調整
準備を整え、ゆき達は競技ホールに戻った。各自エアガンのセーフティーは入れたままで、マガジンの装填もまだ禁止である。
祥子は興味津々の面持ちになり、ゆき達の銃を見て回った。
「ふーん、吉野さんはスコーピオン モッドTか。小さくて軽くていいわね、これ!」
「はい、わたしにはそこが大事なんです。気に入ってます!」
「川本さんはブリーチャーね。あれ? これ、サイトは……?」
ブリーチャーには普通の銃にあるような、固有のサイトがない。
代わりにアクセサリー取り付けレールがあるので、そこにダットサイトなどを載せるのが普通なのだが、咲美の銃には何も付いていなかった。
「あたしグロっ子でもサイト使わないし、お金もないから付けてない」
「あー、噂の指差し射撃ね! それでなんとかなるってことは、あなたはよほどあて勘がいいのね」
祥子は苦笑し、
「桜井さんは……えっ、もしかして新世紀のMP5A4!? 発売されたばかりよね!?」
「ええ、そうです。舞さんのところで予約して買ってしまいました!」
「わー、いいわね! 後でちょっとだけ撃たせてもらえる? 代わりに私の〝HK416〟も撃たせてあげるから」
HK416は米軍のM4をベースに改良を加えたアサルトライフルだ。祥子の銃は〝HK416D〟と呼ばれる公的執行機関向けのモデルである。
「ねーねー、それよか早くサバゲしようよ、サ・バ・ゲ!」
「ちょっと待って、咲美ちゃん。わたしと志穂ちゃんはゼロインしたいの」
メーカー出荷時の初期設定では、ホップのかかりは適正ではないし、照準もずれていることが多い。だから実際に射撃して弾が飛ぶ位置を確かめ、狙った場所にあたるように照準調整を行なうのだ。手順的にはまずホップの調整、次にサイトの調整をする形だ。
ただ咲美のブリーチャーは固定ホップだし、サイト自体も付けていないから調整箇所がない。
「なーんだ。あたしだけやることないじゃん」
「あら、そうでもないわよ、川本さん。銃がダメならあなたを調整しないと」
「なんて? あたしを調整?」
きょとんとする咲美に祥子は説明してやる。
「最初から話すとね、BB弾って色々な重さがあるのよ」
祥子はポーチからBB弾が詰まったプラボトルを二つ取り出してみせた。側面に布ガムテープが貼られ、マジックでそれぞれ〝0.2〟と〝0.25〟と書かれている。
「一般的に使われているのは、この0.2グラム弾と0.25グラム弾ね。でね、BB弾は重さが違うと同じ強さのホップをかけても飛び方が変わっちゃうのよ」
基本的には軽い弾ほどホップが強く利く。
ホップをかけられた弾は最初はフラットに飛ぶが、空気抵抗による減速に伴って弾道が上向きになり、やがて頂点を越えて山なりに落ちていく。
ところが設定されたホップに対して軽すぎる弾を撃つとホップが過剰になり、途中から弾が天に舞い上がるような弾道――いわゆる〝鬼ホップ〟になってしまう。逆に弾が重すぎればホップ不足で飛距離が出なくなる。
「だから使う弾の重さに合わせて、ホップを調整するわけ。でもブリーチャーはそれができないから、逆に弾の重さを変えながら試し撃ちして、どれが適正か見極めるのよ」
「へー! じゃあ、なるべくフラットに飛ぶ弾がいいの?」
「とも限らないのよね。ショットガンはもともとピンポイント射撃には向かないわ。一度に沢山弾を撃つから、ホップを利かせ気味にして着弾を適度にばらけさせた方がいいって考え方もある。川本さん、ブリーチャーはバレルが三本あるでしょ?」
「うん。掃除がめんどくさい」
実はこの三本は弾の飛び方が同じではない。
おまけに三発発射モードと六発発射モードでも弾道が変わってしまう。
「マジで!? 結構、ややこしいじゃん!」
「弾の重さは沢山あるから撃ち比べて決めるといいわ。あとは発射弾数を切り替えながら色々な距離のターゲットを撃ってみて、上手くあてられるように感覚をつかむわけ」
結局は撃ちまくって、銃と弾に自分を慣らすしかないわけだ。ある意味、咲美向けと言えるかも知れない。
「祥子先生、私とゆきはどの弾を使えばいいでしょうか?」
「そうね、インドアだし0.2グラム弾にしときましょうか。調整の仕方は教えてあげるから」
40メートルレンジは二本のレーンが設けられている。
手前には長机があり、レーン内には一斗缶を塩ビパイプのスタンドに突き刺した形のターゲットが幾つも置かれていた。一番遠く、壁際ぎりぎりのターゲットが40メートル。そこから10メートルきざみでターゲットが設置されている。
「川本さんは左のレーンを使って。吉野さんと桜井さんは右のレーンを交代で使いましょう」
「はーい!」
「わかりました。ゆき、お先にどうぞ」
「ありがとう、志穂ちゃん!」
マガジンを装填し、ゆきはモッドTを構えた。セレクターを動かし、セーフティーからセミオートに入れる。隣では咲美がポンプアクションを行い、初弾を装填した。
「祥子ちゃん先生、始めていい?」
「いいわよー。川本さんは自分でつかむしかないから、ガンガン撃ってね!」
「やったー!」
喜び勇んで咲美は射撃を始めた。
「じゃあ、吉野さんも撃ってみて。最初はホップ調整だからターゲットにはあてなくてもいいわ」
「わ、わかりました!」
少々緊張しつつ、ゆきは立射で数発撃った。
弾は20メートル辺りまでフラットに飛ぶが、そこからふわっと上昇し、30メートルのターゲットを飛び越えてしまう。
「ホップが強いわね。弱めてみて」
ゆきはモッドTのチャージングハンドルを引いて排莢口を開き、内部にあるホップ調整ダイヤルを弱方向へ回した。幾度か繰り返すと、弾は30メートル手前までフラットに飛び、わずかに上昇してから落下する弾道になった。
「奥の壁には届かないですね」
「そうね。でもこの位が適正だと思うわ。ホップを強めればもっと飛ぶけど、途中で弾が舞い上がると使いにくい。モッドTは初速も控え目だから、結局遠距離だと弾の速度が落ちすぎちゃって、せっかくヒットしても相手が気付いてくれないことがあるのよ」
ゆきはうなずいた。
モッドTの交戦距離は最大でも30メートルまで。それより遠くは牽制射撃のみと割り切った方が無難だろう。
「ホップ調整はOKね。次はダットサイトを調整しましょう」
祥子の指示で、ゆきは長机にひじをつき、モッドTを構えた。
依託射撃で30メートル先のターゲットを狙うのだ。
「あっ、ちょっと待って」
祥子は背後からゆきに覆い被さる格好になり、モッドTに手を伸ばした。
「少し傾いているわ。地面に対して銃が垂直になるようにしてね」
「あ……そうか。傾いていると、着弾が逸れるんですね?」
「ええ、ホップがかかる方向が斜めになっちゃうから。試しに銃を横に寝かせて撃ってみて」
言われた通りにすると、BB弾は途中からカーブを描いて飛んでいく。
「わ、本当ですね!」
「よほど精密に狙う時以外は、少々傾いてもほとんど支障はないけどね。ゼロインの時は気を使った方がいいわ」
「わかりました!」
「じゃあ、最初は横方向の調整よ。サイトが合ってないから着弾は逸れると思うけど、狙う位置は変えずに五、六発は撃ってね」
本物の銃もそうなのだが、一般的なエアガンの精度はそれほど高くない。同じ弾、同じ銃で完全に同じ場所を狙っても、着弾は散らばるのが当たり前だ。だから一発撃つ毎に細かくサイトをいじらない方がいい。何発か撃って着弾のまとまりを確認してから、調整すべきなのだ。
ゆきはダットサイトをのぞきこむ。一斗缶の中心に光点を合わせ、セミオートで繰り返し撃つ。発射された弾のほとんどは一斗缶の左横を通過してしまった。
「かなり左に逸れているわね。吉野さん、ネジで調整して」
「あ、はい」
射撃を止めると、ゆきはダットサイト右側面の調整ネジに六角レンチを差し込み――そのまま固まった。
「すみません……あの、これどっちに回せば……?」
「着弾を右にずらしたいから〝R〟の方向よ」
言われた通りに調整し、また撃つ。一斗缶の左端に着弾するようになった。さらに回し、撃つ。中心をやや通りすぎてしまった。調整ネジを少し戻すと、左右のずれはなくなった。
同じ要領で縦方向も調整。やや低い位置に集弾していた為、今度はダットサイト上部の調整ネジを〝UP〟方向へ回す。
最終的にはちゃんとダットで狙った位置を中心に、グルーピングが形成されるようになった。
「うん、いい感じです!!」
「念の為、手前のターゲットも撃ってちゃんとあたるか確かめて」
「はいっ!!」
声を弾ませ、ゆきは射撃を再開した。
10メートルと20メートルのターゲットも問題なくヒットできる。上目を狙ってやや山なり弾道で撃てば、ぎりぎり40メートルにも届くようだ。
「吉野さん、問題なさそうならフルオートでも撃ってみて」
セレクターを動かし、ゆきはモッドTを連射した。
綺麗に連なったBB弾が一斗缶に叩き込まれ、打撃音が鳴り響く。
「うん、大丈夫そうね! モッドTのゼロインは完了よ」
「ありがとうございます、今宮先生!」
マガジンを抜き、一発だけ撃つ。これで装填済みの弾も発射された。セレクターをセーフティーに入れ、志穂にレーンを譲ると、ゆきはモッドTをそっと撫でる。
志穂がMP5を撃ち始めた。観察していた祥子は感嘆の声を上げた。
「さすが新型……! 綺麗に伸びてまとまりのいい弾道ね!!」
「はい! これなら40メートル先でも狙えそうです!」
喜色を浮かべる志穂。
ほどなく全員が調整完了となり、射撃場における最初のサバイバルゲームをすることになった。
「桜井さん、桜井さーん! そろそろMP5、撃たせてー!」
「はい、いいですけど……祥子先生、最初から気になっていたんですが、いつもとキャラ違いませんか?」
「あー、ごめんね。私はね、こっちが素なのよ」
「そ、そうなんですか?」
「ふふっ、大人は時には仮面を被らないといけないことがあるのよ。じゃあ、借りるわね! やっほーい!!」
「おいおい、志穂? なんか祥子ちゃん先生、スキップしてレンジ行ったんだけど!?」
「舞さんよりも弾けた性格だったのね、あの人……」
「やっぱり先生は仲間なんだよ! お兄ちゃんと言動がそっくりだもん! よかった!」
「ゆき、仲間って言葉だけで肯定的に括ってはダメよ?」




