負けず嫌い
人垣を引き連れ、急ぎ足でやって来たのは祥子だった。部員達の様子を見に戻ってきたのだ――着替えを済ませて。
「って、ええええっ!?」
コスプレには慣れたつもりでいたが、祥子の格好はゆきの想像を超えていた。
ぱっと見は漆黒のトライアスロンスーツのようでもあるが、首元や手首など要所に背の低い円筒形の飾りが配置されていた。肌は露出されていないものの、意匠的にはボンデージファッションに近く、整ったボディラインがむしろ強調されている。生徒を指導するどころか教育上よろしくない影響をふんだんに与えそうだ。
「い、今宮先生、その格好は……」
「うひょおおおおおーっ!? 〝ギャンツ〟の〝レイラ〟でござるかーっ!!」
驚愕するゆきを押しのけるような勢いで正志が食いつく。
どうやら祥子の格好は有名なSF漫画のキャラクターであるらしい。
「あ、お兄さんはやっぱりわかりますか?」
「モチモチのロンでござるよ、必修科目でござればっ!!」
正志ははっとなって、祥子が腰から下げている大型のハンドガンを注視した。
「○ガンでござるな!? もしやまさか、トリガーを引くと……!?」
熱量の高い視線に祥子は余裕の微笑みを返し、つぶやく。
「みょーん、みょーん」
「おおっ!?」
「って、鳴ってからBB弾をばら撒きます」
「うおおおおおーっ!?」
正志だけではなく、祥子を囲む人垣からもどよめきが上がる。彼らは正志と同好の士、すなわちオタクであった。サバゲとオタクはことのほか相性がよく、結構な割合でサバゲーマーの中に含まれているのである。
「お見事でござる、最高でござる、感服でござるぅーっ!! やはり、○ガンはみょんみょんいわせねばっ!!」
「ありがとうございます。この銃は以前友人にフルスクラッチしてもらいまして、中のモスカートを――」
嬉しそうに説明する祥子。
こだわりポイントを褒めちぎられ、満更でもないらしい。
「○ガンだけだと心許ないですから、メインはこっちの電動ガンですけど」
「〝クリスベクター〟ですな! SFチックでヨシっ!! もしよろしければ、フィギュア化されたポーズを是非ともプリーズ!」
「ええと、こう?」
「スピンオフ映画公開に合わせて発売されたやつでござるなっ!」
「それとも、こっち?」
「コミックスの特装版に付いてたやつぅーっ!!」
状況に刺激されたのか、囲みのオタク達からも口を開く者が現れた。
「あのぅ、自分らもリクエストしていいでしょうか!?」
「しゃ、写真撮ってもいいですか!?」
「はい! ここじゃ迷惑になりますから、撮影スペースに移動しましょうか」
「おおーっ!!」
どうやら事前にフィールド側から許可をもらっていたようだ。ベテランコスプレイヤーにも抜かりはないのであった。
「あっ、そうそう吉野さん?」
「は、はい!?」
「あなた達もそろそろ着替えた方がいいわよ。ここは更衣室が少なくて混むから」
「あ、はい……」
正志を筆頭にオタク集団をぞろぞろと引き連れ、足取りも軽やかに去って行く祥子。
生コスプレ自体が初見の千晴は、半ば呆然となっていた。
「マジか。あの人、顧問の先生だよな……?」
「う、うん」
「名西女子、ヤバいな」
「いわれなき風評被害だよ、千晴くん!」
「いわれはあるわよ、ゆき。エアガンクラブの顧問ですもの」
「いや、別に悪口じゃないっすよ。びっくりはしたけど、楽しそうだし」
「ちはるん、いいこと言うじゃん! めっちゃエンジョイしてるよな、祥子ちゃん先生!!」
「あはは……確かにね」
改めて周囲を見回せば、祥子ほど極めてはいないものの、コスプレをしているとおぼしき人がちらほら見受けられた。本格的な装備に身を固め、いかにもサバゲ慣れした様子の人もいれば、どうみてもゲーム向きではない大きな機関銃を両手持ちしている人もいる。
サバゲの楽しみ方は人それぞれ――皆、それを実践しているわけだ。
(共通しているのはエアガンで遊びたいってこと。要するに、わたしと同じだよね)
マイナーな趣味であることは間違いない。珍しいからこそ、ゆきは学校で〝サバゲちゃん〟と呼ばれているのだ。それを思えば、よくぞこんなにも同好の士が集ったものだ。
「お? ゆっきー、緊張解けた?」
「うん。ここにいるのはみんな仲間だって気付いたの」
「当たり前だろ。そういうイベントなんだから」
「あはは、だよね!」
「獲物がいっぱいでわくわくするよなー! 撃ちまくるぜー!!」
「咲美、フレンドリーファイアには気を付けてよ」
「なにそれ、なかよしの火? 暖炉的なやつ?」
「味方への誤射のことよ!! 自分もヒット扱いになるし、迷惑だからね!?」
「大丈夫だって。あたし、目はいいもん」
などと話しつつ、ゆき達はセーフティエリアへ戻るのだった。
□
千晴や正志を含め、男性陣の大半はセーフティエリアのテーブル席で着替えを済ませていた。
女子的にはそうもいかないし、着替え自体にも時間がかかる。ゆきが更衣室から出た途端、スピーカーからアナウンスが流れた。
『――間もなく事前説明をはじめます。参加者のみなさんはフィールドエントランスに集合してください』
「わ、もうそんな時間!?」
セーフティエリアからフィールドエントランスは目と鼻の先である。ゆき達のいる位置からも既に集まっている人々が見えた。総勢は百名近く、2箇所に分れて立っている。
「志穂さん、そういや敵味方ってどう見分けるんすか?」
「チーム別に赤か黄色のマーカーが配られるのよ。それを腕に巻くわけ」
仲間内でまだ準備ができていないのはゆきだけだった。大急ぎでトレッキングシューズに足を突っ込むと、咲美にぽんと肩を叩かれる。
「タイムアップだな。よし、ゆっきーは置いていこう。ここは任せた!」
「わたし荷物番なのっ!?」
「あはは、うそうそ。ちゃんと待ってるに決まっているじゃーん」
「からかうんじゃないのっ!! ゆき、落ち着いてね」
「おまえ靴紐、ちゃんと締めろよ。ほどけると危ねーぞ」
「う、うん」
結果としてはどうにか間にあった。ゆき達の後ろからも「うおお、ヤベー!」などと言い合いながら4、5人が駆け込んで来ている。係員がこちらを指差ししているのは、最後に合流する人数を確認しているのだろう。
「参加者の方ですね? あなた方はイエローチームに入ってください。こちらにどうぞ」
「あ、はい」
黄色のマーカーを渡され、係員の誘導に従う。ゆき達の対面側にはレッドチームの人達が並んでいた。ところがそちらには、赤色のマーカーをつけた祥子と舞の姿があった。
「今宮先生達、レッドチームなんですか!?」
「別に問題ないでしょう。吉野さん、いつものことじゃないの」
「で、でも……」
「ゆきちゃーん、おっ手柔らかにねー」
舞もひらひらと手を振る。身内がいわば分断されてしまったのだが、サバゲにはよくある話らしく、旧サバキュア勢は全然気にしていないらしい。そして正志はちゃっかりレッドチームに混ざっているのだった。
「ううう……お兄ちゃん、ずるい……」
「正志さん、本当に楽しそうですね」
「無論でござるよ、志穂殿!! 舞殿、レイラ殿とくつわを並べて戦えるとは光栄至極でござるよ、ふひょほほほーっ!!」
「よかったですね。私達とは敵になりましたけど」
「まー、そこは時の運でござれば致し方なしでござるな! しょーがない、しょーがない」
ゆきは志穂の視線が一気に冷気を帯びた――ような気がした。
「し、志穂ちゃん……?」
「いいじゃないの、ゆき。これはこれで面白くなるわよ」
両チームはおおむね50名で編成されている。参加者のレベルは玉石混交だから、一戦してみないと彼我の戦力差は明らかにはならない。とはいえ、祥子と舞の実力をよく知っている者からすれば、二人が揃って敵側にいることには脅威を覚えるのが普通だろう。
「おや、志穂殿は自信アリでござるか?」
「そうは言いませんが、舞さんや祥子先生とは何度も戦ってますし」
「ふむふむ。だが拙者もいることをお忘れなくぅっ!!」
「もちろんです、正志さん。だから大丈夫かなって」
挑戦的な志穂の態度に触発されたのか、正志はにやりと笑いかける。
「ほほう……〝尚星の重機動オタ〟と称された我が力……封印を解く時が到来したようでござるなっ!」
「それは楽しみですわ、うふふふふ!」
「ふはははは! 機雷を喰らってもなんともないぜ!」
笑い声と真逆の不穏なオーラを周囲に撒き散らす二人。
「……咲美さん、あの二人怖くないっすか?」
「志穂はいつものアレだけど、ゆっきー兄もすげー負けず嫌いっぽいじゃん」
「う、うん。わたしもちょっとびっくりしてる……」
ゆきの知る正志はふざけているのがデフォルトで――つまりはどこか余裕があった。誰かをライバル視しているところなど、見たことがなかったのだ。
「祥子先生は本当にコスプレが好きなのね……」
「だね。わたし考えたこともなかったけど、楽しいのかな」
「ゆっきーは巫女服とか似合いそうだよな!」
「うーん……どう思う、千晴くん」
「は? おまえの巫女服?」
「うん」
「……」
「千晴くん?」
「い、いや……てか、なんで俺に聞くんだよ!?」
「仕方ないにゃあ。間を取って水着とローラースケートでいいじゃん」
「何と何の間なのよ、咲美!?」




