ同時刻、王城にて。


 「失礼致します」

 「ご苦労だ、例の件はどうなった?」


 一人の男が個室で、使用人らしき人物の報告を背中越しに聞いている。


 「既にご指示の通り行いました。何も問題はございません」

 「よくやった、今日はもう上がるといい……くくっ」

 「はっ」


 男は満足そうに笑み、使用人に促した。


 ──────────


 「んーっと……これで片付いたな」

 「お疲れ様です」


 やっと司書の仕事が終わり、ぐぐっと伸びをする。

ひと息つこうと茶を淹れていると、不意に執務室の戸が叩かれた。


 「メルズレッド司書様はいらっしゃいますか!私、宮廷配達員の者ですが!」

 「あぁ、はい!開いていますよ」

 「失礼致します!」


 慌ただしく騒がしく戸を開いて配達員が駆け込む。


 「一体どうしましたか?」

 「メルズレッド司書様宛に此方が」


 言って配達員が差し出した一通の手紙を受け取り、その宛名を見てみる。


 「陛下だ……なんだろうか」


 『フィルベア・メルズレッド

  極め重要なる話の故有り

  翌日に王城へ』


 国王陛下、直々の召喚であった。

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