エアソフトガンクラブ
週末、志穂と咲美は改めて舞からシューティングコースの指導を受けることにした。ゆきはコースを取らず、個人練習である。ちなみにサバゲはしない予定なので、全員制服のままであった。
志穂はシューティングレンジでエッジ5.1を構え、横に六枚並んだ丸いメタルターゲットを撃っていく。デザートイーグルの時より、早くスムーズにターゲットを捉えているようだ。
「――志穂ちゃんはトリガーの引き際で銃を左に振る癖があるから、そこを意識して」
「はい!」
発射された弾はターゲットの中心付近を綺麗に捉えた。
「うん、いい感じね! これだけエッジ5.1を使い込むなら、スライドストップは使わない運用にした方がいいかもね」
「そうなんですか?」
「KGCのエッジシリーズはスライドストップを多用すると、スライド側に埋め込まれた補強プレートがめくれ上がる持病があるのよ」
ガスブロハンドガンは法令の関係もあり、基本的にプラスチックで作られている。
弾切れになると金属でできたスライドストップが跳ね上がり、スライドの――つまりはプラスチック部品の小さな切り欠き部分にスライドストップの端を引っかけて止める形になる。だから補強が入っていても、銃によってはスライド側が壊れやすいのだ。
志穂のエッジ5.1はもともと正志の所有物であり、舞が対策加工をしてあるが、万全ではないらしい。
「マガジンのフォロワーを削って、弾切れになってもスライドストップがかからないようにすれば、安心なのよね。弾切れ後は自分でスライドを引く必要があるけど」
「なるほど……とりあえず、今日は空撃ちの時と同じやり方で対応します」
エッジ5.1を両手構えにし、志穂は再び撃ち始める。左の親指でスライドストップを押し下げ、利かないようにしているのだ。
一方、咲美は隣接するレンジでグロック18Cのフルオート射撃を満喫していた。
「あははは! あははははは、すげーっ!!」
弾幕が降り注ぎ、十メートル先にある人型のメタルターゲットが乱打される。凄まじい音だ。
撃ち終わったのを見計らい、舞は横合いから声をかけた。
「咲美ちゃん、オーバーキルになっちゃうから、サバゲの時は指切りバーストにしてね」
「指切りバースト?」
「トリガーを引いたら、短い間隔で指を離すのよ。こう、ぱっぱっぱっと。そうすると撃ちすぎなくて済むから」
「ふーん……ちょっと、あれで試してみようかな」
レンジを移動し、咲美はグロック18Cでラウンドアバウトを撃った。
例によってサイトは使わずカンで狙い、教わった通りの指切りバースト射撃。一瞬で命中音が奏でられ、あっという間に五枚のターゲットを撃ち終わってしまった。
「おおっ!? バーストだと指差し射撃でも楽勝じゃんっ!」
「イイ感じね! 適度に弾が散らばるから、大雑把な狙いでもあたるのね」
「よっしゃーっ!! あたし、これで行こうっと!」
喜び勇む咲美の声は、ゆきの耳には届かなかった。
ゆきは五メートル先のプレートターゲットを注視していたのだ。一列に五枚が並び、二列合計で十枚のターゲットがあった。形状、サイズとも卵に近く、志穂や咲美が撃っているターゲットより小さい。
ブザー音を合図に、ゆきはホルスターから9Lを引き抜く。
タン、タン、タン……と軽快なリズムで発砲すると、ターゲットが次々に倒れていく。撃ち終わるとタイムを確認。リセットスイッチを押してターゲットを起き上がらせ、再び射撃を開始する。
機械のように正確な動作に、咲美は感嘆をもらした。
「はー、やっぱゆっきー上手いな! ヤバいぜ!」
「集中している時のゆきは速くて正確よね。さっきから一発も外してないわ」
「でも、ビビりじゃん? サバゲ中に固まる癖さえなけりゃ、最強なのに」
「根がおとなしい子なのよ。私達でフォローしてあげればいいわ、ゆきは仲間なんだから」
練習を続けるゆきを残し、志穂と咲美は通路に戻った。
「お疲れ様! ばっちり撃ち込んだお陰で、二人ともずいぶん上達したわね!」
「はい! 舞さんのおかげで、自分の銃にも馴染めた気がします」
志穂は嬉しそうだが、めずらしいことに咲美はぼやきを返す。
「でもなー、どうせ練習するなら、毎日がっつり撃ちたいじゃん? だけど、お金がなー」
400円でこの体育館を使えるだけでも大変な好条件ではあるのだが、週に何度も通えばそれなりの金額になってしまう。
「お小遣いだけだとキツイよな。確かウチの学校バイト禁止じゃん?」
「そうね。申請すれば長期休暇中は認められるけど……特別な事情がない限り、普段はダメね」
「サバゲは特別じゃん。他にない遊びなんだし!」
「無理に決まってるでしょう。遊びなんだから!」
「高校生には結構な負担よね、私の指導コースも別料金だし。まあ、無理のない範囲で遊びなさいってのが、正しい答えなんだろうけど……間隔が空くと、せっかく覚えた技術が鈍るのよね。むむむ……」
うなる三人のところに、射撃を終えたゆきも合流する。
「どうかしたの、志穂ちゃん」
「お金の話よ。できるだけ沢山撃ちたいけど、なかなかね……ゆきもそろそろ厳しいんでしょ?」
「あー、うん。電動ガンも欲しいしね……」
ゆきはお小遣いだけでなく、今年のお年玉をそっくり残してエアガン関係の費用にあてていた。ただ志穂達より早く始めていることもあり、それなりに目減りしてきている。
困った状況なのだが、友達と悩みを共有できることがゆきには新鮮で、ちょっぴり嬉しくもあった。
「陸上やってたころは、親が出してくれたんだよなー。シューズとか遠征費とか」
「咲美、それは部活だからでしょ」
「じゃあ、部活にしちゃおうよ。名西女子高等学校にサバゲ部を作ろう!! なんてね。あははは」
まろび出てしまった軽口を、ゆきは笑いにまぎれさせようと――
「……え? あの……」
みんなの視線が自分に集中していることに気づき、ゆきは口ごもってしまった。
その戸惑いを余所に、三人はわっと盛り上がった。
「なるほど、君達が高校生だからこそ、使えるものもあるわけね!」
「――ありだわ。もし、本当に部活にできればBB弾もガスも活動費でまかなえるし」
「放課後、毎日撃てるじゃん! 最高じゃーんっ!!」
咲美が叫ぶと、志穂と舞は話を具体化し始めた。
「まず人集めですね。正式な部にするには五人必要なはずです」
「名前は〝サバゲ部〟より〝エアソフトガンクラブ〟とかの方が、活動の幅が広がりそうでいいかもね。実は市内でも年に何度か、シューティング競技の大会があるのよ」
「なるほど……基本的にはサバゲ中心になると思いますが、競技大会への参加は学校にアピールする活動内容として、わかりやすい気がします」
「えっ? えっ? えっ?」
話の急展開についていけない。
おろおろするゆきの背を、咲美はぱんと叩く。
「ナイスアイディアじゃんっ!! さっすが、ゆっきーサバゲの子!!」
「ええええっ!? あの、本気でサバゲを部活にするの? で、できるの? そんなこと――」
「もちろんわからないわ、ゆき。でも、やってみましょうよ!」
志穂もはつらつとした表情になっていた。困難な目標に挑戦し、達成することに喜びを覚えるタイプなのだろう。
(そうだね……そうだよ。悩みだけじゃない。わたし達、目標も共有できるんだ。二人と一緒なら――)
「――うん。やってみよう、志穂ちゃん! 咲美ちゃん! みんなでエアソフトガンクラブを作ろう!」
遅ればせながらも、ゆきも笑顔になった。
手を取り合う少女達の姿を、舞はまぶしそうに見やった。
「はー、いいわねー。部活でエアガン撃てるなんて、夢のような青春だわ。私もそんな学校、通ってみたかったーっ!!」
「夢か……そうですね。かなえられるといいな……」
舞はお気楽そうに手を振り、
「大丈夫よ、名西って生徒の自主活動に寛容でしょ?」
「そうかも知れませんが、顧問も必要だと思います。引き受けてくださる先生がいるか、心配で……」
「あー、顧問か。……そうね、うーん……」
ゆきの懸念はもっともだった。
エアガンやサバゲに対する理解が浅い者に顧問は務まらない。むしろ部員をきちんと教育できるレベル――舞に匹敵する経験者が望ましい。
しばし逡巡した後、舞は意外な言葉を返してきた。
「……実は、舞おねーさんにはアテがなくもないのよね」
「本当ですか、古館さん!?」
「わかった、舞さんがやってくれるんだ。それなら解決じゃん!」
「馬鹿ね。外部の方が顧問をするなんて無理に決まっているでしょう」
「もちろん名西の先生よ。上手くいくかは、わからないけど……聞きたい?」
「は、はいっ!」
打てば響くように、ゆきは答えるのだった。
「よし、後は言い出しっぺに任せた。頼んだぞ、サバゲの子よっ!!」
「え……っ? まさか、わたし一人でやるの……?」
「ああ、いつか部活になったら呼んでくれ。遠くから生暖かく見守っているぜ!!」
「ち、近くで手伝ってよっ!?」
「ゆき、落ち着きなさい。私達も協力するに決まっているじゃない」
「あ、そ、そうだよね……よかったぁ」
「でも、主役はゆっきーじゃん? 初代部長なんだし」
「えっ? ええっ!?」
「もちろん、そうね。これはゆきが始めたことですもの。頑張りましょうね、吉野部長」
「あううう……じ、自信ないよ……」




