デモスト
サバイバルゲームはハードルの高い遊びだ。
やろうにもエアガンや装備がない。あっても撃ち合う場所がない、というのがサバゲに興味を持った者が陥りがちな罠なのだが――
「市民体育館に全部揃ってるのね……」
志穂はむしろ残念そうにつぶやいた。
この体育館は一角が仕切られ、エアガンエリアが作られている。市営の施設でもあり、高校生の利用料金は400円。弾から目を守る安全ゴーグルは無料貸し出し。各種レンタル料やインストラクターの指導料も格安だ。
「う、うん。銃も装備もレンタルがあるし、最初はここがいいなって」
「さすがゆっきー、頼りになるぅ! ほらほら、早く行こうぜ!!」
ゆき達はゴーグルを装着してエアガンエリアへ入場した。
エリア全体は目の細かい網で覆われ、内部にはベニヤ板の仕切りでシューティングレンジや小さなサバゲフィールドが設けられていた。通路には頑丈そうなロッカーも立ち並んでいる。
平日でもあり利用者は少ないようだが、仕切り越しに聞こえてくる射撃音に咲美は目を輝かせた。
「撃ってる撃ってる! ここがあたしの戦場かーっ!!」
「なに興奮してるのよ。この体育館には私と何度も来てるじゃない」
「エアガンエリアに入るのは初めてじゃん。普段はランニングデッキしか行かないし、今日はあたしも撃つんだぜ!!」
「はいはい……楽しそうね。いつも楽しそうなのよね、あなたは……」
「ご、ごめんね、桜井さん。部活のこととか、わたし知らなくて」
「いえ……吉野さんのせいじゃないわ。私こそ、さっきは取り乱してしまって、ごめんなさい」
「つーかさ、無理してあたし達につき合うことないんだよ。志穂は志穂で好きにすればいいじゃん」
「……」
志穂は目を細め、無言になってしまった。
「へ? な、なに? 怖いんだけど」
「――いえ、わかったわ。好きにしますとも!」
まなじりを決し、志穂は宣言した。
「サバイバルゲーム、私も一緒にやるわっ!!」
「え……桜井さんも? ホントに!?」
「どうせ乗りかかった船ですもの。吉野さん、色々教えてね」
「志穂もサバゲやんの?」
「なによ、文句でも――」
「やったーっ! あたし、前から志穂と一緒に思い切り遊んでみたかったんだよねーっ!!」
百万ワットの喜び照射を喰らい、志穂は足をよろめかせた。
「あ、遊びに行ったことはあるじゃない!?」
「志穂はいっつも部活と同じノリだったじゃん。身体冷やすなーとか、食い過ぎるなーとか、怪我するようなことすんなーとか。修学旅行すら夜更かし禁止にされたしさ」
「それは……コンディション管理の為よ。仕方ないでしょう」
「うん。だからさ、やっと気兼ねなく遊べるわけだよ、あたし達!」
「えっ? そうか……そうね。確かに」
何事か腑に落ちたのか、志穂はゆっくりとうなずく。
やがて口元が微笑みを形作った。
「あの、桜井さん……?」
「誘ってくれてありがとう、吉野さん。おかげで楽しくなりそうだわ」
「おいおい、固いよおまえら! あたし達は戦友になるんだぞ。コードネームで呼び合え。ゆっきーとか志穂りんとか!」
「コードネームじゃなくてあだ名だよ、咲美ちゃん」
「吉野さん。これからはゆきって呼ばせてもらってもいいかしら?」
「うん! もちろんだよ、志穂ちゃん!」
早くもサバゲ仲間が二人になった。ゆきにとってこれは夢想だにしなかった大戦果だった。
シューティングレンジの扉が開き、すらりと背の高い女性が姿を見せた。この施設のインストラクター、古館舞であった。舞はゆきに気付き、軽く手を振る。
「ゆきちゃん、いらっしゃい! 君は本当に熱心だねー、お姉さんは嬉しいよ!」
「こんにちは、古館さん。よろしくお願いします!」
「はいはーい! って、そちらのお二人さんは……」
咲美は一歩踏み出し、ヒーローっぽいポーズを取った。
「ババーン! 忍びの者だ!」
「君、忍んでなくない!?」
「撃たせてもらうぜ、覚悟しな!」
「忍者とガンマンのどっち!?」
「咲美、初対面の方に小芝居はやめなさい」
「ふ、古館さんも乗らないでください!」
「いやー、びっくりしちゃって。だってJKだよ、JKが二人も! キャー、制服がまぶしいわっ!!」
「わたしもですけど……」
「あはは、ごめんごめん」
軽やかに笑い、舞はゆきの頭をぐりぐりと撫でた。
「まさか入学早々に連れて来るとは思わなかったよ。すごいね、ゆきちゃん。よく頑張ったね!」
「あ……ありがとうございます」
飾り気のない賞賛に、ゆきの瞳が潤む。
「彼女達はどっちも初心者コースの希望者ってことで、いいのかな?」
「はい! 一緒にサバゲをしてくれる、同じクラスの……と、友達です」
「うむ、よくやった!! ゆきちゃんには業界を代表して私から礼を言うよ。新規参入は大事だからね。これで田舎の姫不足も解消だっ!」
「あたし達どこかに売られる話になってる?」
「あはは、大丈夫だよ。……ここまで来たら、逃がさないけど」
「怖っ!? ゆっきー、急に怖いよ!?」
「じゃあ、指導の前にデモストやろうか」
鍵束を取り出し、舞はロッカーの施錠を解く。扉を開くと中には何丁ものエアガンと道具類が詰め込まれていた。大半はハンドガンで、他にはサブマシンガンも数丁あった。どうやらレンタル用の装備らしい。
「すげー! 武器庫じゃん!!」
「咲美、騒がないで。あの、あんまり大きな銃はないんですね」
「おっ、いいとこ突くね~。ここはレンジもフィールドも狭いからね。ライフル系は禁止なのよ」
舞はガンベルト付きのホルスターにハンドガンを収めると、ぽんとゆきに手渡した。
「えっ? わ、わたしがやるんですか?」
「自前の銃じゃないけど、いけるでしょ。〝ラウンドアバウト〟やってみせて」
緊張の面持ちでうなづき、ゆきはガンベルトを抱き締めた。
ゆきが入ったシューティングレンジ内には細長い棒が五本、立っていた。それぞれの棒には丸いスチールプレートが一枚ずつ、吊り下げられている。
プレートは奥に二枚、手前に二枚、中央に一枚――真上から見るとサイコロの五の目を若干変形させたような位置関係にある。これを撃つのだ。中央のプレートを最後に撃つルールで、他の四枚はどんな順番で撃っても構わない。
また、レンジの隅にはタイマースイッチが設置された小さなテーブルがあった。
ガンベルトを腰に巻き、ゆきはホルスターからハンドガン――映画やゲームによく出てくる〝ベレッタM9〟だ――を抜く。安全装置を確認し、M9をテーブルに置くとベルトのポーチからマガジンを取り出す。
ゆきはテーブル上にあった細長い缶を握り、マガジンの底部に押し当てた。シュー、と注入音が聞こえ出す。
「ねーねー、お姉さん。ゆっきー、なにやってんですか?」
「マガジンにガスを注入しているのよ。あのエアガンはガスで弾を発射するの。まあ燃料補給みたいなものね」
「ふーん? あれは?」
「ローダーでマガジンにBB弾を込めているの」
「――準備できました、古館さん」
「はい、射撃を許可します。かましちゃえ、ゆきちゃん!!」
ゆきはM9を持ち上げ、マガジンをしっかり押し込む。左手でスライドを引くと、ぱっと指を離した。バネの力で前進したスライドにより、初弾が装填された。改めてセーフティーを確認し、M9をホルスターに戻す。
タイマースイッチを押すと、ゆきは両手を顔の横に上げた。
「ゆきは前からエアガンを撃っているんですか? ずいぶん手慣れているようですけど」
「そうでもないわよ、高校受験が終わってからだから。でも……」
自動的にブザーが鳴った。
タイムカウント開始――ゆきは滑らかな動作でM9を抜く。
「もの凄く、センスがいいのよ」
ガッガッガッガッガァン……ッと、連続的な射撃音と命中音が交差した。
「え、なにが起きたの!? ゆっきーが撃ったんだよね?」
既にゆきの姿勢は射撃前に戻っていた。着弾の余韻も去らぬまま、再びブザーが鳴る。
M9が抜き放たれ、BB弾を叩き込まれたスチールプレートが次々に甲高い音色を奏でる。一枚につき一発で確実にヒットさせ、最後に中央のプレートを撃つ。着弾と同時にタイマーがストップした。
ゆきはマガジンを抜き、スライドを引いて装填されていたBB弾を床へ落とす。プレートに向けて空撃ちし、最後にセーフティーをかけるとM9とマガジンをガンベルトに戻した。ふうっ、とゆきは息を吐く。ブースから出ると咲美と志穂が駆け寄った。
「う……うおおおおっ!! ゆっきー、すげーっ!!!!」
「驚いたわ! 速過ぎてよくわからなかったくらいよ!」
「あ、あははは……ありがと。春休みとか、こればっかりしてたから……」
ゆきの頬はすっかり紅潮していた。
こんな風に友達から賞賛を受けるのは、彼女にとって初めての経験だった。
「はーっ、はっはっはっはっ!! どうよ、ウチのゆきちゃんは大したものでしょ! もっと褒めていいのよ、君達!!」
「いや、なんでお姉さんがいばってんの? なにもしてないじゃん」
「うっ!? わ、私だって上手いのよ? 私がゆきちゃんに教えてあげたんだから!」
「だって、お姉さんは大人じゃん。インストラクターさんじゃん。上手くて当然では? むしろ上手くないとダメでは?」
「う……ううううっ。そうだけど、なんか悔しい……!!」
「咲美、無闇に心を抉るのはやめて差し上げて」