詳しい人
市民体育館を出た後、三人はそのままゆきの家へ行くことになった。
当然ながら咲美達がゆきの部屋に入るのは初めてである。
「お洒落な姿見! アニマルクッション! 花柄カーテン! なんか甘い匂いもするぅ! んんんっ、女子って感じぃっ!!」
「あはは、二人もでしょ」
「咲美の部屋は男の子みたいなのよ」
「志穂の部屋は図書室みたいじゃん。本はいっぱいあるのに、漫画一冊もないしー」
「あっ、そう言えば……」
ゆきは机から二冊のムック本を取り上げ、志穂に差し出した。
「はい、志穂ちゃん。家にあったサバゲの入門書とエアガンのカタログだよ」
「ありがとう! ネットでも情報は漁ったけど、まとまった形でおさらいしたかったのよ」
志穂は早速ページをめくり、誌面を追い始めてしまった。
「こういう奴、いるよなー。人ん家でいきなり本読み出すタイプ」
「いいよ、いいよ。わたしは来てくれるだけで嬉しいもん」
はっと我に返り、志穂は本を閉じる。
「ま、まあ、これは後で読むとして――」
「うん。もうメッセで了解はもらっているから」
スマホを取り出すと、ゆきは誰かと通話をはじめる。
「――うん、わたしだよ。今からでいい? じゃあ、ちょっと待ってね」
ゆきはスマホケースを三角形に折りたたんだ。こうするとケースがスマホを支え、自立させることができるのだ。テーブルの上にスマホを置くと、ゆきは通話をビデオ通話モードに切り替えた。
「はい。ちゃんと見えてる? お兄ちゃん」
『うむ、画角ばっちりでござるよ。後ろの方々がゆきのお友達でござるかな?』
「ちわっす、川本咲美ですっ!」
「初めまして、桜井志穂と申します。ゆきさんとは仲良くさせて頂いています」
『これはご丁寧にかたじけない。ゆきの兄、正志でござる』
正志は県外の大学へ通う為、この春から家を出て一人暮らしをしている。
挨拶が済むと、咲美と志穂はどちらからともなく視線を合わせた。
「あたし、『ござる』ってリアルに言う人、初めて見た~。オタ系にはいるって聞いてたけど」
「そ、そうね。本当にいるのねぇ……」
「うっ! お兄ちゃんはいつもこんな感じだから、気にしないでね」
『フフフフッ、この口調は拙者の仮面にござるよ。ペ、ル、ソ、ナァァァーッ!!』
「おお! なんか喚びだしそうなヤバみが醸されたなっ!?」
「だ、大丈夫だよ、咲美ちゃん! サバゲやエアガンにはちゃんと詳しいから! ね、お兄ちゃん!?」
正志はカッと目を見開いた。
『心配ご無用、妹よ! この我が輩を頼みとしたこと……必ずや後悔させてやるぅ! で、ござるっ!!』
「騙す気満々じゃん!?」
『おっと、今のはサバイバルジョークでござるよ』
「ま、舞さんみたいなノリなのね、ゆきのお兄さん」
「ううう……恥ずかしいよぅ……」
「ほう? もしや、お二方も舞殿のレクチャーを受けておるのですかな?」
ゆきが事情を説明すると、正志は表情を曇らせた。
『ふむぅ、すでにインドアサバゲをエンジョイ中でござるか。それはいささか残念無念……』
「えっ? どうしたの、お兄ちゃん?」
『いやー、であれば嘘八百を吹き込むのは難しそうでござるな、と』
「……お兄ちゃん? わたしの大切な友達なんだよ……!?」
『っ! い、いや、冗談だよ、ゆき! ちょっとふざけただけだから、その、ごめんなさい!?』
仮面をあっさり脱ぎ捨て、正志は平伏した。ためらいのない土下座は、かえって武士っぽく見えなくもない。
「――はい。じゃあ、ちゃんと相談に乗ってね。初心者が最初に買うエアガンの選び方について」
『が、合点承知でござる! ええと……まあ、確かに似たようなエアガンがいっぱいあるでござるからな!』
エアガンは玩具だから、元になる実銃があるケースが多い。そして人気のある実銃は国内外のエアガンメーカーがこぞって製品化する。基本が同じ銃でもバリエーション違いが存在し、さらにガス、電動、エアコッキングなど複数の作動方式でモデルアップされることも珍しくない。
『結果、たった一丁の本物があれば、十数種類のエアガンが出回ってしまうのでござるよ』
「そうなんだよなー。あんなにいっぱい出す必要ないじゃん。どれもBB弾を飛ばすだけなのにさー」
『ハハハハッ! ある意味、正鵠を得ているでござるな』
道具としての一側面だけを取り出せば、咲美の見解は正しい。
初速や命中率、連射性能など違いは数多あるが、やっていることは全部『BB弾を飛ばすだけ』だ。
『志穂殿達は、がっつりサバゲを楽しみたいのでござるな?』
「はい。そろそろアウトドアフィールドの本格的なサバゲにも参加してみたいと思っています」
『ふむぅ……で、あるならば、そうならば!』
びしりと大仰なポーズを決め、正志は断言した。
『メインウェポンとして電動ガンがおすすめぇっ! で、ござるっ!!』
「語尾に律儀だね、お兄ちゃんっ!?」
電動ガンはバッテリーを搭載し、モーター駆動の仕組みでBB弾を発射するエアガンだ。実は電動のハンドガンもあるのだが、ここでは軍隊の使うアサルトライフルやサブマシンガンをモデルアップしたものを指している。
「でもさ、電動ガンは市民体育館で使えないじゃん。M9とかでも他のフィールドには参加できるんでしょ?」
『無論でござる、咲美殿。しかしガスブロハンドガンは電動ガンに比べ、性能的にかなーり不利なのでござるよ』
近在にある他のサバゲフィールドでは電動ガンの使用は許可されており、参加者のほぼ全員がメインウェポンとしてチョイスしていた。射程、精度、連射性、なによりも作動の安定性において、電動ガンを上回るものはないからだ。
『あくまでサバゲウェポンとしての評価でござるがな。中にはガスブロハンドガンのみで戦い抜く猛者もいるでござるが、基本的には補助と考えるのが一般的でござる』
「電動ガンに絞ってもまだいっぱいあるじゃん?」
『そこで次はメーカーを選ぶでござる。やはり鉄板は〝西京ムルイ〟でござろう』
西京ムルイは国産エアガンメーカーの最大手である。
購入したエアガンを調整せずにそのまま使うことを俗に〝箱出し〟と呼ぶが、ムルイはこの箱出し性能が抜群だった。工業製品としての精度が高く、特に近年、各メーカーがこぞって採用する〝ホップアップシステム〟の性能については、明確に他社をリードしている。
ホップアップはBB弾に上向きの縦回転を与えることで射程を飛躍的に伸ばす仕組みなのだが、常に安定した弾道にするのが技術的に難しい。海外メーカー製の中にはハズレもあり、結局ホップ関係のパーツをムルイ製に交換しないとまともに撃てない個体すらあるのだ。
『ムルイにはハズレを引く心配がござらん。安定した高品質、トップクラスの命中精度に拡張性。さらに充実のアフターサービスや入手のしやすさなど、初心者にはムルイがベストバイでござる!!』
あくまで個人の感想でござるが、と正志は付け加えた。色々気を使う方面があるようだ。
ムルイの電動ガンにも色々な種類があり、それぞれ特徴があるのだが、どれも優れた品質と実射性能を誇る。道具としての優劣には大差がないから、後は見た目と値段の兼ね合いで選べばよい。
「お兄ちゃんのおすすめは西京ムルイの電動ガンってことだよね?」
『その通りでござるよ。――ただぁしっ!』
またも唐突にテンションを上げ、正志は叫ぶ。
『エアガンは、自分にビビっと来たやつを選ぶのが最高最強ぉっ!! 電動とかメーカーとか、関係ねーでござればっ!!』
「ここまでの流れが台無しだよ、お兄ちゃんっ!?」
目的に応じた間違いのないチョイスはあるだろう。しかしエアガンはサバゲの――つまりは遊び道具だ。例え性能が劣っても、フィールドとの相性が悪くても。自分が気に入った一丁で参加し、楽しく遊ぶ。それもまた、サバゲの大正義なのであった。
『まー、電動ガスブロ問わず、ムルイがいいのは確かでござる。拙者がゆきに譲ったM&P9L ポーテッドも、ムルイ製でござるよ』
「あの銃、ゆっきー兄のお下がりなんだ? いいなー」
『そちらに置きっぱのガスブロハンドガンでよろしければ、咲美殿と志穂殿にも一丁お譲りいたそうか? さすれば、体育館でのゲームにも困らんでござろう』
「えっ、マジ!? ゆっきー兄、太っ腹じゃん!」
咲美はぱっと顔を輝かせた。まさに瓢箪から駒である。
「いいの、お兄ちゃん?」
「――ゆき、ちょっと待って。すみません、ありがたいお話ですが、さすがにそこまでして頂くわけには……」
『む、志穂殿はかえって心苦しそうですな』
「はい。エアガンは高価なものですよね。あまり軽々しく譲って頂くのは、お互いの為にならないかと思います」
『ふむふむ、仰る通り。感服したでござる! ならば友達価格でお買い上げ頂くのはどうでござろう?』
新品エアガンはおおむね、メーカー希望小売価格の八掛け程度で販売されている。ものにもよるが、買い取り価格は売値の半額――友達価格でさらに半額を正志は提示した。
『例えば、ムルイのM9なら3300円ほどの計算でござる』
「うおおおっ、やっすっ! 買った!!」
「さ、咲美ちゃん。せめて現物見てからにしようよ」
『ハッハッハッ! 無論、拙者のコレクションの中に買いたい銃があればの話でござるよ』
「本当にいいんですか? どうしてそこまでしてくださるのか……」
まだ躊躇を残す志穂。
正志はびしっと親指を立てて見せた。
『問題ナッシングでござる! 手を尽くし新人を沼の底へ誘う……これは古参の義務であり、愉悦でもござれば! デュフフフフ!』
「やっぱり舞さんとノリ似てますね!?」
『実際、最初はサイドアームにはあまりお金をかけない方がいいでござるよ。その分、本命の電動ガンに資金をつぎ込んでくだされ!』
「……わかりました。お気遣い、ありがとうございます」
「ゆっきー兄、ありがとーっ!! 大事に使うね!」
『こちらこそ、我が妹と仲良くして頂けて感謝感激でござる。どうか末永く、ゆきとお付き合いくだされ』
「お兄ちゃん……」
頭を下げる正志。
友達の前でもあり、ゆきはぐっと涙をこらえた。
「あ、ありがとう! すっごく恥ずかしかったけど、お兄ちゃんの言う通りにしてよかった……!」
『うむ! やはり、速攻で初見殺しのカミングアウトを放つのが最強でござったな!』
「――ん? もしかして自己紹介の時のアレ、ゆっきー兄の入れ知恵だったり?」
正志とゆきは同時に首肯した。
新しい生活になじめるか不安を抱えていたゆきに『一芸を得れば、自信がつくでござる!』とエアガンシューティングを勧め、さらに友達を欲しがるゆきに『サバゲ仲間は、まさに固い絆で結ばれた戦友でござる!』と学校での勧誘をそそのかしたのは、正志であった。
『まさか成功するとは、青天の霹靂だったでござるよ……天下は広うござるなぁ』
「え? なに、お兄ちゃん?」
『いや、ゲフンゲフン! ともあれ、結果オーライでござった!!』
「うん! またなにか困ったら、お兄ちゃんに相談するね!」
「「それはやめとこ?」」
咲美と志穂は同時に突っ込んだ。
「ゆっきー兄と舞さんは面識あるんだな」
「うん。知り合いの知り合いは、みんな知り合いだー、みたいな感じらしいよ」
「趣味としてはマイナーだし、きっと狭い界隈なのね」
「だから、うっかり誰かの恨みを買うと大変だって、古館さん言ってたよ。どこ行っても顔を合わせる羽目になるからって」
「怖っ! 田舎の人間関係みたいじゃん……」




