連敗
ゆきの心臓はどきどきと高鳴っていた。
丸太を組み合わせた遮蔽物の影に彼女は陣取っている。時折、レッドチームらしき人影が見えるのだが、遠すぎて狙うのが難しい。このまま敵に弾が届かない位置にいては、味方を数的不利に追い込むことになってしまう。
散発する銃撃音に耳を澄ませてみたが、敵の攻勢が味方戦線のどの辺りを指向しているのか、よくわからなかった。
(どうしよう、いっそ前に出る……?)
イエローチームは自陣の半ばまで押し込まれていたが、まだ持ちこたえている。ここでゆきが突出し、敵の側面から回り込めれば――でも、一人だけで? 上手く忍び寄れたとしても、発砲すればすぐにバレて――
「うわっ、ヒットぉっ!」
「えっ?」
「ヒットーっ!」
立て続けのヒットコール。ゲームエリア出口へ歩いて行く参加者は、いずれも黄色のマーカーを付けていた。入れ替わるようにレッドチームの数人が姿を見せる。味方の戦線は抜かれてしまったのだ。ゆきも一翼を担っていたのだが、こうなっては自陣へ退くしかない。
(まず牽制しないとさっきみたいに背中を撃たれちゃう……!)
慎重にモッドTを構え、敵集団へ一連射を浴びせる。命中した者以外はさっと身を隠した。ヒットコールを背にゆきはダッシュする。敵は即座にゆきを追撃し始めた。
終了までの時間はあとわずか。劣勢は跳ね返しようもないが、フラッグさえ守り切れれば引き分けには持ち込める。
「えっと、確かこの辺りに……あったっ!!」
目星を付けていた場所だ。やや隆起した地面に腰丈ほどの藪が茂っており、後ろ側は若干の窪地になっている。腹ばいに伏せれば、かなり接近しない限り、ゆきの姿は見えないはずだ。
スライディングの要領でゆきは窪地に滑り込む。荒い呼吸を整える間もなく、地面に耳を押し当てた。追手は二人――いや、三人のようだ。どんどん近寄って来る。迷わず真っ直ぐ進んでいる感じだった。
(うわ……うわーっ、こっちに来てるっ!? も、もしかして隠れるところを見られた!?)
もしそうなら、もはや状況は詰んでいた。窪みは浅いし、薄い藪はBB弾が貫通するだろう。目隠しにはなっても撃ち合いの盾になるほど立派な遮蔽物ではないのだ。
一番近い足音は藪のすぐ傍で止まった。かなり接近、どころではない。ほぼ真横であった。相手が視線を落とせば、ゆきの身体の一部が視界に入るはずだ。
「――逃げた子、います?」
「いや、見えないな。どこかに隠れたのかも……」
「もっと奥まで逃げたんじゃ?」
「どうですかね、もうこの先は――」
追撃者達の密やかな会話をかき消し、スピーカーからのアナウンスが響く。
『残り三分、試合残り時間は三分です』
「おっ、ヤバっ!! 終わっちまう!!」
ダダッとブーツが地を蹴る振動がゆきの身体に届く。ここから右手方向に十数メートルも行けばイエローチームのフラッグに到達できるのだ。三人の気配が遠ざかる。反撃のチャンスとも思えたが、ゆきはこらえた。
(――ま、まだ我慢……絶対、一人は後ろを警戒しているはず! ううう、怖いぃっ……!!)
すでに構えている相手をこちらが先んじて撃つのは容易ではない。まして至近距離から撃ち合えば、お互い相当痛い目にあってしまう。向こうが警戒を解く程度に遠く、だが一網打尽にできる程度に近い距離で反撃すべきだった。それはいつなのだろうか?
(って、わかるわけないよ!! もう……こ、怖くてこれ以上待てない!!)
モッドTのセレクターがフルオートになっていることを確認し、ゆきは跳ね起きた。
敵の追撃者達を視認。こちらを向いていた最後尾の一人はちょうど銃口を下ろし、先行する二人の背を追従すべく身をひねったところだった。まさにベストのタイミング。ゆきはトリガーを引き絞った。
「ヒ、ヒット!」
「ヒットぉっ!」
「ヒットっ!!」
BB弾のシャワーが追撃者達を殲滅した。ゆきはほっとしたが、これは単なる偶然であることもよくわかっていた。イチかバチかの賭けをし、賽の目に救われたに過ぎないのだ。その時、何者かが大音声で呼ばわった。
「吉野正志、ここに推参っ!!」
「お、お兄ちゃんっ!?」
「ニセモノは道をあけろ! モノホン登場ぉっ、いざ華麗に吶喊Vーっ!!」
腹肉をたわませながら急速接近する正志の偉容。両手に携えたのはガスブロのサブマシンガン〝イングラムM11〟であった。ショックを追い払い、ゆきはモッドTを構え直した。
「お兄ちゃんだけど、今は敵なんだから……!」
ダットサイトの光点に正志を捉え、発砲。連なって飛翔するBB弾が到達する寸前、正志は身を躱す。二度、三度と銃撃するも結果は同じ。
「ええええっ、あたらないっ!?」
「無駄無駄ぁっ! ここかと思えば、ホレホレこちらでござる!」
「は、速過ぎて、狙い切れない……!!」
「むむっ!? その声は、我が妹、ゆきではござらぬかっ!!」
正志は素早くジグザクに方向転換を繰り返す。まさに弾むスーパーボールの如しである。偶然のヒットを期待して連射を続けるが、BB弾は虚しく虚空をつかむだけだった。
「ま、まるで咲美ちゃんみたいな動きっ!?」
「地の利は我にあり! サバゲーランドは拙者のホームグラウンド、まさに懐かしき地球でござれば!!」
「仏教となにか関係が!?」
「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ! 刮目せよ、例え視力を失ってもこの通りぃっ!!」
固く瞼を閉じたまま正志は疾走を続け、ひらりひらりと木々を躱してみせた。
「うわぁ、本当だよ!? まさか口から超音波が出てるんじゃ……?」
「ノンノン! ここは立木一本に至るまで、ばっちりしっかり脳内マッピング済みなのでござる!!」」
「記憶力の無駄遣いだよ、お兄ちゃんっ!!」
「フハハハ、怖かろう! シカもイカもコントロールできるぅっ!!」
「い、意味がわからなさ過ぎぃぃっ!!」
突然、モッドTの射撃音が変質した。弾が出ていない。マガジン内の260発を使い尽くし、空撃ち状態になってしまったのだ。間に合わないことを悟りつつ、ゆきはマガジンチェンジを試みる。
「くぅっ!!」
「フッ……沈めぃっ!!」
正志がかっと目を見開くと、二丁のM11がフルオートで吠える。ゆきに逃れる術はなかった。
「わうっ!? ヒット!」
「うむ、ナイスなヒットコールナリかーっ! ではさらば、妹よぉぉぉぉーっ!!」
ドップラー効果を置き土産に正志は駆け抜けた。最終的に味方のディフェンスを蹴散らし、フラッグを奪取。
イエローチームは三連敗を喫し、未勝利のままであった。
「ううう……反則だよ、あんな動き!」
「うむ、まさに機能戦士バンニャム戦記の白い彼奴のようでござったろう」
「アニメの話は分からないよ、お兄ちゃん……」
「いやいや、本編ではござらん。SS3版ゲームのアバンタイトルでござれば」
「も、もっとわからないよっ!?」




