コテンパン
ルールはおなじみの殲滅戦、少人数でもあり制限時間は五分だ。
だがチームの人数は不均等だった。ゆき達三人対祥子一人で戦うのだ。HK416を遮蔽物に立てかけると、祥子は柔軟体操をはじめた。
「うわ、身体が固い! ちゃんと動けるかしら……」
「またまた~。祥子ちゃん先生、ベテランじゃん」
「ブランクが長いし、近頃はあんまり運動してないから……川本さん、お手柔らかにお願いね?」
「おう、一切手加減しないぜ!!」
「一切わかってないじゃないの、咲美は」
「今宮先生、本当にいいんですか? せめて二対一にするとか……」
市民体育館での経験から、サバゲは人数が多い方が圧倒的に有利なことをゆきは知っていた。人間は同時に多方向からの脅威には対応できないのだ。ゆき達はここ数週間で数十回のゲームをこなしており、スキル的にも初心者の域は脱している。
対して祥子は大学卒業以来、初めてのサバゲ。表情もやや固く、緊張していることがうかがえた。経験済みではあるが、これから銃で撃ち合うと思うと、気持ちが張り詰めてしまうのだろう。
「いいのよ、吉野さん。やってみてコテンパンだったら、戦力調整を考えればいいわ」
「わかりました。まあ、遊びですから」
「そういうこと! フィールドの反対端に移動したら、私がホイッスルを吹くわ。それがゲーム開始の合図よ」
柔軟を終え、祥子はHK416を手に取った。
ちなみに祥子はハンドガンも含めフル装備でキメているが、ゆき達はジャージにメインウェポンのみである。
「え、絵面がSWAT対テロリストみたいだね……」
「ゆっきー、鋭いじゃん。じゃあ、犯行声明とかしよーぜ!!」
「なにがじゃあなのよ、なにが」
「では、始めましょうか。みんな、楽しみましょう!」
「「「はい!!」」」
祥子の後ろ姿はすぐに見えなくなった。インドアフィールド内にはゆき達がせっせと作った遮蔽物が多数置かれており、見通しが悪いのだ。ただ、完全に狭い迷路状だった体育館とは違い、若干開けた場所やタイヤを積み上げただけの背の低い遮蔽物も混ざっている。
ゆき達は額を寄せ合った。
「どうしよう? せっかくだし作戦とか立ててみようか?」
「ワレ突撃作戦を決行す! 銃後は頼んだぜ!」
「はいはい、要するにいつも通りね。ゆき、私達もいつも通り、一緒に行動しましょう」
「わかったよ、志穂ちゃん!」
「咲美、先行するのはいいけど、あんまり私達から離れないでよ。援護できなくなるから」
「ふっふっふっ、そう簡単にあたしに着いて来れると思うなよ!!」
「やっぱりわかってないじゃない! あなた、毎度毎度」
ホイッスルが鳴り、志穂のお小言は断ち切られてしまった。ゲーム開始である。
途端、咲美は強烈なダッシュ力を解き放った。
「よっしゃー!! この施設はサバイギャルが占拠したっ!! 返して欲しくば、嫁になれーっ!!」
「犯行声明がおかしな角度に放たれているよ、咲美ちゃんっ!?」
「ばっ、だから……っ!! ゆき、行きましょう!」
「う、うん!!」
結果から言えば、開始から全滅までおよそ50秒。
まさに秒殺で初回のゲームは終了してしまったのである。
□
咲美は、あっという間に志穂とゆきを引き離した。
いかにも無謀な行動だったが、本人にはそれなりの勝算があった。
インドアフィールドは見通しが利かない。祥子が咲美の接近に気付いても、遮蔽物から遮蔽物へと素早い移動を繰り返せば、射撃可能な時間は極端に短くなるはずだ。危険は承知でわざと撃たせ、相手の位置をつかむのだ。
「……っと!!」
耳が銃撃音を捉えるのとほぼ同時に咲美は床に身を投げ出し、ヘッドスライディングの要領で遮蔽物に飛び込んだ。BB弾が上方を通過する。咲美はバネ仕掛けのように身を起し、斜め後方へ向ってブリーチャーを発砲した。
「うわっ、反応はっやっ!?」
ばしんっ! と六発のBB弾が遮蔽物に着弾した。ヒットこそしなかったが、祥子の顔を引っ込めさせることはできた。牽制でさらにもう一撃を放つ。
咲美は祥子が隠れた遮蔽物に視線を据え、突進した。すっかり身体をさらしてしまっているが、向こうだって咲美を撃つ為には遮蔽物から身体を出さなくてならない。
お互い一瞬のチャンスで撃ち合うなら――それこそ咲美の独壇場である。
またガスガンが電動ガンに勝るほとんど唯一の利点は、射撃の即応性だった。祥子のHK416もブリーチャーに比べると、トリガーを引いてから弾が発射されるまで、わずかにタイムラグがあるのだ。
(ブリちゃんなら適当に狙ってもあたるし、早撃ちならゆっきーにも負けないもんね!!)
こちらの足音は聞こえているはずだが、祥子は顔を出さない。まだ出さない。もう遮蔽物は目の前だ。恐らく銃を構えて待ち伏せしているのだろう。
「どっちが速いか、あたしと勝負だぜ! 祥子ちゃん先生ぇっ!!」
相撃ちならそれはそれで問題ない。ゆき達の勝利でゲームは終わる。
咲美は遮蔽物を右から回り込むと見せかけ、寸前で反対側へ向けて思い切り横っ飛びした。
「てりゃっ!!」
着地して、さらに飛ぶ。空中でブリーチャーを構え、咲美は遮蔽物の後ろへ飛び込む。
だが、そこには誰もいなかった。
「――あれっ!?」
視界の端でちらりと影が動く。
瞬時に銃口を指向できたのは咲美の優れた反射神経があってこそだ。もちろん、手遅れだったのだが。
□
「ヒットー」
片手を掲げてのこのこ退場していく咲美が志穂の視界をよぎった。
「咲美っ!? だから言ったのに、あの子は……!!」
「ま――待って、志穂ちゃん!」
切迫した声が、志穂の足を止めさせた。
背の高い遮蔽物の陰に身をひそめると、息を弾ませながらゆきも追い着く。
「ごめん、速過ぎた?」
「それもあるけど……今宮先生がどこにいるか、全然わからないの。慎重に進んだ方がよくないかな」
「あ、ああ……そうね。ごめんなさい」
ふーっ、と息を吐く。本当に咲美は自分の言うことを聞いてくれない。
思えば陸上部時代は毎日こうだった。志穂は周囲からも〝咲美係〟として認識され、やっかいなエース選手の世話に孤軍奮闘していた。
(でも、今はゆきがいる。順位や記録を競っているわけでもない……)
環境が違うせいか、遊びであることを忘れて思わず頭に血が上ってしまった。咲美が先行して早々とやられるパターンは別に珍しくない。
「いつも通りにやりましょう。私は目で探すわ」
「わかった! わたしは耳だね!」
ゆきは瞼を閉じた。とにかく相手を見つけないことには始まらない。
遮蔽物の端からそっと顔をのぞかせ、志穂はゆっくり視線を巡らせていく。いない。気配すらない。いったん顔を引っ込め、ゆきにささやきかける。
「見つからないわ。そっちはどう?」
「……わからない。今は移動していないのかも」
「私が先に進んでみるわ。ゆきは着いてきて」
「うん、わかった!」
志穂が先導し、二人は動き出そうとする。
機先を制し、発射音が鳴り響く。指切りバーストによるフルオートの点射は、正確にターゲットを捉えていた。
「――いたっ!」
「ゆ……たっ!?」
床を跳ね転がっていく数発のBB弾を、志穂は呆然と眺めてしまった。
ゆきと視線が合い、忘れていたものを同時に思い出す。
「ヒ、ヒット!」
「ヒットー!!」
ゲーム終了を告げるホイッスルは、二人の真後ろから鳴った。
連続して五ゲームをこなした。三ゲーム目からはハンドガンのみで戦ったにも関わらず、祥子は一度もヒットされなかった。
一方、ゆき達は毎回全滅。
まさに〝やってみてコテンパン〟だったのである。
「お疲れ様~。なかなか白熱したわね!」
「絶対ウソですよね、祥子先生……!」
「そうだそうだー。教師がウソついていいのかー」
「さ、咲美ちゃん、確かにそうかもだけど、先生に向ってそれは……」
「いやいや、本当の話よ。五分で三人ヒットするのはかなりチャレンジングなんだから」
「殲滅する前提だった!?」
「……仕方がないわ、ゆき。悔しいけど私達、完全に手玉に取られているもの」
「敵側からみるとわかることが結構あるのよ。アドバイスはあるけど……聞きたい?」
「「「お願いします!」」」
「じゃあ、ちょっと休んでからやりましょうか」




