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買い物

 田中商店は迷彩服やヘルメットなどの軍装品を扱うショップだ。

 二階建ての店舗は広くはないが、一歩中に踏み込むと大量の商品が陳列されており、ゆきは圧倒されてしまった。

 

 足を止めてしまったところで、レジにいた店員らしき青年と目が合う。


「らっしゃいませー」


 明るい声におずおずと会釈を返し、ゆきは歩を進めた。

 ホビーショップ以上に場違い感がすごい。壁際のガラスケースには映画で見るような古い軍服が陳列されていた。赤茶色の斑点が散りばめられた迷彩パーカーだ。


(寒くなったらこういうのもよさそうかな――えっ? ご、五十五万円……っ!?)


 読み違いではなかった。この古びたパーカーは一着五十五万円するらしい。

 ケース内には薄手の軍服もあるが、そちらも二十万ほどの値付けがされていた。銃剣や水筒などの装備品も軽く数万円だ。


(お、お高いっ!! バイクが買えちゃうよ、これーっ!?)


 慌てて周囲に陳列されている迷彩服の値段を確認する。高い物もあるが、上下セットで八千円程度のお買い得品もちゃんとあり、ゆきは胸をなで下ろした。


(び、びっくりした……あれは特別高いやつなんだね)


 つまりは博物館級の希少な年代物(ヴィンテージ)。だからこそのガラスケース入りだ。中にはこうした本物軍装に身を固めてサバゲに参加する者もいるのだが、高校生が買うような服ではない。それにこの辺りにある服はどれもゆきにはオーバーサイズのようだ。こういう場合は店員に聞くのが手っ取り早い。


「あのっ!」

「はい、何かお探しですか?」

「お、おんにゃ物は、どの辺りでしょかっ!!」

「――女物は二階の奥側にございます」


 ギリ意味が通じる程度にしか噛まなかったのは、ゆきの成長の証かも知れない。

 階段を上ってお目当ての場所に向うと、レディースとSサイズの服が固めて置かれていた。ところがそこにはゆきの数少ない顔見知りの姿があった。


「あれっ? 千晴くんだ」

「うっわ!? な、なんでおまえがいるんだよ!!」

「わ、わたしはサバゲ用の買い物に来たんだよ」


 飛び上がらんばかりに驚かれ、ゆきはいささか傷付いてしまった。


「実はね、明日……」

「知ってるっつーの。〝千波(ちは)サバゲーランド〟に行くんだろ」

「ええっ、なんで知ってるの!? まさか盗聴……?」

「んなわけあるか!! おばちゃんに聞いたんだよっ!」

「あ、ああ……そっか、そうだよね、あははは」


 千波サバゲーランドは近隣では最大規模のアウトドアフィールドだ。

 しっかりした運営と設備のよさから人気が高く、貸し切りの他、誰でも参加できる定例会を随時開催している。ただし定例会の参加者数には当然上限があり、数週間前には予約で枠が埋まってしまうのが普通だ。


 ところがたまたま団体客のキャンセルが発生し、予約枠が空いてしまったらしい。


 サバゲーランドのSNSをフォローしていた舞がこれに気付き、祥子に『すぐ申し込みすればみんなで参加できるけど、どうする?』と話を持ちかけ、一も二もなく応じた……というのが今回の経緯であった。


 定例会には舞も参加することになっている。親戚である千晴が事情を知っていてもなんら不思議はないのだった。


「わたしね、アウトドアフィールドでのゲームは初めてなの。すっごく楽しみなんだー!」

「……おまえ、本当に好きなのな」

「うん! ねぇ、千晴くんも参加しない?」

「お、俺は……」


 千晴は何故か口ごもってしまった。やはり嫌なのだろうか?

 でもそれなら即座に『誰が行くか、バーカ』くらい言い返す気がする、とゆきは思った。


「千晴くん、サバゲしたことあるかな」

「ねぇけど」

「ないの!? じゃあ、やらなきゃ!!」

「は? なんでだよ!?」

「面白いからだよ!!!!」


 意気込んで断言するゆき。


「千晴くん、射撃には興味があるよね? きっと、サバゲも楽しめるよ! 一回だけでもやってみたらどうかな!? やってみようよ、サバゲ!! 普段できない体験をするのは勉強のストレス解消にもいいと思うんだ。わたしもまだ始めたばかりだけど、わかることはなんでも教えてあげるし――」


 ここぞとばかりに間合いを詰めるゆきに、千晴はすっかり追い詰められる形となった。


「ちょ、ちょっと待て!! おまえ、なんでそんなぐいぐい来るんだよ!?」

「えっ?」


 問われて、ゆきは我に返った。

 確かにこれでは推しの押し売りである。


「わたし、サバゲ好きだから……」

「だから?」

「一緒に楽しめたらいいな……って、思って」

「……俺と?」

「う、うん……」


 頭が冷えるにつれて、ゆきは恥ずかしくなってきてしまった。

 結局、サバゲ仲間が増えると自分が嬉しいから誘っただけなのだ。別に千晴の為ではない。むしろ受験生を一日がかりの遊びに連れ出すのはどうなんだろうか。


 いや、どうもこうもない。〝迷惑〟という単語しか当てはまらない気がする。


「あー、実は俺さ」

「ごめんね。わたし、つい……」

「へ? い、いや……だああああっ、もう! だから、いちいちヘコむなってーのっ!!」


 しょんぼりするゆきに、千晴は頭をかきむしらんばかりになってしまった。


「行くよ! 俺も明日サバゲーランドに行く!!」

「えっ!?」

「おばちゃんに誘われてさ。もともと俺も参加する話になってんだよ」

「……あれ? もしかして、千晴くんもサバゲ用の服を買いに来たの?」

「ああ。じゃなきゃ、わざわざこういう店、来ねぇだろ」


 そうとも知らず、強引な勧誘をしてみたり、我に返って落ち込んでしまったり。

 一人芝居もいいところであった。


(ううう……これはまた別の角度で恥ずかしいよぅーっ!!)


「それならそうと、言ってくれれば……」

「おまえがすっげぇ早口でたたみかけてくるから、言えなかったんだが?」

「で、でしたね……あはは」


 気を取り直し、ゆき達は服選びを再開した。

 さすがに専門店だけのことはあり、レディースもそれなりの種類がある。


「そういや、他の連中は一緒じゃないのかよ」

「志穂ちゃんと咲美ちゃんのこと?」

「いや、名前とか知らねーし」

「今日は二人とも用事があるんだよ。それにトレーニングウェアをいっぱい持ってるから、とりあえずそれを使うみたい」


 男の子なのに千晴とは不思議と喋りやすい。やっぱり仲間だから? それもとも高校になってから、色々な人と話すようになって、ゆき自身が変わったのだろうか。よくわからないが、お喋りをしながらの服選びは楽しかった。


 選んだ服を試着ブースに持ち込むと、ゆきはカーテンの内側から呼びかけた。


「千晴くん、そこにいる?」

「あ? んだよ……」


 面倒くさそうに返答しつつ、千晴は試着ブースの前に立つ。

 ゆきは勢いをつけて、カーテンを開いた。


「これ、どうかな? おかしくない?」

「は――っ!?」


 千晴はさっと目を逸らしてしまった。


「ちょっと千晴くん、ちゃんと見てよ」

「バ、バカかおまえは! ミニスカートでサバゲやるのかよ!?」

「えっ? 古館さん達はしてたみたいだけど……」

()()は特殊な例だろっ! んな、生足さらして撃ち合ったらヤバいだろ!!」

「ゲームの時はナコールのタイツを穿くから大丈夫だよ」


 思いがけない反応だった。

 意外と千晴は心配性なのかも知れない。


「それにこれミニスカートじゃないよ、キュロットだよ。ほら」


 覆い布をめくり上げると、丈の短い半ズボンとすらっとした――といえば聞こえはいいが、やや細すぎ感のある太股が露わになった。


「うっわっ!? だ、だから……!!」

「これにコルセットリグを組み合わせるとね、結構かわいいかなって」


 コルセットリグはチェストリグの一種だ。マガジンポーチなどを多数装着できる実用品だが、女性向けに作られており、身体のシルエットを綺麗に整える効果もある。


 ゆきは実際に着てみせたのだが、何故か千晴に背中を向けられてしまった。


「あれ? ねぇ、千晴くん?」

「――いい」

「え?」

「もうそれでいい。てか、おまえが好きなの着ればいいだろ!」

「うう……ちゃんと見て欲しいのに……」


 千晴は長々と嘆息した。


「……くそ、わかったよ。見るからな」

「どうぞ」


 意を決したように、千晴はゆきに向き直った。

 とっくりチェックされると、なんだか落ち着かない気もする。思わず『も、もういいいよ!』とカーテンの影に隠れたい衝動にかられたが、ゆきからせがんだ手前、そうもいかない。


「……かわいいんじゃねーの」

「そ、そうかな」

「ああ。ゆきには似合ってるよ」

「っ!? え、あ、はい……ありがと」


 頬が熱くなり、ゆきはもじもじしてしまった。

 とたん、千晴はいつもの調子を取り戻す。


「ははっ、なーんだよそれ。照れてんのか、おまえ」

「えっ、だって……ち、千晴くんがあんまり改まって見るからだよ!!」

「知らねーよ、おまえがちゃんと見ろって言ったんだろ」

「もうーっ!!」


 あれこれ言い合いながら、二人は残りの装備類をチョイスした。ゆきは全身一式揃えたが、千晴は細身のカーゴパンツとタクティカルグローブのみである。


「そうだ。わたし、靴も買わないと……」

「気合い入ってんなー。おまえ、金持ちなのか?」

「あはは、違うよ。部活の道具だからお母さんが援助してくれたの」

「なら、次は靴屋に行こうぜ」

「え? ああいうブーツがいいんじゃないの?」


 ゆきは棚に並べられた軍靴を見やった。どれも軍隊が採用している頑丈そうな編み上げブーツであるが、千晴は首を振った。


「サバゲのアウトドアフィールドはガチの荒れ地じゃないからな。トレッキングシューズの方が、軽くて足首をしっかり支えられて滑りにくいから、おすすめだよ――って、おばちゃんが言ってた」

「そうなんだ。この辺にそれ系のお店あったっけ?」

「ちょっと歩くけどな。まず、ここの会計しちまおう」

「うん!」


 装備を詰め込んだ買い物カゴを提げ、二人は連れ立って歩き出した。

「アジダスもトレッキングシューズを出してるんだね。知らなかったよ」

「これで買う物は揃ったか?」

「うん、大丈夫。ごめんね、荷物を交換してもらっちゃって……わたしの方が多いのに」

「おまえに大荷物持たせてよたよた歩かせてると、絵面が悪いんだよ。子供こきつかってるみてーだろ」

「こ、子供ぉっ!? 千晴くんだって、背丈変わらないじゃない!!」

「カフェ寄ってこうぜ。おやつ食べたーい」

「子供だっ!?」

「俺、ハニーカフェオレとベリーベリースペシャルホイップパンケーキにするわ」

「ガチ甘党のチョイス!?」

「悪いかよ。おまえ、食わねーの?」

「……食べるよ。食べますよ! 食べて、おっきくなるんだからっ!!」

「そうだな、横にな」

「ううう……千晴くん、意地悪だよ……」

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― 新着の感想 ―
[一言] なんつー初々しさ。 何とも羨ましい青春ですな。
[一言] 完全にカップルじゃん?( ˘ω˘ )
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