お目利き
猛烈な速度でスライドが前後し、グロック18Cの銃口は上下左右に暴れ回る。
激しい振動に手を揺さぶられ、咲美は指をトリガーから引き剥がした。ぴたりとグロックは動きを停める。
「う……うわーっ!!!!!!!!」
「あはははははっ!」
弾けるように笑うゆき。咲美の驚きぶりが、想像以上だったのだ。
「な、なんじゃこりゃっ!? びっくりしたぁっ!!」
「それがフルオートだよ、咲美ちゃん!」
「ええ、これ……マジ? 工事現場のドリルみたいじゃん! もっかい、やっていい?」
「どうぞ」
再びグロック18Cが咆哮する。
繰り返し撃ち続けると、次第にスライドの動きがにぶくなってきた。
「マガジン、冷えてきちゃったね。そろそろ止まりそう」
ガスブローバック式のハンドガンはマガジンに注入した液化ガスがパワーソースだ。ガスを気化させて発生する圧力でBB弾を飛ばし、スライドを後退させる。
だが気化にともない熱が奪われ、マガジンは冷えてしまう。そうなると気化の効率が悪くなり、ガス圧が下がる。結果、弾速が落ち、やがてスライドも作動不良を起してしまう。場合によっては、液化したままの霧状のガス――いわゆる生ガスを噴くこともある。
「あ、あ、あーっ。ホントだ、止まっちゃった……」
咲美はトリガーから指を離す。
グロック18Cは力尽きてしまい、スライドが半端な位置でストップ。マガジンから最後のガスが漏れる間の抜けた音が聞こえた。マガジンが冷えただけでなく、ガス自体も切れたようだ。
「あっはははっ!! でも、すげー! めちゃめちゃいっぱい撃てるじゃんっ!」
「どうかな?」
「いいねー、最高じゃん、こいつ。でも、お高いんでしょう?」
「メーカー希望小売価格はM9と同じだから、3300円くらいだね」
「うっは、マジで!? 今月のお小遣いで買えちゃうぜ」
にんまりしつつ、咲美はグロック18Cを握りしめた。
「あたし、これにするよ! めっちゃ楽しいよ、こいつ。ゆっきー兄、なかなかお目利きじゃんっ!! 褒めてつかわす!」
「あははは、ありがとう。お兄ちゃんに伝えておくね」
グロック18Cを箱に収め、咲美は鼻歌交じりに操作説明書を読み始める。
喜んでくれてよかった――と、ゆきが思った時、背後から志穂が声をかけてきた。
「……すごい音だったわね」
「あ……っ、ご、ごめんね、志穂ちゃん」
「いえ、驚いただけよ。すぐ自分の世界に入っちゃうのが、私の悪い癖なの」
志穂は恥ずかしそうに目を伏せた。一応、自覚はあったようだ。
「咲美のハンドガンは決まったみたいね。私はどうしようかしら……」
「デザートイーグルじゃないの? あるじゃん、ほら」
確かにデザートイーグルの箱もあったが、志穂は迷っているようだ。
「うーん……その子、撃ちごたえはいいのよ。でもサバゲで使うには大きいし、連射が効かないのよね」
デザートイーグルの巨大なスライドはブローバックした後、もとの状態に戻る――復座するまでが、若干遅い。代わりに重く強烈なリコイルを楽しめるのだが、実戦においてはウィークポイントでもあった。
「じゃあ、M9でいいじゃん」
「あれは撃ちごたえがなさすぎて、ちょっと……」
「おいおい、ハニー。わがままなのは、おっぱいだけにしとけよー」
「まだそこいじるわけ、あなたはっ!?」
「志穂ちゃんにも、お兄ちゃんからのおすすめはあるんだけど……聞く?」
志穂はばつが悪そうな顔になった。妹の前で兄を罵ってしまったのだから、当然ではある。
「え、ええ。もちろん、お願い」
「あのね、ハイキャパなんだよ。どこにあるのかな?」
「――あった! これだろ?」
めざとく見つけ、咲美は箱を引き寄せたが、ゆきは首を振った。
「ごめん、違うの。ムルイのじゃないんだよ。〝KGC〟ってメーカーなの」
「……もしかして、あれかしら」
志穂が指し示す箱にはKGCのロゴマークがあった。ゆきは蓋を開けるとスマホと中身を見比べ、
「うん、たぶんこれ! ええと……〝STI エッジ5.1〟だって」
「ゆっきー、これもハイキャパなんだよね? なんか、ムルイのよりお高い感じがする」
「……高いね。グロック18Cより、一万円高い」
「えっ、たっか!! 志穂からはぼったくるつもりなのか、ゆっきー兄!?」
「ええっ? まさか……」
「わかった、この部屋には盗聴器があるんだよ! さっきの会話を聞かれていたんだ!! ピンチ!」
「こ、怖いこと言わないでよぅ……!」
「馬鹿ね。元値が高いんだから、ぼったくりじゃないでしょう」
ゆきはマガジンにガスを注入すると、エッジ5.1を志穂に渡した。
「これはムルイのフォロアストッパーは使えないんだよね。空撃ち一発でスライドがストップしちゃうと思うけど……」
「いいわ、スライドストップを指で下げておくから」
志穂は手首をひねり、エッジ5.1を軽く揺するように動かした。ずしっとした重量感があるようだ。グリップは太めだが、支障はないだろう。志穂の指はすらりと長く、巨大なデザートイーグルすら不自由なく握れる。
先ほどの咲美と同じく志穂は銃口をクローゼットへ向けた。スライドを引いてハンマーを起すと、トリガーを引き絞る。
「んっ!?」
ダンッ! 小気味良い発射音。
ダン、ダン、ダンッ!! 志穂はエッジ5.1を速射した。
「リコイルが強い……! 撃ちごたえはいいのに、連射が効くわね。でも、これ……」
志穂はマガジンを抜いてしまった。そのまま銃を構え、瞼を閉じてトリガーを引く。カキッ! と、硬質な打撃音がした。ハンマーが落ちただけで、当然ながら発砲音はなく、ブローバックもしない。再度ハンマーを起すと、志穂は同じことを繰り返した。ほんのりと頬を紅潮させ、志穂はつぶやく。
「すごい……この銃、気持ちいい……!!」
「おーい? なにやってんだよ、志穂」
「ゆき、ムルイのハイキャパも空撃ちさせて。ガスは入れなくていいから」
「う、うん」
渡されたハイキャパとエッジ5.1、さらに別の数丁を空撃ちし、志穂は何事か確信したようにうなづく。
「私、エッジ5.1にするわ。いえ、これしかないわ!」
「いいの、志穂ちゃん? ムルイのハイキャパよりかなり高いけど……」
「構わないわ。KGCの方が断然、いいもの!」
「へー、マジ? ちょっと、あたしにも貸して」
咲美とゆきもガスを入れずに二丁を撃ち比べしたが、共に微妙な表情になる。
「んんんー、そんなに違うかなー。むしろ、ムルイの方がトリガー軽くていいじゃん」
「確かにエッジ5.1はトリガー重めだね。でもなんだろ、かっちりした感じ? ハンマーが落ちる時のキレもいいかな……?」
「そうなのよ! トリガーから伝わってくる感触が、全然違う。すっごく気持ちいいの!」
志穂は興奮を隠しきれない様子だった。
ゆき自身が選ぶなら、トリガーの軽いムルイのハイキャパにする。だが、エアガンは本人が気に入ったものが一番だ。
「ビビっと来たんだね、志穂ちゃん!」
KGCは可能な限り、実銃と同じ構造を再現することにこだわりを持つ、エアガンメーカーだ。エッジ5.1の内部パーツも形状がリアルなだけでなく、材質も硬い金属が採用されている。これにより滑らかで研ぎ澄まされたトリガーフィーリングが生じ、志穂の琴線に触れたのだろう。
「グリップもいいわ。角が立ってなくて、握りやすい……」
「へー、志穂すっかりお気に入りじゃん。こりゃ、ゆっきー兄の目利きは、ますます信用できるな!」
咲美が言った途端、志穂は表情を豹変させた。
「確かに……私に、ぴったりな銃を……ど、どうして……っ!?」
「なんでまたキレてんの、おまえ?」
「キレてないわよっ!!」
「いやいや、キレッキレじゃん」
「く……っ!」
苦いモノを飲み下しているような、志穂の顔。何かはわからないが、とにかく死ぬほど嫌そうであった。
「ゆき」
「は、はい」
「できればでいいんだけど、お兄さん……正志さんの連絡先を教えてもらえないかしら」
「あ、うん。お、お兄ちゃんに聞いてみるね!」
「おいおい、志穂? ゆっきーが困るような真似はすんなよ?」
「当たり前でしょう。直接、お礼を言いたいだけよ!」
憤然と返しつつも、志穂はエッジ5.1にそっと手を添える。
気付けば夜になっていた。念願のマイエアガンを手に入れ、二人は弾むような足取りで帰っていった。
「ゆっきー、大変だ! あたしのグロッ子に重大な不具合が発覚したぞっ!!」
「グロック18Cのこと? どうしたの?」
「あいつ、ガスをめっちゃ食う! いつの間にか一缶空になってる……怖い!」
「ええ……まんじゅう怖い的なやつかな?」
「撃ちすぎでしょ、スライド割れるわよ!?」




