もっと凄い
デモンストレーションの後、改めて初心者コースが始まった。
先ほどとは別のシューティングレンジに入り、エアガンの扱いについてのレクチャーを受けるのだ。舞が自己紹介すると、早速咲美が挙手する。
「はいはいはいっ、舞先生! あたし達もゆっきーみたくバババババッ、カカカカカーンってやれるようになりますか!?」
「ええ、なれるわよ」
「おおっ!!」
「でも、ならなくてもいい」
「えっ!?」
「そもそも、アレはサバゲじゃないのよね」
「あれぇっ!?」
ゆきがやって見せたラウンドアバウトは、〝スチールチャレンジ〟というハンドガン競技に含まれる種目の一つだ。競技であるから厳密なルールがあり、練習を積み重ねてタイムを短縮するのが目的となる。
「でも、サバゲは違うの。練習しなくてもいいのがサバゲです!」
「いきなり名言きたっ!! 家に帰るまでが遠足です、みたいな感じだなっ!?」
「標語でしょ、それ。つまり……初心者がいきなりゲームに参加してもいいってことですか?」
「その通りよ志穂ちゃん。サバゲは純粋に遊びだからね。ただし――」
テーブルに置かれているM9に手を添えると、舞の表情がすっと引き締まる。
「これは硬い弾を遠くまで飛ばせる、危険を伴う玩具よ。下手をすれば、怪我や失明にすら繋がりかねない。だからエアガンを持つ以上、安全への配慮は絶対条件になります。自分にも他人にも危険を及ぼさないよう、ちゃんとした取り扱いを覚えてね」
「「はい!」」
志穂と声を揃え、咲美も了解を返した。その後の舞の説明も混ぜっ返すことなく、咲美は神妙な表情で聞いている。実際にM9を取り扱う際にも慎重で丁寧だった。当然ではあるのだが、ふざけて振り回すような真似は一切しない。心配で見守っていたゆきが感心するほどだった。
「ゆっきー、めっちゃ意外そうな顔してるじゃん」
「だってすごいよ、咲美ちゃん。ちゃんとしてる……まるで別の人みたいだよ!」
「この子、体育会系ですもの。まともな指導にはきちんと応じる素直さはあるのよ。普段からこうなら成績だって、もうちょっと、どうにかなるはずなのに」
「う、うーん……それはさすがに望みすぎかも」
「ゆっきー、何気に評価辛口じゃん」
このレンジの奥にはスチールターゲットが一つだけ立っていた。ターゲットはA4サイズの長方形をしており、ゆきが撃ったものよりかなり大きい。射撃位置からの距離は7メートルほどだった。
「――うん、二人とも取り扱いはできるようになったわね。いよいよ、レッツシューティーング! 一人ずつ、あのターゲットを撃ってみようか、バンバンとね!!」
「おおーっ、やったーっ!!」
万歳すると、咲美はぽんと志穂の肩を叩く。
「よし、志穂。君に決めた! 我らが一番槍を務めたまえっ!!」
「えっ、私が?」
「あたしはおまえの後でいいからさ。んじゃ、頑張れよー」
ひらひらと手を振り、咲美はレンジを出てしまう。ゆきも後を追った。志穂は眉をひそませていたが、舞にうながされて射撃の準備を始める。
「また意外そうな顔してるじゃん」
「う、うん。てっきり咲美ちゃんが先に撃ちたがると思ったから」
「そりゃ早く撃ちたいよ。ゆっきー、かっこよかったし!」
「じゃあ……?」
「わからん」
「えっ?」
「脳がバグったかも。ちょっと前頭葉、切除してくる」
「カジュアルにロボトミーはやめよう!?」
そうしているうちに志穂は準備を終え、ターゲットへ銃口を向けようとしていた。
はた目にも緊張をはらむ元陸上部マネージャーの背中を、咲美は穏やかに見やった。
「せっかく高校生になったんだからさ、あいつも楽しめばいいんだよ」
志穂はゆっくりトリガーを絞り、初弾を撃った。発砲音からわずかに遅れ、カン! と命中音が聞こえた。
「おー、いいね! 最初からあてるとは、君もセンスあるね!!」
「ヒューヒュー!! やるじゃん、志穂!」
「志穂ちゃん、すごい! ばっちり狙えているよっ!!」
ゆき達の激励が聞こえているのか、いないのか。半ば呆然とした表情で、志穂は手の中のM9へ視線を落とす。
「……凄い」
「んっ? びびっときちゃった?」
「はい。撃った瞬間に音だけじゃなく、叩かれたみたいな素早い反動がきて……びっくりしました。エアガンでもこんな風になるんですね」
「ふふん、お嬢さん。M9の反動は全然、弱い方なのよ?」
「そ、そうなんですか?」
「そう。こやつはガスブロハンドガンの中でも一番の小物!! ……でもないけど、リコイルは弱いわね」
「弱いんですか、これで」
「ええ。後でハイキャパ……いえ、ゾンビを一発で仕留められるようなデカブツを撃たせてあげよっか?」
「それは、凄いんですか?」
「すっごいよー。M9とは比較にならない、ガッツガツに重いリコイルを味わえちゃうわよっ!!」
「これより……凄い……」
じわじわっと湧き上がるように相好が崩れ、志穂は瞳を輝かせた。
「――撃ちたいです! 是非、お願いしますっ!!」
「うむ、正直でよろしい! じゃあ、まずはM9を続けて撃ってみようか。君構えはいいけど、まだ肩にちょっと力が入っているから……」
舞の指導を受けつつ、志穂は射撃を続けた。慣れるに従い、発砲の間隔が狭まっていく。マガジンを交換してからはダブルタップ――短い二連射を駆使しつつ、ターゲットを確実に捉えていた。
「志穂ちゃん、楽しそう」
「だねぇ。あいつ、ああ見えて単純なとこあるんだよなー」
「……わたしも楽しいよ」
もじもじしながら、ゆきは告白した。
「ありがとう、咲美ちゃん。本当はね、きっとダメだって思ってたんだ。わたし、友達作るの下手で……ましてサバゲなんて、誰も一緒にしてくれないだろうな、って」
「ゆっきーが頑張ったからじゃん。よっ、サバゲの子!」
「そ、そうかもだけど……でも、やっぱり咲美ちゃんと志穂ちゃんのおかげだよ。わたし本当に嬉しかったし、今ね、とっても楽しいんだ」
「くう~っ! ゆっきー、おまえって奴は! マジでかわいいな、この野郎ーっ!!」
咲美はゆきを抱き締め、頭を撫でさすった。ゆきは驚いたが、咲美がキスの真似事をすると笑い出した。まさに絵に描いたような、JK同士のキャッキャウフフであった。
「このこの! こいつぅっ!! もう離さないからな!」
「あははは、くすぐったいよー、咲美ちゃ――」
突然、ひんやりした空気が二人の肌を粟立たせる。
いつの間にレンジを出たのか、ゆき達の目の前に志穂が立っていた。もちろんM9は持っていないが、エアガン以上に危険ななにかを身に纏わせているようだ。志穂はぼそりとつぶやく。
「終わったわよ」
「あ……っ、じゃあ、次はあたしの番だよね!」
「ああっ、咲美ちゃん、待って!」
そそくさとシューティングレンジへ退避する咲美。取り残されたゆきに志穂がニコリと笑いかける。うわ、この笑顔はヤバい。これはダメなやつだ――と、ゆきは本能的に察知した。どうやら超弩級の核地雷を踏んでしまったらしい。
「し、志穂ちゃん、お疲れ様」
「ゆき。あなた、何をしていたの?」
「え、あの……な、なんだろ。友情を深めていた……感じかな? あははは」
「ああ。ゆきと咲美は友達だものね?」
「う、うん! そうだよ、友達だから! もちろん志穂ちゃんとも!」
「そう、よかったわ。これからも友達でいてね?」
「へ? もちろん……」
「友達のままでね?」
「……は、はい」
よくわからないが、有無を言わせぬ強烈な圧だけはわかる。
ゆきはただ、うなづくしかなかったのであった――
「あれっ? あたしの射撃シーンがないじゃんっ?」
「別にいいじゃないの。どうせ咲美は上手にこなすんだから」
「ふっ、まあねー。あたしはゆっきーと同じレンジでも撃ったし!」
「そうだね。タイムはわたしの方が速かったけど」
「お?」
「わたしの方が速かった」
「……あたし、もう一回やろっかな」
「あっ、ずるい! わたしもラウンドアバウトやるっ!!」
「意外と似てるのね、あなた達……」