マルタ城
南陣地の林から三名が姿を見せた。もちろん彼らはレッドチームの参加者達である。
離れた位置では銃撃の応酬がはじまっていた。
「早速、激戦になっているね」
「ですね。まー、戦線の正面はサバキュアさん達とござるさんもいるから、安定じゃないっすか」
「ぼ、僕はどうしたらいいですかね?」
初心者らしき青年が不安そうにたずねる。
「マルタ城のディフェンス、初めて?」
「はい。サバゲ自体、今日が初なので」
「そっか。最初は暇だけど、いずれ何人かは来ると思うよ」
「僕、さっきも速攻でヒット取られちゃって……」
「慣れるまでは仕方ないっすよ。ここなら最初の4、5分は大丈夫っすから」
サバゲの参加者達には指揮系統が存在しない。試合開始前に『右から行きますね』『ディフェンスします』などの自己申告による緩やかな役割分担はあるが、基本的にはみんなやりたいことやっている。ちゃんとした指揮がされてない分、思いがけないところから敵がひょっこり現れるケースはままあるのだ。
「て、敵が来た場合は……?」
「そりゃ、ヒットを取るチャンスでしょ!」
「もしヤバそうなら、君だけ陣地に戻って増援を呼ぶ……で、どうっすか?」
「なるほど、了解です!」
ベテラン二人の言葉に、青年はほっとしたらしい。
彼らは『マルタを押さえますね』と自己申告してここへ来た。ディフェンスは地味な役回りだが重要ではあるし、待ち構えている分、有利でもある。
それに常に前戦でアタッカーを張れるのは体力に恵まれた若者だけだ。定例会では一日に15回前後の試合が行なわれる。社会人になって久しい年代になるとたまには後方に回らないと身が持たない。
「とりま、北側を監視っすね……って、えええっ!?」
「なに、どうしたの……はぁっ!? マジか!?」
驚愕は当然であった。
竹藪方面から無人のマルタ城へ突進する者達がいた。信じがたいことに、彼らの腕には黄色のマーカーが巻かれている。
「おい、敵だぞ!?」
「うっそでしょ、はじまったばっかっすよ!?」
「言っとる場合かーっ!! 早く城に――ヒット!!」
「な――ヒットォッ!!」
駆け出す間もあらばこそ、二人はたちまちヒットコールを叫ぶ。残された青年は一緒にディフェンスをするはずだったベテラン勢を呆然と見送るばかりであった。
「え? え……? わ、わあああーっ!?」
□
天性のあて勘が功を奏した。
走りながらばら撒いた30発のBB弾は見事に先頭の二名を仕留めた。咲美はリロードを行ないつつ、
「志穂っ!!」
「わかってるっ!!」
セレクターをフルオートに入れ、志穂はMP5を発砲。連なって飛ぶ弾道を見ながら逃げる背中の未来位置へ合わせていく。林に逃げ込まれる寸前で最後の一人からもヒットコールを得た。
足を緩めず、そのままマルタ城へ駆け込む。咲美だけでなく、さすがに志穂も息が荒い。背中を城の壁に預け、二人はしばし呼吸を整えることに専念する。
「……くぅー、きっつぅ……!!」
「そ、そうね……でも、成功よ!」
弾けるように笑い合い、ぱちんと掌をたたき合わせる。中学時代、陸上部で開発した連続ハイタッチだ。
「あははは、よっしゃーっ!! 獲ったどーっ!!」
「まだ第一目標を達成しただけよ。肝心なのはフラッグなんだから」
志穂は外の様子を眺め渡した。城の背後には林があり、幾つか遮蔽物も置かれている。基本的に見張るのはこの方向だけでいい。敵は林の中にある南陣地からやってくるはずだからだ。
他には林の左手に幅2メートル程度の狭い河川敷がある。一応水が流れているが、踏み込んでも靴底を濡らす程度の浅瀬だ。河川敷は蛇行しながらマルタ城の横合いまで接近し、また離れていく形だ。
もし河川敷沿いから敵が来ても対処は難しくなかった。
「城からは丸見えだもんな。遮蔽物も全然ないし」
「確かに河川敷にいる相手なら、カモ撃ち同然に料理できるわ。でも油断はしないでね」
「おっけー。たまにチラ見しときゃ――」
表情の変化を志穂は正確に読み取った。
伏せる動作と銃声にタイムラグはなく、室内をBB弾が跳ね回った。マルタ城はあちこちに大きな開口部があり、実は身を隠せる場所はそう多くない。床に寝そべったまま、志穂と咲美は汗まみれの顔を見合わせる。
「うおお、びびったーっ! 志穂、大丈夫か?」
「ええ……私もびっくりしたけど!」
志穂は城の開口部ににじり寄り、そっと外をうかがう。林の間にちらちらと人影が見え隠れしている。索敵はほんの数秒が限界だった。正確な射撃を喰らい、慌てて頭を引っ込める。間髪入れず、別の開口部から咲美が応射。場所を変えつつ交互に射撃を行い、二人はマルタ城に接近する敵を牽制した。
「五人、いえ六人はいるわ! やっぱり林から来たわね……」
「マジかよ、最初の三人は討ち取ったのに即バレしてるじゃん!」
「あの人達、ちゃんとヒットコールしてたもの。当然よ」
ヒットされた者は死亡扱いとなる為、味方への情報共有は一切できない。口を開くことはもちろん、目配せや身振りなどによる示唆もいわゆるゾンビ行為となり、係員に見つかれば即退場、厳重注意の処分となる。
唯一許される情報伝達はヒットコールだ。大声で『ヒット!』と叫べば、弾の届く範囲に敵がいることを周知できる。明瞭なヒットコールは自分へのオーバーキルを防止するだけでなく、味方に対する貢献にもなるのだ。
「思った通り、厳しくなりそうね」
「いやいや、楽しくなりそうじゃん?」
咲美はセレクターを六発から三発発射モードに切り替えた。一度に撃つ弾数よりも発射回数を優先したのだろう。
「だって獲物が沢山いるわけだから……さっ!」
咲美お得意の指差し射撃。間合いを詰めようとしていた敵は出鼻をくじかれ、手近な遮蔽物に身を隠す。そこからは熾烈な銃撃戦になった。彼我の発砲音や着弾音が奏でる戦闘騒音が鼓膜を刺激する。
「あははは! ほらー、楽しいじゃん!」
「騒々しいっていうのよ、これは!!」
志穂が叫び返した時、見間違えようもない漆黒のボディスーツが視界をよぎった。
「――!! 祥子先生がいるわっ! 右奥の遮蔽物!」
「舞さんもいるじゃん! よぉし、今日こそ泣かせちゃるぅー!」
気合いを入れて咲美はブリーチャーを撃ちまくった。トリガーを引きっぱなしでポンプアクションを終えると同時に発射する連続射撃。まさにBB弾の大盤振る舞いだ。慌てたように祥子達は頭を引っ込める。
「あははは、モグラ叩きだぜ! おりゃ、おりゃーっ!!」
レッドチームは散開しており、主導権を取り返そうとあちこちの遮蔽物から攻撃を試みるが果たせない。少しでも姿をさらすと咲美が即座に反応し、猛射を浴びてしまうのだ。こと早撃ち速度に限っては、咲美はこの場の全員を軽々と凌駕していた。
志穂は断続的に射撃しつつ、親友とは別種の興奮に囚われていた。
(ここに先生達がいる分、レッドチームの衝撃力は減っているはず。これなら――っと、九回、十回……!)
「咲美、リロード!!」
「おっ、サンキュー!」
壁に張り付き、身を隠す咲美。志穂は点在する敵の隠れ場所をフルオート射撃でなめ、牽制する。その間に咲美は新しいショットシェルマガジンを装填し、素早くフォアグリップを引いた。
「よっしゃっ、リロおっけーっ!! 交代するぜ!」
「はいっ!!」
まだ弾切れにはなっていないが、志穂は躊躇なく射撃を切り上げた。どちらにせよ、弾切れ寸前。ブリーチャーがフルロードのうちにマガジンチェンジをするのは正しい選択のはずだった。だが射手が交代する一瞬の隙を祥子達は待っていたのだ。
「――援護、お願いしますっ!!」
舞の声に応じ、敵は一斉射撃を開始。複数の銃によるフルオートの弾雨がマルタ城を痛打した。咲美は身を隠し、反撃のタイミングをうかがっている。いずれ誰かが弾切れになり、射撃は緩む。志穂は急いでMP5のマガジンを抜き取り、腰のポーチに放り込む。
その時、どこからか『みょーん、みょーん』と奇妙な電子音がした。
「「――っ!?」」
マルタ城の入り口、伏せ撃ちの姿勢で銃を構える祥子。
志穂と咲美が顧問の姿を視認した瞬間、○ガンは120発ものBB弾を噴出した。弾は綺麗に拡散し、彼女達はまさに一網打尽にされたのである。
「○ガン、ヤバかったよな。めっちゃめちゃいっぱい弾飛んできたじゃん」
「祥子先生、あれはどういう仕組みなんですか?」
「詳しい構造は舞に聞いた方がいいけど……発射機構のことなら、モスカートが入っているのよ。いわゆるグレポン、グレネード弾を模しているのね」
「お、大きいですね!? 缶コーヒーくらいある……」
「先っぽ穴だらけでレンコンみたいじゃん!」
「この穴にBB弾を詰め込むのよ。先端にガスの注入口があるでしょ? 底部のバルブノッカーを押し込むとガスが噴き出て発射されるわけ」
「なるほど……ということは、このモスカートそのものがガスガンになっているんですか!?」
「ええ、手持ちしてノッカーを押し込めば撃てるわよ。でもモスカートってバレルは短いし、ホップアップ機能もないし、ガス圧も低いのよね」
「ぜんぜんダメじゃん?」
「水平射撃だと精々10メートルしか飛ばないわね。一瞬で大量のBB弾を撃ち出せるから、爽快だけどね!」
「いわゆるロマン兵器なんですね……」




