フラッグ戦
ハンドメガフォンを持った係員が集合した参加者の前に進み出る。定例会を取り仕切るフィールドマスターのようだ。
『みなさん、おはようございます! 時間になりましたので、はじめさせて頂きます』
フィールドで遵守すべき規則から事前説明は開始された。
例えばヒット関連にしても身体や装備のどこにあたってもヒット。遮蔽物などに跳ね返った弾(跳弾)はヒットにならない。ヒットコールは明瞭に発声し、ゲームエリアから退去するまで片手をあげておく。あたったかどうか不明瞭な場合、ヒットコールすること、などなど。おざなりではなく、実践に即したかなり細やかな内容だ。
(当たり前か。みんなが守らないとゲームが成り立たないし、安全にも関わることだもんね……!)
基本的には市民体育館や部活でのルールと同じだが、微妙に異なる部分もある。特にゆき達はサバゲーランドは初めてだから、聞き流すことはできない。
一通り話し終えると、次はゲームの具体的なルール説明である。
ゆき達がやり慣れた殲滅戦は敵チームの全滅が勝利条件となるが、それ以外にもサバゲには様々な遊び方があるのだ。
これから行なわれるのは、フラッグ戦。定例会ではもっともメジャーなゲーム形式である。
『――ゲームエリアは南陣地と北陣地に分れています。初回は南がレッドチーム、北がイエローチームの陣地になりますが、二回目以降、ゲームをする度に陣地交換をする形です。生き残りの人数に関係なく、お互いの陣地にあるフラッグを先に獲った方の勝ちとなります』
続いてゲームエリアに入っての実地説明が行なわれた。係員に先導され、イエローチームの面々はぞろぞろと北陣地へ向う。道すがら、横合いを歩く他の参加者がペコリと頭を下げてきた。ゆきも反射的に会釈を返す。
「どもー、お嬢さん方。今日はよろしくお願いしますね!」
「あ、は、はい!! こちらこそ、よろしくお願いします!!」
挨拶をきっかけに周囲も会話に加わり出した。千晴にも他の参加者が話しかけてきた。
「みなさん、学生さんだよね。高校のお仲間かい?」
「あー、俺以外は同じ部活のメンバーっすよ」
「ん? ……ああ、学校の部活内でサバゲ好きが集まったってことか」
「いえ、部活自体が。サバゲ部なんすよ、この人ら」
「――は!? サ、サバゲ部!?」
一人が上げた声は十数人からの視線を呼び寄せてしまった。いきなり注目の的となり、ゆきは真っ赤になってしまう。
「ち、違うよ千晴くん、エアガン部! わたし達はエアソフトガンクラブです!!」
「呼び名だけだろ。実際サバゲに来てるじゃねーか」
「ちょっと待ってくれ! 君ら、もしかして学校でもエアガン撃っているの!?」
「ガンガン撃ってるよー! あたしらも協力して射撃場も作ったもんね!」
自慢げに咲美が答えると参加者達はどよめいた。学校の敷地内でエアガンを撃ち、サバゲに勤しむという珍事は、それだけインパクトが強いのである
「うわー、アリなのかよ、そんなん……おじさん、聞いたことないわ」
「そうですね、少なくとも市内では初だと思います。ウチは女子校ですし」
志穂が補足すると、周囲の面々は心底羨ましそうに感嘆した。まさに祥子や舞とそっくりの反応だ。ここいいる者はみんなエアガンが好きであり、同時にマニアックな嗜好の持ち主として少々肩身の狭い思いもしたことがある。あろうことか、それが部活に――言わば世間から公式に認められた活動になったのだ。羨望を覚えて当然であった。
「マジかよ、いいなー!!」
「俺も通いたい……」
「女子校っすよ、女子校」
「自分は一向に構いませんが」
「向こうが構うんだよ、阿呆!!」
ヒキのある話題が投げ込まれたこともあり、和気あいあいとしたムードになった。当初感じていたより、みんなフレンドリーに接してくれている。ゆき達が違和感バリバリの制服姿から〝らしい〟格好に着替えたおかげで、向こうも話しやすくなったのだろう。初対面同士では見た目もそれなりに重要なのであった。
やがてイエローチームは北陣地の中央付近まで到達した。木々に囲まれた空き地に二本のポールが立てられ、その間に張られた大きな旗の下に木製の台座が設置されている。
「――はい、こちらが北側のフラッグになります!」
係員が示すフラッグの現物は、台座の天板にネジ止めされた押しボタンスイッチであった。これを押すと電子ホーンが鳴り響き、フラッグ奪取となるのだ。なにやら誘惑に駆られたのか、咲美はフラッグににじり寄っていく。
「おお……イイ感じの色艶してるじゃん、君ぃ……!」
「あの、ゲーム開始前は押さないでくださいね? あと自陣フラッグを獲ったら問答無用で負けになりますよ」
「う! ちぇー」
係員に釘を刺され、咲美はしぶしぶ手を引っ込めた。
ゆきは苦笑して、
「確かにクイズ番組の回答ボタンみたいだよね……」
「本質的には同じだろ。早い者勝ちなんだから」
咲美はぽんと手を打つ。
「じゃあ、ゲームスタートしたらあたしが一直線に走れば勝ち確じゃん!!」
「ええっ!?」
「名付けて一騎駆け作戦!! 押して参るぜ、ボタンをっ!!」
「さ、さすがに無茶だよ、咲美ちゃん!」
敵もこちらのフラッグを目指して進行するだろうが、ヨーイドンして競うなら絶対咲美の方が速い――確かにそれはそうなのだが。呆れているのか、志穂は口を開かない。
「えー、なんでさ? 武士っぽくていいじゃん」
「咲美さんは薄い猫を目指すとか聞いたんすけど。いや、意味はわからないですけど」
「教えて進ぜよう、千晴っち! ペラ猫武者ガールなんだよ、あたし。アンダスタン?」
「イミフ増量されてるっす」
「だから無茶だってば! レッドチームのフラッグは南陣地の真ん中にあるんだから」
フラッグはスタート地点にもなっているから、ゲーム開始時には敵の全員がそこにいる。咲美が速く駆ければ駆けるほど密集した敵の只中に突っ込むことになってしまう。
「間違いなく、集中砲火でオーバーキルの雨あられだよ」
「それはそれで楽しそうじゃん。ギャング映画の最後みたい」
「あー、それは微妙にわかります。漢っすね」
「咲美ちゃんは女の子だよぅ! もうそれ作戦じゃないし!!」
「じゃあさ、ゆっきーの作戦は?」
「えっ、わたし?」
「うん」
「え、ええと……。慣れるまでフラッグを守るとか」
「あたし、じっとしているの無理」
「だ、だよね。じゃあ……とにかく動き回ってみるとか……?」
「おまえの作戦も相当雑だなー」
千晴の感想はもっともだが、いきなりふられても千波サバゲーランドに不案内なゆきに妙案が浮かぶわけもない。ましてこれだけの人数で戦うのも初めてなのだ。もちろん咲美や初心者の千晴があてになるはずもない。
「し、志穂ちゃん、助けてよー」
「私はゆきの作戦でいいと思うわ」
「えっ!?」
「俺はサバゲ初めてだし、なんでもいいっすよ。でも吉野先輩とバチバチしてた割りに……」
「別に問題ないわ。天気もいいし、思い切り走り回ったら気持ちがいいわよ、きっと」
「咲美ちゃんが憑依してる!? 祓わなきゃっ!!」
「おっ、急に悪霊扱いするじゃん」
「ふふふっ、違うわよ、ゆき。いま最優先すべきなのは土俵の把握だってこと」
どこをどう通り、どこに身を潜め、どの方向に注意を払うべきなのか。地形や遮蔽物の位置関係、敵味方が取りがちな行動パターンなども含め、ゲームエリアの特性を最低限知る必要がある。それには実地体験が一番なのだ。
「どこにいる時にどの方向から撃たれるのかわかるだけでも、大きな収穫になる。しばらくはリスク度外視で積極的に動いて様子をつかむのがいいと思うわ」
逆にそれができれば活躍もできるはずだ。部活化のおかげでゆき達はもはや初心者ではない。千晴も射撃センスは人並み外れており、基本的な立ち回りを教えてやれば足を引っ張ることはないはずだ。
「な、なるほど……さすが志穂ちゃん。わたしそこまで考えてなかったよ」
「ただ参加するだけでも充分楽しいけどね。他の人達もいるわけだから、チームの勝利にも貢献したいじゃない」
「やーれやれ、また志穂の負けず嫌いが発動してしまったかー!」
「言っておくけど、私は別に勝ちにこだわっているわけじゃないのよ。でも――」
正志とのやり取りは皆の記憶に新しい。志穂は不敵に笑った。
「だからって、なめられるのは大嫌いなの」
「な、なんかごめんね。うちのお兄ちゃんが……」
「ゆきが気に病むことはないわよ、正志さんにはお世話になってるし。ただね……サバキュアだかなんだか知らないけど、こっちのことは眼中にないって態度がね、ちょっとね? うふふふふ……!」
「あははは! だなー!」
「吉野先輩、浮かれてただけで悪気はなかったんじゃないっすかね」
「あははは! だなー!」
「悪気のあるなしは関係ないのよ、片山君」
「あははは! だなー!」
「……咲美ちゃん、もしかして適当に笑っているだけなんじゃ……?」
「あははは! だなー!」
「ううう……」




