謎スイッチ
通話を終えると、ゆき達は隣室へ移動した。つい先日まで正志が使っていた部屋である。
「うわっ、ゆっきーとは完全に作品違いだなっ!!」
「さ、作品?」
「……世界が違うとか、そういう意味だと思うわ」
壁のみならず、天井を覆い尽くすアニメやゲームのポスター。ベッドカバーにもあざといポーズの二次元女子がプリントされている。立ち並ぶ本棚とコレクションケースはほとんど空だが、いくつか取り残された漫画やフィギュアもあった。
「エッチな漫画、発見! ねぇねぇ志穂ー、これ女の子にタコの足? みたいのが絡みついてるよ。おっかしー!」
「さ、咲美、やめてよ……!」
エグい感じの表紙を突き付けられ、志穂は慌てて目を逸らす。
「ヒャッハー、こいつはとんだお宝だぜ! どれどれ……」
「あっ、ダメだよ、咲美ちゃん。わたし達はまだ読んじゃいけないんだよ、ほら!」
表紙の18禁マークをびしっと指し示すゆき。マジメな子なのだった。咲美は「お、おう……」とつぶやき、エロ漫画を本棚に戻す。危ういところでレーティングは守られたのであった。正志がどうだったかについては、定かではないが。
「ゆっきー兄すげぇな。妹さんもいらっしゃるのに、堂々とさらしておくとは……さすが、奴は武士よっ!」
「お兄ちゃん、こういうの好きみたい」
「そっかー」
「か、軽く受け流すわね、あなた達っ!?」
本棚には漫画だけでなく、不要になった参考書も置かれていた。
「……えっ?」
志穂は一冊の参考書を手に取ると、ぱらぱらとめくり出す。ページの所々に、正志はメモ書きを残しているようだ。半分ほど進んだところで別の参考書に切り替え、志穂は次々と内容を確認していく。
「あー、勝手に読んだらいけないんだー」
「大丈夫だよ、咲美ちゃん。参考書に18禁マークはないから」
「……」
「ん? おおい、志穂?」
どうしてか、志穂の表情はすっかりけわしくなっていた。
「――ゆき。お兄さん、どこの大学に行ってるの?」
「え? 東京大学だよ」
「ゆっきー、東京には大学いっぱいあるじゃん」
「だから、東大。国立の東京大学だよ。浪人せずに済んでよかったわー、ってお母さんが」
「東大……しかも現役合格っ!?」
ぐらりと身体が傾ぎ、志穂は本棚につかまった。
「へー、すごいじゃん。一番難しいんだろ、東京大学って」
「お兄ちゃん、頭いいみたい」
「そっかー」
「だから、軽く受け流さないでよっ!!」
言い放った言葉は苛立ちを帯びていた。
「サバゲで、ござるで、オタクで……あ、あんな漫画まで読んで、東大……? なんなのよ、それ……っ!?」
「ど、どうしたの、志穂ちゃん?」
「……勉強する……」
「へ? おまえ、なに言って」
「私、勉強するわっ! やっぱり勉強しなくちゃ、ダメなんだわっ!!」
「ええっ!? 志穂ちゃん、サバゲは!?」
「もちろん、やるわ。だって、あの人もしてたんでしょ? サバゲもしながら、東大に受かったのよね!?」
「お、お兄ちゃんのこと? そうだけど……」
「だから、私もやるのよ。サバゲもやるし、勉強もする。ふっざけんじゃないわよ、あのござる男ぉっ!!」
部屋の主に届けとばかりに、志穂は吠えた。それはまるで宣戦布告のようであった。
「お、お兄ちゃんが理不尽な恨まれ方をされているっ!?」
「あははは、なんでキレてんだよ。謎スイッチが押されてしまったかー」
「笑い事じゃないよ、咲美ちゃん!」
「へーきだって。それよか、ゆっきー兄のエアガン見せてよ」
あらぬ方向をにらみ、志穂は何やらつぶやいている。確かにしばらく放置するのが賢明そうだ。
再度、咲美にうながされ、ゆきはクローゼットの引き戸を開けた。上の棚にエアガンの箱が大量に積み上げられている。
「いっぱいあるじゃーんっ! 選びたい放題だぜーっ!!」
「東京の部屋がね、狭いんだって。全部は持って行けなくて、エアガンは大事なものだけに絞ったみたい」
「よし、まず全部外に出そうぜ!」
エアガンの箱はそれなりに重いのだが、咲美は数箱まとめて取り出し始めた。
ゆきも手伝おうとした時、スカートのポケットでスマホが震えた。正志からのメッセージ着信だった。
「あたしのモノになるのは、どいつかなー。おまえかっ! それともおまえかっ!?」
ずらりとエアガンの箱を並べ、咲美はどんどん蓋を開けていく。
「あ――待って、咲美ちゃん」
「なんだよー、ゆっきー。ここでお預けはごめんだぜ!」
「あのね、お兄ちゃん、古館さんと連絡取ったみたい。それで……ええと、これかな。咲美ちゃんにおすすめのエアガンだって」
ゆきが示したのは、ムルイのガスブロ―バッグハンドガン――〝グロック18C〟の箱だった。さほど代わり映えのしない、今時の銃という外見である。咲美はグロック18Cを握り、まじまじと眺めた。
「これがあたしにおすすめ? ふーん……別にいいけど、こないだゆきがレンタルしたのと同じじゃん」
「ううん、数字が違うよ。わたしが使ったのは、グロック17だもん」
「あ、ホントだ。スライドに穴空いてるし、ちゃんとしたセーフティーレバーが付いてるな」
咲美はスライド左側面の回転式レバーをカチャカチャ動かす。
操作説明書を確認していたゆきは、あっと声を上げた。
「違うよ、咲美ちゃん! それ、セーフティーじゃなくて、セミフルのセレクターレバーだよ!」
「は? なに、それ?」
「だから、セミオートとフルオートの切り替えができるの!!」
「うん。どう違うの?」
「ええと、セミオートは今までの銃と同じ。フルオートはいっぱい弾が出るの!」
「今までの銃もいっぱい撃てるじゃん。バン、バン、バン! って」
「あううう……ちょっと、貸してくれる?」
ゆきは咲美からグロック18Cを受け取った。マガジンを抜くと、ガスを注入する。説明書に目を落としつつ、マガジン上部に小さな部品を押し込んだ。
「なに、そのちっちゃいやつ」
「フォロアストッパーだよ。弾がなくても、スライドストップがかからなくなるの。空撃ち用の部品だね」
「へー、そんなのあるんだ?」
「うん。でね、さっきも言ったけど、これはセレクターだよ。こっちでセミオート、こっちでフルオート。セーフティーはグロック17と同じでフレーム下側のプレートだから、間違えないでね」
説明を終えると、ゆきはグロック18Cを咲美に返す。
「で、空撃ちすればいいの、ゆっきー?」
「そうだね、それでわかるよ。最初はトリガーを引いたら、すぐ指を戻した方がいいよ……うふふっ!」
笑いをこらえるゆき。
よくわからないという顔をしたまま、咲美はセーフティーを解除。スライドを引き、クローゼット奥のクッションに銃口を向けると、トリガーを引き絞った。
途端、ダラララララララ……ッ!! 切れ目のない発砲音が室内に轟き渡った。
凄まじい速さの連射――
マシンピストル、グロック18Cの真骨頂であるフルオート射撃が開始されたのだ。
「志穂ちゃん、どうしたのかな……?」
「たまーに、ああなるんだよ。あたしに対しても、最初あんな感じだったし」
「ええっ、そうなの?」
「同じ短距離の選手だったからさ。ライバル意識むき出しだったもん、志穂のやつ」
「志穂ちゃんも速かったんだ?」
「むしろ、最初は志穂が格上だったよ。お互い意地になって、抜きつ抜かれつで記録伸ばしたけど」
「そうなんだ……」
「でも中二からいきなりマネージャーになっちまったんだよ。やっぱ、おっぱいのせいだよな。惜しい奴をなくしたぜ!」
「……」
「ん? ゆっきー、どうかした?」
「い、いや……なんでもないよ。たぶん、気のせいだから。あははは」