千波サバゲーランド
街の郊外に広がる雑木林を抜け、祥子の車は砂利敷きの駐車場に停まる。真っ先にドアから飛び出たのは咲美だった。
「よっしゃーっ、ついに来たぜ千波サバゲーランド!!」
「咲美、騒がないで頂戴。集合場所から一時間もかかってないでしょ」
「いやいや、近い遠いの問題じゃないじゃん」
「オートキャンプ場みたいだね!」
駐車場に隣接する建物はログハウス調の仕上げだ。吹き抜ける涼風は綠の香りをはらみ、野鳥のさえずりも耳に届く。
だが、敷地全体を囲むフェンスや網は普通のキャンプ場では見かけない。さらに施設の入り口付近には古びたジープやカモフラージュネットが被せられたドラム缶、軍用の交通標識などもディスプレイされていた。
「むしろ軍隊の基地じゃん」
「あはは、そうだね」
「結構、装飾にも凝っているのね。まるで映画のセットみたいだわ」
「うん、いい感じだよね!」
我知らず、ゆきのテンションは高まっていた。
いつもの市民体育館や格技場とは根本的に異なる。ここは初めからサバゲをする為に作られた専用フィールドなのだ。特別なことをする、特別な場所に来た――そんな非日常感に心を揺り動かされている。
「千晴くんが来たら志穂ちゃん達にも紹介するね!」
「その子ってゆっきーのラブい人?」
「ち、違うよ! 古館さんの親戚で……い、いい子だよ」
「そういえば、他にあと一人、舞さんの知り合いが参加するそうよ」
「千晴くん以外に?」
「ええ。舞さんの車で一緒に来るって」
祥子は車のバックドアを跳ね上げた。ラゲージルーム内にはガンケースや装備を収めたバッグ類が詰め込まれている。
「みんな、荷物を下ろして。まずは受付を済ませましょう」
「「「はいっ!」」」
受付カウンターの前にはずらりと人の列ができていた。ゆき達も最後尾に並ぶ。
「初めての方はいらしゃいますかー?」
「はい、私達は初めてです」
志穂が手を上げると、パークのスタッフは用紙が挟まれたクリップボードを渡してくれた。
サバゲーランドは会員制であり、初めての参加者は会員登録から行なうのだ。用紙に氏名住所を記入、各種の確認事項をチェックし、規約に同意する旨サインを入れる。あとは受付に用紙を提出する際、免許証や生徒手帳などの身分証明書を見せればいい。
記入をしつつ、どこかで覚えのある用紙だな、とゆきは眉をひそませた。
「そっか。インフルエンザの予防接種だよ」
「――は? なに言ってんだ、おまえ」
いつの間にか、後ろに千晴と舞の姿があった。たった今、到着したらしい。
「千晴くん、おはよう!」
「朝っぱらからテンション高ぇな」
「おっはよー、ゆきちゃん! 今日はよろしくね~」
「おはようございます、古館さん。こちらこそ、よろしくお願いします!!」
「おっと、前が空いたでござるぞ。列は遅滞なく詰めるのがマナーでござる」
「はい、すみません! ……って、お、お兄ちゃんっ!?」
舞の背後からひょいと顔を出したのは、正志であった。
「生ゆっきー兄じゃん!! なんでここにいるの?」
「フハハハハ! 舞殿からお誘い頂き、深夜バスにてはせ参じたのでござる!」
「もう一人の参加者って正志さんだったんですか!? 舞さん、どうして――」
「拙者が口止めしたのでござるよ。エアガンクラブの各々方にちょっとしたサプライズをお届けする為に!!」
「そんな演出いらないよ、お兄ちゃん!?」
正志はサバゲが終わり次第、また深夜バスで東京のアパートへ戻るそうだ。実家には一歩も足を踏み入れない、まさにトンボ帰りである。
「ちょっと舞、聞いてないわよ……?」
「いやー、お姉さん的にも伝えないとアレかなー? とは思ったんだけどね。言ったらサプライズにならないからね、やむなき仕儀にて候だね」
「あんた私と同い年でしょうがっ!? 部員の身内の方を呼ぶなら、せめて私には話してもらわないと――」
「おおぅっ、そちらの方は……もしやまさかのキュア・ラピッド殿ぉぉぉぉぉぉーっ!!!!!」
「うわぁっ!?」
飛びつかんばかりの勢いで正志は祥子に食いついた。
「遂に遂にキュア・ラピッド殿と共に戦う日がこようとはーっ!? 拙者、大興奮アンド大感激ぃで、ござるっ!!」
「よ、吉野さんのお兄様? 私、それは引退しましたから」
「むろん存じ上げておりますとも! 伝説のサバキュア、華麗に復活でござるなっ!!」
「違う、違いますっ!!」
すっかり逃げ腰になった祥子の様子に咲美と舞は無責任に笑い転げ、志穂も呆れ眼だ。
「ううう…… 恥ずかしいよぅ……」
「いやー、おまえの兄貴、マジすげぇよな」
「ち、千晴くんまで言うの!?」
「だってよ、あんだけ自分を出せるってすげぇだろ。他人の視線とか、まったくお構いなしだからな」
「えっ? う、うーん……もうちょっとは気にして欲しいけど……」
「バーカ、そこが吉野先輩の一番すげぇとこだろ」
正志はバスを降りた後、舞達と合流してここまで来たのだが、意外にも道中千晴と会話が弾んだようだ。まさに我が道を往く正志の生き様に千晴は憧れすら抱いているらしい。
「……そうだね。ありがとう、千晴くん」
くすぐったいような気持ちでゆきは笑顔を返す。
ゆきにとっては大切な身内ではあるが、正志は相当癖が強いタイプだ。本人は全然気にしないのだが、他人から揶揄されてしまうことも珍しくない。そんな兄を千晴がポジティブに捉えてくれたことが嬉しかったのだ。
一方、祥子は正志に迫られて進退窮まっており、ポジティブどころの話ではなさそうだ。
「だから、そうじゃなくて! きょ、今日は部活の顧問としてですね」
「わかりますぞ、新人三名を導くのは先輩戦士の義務であり花道ぃっ!! まさに劇場版っ、熱き展開でござるなっ!!!!!」
「違います! 私、もうサバキュアはしないんです!! 復活とかないですからっ!!」
「ガガーンっ!? 大ショックでござる!! す、すると……よもや、本日コスプレは……?」
「それはします」
即座に断言する祥子。
するんかい――ゆき達から発せられた無言の突っ込み波動は、祥子と正志に感知されることはなかった。
□
受付を終えてゆき達はセーフティーエリアへ入場した。
名が示す通り、このエリアは射撃禁止だ。銃のセーフティーを外すことはできないし、マガジンはもちろん、電動ガンのバッテリー装着も不可。代わりにゴーグルは付けなくてもよいというルールになっている。
日よけシェードがかけられた一角にずらりと並ぶテーブル席の一つをゆき達は確保した。
「ゲーム前に試射して、銃の動作確認をしましょう。荷物を置いたら、シューティングレンジへ行くわよ」
「「「はい、先生!」」」
声を揃えて返事をするゆき達に、舞は相好を崩す。
「おおー、部活って感じぃ! いいね、いいねぇ!!」
「おばちゃんの盛り上がりポイントがよくわかんねーよ」
「千晴もゆきちゃん達と一緒に撃っておいで。調整はしてあるけど、君は少しでも銃に慣れておいた方がいいわ」
「ああ、わかったよ。おばちゃんは?」
「私は後でやっておくわ。まだ運ばなきゃならない荷物があるし」
持っていたガンケースをテーブルに置き、舞は小走りに駐車場へ戻って行った――のだが、次から次とすれ違う人々との挨拶祭りになってしまい、なかなかセーフティエリアから出られない模様だ。
「あははは、やっぱり古館さんは知り合いが多いんだね!」
「おばちゃん、愛想がいいからなー。俺、絶対無理」
「わたしもだよ……本当に昔っから人付き合いが苦手なんだよ」
「おまえは別に普通だろ」
「ええっ、わたしが!?」
「普通だよ。少なくともここにいる奴らとは普通に話せるだろ」
正志は当然として、千晴、志穂、咲美、祥子、舞。
この中にゆきが話しにくい相手は……誰もいなかった。そういえば最近はクラスメートとも普通に話せている。
「……でも、わたし初対面の人とは緊張しちゃって、噛んじゃうし……」
「は? それこそ普通だろ。んなの、別に珍しくねーよ」
「そう、なのかな……」
「だろ。むしろ、やたら馴れ馴れしいタイプよりも俺は――」
言いかけて、千晴は妙な表情になった。
「ん? どうしたの、千晴くん」
「い、いや……だから、別に気にするほどじゃねーって話だよ!」
千晴は自分の銃を持ち上げ、シューティングレンジへ歩き出す。
「吉野さん、準備はいい?」
「は、はい! 大丈夫です、今宮先生」
「じゃあ行きましょう、ゆき」
「あたし、あんまやることないんだけどなー」
「動作の確認は必要でしょう。万が一、銃が故障してたら――」
「あー、はいはい」
劇的な出来事があったわけではない。ましてゆきの本質には何の変化もない。
それでも仲間達の後を追うゆきの足取りは、これまでより少しだけ軽くなっていた。
「千晴くん、お兄ちゃんとどんな話をしてたの? ぜんぜん想像がつかないよ」
「別に普通だよ。趣味の話とか、進路相談とか」
「し、進路相談?」
「俺、尚星高が第一志望だからさ。吉野先輩の母校だろ」
「あのぅ、千晴くん。高校は違うけど、わたしも吉野先輩だよ?」
「いや無理」
「ええっ、なんで!?」
「先輩ってガラじゃないだろ、おまえ」
「ううう……千晴くん、やっぱり意地悪だよ……」




