綺麗
無事、相棒は決まった。
試射ブースが空いたらわたしも撃たせてもらおうかな――とゆきが思った時、
タンッ!
短く硬質な発射音が鳴った。
試射ブースから漏れ聞こえる、くぐもった連射音ではない。
もっとはっきりした単発の音だ。
「舞さん、今の……」
「ああ、このディスプレイボードの向こうにシューティングレンジがあるのよ。せっまいけどね」
見ればディスプレイボードの端は途切れており、扉代わりのカーテンが付けられていた。
「ふふん、ゆきちゃん。興味あるならのぞいていいわよ」
「でも、誰か使ってますよね?」
「静かに見る分には構わないわ。ゆきちゃんには刺激になるかもよー? 撃ってるの、私の親戚の子なんだけど――」
「舞さーん、ちょっといい?」
試射ブースの前で咲美が手を振っていた。
腕組みした志穂も隣に立っている。二人とも試射を終えたらしい。
「ごめん、ゆきちゃん。ちょっと待っててもらえる?」
「はい、わたしの銃はもう決まりましたから」
「もしレンジのぞくなら、店のゴーグル使ってね!」
モッドTをディスプレイボードに掛け直すと、舞は咲美達の方へ向った。
タン!
また発射音。
カーテン横に吊り下げられていたゴーグルをかけ、ゆきはカーテンをくぐった。
入ってみると、右手側が細長い空間になっていた。奥行きは十メートルほどで、店舗内のシューティングレンジとしては精一杯の長さだろう。ゆきのいる場所とは天井から垂れ下がった網で仕切られており、網のすぐ向こうにはフロアスタンドもあった。
スタンドより少し先に誰か立っている。
ハンドガンを持っているらしいが、背を向けている上に網が邪魔で種類の判別が難しい。五メートルほど先には、スチールターゲットに貼られた小さなターゲットペーパーがあった。
(あれが古館さんの親戚の子……? 背はわたしと同じ位かな)
カチャリと金属音。
ぴりっとした緊張感が空気を硬質化させたような気がして、ゆきは息を飲む。
誰かは顔を上げ、腕を伸ばして銃を構える。滑らかで滞りのない所作だった。銃口があるべきところ―――ターゲットペーパー中心の黒点――を捉えると、ひたりと動きが停止する。
瞬間、一葉の絵が完成した。
(うわあ……き、綺麗……っ!!)
無駄な力やブレが一切感じられない、完璧な射撃フォーム。
ぼんやりと思い描いていた理想像を目の当たりにし、ゆきは衝撃を受けた。
タンッ!
切り裂くような発射音がして、BB弾がターゲットを鳴らす。
持っていた銃をそっとフロアスタンドに置くと、射手は新しいターゲットペーパーをつまみ上げ、レンジの奥へ向って歩き出す。どうやらターゲットペーパーを交換するらしい。
ターゲットペーパーはブルズアイ競技用のもので、同心円状に四つの円が描かれていた。各円は得点圏を現したものだ。一番大きな円は5点、二番目が8点、三番目が10点だ。最小になる四番目の円には〝X〟と記載されており、ここに命中した場合は〝10X〟と記録される。当然ながら、競技ではただの〝10〟よりも〝10X〟の方が高成績だ。
しばらくすると、回収したターゲットペーパーに視線を落としながら射手は戻って来た。
ようやく確認できた容姿に、ゆきは再び驚かされてしまった。
(ええええっ、すっごい美人さん……っ!?)
肌も瞳も色素が薄い。シューティンググラス越しでも伏せた目の睫が長いのがわかる。ショートボブの髪は栗色で、唇は艶やかな薄桃色に染まっていた。恐らくは同世代だが、中性的な印象で性別が判然としない。
(身体もほっそりしてて、繊細な感じの……女の子? いや、男の子? ど、どっちだろ……)
だぼっとしたジップアップパーカー、用途不明のベルトが付けられた細身のパンツ、ついでに足下のサイドゴアブーツも真っ黒。いわゆるパンクっぽいファッションだが、やはり男とも女ともつかない格好に思える。
見とれているうちに射手はゆきの目前まで来てしまい、持っていたターゲットペーパーをフロアスタンドに放り出した。弾痕は一塊となっており、すべて10点圏内――ほとんどがXに命中していた。
「すごいっ!!」
「っ!? うわっ!?」
よほど驚いたのか、射手はたたらを踏んだ挙げ句、足を滑らせ尻餅をついてしまった。
「いっ!? あつつつ……」
仕切りの網を払い除け、ゆきはレンジ内に飛び込んだ。
「すみません、だ、大丈夫ですか……っ!?」
「っ!?」
ゆきがひざまづいて顔を寄せると、射手の顔が朱に染まった。
立ち上がる勢いを乗せ、射手はばっと後ろに飛び下がる。まるで尻尾を踏まれた猫のようだ。
「だ、誰だ、おまえ!?」
「えっ、わたし? よ、吉野ゆきです」
「そうじゃねーよ! だから、何――」
射手ははっとなって、口を閉ざしてしまった。
(どうしたんだろ? 声からすると男の子だと思うけど……)
とにかく彼は舞の親戚のはずだし、シューティングをしていた。
つまりエアガン仲間だ。仲間なら怖くない……男の子だけど怖くない、とゆきは自己暗示をかけてみる。
「あ、あの……?」
「――何じゃねーよな。お客さんだよな、悪い。今、空けるよ」
頭を下げると、射手は片付けを始めてしまった。
「違うの、大丈夫! わたし、自分の銃持って来てないから!!」
「は? じゃあ、見てただけなのか?」
「う、うん。古館さんがのぞいていいって……」
「ちっ、舞おばちゃんかよ。見てどうすんだよ、面白くも何ともねーだろ」
「そんなことないよ! あの、君の……」
ゆきが物問いたげな視線を投げると、
「俺? ああ……片山。片山千晴」
「か、片山くんが撃っているところ、すごかった」
「何がだよ? 突っ立ってエアガン撃っただけだろ」
「だって、あの……すっごく綺麗だった」
「綺麗ぇっ!?」
千晴はさっと頬を紅潮させ、ゆきをにらみつけた。
「俺は男だぞ!」
「えっ? えっ? う、うん?」
「いやだから! 綺麗なんて言われても嬉かねぇんだよ!!」
「でも、ホントに綺麗だったから……」
「まだ言いやがるのか!」
「なんていうか……静かに流れ落ちる水を眺めているみたいだった」
「……水?」
「うん。こんな風に撃てる人がいるんだって、びっくりしたよ」
「ふん、適当な嘘つくなよ」
「ウソじゃないよ、わたし感動したもの!! ああ綺麗なものを見たって、ちょっと泣きそうになったくらい」
「――」
数瞬の沈黙の後、千晴は突然ふいっと目を逸らしてしまった。
「舞さん、ホラインゾンってエアガンの加工もしているんですか?」
「やってるよー。儲からないから半分以上、私の趣味だけどね。志穂ちゃん、もしやメカ方面にも興味あるの?」
「はい、少し。基本的なメンテは勿論、カスタムパーツの組み込みとかもやってみたくて」
「お店が引けた後でよければ、おねーさんが基本的ないじり方を教えてあげよっか?」
「いいんですか!? お願いします!!」
「うんうん。自分でどんどんやれるようになると夢が広がるよね! いじり壊すことも増えるけど!」
「そ、それは無しの方向でお願いします……」




