表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/36

綺麗

 無事、相棒(メインウェポン)は決まった。

 試射ブースが空いたらわたしも撃たせてもらおうかな――とゆきが思った時、


 タンッ!


 短く硬質な発射音が鳴った。

 

 試射ブースから漏れ聞こえる、くぐもった連射音ではない。

 もっとはっきりした単発の音だ。


「舞さん、今の……」

「ああ、このディスプレイボードの向こうにシューティングレンジがあるのよ。せっまいけどね」


 見ればディスプレイボードの端は途切れており、扉代わりのカーテンが付けられていた。


「ふふん、ゆきちゃん。興味あるならのぞいていいわよ」

「でも、誰か使ってますよね?」

「静かに見る分には構わないわ。ゆきちゃんには刺激になるかもよー? 撃ってるの、私の親戚の子なんだけど――」

「舞さーん、ちょっといい?」


 試射ブースの前で咲美が手を振っていた。

 腕組みした志穂も隣に立っている。二人とも試射を終えたらしい。


「ごめん、ゆきちゃん。ちょっと待っててもらえる?」

「はい、わたしの銃はもう決まりましたから」

「もしレンジのぞくなら、店のゴーグル使ってね!」


 モッドTをディスプレイボードに掛け直すと、舞は咲美達の方へ向った。


 タン!


 また発射音。

 カーテン横に吊り下げられていたゴーグルをかけ、ゆきはカーテンをくぐった。


 入ってみると、右手側が細長い空間になっていた。奥行きは十メートルほどで、店舗内のシューティングレンジとしては精一杯の長さだろう。ゆきのいる場所とは天井から垂れ下がった網で仕切られており、網のすぐ向こうにはフロアスタンドもあった。


 スタンドより少し先に誰か立っている。

 ハンドガンを持っているらしいが、背を向けている上に網が邪魔で種類の判別が難しい。五メートルほど先には、スチールターゲットに貼られた小さなターゲットペーパーがあった。


(あれが古館さんの親戚の子……? 背はわたしと同じ位かな)


 カチャリと金属音。

 ぴりっとした緊張感が空気を硬質化させたような気がして、ゆきは息を飲む。


 ()()は顔を上げ、腕を伸ばして銃を構える。滑らかで滞りのない所作だった。銃口があるべきところ―――ターゲットペーパー中心の黒点――を捉えると、ひたりと動きが停止する。


 瞬間、一葉の絵が完成した。


(うわあ……き、綺麗……っ!!)


 無駄な力やブレが一切感じられない、完璧な射撃フォーム。

 ぼんやりと思い描いていた理想像を目の当たりにし、ゆきは衝撃を受けた。


 タンッ!


 切り裂くような発射音がして、BB弾がターゲットを鳴らす。

 持っていた銃をそっとフロアスタンドに置くと、射手は新しいターゲットペーパーをつまみ上げ、レンジの奥へ向って歩き出す。どうやらターゲットペーパーを交換するらしい。


 ターゲットペーパーはブルズアイ競技用のもので、同心円状に四つの円が描かれていた。各円は得点圏を現したものだ。一番大きな円は5点、二番目が8点、三番目が10点だ。最小になる四番目の円には〝X〟と記載されており、ここに命中した場合は〝10X〟と記録される。当然ながら、競技ではただの〝10〟よりも〝10X〟の方が高成績だ。


 しばらくすると、回収したターゲットペーパーに視線を落としながら射手は戻って来た。

 ようやく確認できた容姿に、ゆきは再び驚かされてしまった。


(ええええっ、すっごい美人さん……っ!?)


 肌も瞳も色素が薄い。シューティンググラス越しでも伏せた目の睫が長いのがわかる。ショートボブの髪は栗色で、唇は艶やかな薄桃色に染まっていた。恐らくは同世代だが、中性的な印象で性別が判然としない。


(身体もほっそりしてて、繊細な感じの……女の子? いや、男の子? ど、どっちだろ……)


 だぼっとしたジップアップパーカー、用途不明のベルトが付けられた細身のパンツ、ついでに足下のサイドゴアブーツも真っ黒。いわゆるパンクっぽいファッションだが、やはり男とも女ともつかない格好に思える。


 見とれているうちに射手はゆきの目前まで来てしまい、持っていたターゲットペーパーをフロアスタンドに放り出した。弾痕は一塊となっており、すべて10点圏内――ほとんどがXに命中していた。


「すごいっ!!」

「っ!? うわっ!?」


 よほど驚いたのか、射手はたたらを踏んだ挙げ句、足を滑らせ尻餅をついてしまった。


「いっ!? あつつつ……」


 仕切りの網を払い除け、ゆきはレンジ内に飛び込んだ。


「すみません、だ、大丈夫ですか……っ!?」

「っ!?」


 ゆきがひざまづいて顔を寄せると、射手の顔が朱に染まった。

 立ち上がる勢いを乗せ、射手はばっと後ろに飛び下がる。まるで尻尾を踏まれた猫のようだ。


「だ、誰だ、おまえ!?」

「えっ、わたし? よ、吉野ゆきです」

「そうじゃねーよ! だから、何――」


 射手ははっとなって、口を閉ざしてしまった。


(どうしたんだろ? 声からすると男の子だと思うけど……)


 とにかく彼は舞の親戚のはずだし、シューティングをしていた。

 つまりエアガン仲間だ。仲間なら怖くない……男の子だけど怖くない、とゆきは自己暗示をかけてみる。


「あ、あの……?」

「――何じゃねーよな。お客さんだよな、悪い。今、空けるよ」


 頭を下げると、射手は片付けを始めてしまった。


「違うの、大丈夫! わたし、自分の銃持って来てないから!!」

「は? じゃあ、見てただけなのか?」

「う、うん。古館さんがのぞいていいって……」

「ちっ、舞おばちゃんかよ。見てどうすんだよ、面白くも何ともねーだろ」

「そんなことないよ! あの、君の……」


 ゆきが物問いたげな視線を投げると、


「俺? ああ……片山。片山(かたやま)千晴(ちはる)

「か、片山くんが撃っているところ、すごかった」

「何がだよ? 突っ立ってエアガン撃っただけだろ」

「だって、あの……すっごく綺麗だった」

「綺麗ぇっ!?」


 千晴はさっと頬を紅潮させ、ゆきをにらみつけた。


「俺は男だぞ!」

「えっ? えっ? う、うん?」

「いやだから! 綺麗なんて言われても嬉かねぇんだよ!!」

「でも、ホントに綺麗だったから……」

「まだ言いやがるのか!」

「なんていうか……静かに流れ落ちる水を眺めているみたいだった」

「……水?」

「うん。こんな風に撃てる人がいるんだって、びっくりしたよ」

「ふん、適当な嘘つくなよ」

「ウソじゃないよ、わたし感動したもの!! ああ綺麗なものを見たって、ちょっと泣きそうになったくらい」

「――」


 数瞬の沈黙の後、千晴は突然ふいっと目を逸らしてしまった。

「舞さん、ホラインゾンってエアガンの加工もしているんですか?」

「やってるよー。儲からないから半分以上、私の趣味だけどね。志穂ちゃん、もしやメカ方面にも興味あるの?」

「はい、少し。基本的なメンテは勿論、カスタムパーツの組み込みとかもやってみたくて」

「お店が引けた後でよければ、おねーさんが基本的ないじり方を教えてあげよっか?」

「いいんですか!? お願いします!!」

「うんうん。自分でどんどんやれるようになると夢が広がるよね! いじり壊すことも増えるけど!」

「そ、それは無しの方向でお願いします……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 中性的な男の子、イイ( ˘ω˘ )
[一言] 千晴くん、男のツンデレですか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ