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作戦

 イエローチームは自陣フラッグ前に集まっていた。

 間もなく試合開始なのだが、どこか雰囲気が重い。負けが込み過ぎて、士気が下がっているのかもしれない。


(ううう……ま、また緊張してきちゃった……)


 場に飲まれかけた時、志穂が顔を寄せてきた。


「ゆき、さっきはありがとう」

「えっ?」

「信頼してもらえて嬉しかった。でも具体的な内容を聞く前だったのに、舞さんにあんなに言うなんて驚いたわ」

「だって志穂ちゃんの作戦だもん。きっと成功するよね!」


 こわばりが溶け消え、ゆきは笑顔になった。

 まぶしいものを見詰めるように志穂は目を細め、嘆息した。


「そういうとこよね、本当……やっぱり素直が一番か」

「え? な、なに?」


 戸惑うゆきを千晴が急かす。


「おーい、そろそろ時間じゃねーのか」

「う、うん」

「楽しみだぜー! ゆっきー、話せそう?」

「もし、あわわってなっちゃったら助けてね、咲美ちゃん」

「おけまるー!」


 唾を飲み込み、深呼吸を一つ。ゆきはまなじりを決し、声を張り上げる。


「あ、あの! 作戦があるんですけど!!」


 何事かと周囲の参加者達が顔を向けた。大人数からの視線は結構な圧力で、ゆきはひるみそうになる。ここで口を閉ざすわけにはいかない。サバイバルゲームクラブの部長はゆきなのだから。


「わたし達、大外周りでフラッグを獲りに行こうと思います!」


 参加者達は顔を見合わせる。一人が軽く手を上げ、


「――ごめん、いいかな? それは少人数で奇襲するってこと?」

「は、はい!」


 戸惑いの空気が流れる。作戦としては割とオーソドックスなのだが、実現性を危ぶんでいるのだ。参加者達が口々に懸念を述べた。


「んー、無理じゃないかな。確かに正面を避けて北陣地(ここ)から東回りで南陣地へ向えば、フラッグ付近では撃ち下ろしができて有利だ。でも途中の木が少ないから、動きがバレバレだよ?」

「だよな。ディフェンスしている連中も警戒してるから、100パー発見される。少人数じゃ突破できない」

「逆に大勢でゴリ押しするなら可能性はあるけど……」

「それだと前々回と一緒じゃね? こっちの正面を先に抜かれて終了だよ」


 ゲーム時間は10分しかない。そして最短距離で攻勢をかけた方が早く突破できるのは当然のこと。結果、相手陣地に向けて主攻軸を一直線に伸ばし、中間地点で双方が正面から激突、戦線を張る展開になりがちなのだ。問題は正面対決をすると、イエローチームは毎度押し負けてしまうことだった。


「サバキュアコンビがヤバいよな。どんどん位置変えするから、マジ五、六人いるんじゃね? ってなる」

「追加戦士、加入済みかよ」

「今回は漫画のキャラですよ。ギャンツ、知りません?」

「やたら場をかき回す太ましい方もいるよね」

「あの人、めっちゃ笑いながらめっちゃ速く動くから怖い……」

「趣味的には美味い酒が飲めそうな相手だけどな」

「未成年のはずだよ、彼」


 話が逸れかけてしまい、ゆきはおずおずと口を開く。


「あの、わたし達は西回りするつもりで……」

「ここから西回りっ!?」

「いや、それこそ無理でしょ!! だって――」


 説明する間もなく、スピーカーからアナウンスが流れた。


『運営よりお知らせします。試合開始まであと一分。あと一分です。参加者のみなさんは用意をお願いします』

「ヤバ、カウントダウン始まっちまうぞ!!」

「どどど、どうする?」

「もう時間もないですし……まあ、よしなに?」

「指示雑ぅ!」

「おいおい、結局どうすんの!?」


(まずいよ、かえって混乱させてしまった!? やっぱり、わたしじゃ上手く話せない……っ!)


 舞に言われるまでもなく、ゆき達だけでは勝利は覚束ない。イエローチームの全員に作戦に乗ってもらう――せめてコンフリクトしない行動を取ってもらう必要がある。しかし、もはや浮き足だった参加者から了承を得る見込みはなさそうに思えた。


 ざわつく面々を千晴は見渡し、何気なさそうに口を開く。


「――次、負けたら戦力調整らしいっすよ」


 言葉は差し水のようにするりと喧噪へ滑り込み、皆の耳朶を打っていた。


()()()()()()()()()()ってことっすよね。別にそれでもいいっすけど」千晴はゆきへちらりと視線を向け、「どーせなら、こいつに賭けた方が遊び甲斐があるんじゃないっすか?」


 そうだった。ゆきには頼りになる仲間がいたのだ。

 咲美と志穂も援護射撃を開始する。


「ゆっきー、めっちゃ推せるよー! 推そうぜっ!!」

「西回りは私が考えた作戦です。成功するかはわかりませんが、実現できることは保証します」

「えと、あの……ご、ご協力、お願いしますっ!!」


 ゆきは勢いよく頭を下げる。

 ほどなく四回目のフラッグ戦がはじまった。




   □




 味方の参加者達が西回りは無理と判断した理由はシンプルだ。このルートは時間がかかりすぎるのである。

 北陣地の斜め左、北西付近には密生した竹藪が広がっている。下手に入り込むと危険でもあり、フィールド側からも侵入不可とされていた。


 竹藪を避ける為にはゲームエリアの西端ぎりぎりまで行かなくてはならない。南北の陣地間を直線で結ぶと300メートルほどだが、西回りの場合は倍以上になってしまう。不整地でこの距離を銃を持ちながら全力疾走で走破するのは、かなりキツい。


 さらに竹藪を回り込み、東へ向うと〝マルタ城〟で敵のディフェンスが待ち構えている。城の実態は丸太で組んだやぐらにすぎないが、小高くなっている分、有利に戦える。これを抜くのは容易ではない。


 頑張って西回りしてもマルタ城のディフェンスと撃ち合っている間に時間切れ。作戦は徒労に終わる公算が高い。

 無論そんなことは、志穂も重々承知だった。


(でも城に誰もいなければ、話は別よっ!!)


 長い手足を生かし、伸びやかなストライドで志穂は地を蹴る。

 確かに距離は長くなるが、西回りのルートは起伏もなだらかで案外走りやすい。逆にレッドチーム側からは地表に木の根が張り出した林を抜けなくてはならず、近い割りに時間を食うはずだ。


 サバゲで行なう四つのうち、〝隠蔽〟〝索敵〟〝攻撃〟は捨てる。マルタ城まで〝移動〟に全振りすれば、レッドチームに先んじられる――それが志穂の目論見だった。


「あははは! 楽しいな、志穂っ!!」


 咲美は志穂の斜め前で風を切っていた。幾度も見た光景だ。追い着かれまいと必死になり、やがて並ばれ、抜き去られた昔の記憶。引き離され、二度と追い着けなかった背中だった。


 なのに志穂は若干の余力を持って咲美を追従していた。むしろじりじりと差が詰まっているような気さえする。


「咲美、本気出しなさい!」

「バーカ、マジ走りだっつーの!!」

「そんなわけ――」


 あるのか。まさか?

 でもこういう場面でこの娘が手加減することの方があり得ない。ならば、これは一体?

 

 竹藪を回り込み、ルートは緩やかな下り坂になった。


「うおおお……!! やっとこさ半分じゃんっ!」


 咲美は笑顔をキープしつつも、苦しげに顔を歪めた。

 適性距離の問題だった。短距離走、中でも100メートル走に特化した咲美は、トラックを爆発的な速度で一気に駆け抜ける鋭い切れ味が真骨頂だった。サバゲのインドアフィールで多用する数メートルのダッシュなら苦にしないが、数百メートルをトップギアで走り続けることには不慣れなのだ。しかも不整地で銃を持ってだ。


 これは短距離走ではない。

 そもそも競技ではなく遊びだ。

 選手とマネージャーでもない。

 

(去年までの私達じゃない――変わってしまったんだ)

 

 頭ではとっくに理解していたはずだ。今さら実感するなんて、さすがに間が抜けている。


「――うふふっ、あっははは!」

「志穂も楽しくなってきたみたいじゃん!」

「ええ、その通りよ……っ!」


 じわりと増速し、志穂は咲美の隣に並ぶ。


「あっ、志穂っ、テメー!!」

「楽しいわね!」

「へ?」

「楽しいわ! 本当に楽しいっ!!」


 日差しに輝く新緑の葉を散らし、二人は駆けていく。

 いささかガス欠気味の咲美に対し、志穂のペースは衰えない。


「うおおっ、なんだそのスタミナ……あたしにもおっぱいさえあればっ!」

「むしろデッドウェイトでしょ、それ」

「パワーの源だろ? てか、志穂の方が色々でかいじゃん……!」

「あら泣き言? 私と思い切り遊んでみたかったんでしょ、咲美っ!?」

「くっ、あはっ! あははははっ!! だなーっ!!」


 ピッチを上げ、咲美はライバルに対抗する。

 二人は互いの限界をかさ増しさせることに熱中していた。

「先のことってわからないものね……」

「なんだよ、志穂。黄昏れてんのか?」

「高校生にもなって咲美と一緒に野山を駆け回るなんて、想像もしてなかったわ」

「なー? 子供の頃みたいだよなー!」

「あなたと私は中学からのつき合いでしょうがっ!!」

「そーだっけ?」

「ぼけすぎでしょ、健忘症なの?」

「志穂とは昔からずっと一緒にいるような気がしてさー、あははは」

「そ、そう……」

「まさに蝉入道だな!」

「どこの妖怪なのよ、古女房でしょ!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 完全に夫婦( ˘ω˘ )
[一言] 楽しく盛り上がってますが、クライマックスが近いのでしょうか。 ちょっと寂しい気もします。
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