いつも通りに
決意を固め、ゆきはモッドTを構えた。
ところが千晴に銃口を押し下げられてしまった。
「バカ、雑な処理すんな」
「だって時間が……!」
「何人いるかわからねーんだぞ。こっちの居場所がバレるの、まずいだろ」
ゆきの反駁をいなすように、千晴は軽くM24を揺すってみせる。
「こいつもちゃんと狙えば、そこそこあたるぜ」
千晴は低い姿勢で板塀の端まで移動。膝立ちになり、滑らかな所作でM24のストックを肩付けする。立てた膝に肘を置き、銃身を板塀の横に押しつけると銃口は小揺るぎもしなくなった。どっしりと安定した、どこも無理のない自然体だ。状況を忘れ、ゆきは見蕩れてしまった。
(うわあ……やっぱり綺麗だよ、千晴くん!!)
くぐもった発射音がゆきを現実に引き戻す。
M24から放たれたBB弾は茂みの間隙を縫い、索敵に努めていた敵の二の腕を叩いた。
「――てっ!? ヒ、ヒットォッ!????」
ヒットコールには疑問符が山ほど付与されていた。よほど意表を衝かれたらしい。それは誰しも同じであった。
「えっ!? おい、後ろヒット取られたぞ!!」
「銃声してないだろ!? まさか――ヒット!」
腰を浮かせ、居場所を露呈してしまった敵にはゆきがBB弾を叩き込む。
だがもう一人はドラム缶の背後に隠れてしまった。
膠着状態になるのはまずい。もうすぐ試合終了になる。イエローチームのフラッグが先に獲られてしまうかも。マルタ城からディフェンスも戻って来るはず。本当に時間がないのだ。
「わたしが走って誘ってみるよ。千晴くん、撃って」
ドラム缶の幅は狭い。隠れた敵が横を通過するゆきを撃とうとすれば、千晴に対し銃身を暴露する可能性が高い。
「待てよ、短い銃なら暴露しないだろ?」
「その時はアウトだね」
「俺があてられなかったら?」
「その時もアウトだね」
「雑すぎだろ!!」
「巧遅より拙速ですぞ、千晴殿!」
「変なスイッチいれんな! そもそも俺はじっくり撃つタイプなんだよ」
千晴の射撃スタイルは丁寧そのもの。射手と銃の性能を最大限に引き出すことには長けているが、発砲タイミングを強要されるのは不得手らしい。
「囮は俺がやる。早撃ちはおまえの方が慣れてるし、足は俺の方が速い」
それなりに理のある話であったが、ゆきは首を振った。
「千晴くんもM24もバックアップ向きだと思う。アタッカーはわたしとモッドTに任せてよ」
「……いいけど、失敗するかもだぞ」
「いいよ」
「あっさりしてんな!?」
「遊びだもん、失敗してもいいんだよ。だからやってみようよ。チャレンジだよ、千晴くん!!」
「おっまえ、なんか妙に嬉しそうだな」
「ドッキドキのわっくわくで、うううっ! ってなってるよ」
「どんな感情だよ。咲美さんみたいだな」
「あははは、かもね!!」
ゆきは板塀から飛び出した。
空き地を斜めに突っ切り、モッドTを連射する。強靱な体幹を持つ咲美や志穂とは異なり、走りながらの射撃はほぼ運任せ。集弾が悪く、牽制効果も低くなってしまう。
この弾はあたらないと見切られたのだろう、ドラム缶の端から細長い棒状のものが突き出した。
(銃身――違う、サイレンサーだ!!)
敵はすでに銃を構え、いわゆる〝置きエイム〟で獲物が銃口の前に飛び出すのを待っている。恐らく早撃ち競争をしても、ゆきが撃ち負ける。射線が通った瞬間、フルオート射撃を浴びてしまう。わかっていながらゆきはひるまない。
信頼に応じたのは短く硬質な命中音だった。
「あ……っ、ヒットッ!!」
ドラム缶に隠れていた敵は片手を高く掲げて立ち上がった。彼の愛銃である電動ガン〝MK18 MOD1〟には特殊部隊仕様のロングサイレンサーが装備されており、伸縮式のストックを伸ばした全長は一メートル近い。暴露の危険性が頭にあったとしても、強行突破を図るゆきを狙わないわけにはいかなかったのだろう。
「――ヒット!」
「ええっ!?」
斜め後方からのヒットコール。今度片手を掲げていたのは千晴だった。ゆきは思わず足を止め、棒立ちになってしまう。
「わ、わたし達の後ろに敵!? いつの間に回り込まれて――わうっ!?」
目と鼻の先を多数のBB弾がかすめ飛ぶ。背後からではない。前方、フラッグのさらに向こうからの射撃だ。幸いにも大樹のおかげでゆきには射線がほとんど通っていなかったらしい。見れば木立を縫って接近してくる人影があった。
「モノホン登場、リターンズ!! 待たせたな、でござるぅっ!」
「うわあ!! ま、またお兄ちゃんっ!?」
「フハハハハ、やはりいたでござるな、ゆき!! 後事を味方に託し、とって返した甲斐があったでござる!!」
大樹を盾に迎撃を開始するが、あたらない。あたる気がしない。
正志は回避に徹しつつ、間合いを詰めている。充分近寄り、M11の一斉射でゆきを仕留めるつもりなのだ。また同じパターンでやられてしまう。よしんばヒットされなかったとしても、時間切れになれば同じことだ。
(ここまでやったのに、みんなの頑張りを台無しにしたくないっ!!)
焦れば焦るほど狙いは乱れ、BB弾は虚しく木々の中へ吸い込まれるばかりだった。
「や、やっぱり、追い切れない……!」
「愚かなり、妹よ!! 無闇な乱射で拙者を討ち取ろうなどと笑止千万、失笑噴飯、ちゃんちゃらへっちゃらおべんちゃらでござるっ!!」
「ううう……意味はわからないけど、ダメ出しされているのはわかる……っ!!」
千晴にも『雑な処理すんな』と言われたばかりなのに、現状はラッキーヒットを願って弾をばら撒いているだけ。正志に翻弄され過ぎているのだ。
(わたし、エイムだけは自信あったのに……ど、どうしたら――!?)
実は状況を打破する手札は揃っていた。しかし、ゆきが解決策を閃くのは無理だった。あまりに時間が切迫していたし、経験と冷静さにも欠けていた。踏み留まって戦いの姿勢を崩さないのが彼女の精一杯だった。
故にその後のことは、ほぼ偶然の産物であった。
「――あっ!!」
またしてもモッドTの弾が切れた。無駄弾を撃ち過ぎたのだ。途端、正志はジグザグ機動から直進にスイッチし、一息で必中の間合いへ踏み込む。前回の試合をそっくりなぞったような展開。結末もまた不回避であるように思え、ゆきは硬直してしまう。
「マ、マガジンチェンジ……また間に合わないっ!?」
「喝ッ!! 修行が足りぬでござるよぞ、ゆきーっ!」
瞬間――横合いの茂みを突き破り、何者かが南陣地に飛び入りした。
「うぇっ!?」
「むむっ!?」
ゆきは驚くばかりだったが、正志は咄嗟にM11を闖入者へ向けた。だがそれはマルタ城から長駆した祥子と舞であった。二人も即座に銃を構えたが、トリガーを引き絞る寸前で双方は間違いに気付く。
「あっ、違う!? 祥子、ストップ!!」
「吉野さんのお兄さん!? 戻っていたんですか!?」
「うおっと! レイラ殿達でござったか!」
フレンドリーファイアは危うく回避され、この上もない強敵が二人も増えてしまった。ほどなく彼らの銃口は揃ってゆきに向けられるはずだ。
もはや問答無用、待ったなし。
突如、ゆきは複数のターゲットを手早く片付ける状況に追い込まれた。
『あと一分! 試合残り時間はあと一分です!!』
アナウンスは焦燥を招かなかった。むしろタイムカウント開始を告げるブザーのように、ゆきの集中力を賦活化させた。余計なものは世界から消え失せ、全てがクリアになる。今ここにあるのは自分と標的だけ。他には何もない――
――いつもと同じだ。それなら、いつも通りに撃てばいい。
モッドTから手を離し、ゆきはホルスターからM&P9Lを抜く。正志は電光石火の回避機動を取ったが、9Lの銃口はぴったりと追従した。祥子達の唐突な出現がゆきの硬直を緩め、小さな掌にしっくり馴染む細いグリップとモッドTの半分以下の重量が本日最速の照準動作の源となった。
「「「――っ!!」」」
三連射がもたらしたのはヒットコールの三重奏。
ゆきは地を蹴った。文字通りポールの間に身を投じ、精一杯伸ばした左掌をボタンスイッチに叩き付ける。
イエローチームの初勝利を告げる電子ブザーがゲームエリア全域に鳴り響いた。
「あのう、今宮先生。そのコスプレなんですが……」
「レイラよ、吉野さん」
「は、はい。どうしてレイラはいいのにサバキュアはダメなんですか? むしろキュア・ラピッドの方が露出少ないような」
「あっ、ゆきちゃんもそう思う? だよねー、祥子のコスプレ基準が謎なんだけど」
「それは設定の問題ね」
「せってい? やっぱり、愛に関する記――」
「そ、それもあるけど!! ……実はサバキュアって中二なのよ」
「はい、ノートのコピーに書いてありました」
「いくらコスプレでも私の年齢じゃ、アウトだわ」
「えっ、そういうものなんですか?」
「さじ加減は人それぞれだけどね。実際は倍の年齢なんだよなー、って思うと恥ずかしさが先に立ってキャラになりきれないの」
「なるほど、つまりレイラはサバキュア達より年上なんですね」
「レイラは高校生よ。それ位ならギリいけるわよね、うふふふ!!」
「な……なるほど……????」
「基準がガバガバ過ぎだよ、祥子!」




