先読み
休憩を挟み、反省会をすることになった。
全員、銃を持ってインドアフィールドに集合。祥子は古びたホワイトボードをフィールドに引っ張り込んだ。
「ゲームをしたことで、みんなのことは大体わかりました! 川本さんはとにかく反射神経と運動能力がすごいわね。桜井さんはバランス良くなんでもこなせる感じね」
理解を深めたのは祥子だけではない。
ゆき達も祥子を見る目が変わっていた。我がクラスの担任教師は単にサバゲ仲間なだけではなく、とてつもない実力者だったのだ。
「吉野さんは射撃のセンスが飛び抜けているわ。エイムの速さは川本さんに譲るけど、精度はあなたの方が上ね」
(ううう……褒められたのは嬉しいけど、一発もあてられなかったんだよね……)
あてるどころか、ゆきは祥子をほとんど発見できていない。
誰かが撃たれてはじめて、相手の存在に気付く有様だった。
「はいはーい! ゆっきー部長の愛らしさもわかってくださーい!」
「ふふふっ、それは言うまでもないことよ、川本さん。何故なら名西の生徒はみんなかわいいから!!」
「えっ、あたしも?」
「そうよー、メイド服とか着るともっとかわいくなるわよー?」
「えへへへ。じゃあ、みんなで着てみるかー!」
「ワンセンテンスで洗脳されてる!? 初心すぎだよ、咲美ちゃん!」
「祥子先生……脱線に便乗しないで、本題を進めてください」
「桜井さんは川本さんのメイド姿、見たくないの?」
「そ、それは見たい……じゃなくて! サバゲの話ですっ!!」
「私的にはこれもサバゲの話なんだけど……まあ、いいわ」
表情からすると存外本気だったらしい。祥子はマーカーペンを手に取った。
「根っこから説明するとね、サバゲで参加者がやる具体的な行動は、この四つなの」
祥子はホワイトボードに〝移動〟〝隠蔽〟〝索敵〟〝攻撃〟とペンで書く。
これらは独立して行なうわけではない。移動するからと隠蔽を無視すれば、すぐに相手の索敵に捕まるだろう。四つの要素を常に念頭に入れつつ、優先すべき行動を選択していくのだ。
その辺りはゆきも何となくは理解できていた。
「はい、わかります。でも、いつも今宮先生に先手を打たれてしまって……」
「それはね、あなた達の行動がとても読みやすいからよ」
祥子はホワイトボートにインドアフィールドの簡略図を書いた。全体は線で囲われ、遮蔽物を示す長方形が幾つかある。さらにフィールドの上端に丸を一つ、下端に丸を三つ、書き入れた。丸はプレイヤーを表わしているのだろう。
「あなた達はこの図の下から上にいる私を索敵しながら進んでくる。それ自体はいいのよ。でも、毎回同じ動きなの」
「え!? そ、そうでしたか……?」
驚く志穂に祥子はウインクを返し、
「ルートは微妙に違うわよ。でも、遮蔽物にぶつかると右へ右へ回り込んでいたでしょう?」
「そう……ですね、確かに」
「銃を持ちながら左へ回るのはやりにくいのよ。だから意識しないと右から回っちゃうのね。で、一番近い遮蔽物へ進む。そうすると、こういう風な動きになる」
祥子は三つの丸から右回りで上に向って伸びる矢印を描く。
「大雑把でも来る方向がわかっていれば、私は見張る場所を限定できる。あと、実は少し移動すれば、遠くからでも射線が通る場所があるの。この図はざっと書いただけだから、実際の位置関係とは違うけど……」
今度は上端の丸から短く矢印を伸ばし、その先端から今度は視線を示す点線を伸ばしていった。点線はゆき達の進行ルートにぶつかった。
「距離が遠いのと射線が通るのが一瞬だから、私はあえてこのタイミングでは撃たなかった。だけど、発見さえすれば後は――」
「以降の行動も読めるから、背後に回り込むのも簡単。そういうことだったんですね……」
嘆息する志穂。
ゆきは不思議そうな顔になり、
「すみません、それは今宮先生が一方的にわたし達を見つけた時の話ですよね?」
「ええ、そうよ」
「咲美ちゃんが今宮先生と撃ち合いになった時、先生が消えたー!! って、言ってたんですけど……」
「あー、最初のゲームよね? 川本さん」
「そうそう! あたし、祥子ちゃん先生の隠れ場所をにらみながら突撃したのに、いなかった! 消えたじゃん!!」
「あれは川本さんの射線を切ったのよ」
咲美はぽかんとした。
「へ? 射線を切ると消えるの?」
「ふふふっ、まあね。じゃあ、あの時の動きを見直してみましょうか」
ホワイトボードに祥子は咲美を示す丸と自分を示す丸、さらに二人の間に遮蔽物を書く。
咲美の丸には逆ハの字型に線を書き入れた。
「この線の間が川本さんの視界ね。左右は見えるけど、当然真正面は遮蔽物で塞がれている。だから真っ直ぐ後退する限り、川本さんには私が見えないわけ」
先ほどと同じく、二つの丸から同方向へ矢印を伸ばす。
祥子は遮蔽物から遠ざかり、咲美は近付く形だ。
「ここで川本さんが遮蔽物に近寄ると……」
咲美の丸から伸びた矢印の先にも丸と逆ハの字線を入れ、移動後の視界を図示した。大半は遮蔽物にさえぎられてしまっている。
「視界が狭くなるから、もう左右も見張れない。それを見計らって私は横に逃げたのよ」
「おおーう……なるほど! まさに孔明の罠じゃん!!」
「咲美が勝手に突っ込んだだけじゃないの。私も人のことは言えないけど……」
志穂とゆきは遮蔽物に隠れながら移動していたが、ルート選択が無頓着だったし、どこから射線(視線)が通るかなどフィールドの把握も不十分だった。咲美に至っては隠蔽の意識すら持っていない。
対照的に祥子は居場所がバレた瞬間、離脱を決意した。隠れ場所を知られている時、うかつに顔を出せば撃たれてしまうからだ。
「さっさと別の遮蔽物に入って仕切り直せば、元いた遮蔽物を注視している敵を奇襲できるわけ。さっきの川本さんみたいにね!」
「あたしは西部劇みたいにどっちが速いか勝負だっ!! って、撃ち合うのも好きなんだけどなー」
「わかるけど、サバゲは基本一対一じゃないからね。できるだけ姿を隠さないと他の敵からも狙われるわよ」
祥子は苦笑するが、咲美は理論より感覚で動くタイプだ。いくら正しい話でも本人がノレないと能力も発揮できない。
「咲美、なら忍者を目指したらどう? 影から影に移動し、背後から一撃必殺! 好きでしょ、そういうの」
「えー? 忍者ってむしろ堂々とアイサツしてから戦うじゃん」
「忍者の定義が欧米基準じゃないの!? ちゃんと忍びなさいっ!!」
「待って、桜井さん。それなら、つまり――これはどうっ!!」
祥子は『猫になれ!!』とホワイトボードに書き殴った。
「おおっ!? マジもんの格言きたじゃんっ!」
「猫って狩りをする時、足音をひそめ、姿勢を低くし、こっそり忍び寄るでしょ? 川本さんはあんな感じをイメージするといいんじゃないかしら」
「……確かに、今までの咲美はどちらかと言えば犬っぽかったですね」
「わかるー。咲美ちゃんはゲーム開始と同時に尻尾振りながら全力で駆けていく感じだよね! わんわん!! って吠えながら」
「えへへ、そう? 照れるぜ!」
「別に褒めてはいないよ?」
「ゆっきー、たまに厳しいな!?」
「あはは、ごめんね」
「まあ、でも猫か。ウチのにゃんこ達、カワイイし……いいかも!」
なんだかんだで咲美も満更でもなさそうであった。
「ねぇ、川本さん。猫になりきる為に耳と尻尾を付けるというのは――」
「却下です。隠蔽が大事って話だったのに、耳とか尻尾とか、逆に目立つじゃないですか!」
「あはは……隙あらばコスプレをねじ込んでくるよね」
「だから、私のスタイルなのよ、スタイル!」
「それはもういいですから! 私とゆきについてはルート選択以外に何かありますか?」
志穂に切り返され、祥子は仕方なさそうに話を戻す。
「ええと、二人で声を掛け合って連携してたのはよかったわ。見ていると桜井さんが前に出て、吉野さんが援護してたわよね? あなた達のポジションはたぶん逆の方がいい」
驚くゆき達に祥子は説明した。
ゆきは感覚が鋭く、射撃センスがいい。モッドTも近中距離向けの銃だから、敵陣を攻略するアタッカーが最適だ。逆にやや引いた位置から全体を把握し、指示出しや援護を行なうバックアップは志穂と遠距離射撃にも対応できるMP5の組み合わせがいい。
その理屈はわかる。
わかるのだが、ゆきにとってはちょっと敷居の高い話であった。
「わ、わたしが先頭に立つんですか……!?」
「あなたは最前線で輝くタイプよ。怖いのはわかるけど、勇気を出して前に出てはどうかしら。もちろん、ヒットされる確率は上がるけど、どの道サバゲでは避けようがないことよ」
「ゆき、私を信じて。あなたが動きやすいように手助けするから」
志穂の方はすでに納得しているようだ。彼女は理屈がわかれば、即座に考えを切り替えられるタイプだった。何よりバックアップ役はもともと志穂の十八番である。
「……う、うん。わかったよ、やってみる!!」
「大丈夫だよ、ゆっきー。最前線にはあたしもいるんだし、へーきへーき!」
「ありがとう、咲美ちゃん!」
ゆきはほっとしたが、志穂は呆れ顔だ。
「言ったからには突っ走って独行しないでよ。あなたが早々に脱落するとゆきも困るんだから」
「わかってますぅー。犬から猫にフォームチェンジだ、ニャ!!」
語尾だけでなく、咲美の所作には絶妙な猫っぽさがあった。さすが三匹飼っているだけのことはある。
「うっ! か、かわ……あざといポーズするの、止めて!!」
「ニャニャー? どーしたのかニャ? 志穂ニャーン?」
「や、止めてってば……!」
止まらず、咲美は志穂にぴたっとくっついた。
小首を傾げ、ふんふんと鼻を鳴らしながら志穂の二の腕に頬を擦りつける。
「ニャンニャン、どうしたの? どうしたのかニャー?」
「ううう……!!」
やっている方は面白がって猫の物真似をしているだけだが、されている方はもはやいっぱいいっぱいの有様であった。
「……吉野さん、あれは止めなくていいのかしら?」
「あははは、いいと思います。咲美ちゃんはいつもこんな感じなので」
「ゆき、ばっさり切り捨てないで、助けて!?」
祥子からのアドバイスはまだあるらしいが、一度に詰め込んでも身につかない。
反省点を踏まえ、再度三対一のゲームを行なうこととなった。
「あなた達、川本さんの猫耳見たくないの? 猫耳メイドだよ?」
「メイド服も諦めてないんですか、今宮先生!?」
「いい加減にしてください、祥子先生。そんなの、見たいに決まってますけどっ!?」
「ふふっ、キレ気味にノってくるの、嫌いじゃないわ」
「……でもさすがにコスプレしながら部活って弾け過ぎじゃないですか? 他の部が同じことしてたら問題になる気がします」
「さすが桜井さん、欲望に流されながらも冷静ね。じゃあ、文化祭の時にやるのはどう? ゴスロリ猫耳シューティングメイド喫茶をしましょう!!」
「混ぜすぎです、今宮先生!?」
「吉野さんは心配性ね。お祭りだし、コスプレくらい許されるわよ」
「い、いえ……そういうことじゃな――」
「わかりました」
「わかっちゃったーっ!? 食い気味にわかられちゃった!!」
「なになに? ゆっきー、何の話してんの?」
「ううう……肝心の咲美ちゃんは全然わかってないし……」




