指針
ゴールデンウィーク真っ最中の憲法記念日。
玄関の扉を開くと爽やかな青空が広がっていた。制服の裾をひるがえし、ゆきは歩き出す。
途中で咲美、志穂と合流。二人とも大型のスポーツバッグを肩から下げていた。
「ゆっきー、おっはー!」
「おはよう、ゆき」
「おはよう! 志穂ちゃん、もうMP5撃ってみたの?」
「部屋で軽く動作確認した程度よ。ゆきのモッドTは?」
「わたしもちょっとだけかな。咲美ちゃんはお店で撃ってたよね」
「実はあたし部屋撃ち禁止なんだよ。前にグロっ子撃ちまくってたら、おかんが『うるせーっ!』ってぶちキレてさー」
「そ、それは……仕方ないかもね、あははは」
学校の敷地に入ると他の生徒の姿がちらほら見える。
もう見慣れたいつもの風景――なのに、ゆきは妙に落ち着かない気がした。きっと背負ったリュックの重さのせいだろう。
「学校にエアガン持って入るって、ちょっとクるものがあるな!」
「あっ、咲美ちゃんも? な、何か緊張するよね!」
「私達は顧問からの指示で、部活の道具を持って来ただけよ。別に校則違反はしてない……けど、やっぱり一種独特の特別感があるわね」
恐らく剣道や弓道の道具では、こんな気分にはならない。エアガンというモロに武器の形をしている玩具を学校へ持ち込む行為には、ちょっとした背徳感が伴うらしい。
テニスコートの横を通り抜ける際、クラスメートが声をかけてきた。ジャージ姿で手にはラケットを持っている。ゆき達と同様に部活動をする為に休日登校して来たのだろう。
「おっはよー! サバゲちゃん達も部活なんだね」
「う、うん」
ゆきの笑顔には諦めが滲んでいた。自己紹介のインパクトだけでなく、入学早々にエアガン部を立ち上げたという武勇伝のおかげで、大半の生徒にとって吉野ゆきは〝サバゲちゃん〟なのであった。
「エアガンの部活なんてよく作れたよね。うちの弟、女子校すげーって、めちゃくちゃ羨ましがってたよ」
「あはは、女子校とは関係ないけどね……」
「この偉業は我らがゆっきー部長と祥子ちゃんのお手柄だよな!!」
「ちょっと咲美、私達の顧問なのよ? せめて祥子先生って呼びなさい」
「わかった。祥子ちゃん先生と呼ぶ」
「川本さん絶対わかってないよね。ねぇ、サバゲちゃんは――」
お喋りに興じる間もなく、コートの向こうから声がかけられた。
「こら一年、集合だよーっ!!」
「あっ、ヤバ! じゃあ、がんばってねー!」
「ありがとう、そっちもね!」
駆け戻っていく後ろ姿に手を振り、ゆき達は校舎の裏手へ向った。
本日からいよいよエアソフトガンクラブ本来の活動がスタートするのだ。
□
「おはよう! みんな、時間通りね」
射撃場の玄関で待ち構えていた祥子の姿に、ゆき達は目を見張った。
普段のスーツ姿とはかけ離れた格好――全身、アメリカ警察のSWAT装備であった。似合ってはいるが、絵面がいかつい。日常の舞台である学校の中においては、違和感の仕事ぶりが半端なかった。
「うおお!? 祥子ちゃん先生、すっげー! なにその服、めっちゃポケット付いてるじゃん!」
「これはタクティカルベスト。たくさんマガジンを持ち歩けるのよ。サバゲじゃそんなにいらないけどね」
志穂も祥子の襟元をまじまじと見て、
「ええと……祥子先生が首に掛けているの、ヘッドフォンですか?」
「無線のヘッドセットよ。ほら、こっちの無線機にコードが伸びてるでしょ? 基盤入ってないから実際には使えないけどね」
ベルトから下げられた装備類をゆきは目に止め、
「ライトとか、警察のバッジはわかるんですけど……この紐はなんですか?」
「ナイロンの結束バンドよ。軽くて沢山持てるから手錠代わりにするの。私は別に誰も捕まえないけどね」
へー、と揃って感心した後、ゆきがみんなの想いを代弁した。
「要するにコスプレなんですよね……?」
「少し違うわね、吉野さん。これは私のスタイルなのよ!!」
「ス、スタイル!?」
「生き様」
「そこまで強い言葉、要ります!?」
「なあに、この格好ダメだった? 吉野さんが私を仲間にしてくれたから、見せたいと思ったのに」
「わたしが……?」
「ふふっ。まあ、その辺のことは後にしましょう」
吹っ切れたような明るい態度で、祥子は話を切り替えた。
「まず銃を用具室に置いて来てね。ただし、ここから先は」競技ホールへの扉を示し、「ゴーグルをかけていない者は入場禁止よ。中に誰もいない場合でも、必ずゴーグルをかけてから扉を開ける。中にいる間はゴーグルを外さない。例え、ゴーグルの中に虫が入ってもです。これは徹底してね!」
「は、はい、今宮先生!」
ゆき達は銃と用品類を用具室に置き、更衣室兼部室で着替えを行う。室内にはロッカーとホワイトボードがあり、中央に置かれた長机を囲むようにパイプ椅子が並べられている。
全員がジャージ姿になると祥子も入室し、ホワイトボードの前に立つ。
「じゃあ、始めましょう。よろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
祥子にうながされ、ゆき達は着席した。
「まず改めて確認しておきたいんだけど……吉野さん、部長として答えてもらえるかしら」
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばすゆき。
ちなみに志穂が副部長、咲美は本人曰く〝突撃隊長〟である。
「部の基本的な活動内容は、サバイバルゲームと射撃競技会への参加でいいのよね?」
「はい、そうです」
「ASSみたいな専用競技銃が必要な大会にも出るの?」
「いえ、それは考えてません。面白そうではあるんですが……」
ASSは単純に競技銃さえあればいいわけではない。本格的にやるならシューティングタイマーや専用ターゲットを揃えるか、そうした設備のある施設に通う必要が出てくる。
「わたし達にはハードルが高いですし、普通のエアガンで参加できる大会に絞ろうと思ってました」
「なるほどね。ガスブロハンドガンは全員持っているのね?」
「はい、大丈夫です」
「それなら6月に市内のショップが合同で開く射撃大会があるから、そこのハンドガン部門に出てみるのはどう?」
「あ、はい!」
「まあ、でも、この部でやりたいことの中心はサバゲよね?」
祥子が水を向けると、ゆき達は嬉しそうにうなずいた。
その表情を眺め、祥子はきっぱりと宣言した。
「わかりました。では今後、私からあなた達に指示するのは安全とマナーに関する注意だけにします」
「えっ!? 祥子ちゃん先生、エアガンの撃ち方とかは教えてくれないの?」
咲美が驚きの声を上げると、
「教えるわよ、もちろん。語りたいことはいっぱいあるんだから!」祥子はくだけた態度で、「でも、それは顧問としての指示じゃないわ。嫌だったら聞き流してくれても構わない」
ゆきは志穂や咲美と顔を見合わせた。
部活であれば何をするか顧問が指示を出し、部員はそれに従うのが常識である。
「あの、本当にそれでいいんでしょうか……?」
「いいわよ。だって、こうすべきなんて指針はないんだから」
「えっ、そうなんですか?」
「規模の大きなゲームに参加してみるとわかるけど、同じチームでもサバゲに対するスタンスって統一されてないのが普通なのよ」
ひたすら勝利を目指し、真剣な姿勢でゲームに臨む者。
好きなエアガンを撃ちまくり、ただ楽しめればいい者。
本物の装備を身に付け、戦場の雰囲気を楽しみたい者。
あるいは、そのどれでもない者。
「確かにバラバラですね……」
「でしょ? これじゃ、あるべき指針なんて作りようがない。だから……」
「はい?」
「楽しめれば、とにかくなんでもヨシッ!! それがサバゲなのよ!」
「まとめがざっくりすぎませんかっ!?」
「お互い楽しく安全に、って大前提はあるけどね。サバゲはそれだけ自由な楽しみ方ができるのよ。で、私は」祥子は胸に手を当て、「変身して戦うのが好きで、そういう楽しみ方をしてたってわけ」
ゆきはあっと声を上げた。
「そうか、だからサバキュアだったんですねっ!?」
「うっ! ま、まあ、あれは……若気の至りの塊だけどね……」
「いえ、今宮先生の〝好き〟が溢れてて、素敵だったと思います! 今日の服装も格好いいです!」
「――そう。ありがとう、吉野さん」
祥子ははにかむように微笑んだ。教室ではついぞ見せたことがない表情だった。
「話を戻すとね、クラブの活動方針はあなた達自身で決めるべきだと思うわ。要するに、サバゲをどう楽しむかってことだから」
「わかりました。ありがとうございます、今宮先生!」
もちろん部活動である以上、しっかりした活動実績は必要だ。また、その内容は高校生にふさわしいものでなくてはいけない。何をするかはゆき達が考えていいが、事前に祥子に相談し、承認を取る流れで進めることとなった。
「はいはいはーい! あたし、早くブリちゃんを撃ちまくりたいでーすっ!!」
「そうね、私もまずは実際に使ってみたいわ。ゆきはどう?」
「うん、わたしもそうしたい! いいでしょうか、今宮先生」
「ええ、もちろんよ。じゃあ、銃を持って集合しましょう」
「「「はいっ!!」」」
ゆき達は慌ただしくゴーグルをかけ、用具室へ向けて走り出した。
みんな買ったばかりのメインウェポンを使ってみたくて、うずうずしていたのだ。
「そうだ、祥子ちゃん先生の銃はどんなやつ?」
「メインウェポンはHK416よ」
「へー、これか。めっちゃリアルー!!」
「でしょ? 海外メーカー製の電動ガンにムルイの内部パーツ移植したやつだからね!」
「ええ? お高くつくじゃん」
「そうね。でもお陰で外観も性能も最高だから! で、バックアップはガバメント」
「うわっ、こっちもすげーリアルじゃん!!」
「祥子先生のガバメント、イースタンアームズのLAPDメトロカスタムじゃ……?」
「おっ、桜井さんわかる? うふふ、まあねー」
「これサバゲで使うんですか!? ライトモデルだから五万近くしますよね?」
「ハンドガンで五万!? わたしのモッドTなら二丁買えちゃいますよ!!」
「いいのよ、吉野さん。私のSWAT装備にメトロカスタムはかかせない。ただ、それだけだから!」
「わたし今宮先生がどんな性格か、やっとわかってきた気がします……」




