頑張る番
名西女子高等学校の裏手には一棟の古びた建物がある。
もともとは柔道部と剣道部が共用する格技場だったが、体育館が建て直された際に格技場も併設された為、使われなくなったのだ。管理上の問題から、いずれ取り壊す予定であったが――
「ここをアジトとするっ!!」
「射撃場よ、川本さん。私達エアソフトガンクラブのね」
テンションの上がりすぎた咲美を祥子がたしなめる。
建物全体は三角屋根を持つシンプルな平屋造り。広い玄関に靴箱が並び、入って右側がトイレ、左側が更衣室になっている。競技ホールに入るとゆき達は歓声を上げた。
「うっわ、すっげーっ!! 市民体育館のサバゲエリアより広いじゃんっ!」
「ほ、本当だね、咲美ちゃん!!」
「私達だけでここを使っていいんですか、祥子先生……!?」
「そうよ、桜井さん。むしろ他の生徒から隔離できる場所が、ここしかなかったの」
競技ホールは天井から吊り下げられた網でおおまかに仕切られ、三つのエリアが形成されていた。
「一番広いのがメインのインドアフィールド。手前の細長いのは40メートルレンジ。奥は7メートルレンジにする予定よ」
ゆきは仕切りに手を触れてみた。
基本的には体育館によくある防球ネットと同じ仕組みのようだが、網の目は細かいものになっている。これならBB弾が仕切りの外へ飛び出すことはなさそうだ。各窓の内側もカーテン代わりのネットでカバーされ、さらに外側には普通の網戸もある。
「部室は更衣室を使います。エアガン、ガス、弾、バッテリー関連は用具室に保管してね。校内はもちろん、部室にもエアガンを持ち込んではダメよ。クラブ創設を認めてくださった方々の期待を裏切らないよう、くれぐれも安全管理には気を付けてね」
「「「はい、先生!!」」」
ゆき達ははしゃぎながら、あちこち見て回り出す。
(そりゃ嬉しいわよね。ここで毎日エアガンを撃ち、サバゲを楽しめるんだから。私達の世代にはあり得ない話だわ。くううううっ、本当に羨ましい……っ!)
ひとしきり悔しがった後、祥子は思い直した。
もしかしたら、自分にもあり得たのかも知れない。夢のような話を夢と片付けず、実現に向けて一歩踏み出していたら、何かが変わったのかも知れない。この子達のように結果を恐れず行動していたら――
軽く首を振り、祥子は声を張り上げた。
「はい、みんな集合して!」
祥子は集まった面々を見回した。部員は揃って喜びに顔を上気させている。
「いいですか、みなさん。ここを確保するのに、先生はとーっても頑張りましたっ!!」
「ありがとうございます、今宮先生!」
「わーい、祥子ちゃん、ありがとー!」
「はい、お力添えに感謝します!」
「ですが……ここからはあなた達が頑張る番です!」
顔を見合わせるゆき達。
すると、玄関の方から聞き覚えのある声がした。
「ちわー、三河屋でーす」
顔をのぞかせたのは、舞であった。
「やっほー。軽トラ、ここの前に着けちゃっていいのかな? 今宮先生」
「ええ、お願いします」
「はいはーい、了解でございます!」
舞が身を翻すと、祥子はゆき達に向き直る。
「それじゃ、全員ジャージに着替えてね。これから射撃場の整備を行ないます!」
□
軽トラの荷台は満杯だった。
塩ビパイプと接続部品、畳ほどもあるプラスチックダンボール、さらに廃材などが大量に積み込まれていたのだ。まずはこれらを搬入しなくてはならない。
軽トラと競技ホールを幾度も往復し、ゆき達は声を掛け合いながら荷運びを進めた。祥子は作業を監督しつつ、競技ホールに運び込まれた資材の種類と数をチェック。舞は荷台の前に陣取り、資材を手渡していく役を担った。
やがて荷台は空になった。
祥子が外に出ると、舞はトラックの助手席から道具箱を引っ張り出すところだった。
「これが最後よ。工具類と接着剤にタイラップも入ってるわ」
「はい、ご苦労様でした」
祥子はいかにも教師然とした態度で会釈し、箱を受け取った。
「お店があるから、拙者はここらでドロンさせていただくでござるよ!」
「それ武士と忍者のどっちなの?」
「根本的な疑問を投げられた!?」
「ありがとう、助かったわ」
「いいってことよ! 本当に楽しそうだよね、あの子達」
「そりゃあ、そうでしょう」
舞はにんまりと笑った。
「およよ? 羨ましいのかな?」
「……そりゃあ、そうでしょう」
「ちょっと素直になったねー、今宮先生」
「うるさいわね! あなたも仕事でしょう、さっさと帰りなさい!」
「はいはい。でも、いいと思うよ」
「もう、今度は何の話?」
「祥子も一緒に楽しんでいいんじゃない? ってこと」
「私は顧問なんだから――」
「サバゲをする部活の顧問でしょ。つまり遊びの顧問だよ?」
当然大人としての責任はある。もしこれが高校野球の顧問なら、生徒と一緒にプレイすることはあり得ないだろう。だが、サバゲなら特に問題はないのだ。サバゲは競技ではなく、遊びなのだから。
「……」
「いいじゃない。そりゃもう学生じゃないけど、祥子だってまだまだこれからなんだからさ」
「……本当にそう思う?」
「あったり前でしょ? 楽しいことやるのに歳とか関係ないし」
しばし黙した後、祥子はそっとつぶやいた。
「そうね……もう一度、楽しんでみようかな。あの子達と一緒に」
「うん、そうしなよ」
「でも私、やり始めると歯止めが利かなくなるのよね……」
「うん、知ってる」
「もう! やっぱり、あなたに上手くはめられた気がするわ!」
「あはは、かもねー。んじゃ、後はよろしくぅ!」
立ち去る軽トラを見送り、祥子は射撃場に戻った。
競技ホールには資材が山積みになっていた。ゆきは少し息を切らしているが、志穂と咲美は疲れの色一つ見せていない。さすがは元陸上部員である。
「はい、みんな注目! 今、競技ホールは仕切られているだけで中には何もありません。でも、インドアフィールドには遮蔽物が必要だし、レンジにはターゲットも置きたいわよね? 業者さんにお願いして作ってもらえば簡単だけど、そこまでの予算はありません」
祥子は数枚の設計図を広げた。
いずれも手書きで簡単な組み立て方と必要となる部材のサイズと数が記載されてた。
「なので、こういう感じのパーテーションとスタンドを作ります。あなた達自身の手でね!」
パーテーションは塩ビパイプで枠を作り、内側をプラスチックダンボールで塞ぐ。スタンドは同じく塩ビパイプを組み合わせて支柱を立て、スチールターゲットをぶら下げる。いずれも脚となる部分の塩ビパイプには砂を詰め、簡単には倒れないようにしておく。板材で作るより手間はかかるが、軽量なのでゆき達でも簡単に移動させられるのがメリットだ。
設計図の他にインドアフィールド全体の配置図もあった。
「この図面、古館さんが書いてくださったんですよね! さすがだなぁ」
「舞さんが? よくわかるわね、ゆき」
「わかるよ。だってサバキュアの衣装も――」
「よ、吉野さぁんっ!? 関係ない話は置いときましょうね? ね?」
「は、はい」
バレているとはいえ、やはり触れられたくないものはあるらしい。
祥子の監督の下、ゆき達は手分けして作業に取りかかった。まるまる一週間の放課後と休日を費やし、射撃場の整備が完了した時には五月になっていた。
「他人から見たら、祥子だって羨ましく思われるんじゃない? だって、職場でエアガン撃てるんだよ?」
「そ、それは……舞だって同じでしょ!?」
「まっねー。お互い、いい仕事に就いたねー」
「……かもね」
「でも本当にサバキュアやるのは止めときなよね。若い子には負けるわー」
「だからやるわけないでしょ、懐メロかっ!?」




