表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/36

売り言葉に買い言葉

 レンジから外に出ると、咲美と志穂はまだ試射ブースの辺りに立っていた。

 ゆきに気付くと咲美はぶんぶんと手を振る。


「ゆっきー、お帰り! やっほー」

「や、やっほー?」


 よくわからないまま、手を振り返すゆき。

 志穂はすっかり弱り顔になっている。


「ゆき……あなたからも咲美を説得してくれない?」

「どうしたの、志穂ちゃん」


 早い話、咲美は試射した電動ガンがどれも気に入らなかったのだ。


「まったく、ワガママなやつだぜ。はっはっはーっ!」

「あなたのことでしょうがっ!? ゆきに詳しく説明してあげて」

「ノーマルはさ、ウィッ、バン! ウィッ、バン! ウニャニャニャニャッ!! て、感じなんだよ。わかる? ゆっきー」

「う、うん」

「スーパーサイクルは、ニャバン! ニャバン! ニャラララララララッ!! て、感じでマシだけど」

「な、なるほど?」

「どっちも面白みがないじゃん? ビビッと来ないんだよね」

「ああ……リコイルが欲しいってこと? 咲美ちゃん」


 ところが、志穂は首を振った。


「予算には合わないけど、一応新世紀シリーズも撃たせたの。あれは電動ガンだけどレスポンスもいいし、リコイルがあるから。でも……」

「残念ながら、ご希望に添えなかったみたいなのよ。おねーさん、ショックだわー」


 何故か咲美はそくっり返ってみせた。


「あたしが簡単に満足すると思ったら、大間違いだぜっ!!」

「謎の上から目線つらい……もしかして、咲美ちゃんにはいっそガスブロのサブマシンガンの方がいいのかしら? 命中精度は落ちるけど、サイクル速くて銃が暴れ回るようなやつ。MP7(エムピーセブン)とか中古もあるけど、試してみる?」

「そういうの、もうグロっ子があるからいい」

「ええーっ!? じゃあ、あの、どんな……?」

「さあ? あたし、エアガンよくわからんし。舞さん、専門家じゃん」

「う! 咲美ちゃん、毎度痛いとこ突くわね……っ!?」


 咲美は咲美で正直に話しているのだろう。

 とはいえ、このままでは取っかかりがなさ過ぎて、舞も適切な銃を勧めることができないようだった。


「咲美ちゃん、サバゲでどんな風に遊びたいの? どんなだったら楽しいかな」

「んーと、あたしは……こう、わーっ! だだだだーっ、ってやれて、えいっ、バン、ドカーンッ!! あはははーっ!! って感じがいい」

「え、あ、う?」


 聞いてみたはいいが、言語体系の違いにゆきは翻弄されてしまう。

 謎のゼスチャーと擬音を翻訳してくれたのは、志穂であった。


「……〝走り回るのに邪魔にならなくて、トリガーレスポンスがよくて、まとめてヒットを取れるような、撃つだけで楽しい銃〟って、ことじゃないかしら」

「うん。だから、そう言ってるじゃん」

「「「言ってないよっ!!!」」」


 ともあれ、何となく方向性は判明した。


「求めているのは派手な連射でもリコイルでもない。かといって、スナイパー系も違うわね。面白さなら、いっそ連発式のグレネードランチャー? んんん……でも、さすがに射程が厳しいわよね。軽いけどでかいし、モスカートを揃えるのも高いし……予算よね。いずれにしても、予算がネックだわ……」


 思考を巡らせる舞を放置して、咲美は店内を物色し始めてしまった。

 呆れ顔の志穂を残し、ゆきは後を追う。


「おっ、この手袋かっこいいじゃん! 来月のお小遣いで買おうかなー」

「さ、咲美ちゃん? 今日はまずメインウェポンを決めないと……」

「大丈夫だよ、舞さんが考えてくれるから」

「豪快に丸投げだっ!?」

「おいおい、ゆっきー。プロを信用しないのは失礼って――」


 壁の端に立てかけられた大きなダンボール箱に目を止め、咲美は唐突に言葉を切ってしまう。


「舞さーん、これ何ー? 値札付いてるけど」

「え? ……ああ、福袋よ。それはキャンセル品なの」


 毎年三月、ホライゾンは決算セールの一環として福袋(実際は箱だが)を販売している。

 この福袋の購入者は既婚者で先日引き取りに来たのだが、奥さんに内緒で買ったのが、帰宅後にバレてしまった。あわや離婚の危機になってしまい、返品したいと泣きついてきたのである。


「福袋ってクジみたいなものだから、本来はダメなんだけどね。未開封だし、常連さんだし、特別にね」

「ふーん。福袋ってお得なの?」

「もちろん。これは19800円(イチキュッパ)のやつだけど、値段以上の商品は入っているわよ。基本的にエアガン一丁と用品の組み合わせね。何が出るかは開けてのお楽しみ!」

「へー、面白そうじゃん!! あたしこれにしよーっと」


 三人の視線が咲美に集中する――が、ご本人は一仕事終えたようにすっきりした顔になっていた。

 恐る恐るといった調子で舞は尋ねる。


「咲美ちゃん? この福袋を買うってこと……?」

「うん。だから、そう言ってるじゃん」

「た、確かに今回はそう言ったわよね! これはおねーさん、一本取られたなー、あははは!」


 笑顔を硬直させつつ、舞は切り返す。


「でもね、これは福袋なのよ? 何が入っているか、開けるまでわからないのよ……!?」

「当たり前じゃん。てか、今聞いたばっかだし。何言ってんの、舞さん?」


 焦燥と虚無さえ漂う空気を余所に、咲美は不思議そうに問い返す。


「さ、咲美、ちょっと待ちなさい! さすがにそれはまずいでしょう!?」

「えー? 別にいいじゃん! 志穂の銃じゃないんだから」

「やっぱり、ちゃんと選んで買った方がいいって、おねーさんも思うなぁ!」

「ふっ、悪いね舞さん。こいつがあたしの選択(チョイス)ってやつさ!!」

「無駄にかっこいいっ!? いや、でも……ねえ? 志穂ちゃん」

「そうよ、咲美! 大事な買い物なんだから、もっと慎重に――」


 制止をぶっちぎり、咲美は叫ぶ。


「ええい、ごちゃごちゃうるせーっ!! あたしはなー、エアガンが欲しいんじゃねーっ! 〝わくわく〟が欲しいんだよ!!」

「ゆ、ゆきちゃん、どうにかして!?」

「あ、ははは……ごめんなさい、古館さん。もう無理だと思います」

「……そうね、もう手遅れよね」


 志穂はため息をもらす。

 ゆき達は早々と諦めてしまったが、舞は食い下がった。


「いやいや、よく考えて? 高校生が気軽に買い換えられるものじゃないんだから――」

「あたし、損しちゃう?」

「咲美ちゃん、そういうことじゃなくて」

「ははーん。実はこの福袋……ぼったくりなんだ!」

「なっ!? なんですってぇっ!!」


 ズビシッ! と、効果音が鳴りそうな勢いで、咲美は舞に人差し指を突き付ける。


「中身に自信がないから、買わせたくないんだね、舞さん!! 売れ残りの安物しか入ってないとか!」

「ちょ、風評被害が出るから止めて! ちゃんと福袋の値段以上の商品は入っているわよ!」

「ええー? 本当かなー?」

「本当だってば! 中身を合計すれば、絶対三万以上にはなるはずなんだから!」

「だったら買いじゃん。もし本当ならねー?」

「ぐぬぬぬ……っ! い、いいでしょう。そこまで言うなら、もう止めないわ。君に老舗ショップの底力……思い知らせてあげるっ!! ――この福袋、売ったぁっ!!」

「よし、買ったぁっ!! まわすぜ、このガチャ!!」


 まさに売り言葉に買い言葉であった。

 こうした顛末もあって、購入した〝福袋 開封の儀〟はホライゾン店内で執り行なわれることとなった。アクセサリーパーツのショーケースに箱を乗せ、咲美は借り物のカッターナイフを構える。


「さー、何が出るかな、何が出るかなー?」

「咲美ちゃん、深く切りすぎないでね。中身に傷が入っちゃうよ!」


 ノリノリで箱にカッターを入れていく咲美と、はらはらしながら見守るゆき。

 志穂は舞の横でひたすら恐縮していた。


「す、すみません、舞さん。普通、お店で開封しないですよね……」

「まあ、私も結果は見届けたいし。中身に自信があるのは本当だからね!」

「サバゲのメインウェポンになりそうですか?」

「……運次第よね。もしムルイ電動ガンだとしたら、結局ノーマルシリーズのはずよ。やっぱ止めるべきだったかな……」


 うなる舞に、志穂はわずかな笑みを返した。


「いえ、大丈夫です。咲美はこういう時、絶対後悔しませんから」

「めっちゃ引きがいいってこと?」

「いえ、結果に関わらずってことです」

「わーお。さすが男前だねー、咲美ちゃんは」


 そうこうしている間に儀式は滞りなく進行し、咲美はダンボール箱からエアガンの化粧箱を取り出した。大きさ的には長物――小さめのアサルトライフルなら入りそうである。化粧箱全体は半透明のクッション材に包まれていた。


「ほーれ、よいではないか、よいではないかー♪」


 町娘から着物を剥ぐ悪代官のような勢いで、咲美はクッション材を引き剥がしていく。

 ゆきは箱の表に印刷されているエアガンメーカーのロゴに気付いた。


「あっ、これムルイ製だよ!? いいやつかも!!」

「ジャジャーン、ご開帳ーっ!! ……おっ?」


 蓋を投げ捨て、「SSR、来たーっ!!!」と、咲美は大歓喜した。

 彼女が高々と掲げたエアガンは、電動ガンでもアサルトライフルでもなかった。銃身を短く切り詰めたショットガン、しかもガス式である。


「〝M870(エムハチナナマル)ブリーチャー〟!? ……そういえば、一丁だけ入れていたわね!」


 ブリーチャーのメーカー希望小売価格は三万円を上回る。福袋には予備のショットシェルとガスタンク、シェルホルダーやポーチ類も入っており、実売価格換算でも相当お得である。短銃身でストックもないから銃全体としては小柄であり、重量も2㎏少々しかない。これなら咲美の機動力を阻害することはなさそうだ。


「舞さん、舞さーん! これ、ガシャコン! ってやってから、バン! ドバッ!!! って感じのやつだよね!?」

「そうね。ブリーチャーはショットガンだから、一度に最大六発の弾を発射できるわよ」


 発射自体はガス圧なので、エアコッキングガンのようなスプリングは使われていない。だから手動のポンプアクション――銃身下部の持ち手(フォアエンド)を引いて排莢、リロードする動作――は軽快に行える。


 また発射にしかガスを使わないから、ガスガンの中では比較的冷えにも強い。弾も適度に散らばる為、瞬時の面制圧が可能。まさに撃って楽しい銃の代表格であった。


 早速、咲美は試射ブースでブリーチャーを満喫した。


 この銃はショットシェルがマガジンとなっており、三十発のBB弾が入る。それでも六発装填だと発射五回でショットシェルを交換しなくてはならない。正直少々手間なのだか、咲美は交換のプロセスもショットガンならではのアクションとして楽しめているようだ。


「おりゃ、リロード!!」


 素早くポンプアクションしてトリガーを引く。ばら撒かれたBB弾により、複数のスチールターゲットが同時に快音を上げる。連射してリロード。撃って、ポンプアクションして、また発砲――


「どう、気に入った? 咲美ちゃん」

「あははははっ! あはははははっ、たーのしーいっ!!」


 あふれこぼれる笑い声が、舞からの質問に対する咲美の答えであった。

「千晴ー、レンジの後片付けしてくれた?」

「やったよ。何の騒ぎだったんだよ、さっきの」

「ゆきちゃん達とちょっとねー」

「――あいつ何しに来たの、舞おばちゃん」

「お友達と一緒にサバゲのメインウェポンを買いに来たのよ」

「はぁ? サバゲまですんの、あいつ……他の奴らにつき合わされているとか?」

「いやいや、逆。ゆきちゃんが友達を誘ったのよ」

「ふーん……」

「おっ? 君もやる気になったかね?」

「冗談だろ。受験生だよ、俺は」

「だからじゃない。ストレス解消にいいわよ?」

「かもね」

「まあ、その気になったら装備を貸してあげるから」

「……ああ」

「ほっほう? へぇー? にゃははははっ!」

「っ!? な、何だよ!?」

「あっははは、ごめんごめん。楽しみたまえ、若者よ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 咲美ちゃん、男前過ぎでしょう。 ちょっと長嶋茂雄さんを思わせました。
[一言] >「ええい、ごちゃごちゃうるせーっ!! あたしはなー、エアガンが欲しいんじゃねーっ! 〝わくわく〟が欲しいんだよ!!」 名言出た( ˘ω˘ ) >「あははははっ! あはははははっ、たーのし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ