バリバリの
初心者コースの締めはサバイバルゲームの実戦となった。舞はノリノリでゲームを仕切り出す。
「ハンドガンオンリーの殲滅戦、試合時間は10分よ。みんなと私は青チームになります。ヒットコールはちゃんと聞こえるように、はっきりとね。安全に注意して、楽しみましょう!」
「は、はい! よろひくおねにゃいしまひゅ!」
「ゆっきー、めっちゃ緊張してんじゃん」
「ううう……わたし、サバゲは初めてなんだよ……」
これまでも参加の機会はあったが、すべて見送っていた。内気なゆきは、男ばかりのチームに混ざるのは怖かったのだ。女子校でサバゲ仲間を募る暴挙に出たのも、その為だった。
「大丈夫だって、舞さんもあたし達もいるんだから。なっ?」
「う、うん! 頑張ってみるよ」
「私は楽しみだわ。早く撃ちたい……」
「って、志穂? そのでっかい銃でやるの?」
「ええ。この子が一番、撃ちごたえがあるのよ……うふふふっ!!」
「お、おう。そっか」
うっとりした様子で大型のハンドガン――〝デザートイーグル〟のグリップをさする志穂。ちなみに舞とゆきの銃は〝グロック17〟、咲美はレクチャーでも使ったM9。いずれもレンタルしたエアガンだ。
「で、赤チームは……その辺にいた常連おじさんを四人寄せ集めて来たから、適当に撃っちゃおう!」
「うおおい!? 雑だろ、舞ちゃん!?」
「お黙り! 平日に暇してエアガン撃ちに来るようなイカれたメンバーの紹介は、この程度で充分です」
「俺達、土日は休めない系のお仕事なんだけどな……」
ぶつぶつ文句を言うおじさん達に、舞はずいっと顔を寄せる。
「ご静粛に! よろしいですか、紳士諸君」
「な、なんだよ、舞ちゃん?」
芝居がかった仕草で舞はゆき達を指し示す。
「彼女達は現在、沼の縁まで来ています」
「沼……?」
「そう、沼の名はサバゲ沼っ!! ここから引き返させるも、深みにハメるも、全て皆さん次第なのよ!」
「急に丸投げするね!?」
「エグい戦術は封印せよ! 正々堂々姿をさらし、時にはちょっと危険なランをかまして、小粋な射撃タイムを演出しよう!」
「姫プじゃねーか!?」
「まあ、それはサバイバルジョークですが」
「今の時間、なに!?」
「私以外はバリバリの初心者です。叩きのめすのではなく、彼女達が楽しめる配慮をお願いできますか?」
にっこり微笑む舞。
おじさん達はやれやれと頭をかく。
「ゆーて、遊びだからさ。俺達も楽しみたいよなー」
「ですです。やるからには全力を出したいですよ。弾数制限のハンデとかどうです?」
「いいっすね。赤チームはマガジン1本のみ、装弾数も……12発とか」
「きっつぅっ! 舞ちゃんもいるんだろ? やり応えマシマシだわ」
「はい、ありがとうございます。私もみなさんと同じ条件にしますね。後はプレイしてみて調整しましょう」
舞が話をまとめると、うーす、と野太い声が唱和する。
ほどなく両チームは配置につき、ゆき達の初めてのサバイバルゲームが開始された。
□
市民体育館を出たのは日暮れ時だった。
真っ直ぐ帰る気にはなれず、ゆき達はコンビニの飲食スペースで駄弁ることにした。
「ゆっきー、それなに?」
「ホットミルクだよ」
「くぅっ! おまえはまたそうやって、あたしのかわいいポイントを刺激するっ!!」
「……わ、私はカフェオレだけど?」
「そっか」
「反応、薄っ!? 不平等だわ……不平等な扱いを……強いられてるわっ!」
「んなことよりさ、やってみてどうだった? サバゲ」
聞いて、咲美はタピオカミルクティーを啜る。ゆきと志穂は視線を交わす。
「それは……ねぇ?」
「うん」
「「「最高っ!!」」」
三人は声を揃え、吹き出した。
「マジヤバかったよな! びゅんびゅん、弾飛んでくるし!」
「わたし、怖くてあんまり動けなかったよー。近くに着弾するだけで、びく! ってなっちゃう」
「あら、ゆきも楽しそうに笑ってたじゃない」
「あれは咲美ちゃんがね、めちゃくちゃしてたからだよ」
ゲーム開始と同時に咲美はダッシュし、フィールド中を走り回って赤チームを大混乱に陥れた。遮蔽物からぴょこぴょこと姿をさらして挑発し、相手が撃つ寸前に身を隠す。全国レベルの運動能力は伊達ではなかった。
「忍者プレイだよ、忍者プレイ。ジャパニーズ・ニンジャ・ゲイシャ・ハラキリガールだよ」
「だから、一つに決めなさい。あと忍んでないわよね!?」
「咲美ちゃん、完全に別の生き物っていうか、動きが……お、お猿さんみたいだったよ……! あはははははっ!!」
思い返すことでツボに入ってしまったらしく、ゆきは爆笑してしまった。
「ちぇー、有害鳥獣駆除扱いかよー。ゆっきー、やっぱ辛口じゃん」
「咲美、あなた撃ちまくってた割にあててなかったんじゃない?」
「ちゃんと狙ったんだけどなー。だいたいあの辺、ヨシ! って、指差し射撃」
「サイト使いなさいよ、だからあたらないのよ!」
相手はおじさんではあるが、ベテランゲーマー。遮蔽物を利用し、暴露面積を最小化する術に長けていたのだ。これを走りながらの指差し射撃でヒットさせるのは難しい。ただ、相手も変則的な咲美の行動に対応しきれず、大騒ぎの割に双方ヒットが出ないという、地獄絵図が展開されたのである。
「いいじゃん、ゆっきーの笑いは取れたし」
「ヒットを取って!?」
「志穂ちゃんは怖かったよ。すっごい勢いで、生ガス噴かせながら連射しまくってたよね」
「あ、あれは……舞さんが、相手の姿が見えなくても撃って牽制してね、って言うから……」
「いや、表情ヤバかったじゃん。アルカイックスマイルっての? 志穂のあんな顔、初めてみたよ」
「完全になにかのスイッチ入ってたよね、志穂ちゃん」
「それは……否定しないけど。いいじゃないの、もう!」
言って、志穂はカフェオレを飲み干した。
「――でも、不思議だったわ。初めての経験をしたって気がする」
「サバゲするの初めてなんだから、当然じゃん」
「そうじゃなくて。なにか、独特の緊張感がなかった?」
「……うん、わかる。エアガンだってわかっていても、銃を向けられるのは怖いよ」
「それに柔道や剣道だったら対戦相手は目の前にいるわ。でもサバゲじゃ相手も隠れていて、どこにいるかわからないわよね」
「いつ撃たれるかわからないってのは、ビビるよな!」
うんうんと納得し合う、ゆき達。
サバイバルゲームは題材が〝戦争ごっこ〟であり、特異な遊びだ。BB弾は数十メートルも飛ぶし、あたれば痛い上、ヒット一発で退場になってしまう。
しかも、命中の有無は撃たれた者による自己申告しかないのだ。
「もし野球でさー、攻撃側の選手しかストライクやアウトを申告できなかったら、試合にならないじゃん」
「あははは、そうだね。全部、ボール! セーフ! になっちゃうよ」
「……舞さんの『サバゲは純粋に遊びだから』ってそういう意味だったのかもね」
サバゲは試合そのものが参加者の善意で成り立っている。
重要な道具であるエアガンも、初速以外の制限はほぼない。参加者のランク分けなどもないから、ベテランも初心者もごたまぜで戦う。チームにしても当日会ったばかりの者同士で編成されてしまうのが、当たり前だったりする。フィールドによってゲームのルールすら、まちまちだ。
こうした問題を解消する為、審判と統一ルールを導入し、競技化を進める団体もある。ただそれはまだ主流ではなく、また広く行なわれている〝サバイバルゲーム〟とは似て非なるものだろう。
現状、サバゲはマニアックでマイナーの域を出ない遊びなのだ。
「――でも面白いよ。他にないよね、こんな遊び」
「緊張する分、テンションめっちゃめちゃ上がるしな!」
「知ってしまった以上、やるしかないわよね」
三人の心はいまだ興奮の余韻を宿している。
舞の言葉を借りれば、ゆき達はずっぽりと深みにハマったのだ。もはや簡単に抜け出すことは不可能であった。
「次、いつにしようか?」
「私は明日がいいわ」
「はやっ!? あたしもそれでいいけど」
「明日だと指導は受けられないよ? 古館さん、週三日しかいないから」
「初心者コースは修了したし、レンジとフィールドが使えればいいじゃない」
「そうだね! じゃあ、スマホで予約しておくね」
「うむ、あたし達の命運はそなたにかかっておる。ゆけ、サバゲちゃん!!」
「わたし、どこへ旅立つの!?」