テクニック
開始のホイッスルが鳴り、ゆきは駆け出した。
前には誰の姿もない。いつもは志穂の背中を見ながら走っていたから、どうしても心細い気がしてしまう。
(で、でも、一人じゃないんだから……!!)
左側、少し離れた位置を咲美が併走していた。恐らくゆきの速度に合わせてくれているのだろう。志穂もゆきと咲美の間に占位し、やや遅れて追従してくれている。ちょうど三人で逆三角形を成す形だ。
数秒後、フィールドの中間を過ぎたあたりで志穂の指示が飛んできた。
「ダッシュ、止めっ!!」
ゆきは遮蔽物の裏で立ち止まった。
インドアフィールド内は狭い。数秒ダッシュした後は慎重に索敵しながら進まなくてならない。咲美と志穂も立ち止まり、遮蔽物の影からそっと顔を出して様子をうかかがっている。
目だけでなく耳も澄ませて確認したが、ゆきの前方は無人であるかのようだった。
(ううう……でも、絶対待ち伏せしてるよね……)
誰も祥子を発見できなかった。志穂の合図に従い、まず咲美が前進。ゆきと志穂は銃を構え、援護の態勢を取る。咲美が次の遮蔽物に入ると、今度はゆきが前進した。最後に志穂が前進――
タタタタッ!! 短い連射音に、ダン、ダンッ!! とショットガンの連射が応じ、「ヒット!!」誰かのコールが重なる。手を掲げて退場していくのは、志穂だった。ゆきの位置からは祥子の姿は見えないが、咲美と激しく撃ち合っているようだ。
(援護してたのに……! どこからか、射線が通っていた!?)
「うわっ、来る来る!! ゆっきー、頼む!!」
どうやら咲美はリロードの隙を突かれてしまったらしい。ゆきはモッドTを構えたが、一瞬見えた祥子は遮蔽物の影に隠れてしまった。あのまま前進するなら、ゆきの左側へ出てくるはずだ。身体をぐるりと回し、ゆきは大きくステップして遮蔽物の左へ踏み出す。
ちょうどそのタイミングで祥子も遮蔽物から飛び出していた。
お互いにほぼ同時に相手を認識したらしい。奇しくも〝どっちが速いか〟の勝負になった。
素早く構えつつも、ゆきは敗北を悟る。
トリガーを引き絞る寸前で肩口に痛みが跳ねた。
「あ――っ! ヒット!」
「ヒットぉーっ!!」
ゆきのコールを追うように、咲美も被弾。
このゲームも祥子の圧勝となってしまったのだった。
□
数ゲームをこなしてインドアフィールドを出ると、祥子は軽い足取りでゆき達に合流してきた。
「お疲れ様~! みんな、なかなかよかったわね!」
「絶対ウソですよねっ!?」
アドバイスを受ける前と同じ結果なのだから、志穂の反応も無理はない。
祥子はひらひらと手を振った。
「だから本当だってば。今回、私はずっとHK416を使っていたし、ほとんど裏取りもできなかった。あなた達が上手く連携していたから、一方的な攻撃ができなかったのよ。大した進歩だわ!」
言葉の端々にのぞく賞賛は心からのものではあるようだ。確かに今回はちゃんと撃ち合いになっていた。
咲美と視線を交わし合い、ゆきはおずおずと言った。
「あ、ありがとうございます。でも……わたし達、いつも撃ち負けてました」
「そうね。そこで次のアドバイスは――これよ!!」
今度は『薄くなれ!!』と祥子はホワイトボードに書く。
「おおっ!? 格言、第二弾きたーっ!!」
「咲美ちゃん、意味わかるの?」
「わからん! でも、それっぽいじゃん? ぽいぽいじゃん!」
「……索敵や攻撃時にもっと隠蔽を意識しろってことよ」
志穂はMP5を立射で構えた。
「私達はこう構えていたわよね? 身体を正面に向けて、左右の肘はちょっと横に張り出した形」
「うん。普通の構え方だよね」
「でも、祥子先生はこんな感じなの」
すっと姿勢を低くし、志穂は左右の肘を折りたたむ。中腰で銃にしがみついているような格好だ。
「うっわ、志穂が縮んだ!!」
「せ、狭苦しそうだね……」
「小さく低く構えられると相手は撃ちにくいのよ。狙える場所が減ってしまうから」
基本的に銃を構えていると低い位置にある目標は視認しにくい。視線と目標の間に自分の銃が入り込み、死角を作ってしまうからだ。
「さすが桜井さん、よく観察してるわね! 加えて、みんなはツーステップで遮蔽物から出入りしているの」
HK416を持つと、祥子はホワイトボードを遮蔽物に見立てて実演を始めた。
「身を隠そうと思うとついそうしちゃうけど、あなた達は遮蔽物ぎりぎりまで身を寄せているわよね。でも、このままじゃ狭すぎて銃を構えられないでしょ?」
祥子はHK416を持ち上げたが、途中で銃の先端がホワイトボードの下部にぶつかってしまった。この位置関係だと銃口を上げられないのだ。結果、攻撃の際には遮蔽物の横に〝出て〟から、銃口を〝上げる〟ことになってしまう。
「当然だけど、敵に狙われた時も銃口を〝下げて〟からじゃないと、遮蔽物に〝入る〟ことができないわよね」
「出る時も入る時も余計な動作を挟んでしまっているわけですね。だから咲美やゆきでも、対応が遅れてしまう……」
「その通り! 解決方法は簡単だけどね」
祥子は二歩ほど下がり、HK416を構え直した。
銃口はホワイトボードにあたらず、きちんと持ち上げることができた。
「ちょっと距離を取れば遮蔽物の後ろに隠れたまま、銃を構えることができるわ。さらに身体をできるだけ横に向けながら出てやれば――」
前から見ると祥子の身体は、胴体の厚み程度しか露出していなかった。単純な立射とは大違いである。
「おおーっ、ホントに薄くなったじゃん!!」
「なるほど……だから、いつも今宮先生が先にヒットを取っていたんですね……!」
祥子は被弾面積を小さくし、すでに構えた状態で遮蔽物から出ていたのだ。何も考えずに撃ち合えば、負けてしまうのは当然であった。
「それから〝スイッチ〟のやり方も覚えた方がいいわ」
「へ? あたし、ゲームは持ってきてないよ?」
「ゲーム機じゃなくて、サバゲのテクニックのことよ」
祥子はHK416を構え、ホワイトボードの右側から身を乗り出す。
「私のように右利きの人が右から撃つ場合は、別に問題ない。でも左からだと……」
左側から祥子は同じことをしてみせる――今度は身体の半分がさらされてしまった。遮蔽物の左から右手を出そうとすると、必然的に被弾面積が増えてしまうのだ。
「そんな時は武器を左手に持ち替えすれば、右と同じように薄いままで撃てるってわけ」
「へー、ホントだ! 忍べてるじゃん!!」
もちろん、両手で同じように撃つのは慣れが必要だ。相手も動くし、銃によってはリコイルもある。
「スイッチはサバゲでは出番の多いテクニックだから、覚えておいて損はないわよ」
「なるほど……ありがとうございます、今宮先生!」
「ゆき、残り時間はゲームじゃなくて、教えてもらったことの練習にしない?」
「そうだね、志穂ちゃん。咲美ちゃんもそれでいい?」
「いいよー。薄い猫になって、スイッチするにゃ! ねー、志穂にゃーん」
「だ、だから猫真似は止めてってば!」
実際のゲームでは敵の動きにどう対応するかに頭を使いたい。だから基本的な行動やテクニックは、考えなくても身体が勝手に動くように練習しておく方がいいのである。
ゆき達が話をまとめると、祥子はにっこり笑った。
「やる気満々ね! あなた達はまだ自分の銃にも充分馴染んでないし、その辺も踏まえたトレーニングコースを作りましょうか」
インドアフィールドを組み替えて周回コースを作り、随所にターゲットを置く。できるだけ身を隠しつつ、遮蔽物の左右からターゲットを撃っていく。また場所によっては、セミオート射撃、フルオート射撃(ブリーチャーの場合は三発発射と六発発射)の指定を入れる。さらに装弾数を調整し、一周する間に必ずマガジンチェンジが入るようにしておく。
「へー、面白そうじゃん! タイム計ろうよ、タイム!!」
「ううう……わたし、ビリ確定な気がするよ……」
「ゆき、これは早撃ち競争じゃないのよ。タイムはわかりやすい物差しだけど、目的はそれじゃない」
「桜井さんの言う通りよ。トレーニングの主旨は銃に慣れ、隠蔽を身に付けることだからね!」
とはいえ、やはり時間の計測はすることとなった。同じことをするにしても、タイムアタック要素があればより楽しめる。ゆき達にとって重要なのはむしろそこであった。
「吉野さん達、ずっとその格好でサバゲするの? いえ、もちろん学校の指定ジャージは基本だけれども」
「まだコスプレを推してくるんですか、今宮先生」
「当たり前です。サバゲはね、〝なりたい自分になれる場所〟なのよ!!」
「生徒募集のキャッチコピーみたいですね!?」
「とりあえず服装は動きやすいものでいいけど、手袋もつけることをおすすめするわ。指の爪に弾がモロにあたると、本っ当に痛いからっ!!」
「えっ、そんなにですか?」
「もう息が詰まって悲鳴も出なくて、うずくまっちゃうのよね。でも『痛ったぁい!』より先にヒットコールを絞り出さないといけないし。後に残るのはドス黒い内出血だけ……」
「じ、地獄絵図ですね……」
「あと地面に膝をつくことも多いから、膝パッドもおすすめよ」
「わかりました、考えてみます!」




