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モッドT

 ホライゾンは老舗のホビーショップである。

 建物は古い代わりにそこそこ広く、扉から入って手前はプラモデル関係の棚が並び、奥側がエアガン関係の売り場となっていた。

 

 客層は下は小学校低学年、上は定年を迎えたリタイヤ組と幅広いが、ほぼ全員が男性である。だが今日は制服姿のJK三人が店内を練り歩くという、珍しい事態が発生していた。


「あたし、こういう店入るの中学生以来だよ」

「つい最近じゃないの、それ……」

「あはは、わたしは先週も来てるよ」


 店舗の中央に設けられたレジカウンターには、ホライゾンの店長が座っていた。模型メーカーのロゴが入ったポロシャツを着込んだ、人当たりの良さそうな中年男性である。


「いらっしゃいませ!」


 にこやかに笑い、店長はすっと頭を下げた。ゆき達も会釈を返す。

 店長は志穂達に目を止め、


「そちらのお二人がゆきちゃんのお友達かい?」

「はい! あの、古館さん――舞さんはいますか?」

「いるよー、ここにね!」


 レジ後ろにある仕切りのカーテンレールが勢いよく開かれ、舞が顔を出す。


「お揃いで、いらっしゃいませっ! みんな電動ガンを買いに来たってことでいいのかな、ゆきちゃん?」

「はい! 部活はまだ場所とか今宮先生が調整中なので……」

「そうそう、それよ!! いやー、約束の時間ぴったりに来てくれてよかったよ。仕込みが無駄にならなくてさ!」

「あ、はい……?」


 戸惑うゆきをよそに、舞はカラフルな三角錐の物体を店長に手渡した。自分も三角錐――パーティ用のクラッカーを持つと、店長とタイミングを揃えて紐を引く。


 パーン!!

 

 乾いた音が鳴って、きらきら輝くテープと紙吹雪が飛び出した。


「名西女子高等学校、エアソフトガンクラブ!! 創設おめでとーございまーすっ!!」


 舞が祝いを述べると、店長だけでなく常連らしき客達も一斉にわっと拍手を送った。


「え、ええっ!?」

「やったー、みんなありがとー! ありがとー!!」

「あ、あなたよく即応できるわね!?」


 適当なところで、舞は大きく柏手を打った。


「――はい! 大変お騒がせしました。皆様、ご協力ありがとうございました!」


 客達に頭を下げる舞。店長はニコニコしながら、散らばった紙吹雪を掃除し始める。


「あの……古館さん?」

「あははは、ごめんねー。びっくりしたでしょ」

「は、はい」

「いえね? あまりの快挙に、こりゃむしろ迷惑かなー? と思いつつも、おねーさんはどーしても祝わずにはいられなかったのよ! いっそ課金さえ願うこの気持ち……っ、せめてスパチャがあればっ!!!!」


 ぐぐっと拳を握り締める舞に、ゆきは引き気味になってしまう。


「わ、わたし達が買い物に来たんですけど……」

「あ! ゆっきー、てことはサービス価格にしてくれるってことじゃん!?」

「「ないじゃん」」

「あれぇっ!?」


 優しくても店長と舞はしっかりと商売人なのであった。

 舞はゆき達を先導し、エアガン売り場へ移動する。壁全体がディスプレイボードになっており、ライフル類がずらりと掛けられていた。他にハンドガンや光学機器のショーケースや用品類のコーナーもある。


「おー、電動ガンもいっぱいあるじゃんっ!! みんな同じに見えるけど!」

「あははは、ぱっと見はそうなるよね。使い勝手は色々違うけど、正志君のアドバイス通り、最初はムルイが正解だと思うよ」

「すみません、舞さん。自分なりに調べてはきたんですが……実際に作動させて選ぶことはできませんよね?」

「ふっふっふっ、お姉さんに抜かりはないわ! きっとそう言うと思って、準備しておいたのさ!」


 ゴーグルを渡され、志穂は売り場の端にある小部屋――試射ブースに誘われた。

 ブース内には小さなメタルターゲットが並べられており、カウンターの上に三丁の電動ガンが置かれている。


「もう知ってるかもだけど、ムルイの電動ガンはシリーズ毎に特色があるの。右からノーマル、新世紀、スーパーサイクルね。同じシリーズなら基本的な射撃性能や撃ちごたえは同じよ。後は実射以外の見た目や使い勝手で選べばいいわ」


 ノーマルは無印とも呼ばれるシリーズだ。プラ外装の為、価格帯が安く、比較的軽量である。ただし剛性が低く、強い力がかかると銃の形状によってはねじれてしまうのが難点だ。


 新世紀は動作の要となるメカボックスがノーマルから改良されており、命中精度も高い。また、リコイルユニットも搭載しており、電動ガンの中では撃ちごたえがいい。外装も金属だから頑丈で質感も高いが、その分重くなってしまう。


 スーパーサイクルはノーマルをベースに連射性能が目一杯、引き上げられている。一秒あたり他のシリーズより倍近い弾数を発射し、濃密な弾幕を張ることが可能だ。銃自体も小柄なモデルがチョイスされており、一番実戦向きのシリーズかも知れない。


「これ、全部撃ってもいいんですか……?」

「いいわよー。中古だからバリバリ撃ち比べてオッケー!」

「ありがとうございます!」

「もしわからないことや、トラブルがあったら声かけてね。んじゃ、ご安全によろしく~」


 舞が試射ブースの扉を閉めた途端、咲美が難問を持ちかけてきた。


「舞さーん! ディスプレイされてる電動ガン、ざっと見たんだけど」

「ビビッと来るやつ、あった?」

「もっと安いやつがいい。あたしの予算二万だから」

「二万っ!? 税込みだよね……?」

「おうおうっ、あったり前じゃねーかっ!!」

「何故か上から目線だわっ!?」


 咲美がお小遣いを貯めているわけもなく、この二万は十回払いの〝親ローン〟である。

 展示されているムルイの電動ガンはすべて新品であり、値引き後の価格も税込みで二万を切るものは限られる。また、別途バッテリーと充電器も必要なのだ。


「むむむ……ギリ買えるやつもあるけど……。咲美ちゃん、中古でもいいかしら?」

「それなら買える?」

「ええ。バッテリーと充電器も付いてるし、新世紀シリーズ以外なら税込み二万に収まるわよ。使用感はあるけど、私がメンテ済みだから動作は問題ないわ。志穂ちゃんが撃ってる銃以外にもあるから、出してあげようか」

「ふーん。じゃあ、あたしも撃ち比べて決めよっかな」


 試射ブースは狭い為、二人同時には使えない。とりあえず咲美は順番待ちとなった。


「お待たせ、ゆきちゃん。君はなにをお望みかな?」

「わたしは……とにかく軽い銃がいいです。力がないので」

「ふむふむ。ムルイの電動ガンだと……」


 舞はディスプレイボードに掛かった銃の中から、一丁のサブマシンガンを取り上げた。


「軽くてイケてるのはこれになるわ。〝スコーピオン モッドT〟」


 スコーピオン モッドTはベースになった〝スコーピオン Vz.61(ブイゼットロクイチ)〟の銃身長を倍に伸ばし、ストックをリトラクタブルタイプに換装、さらにM-LOCKレイルシステムを装備したタクティカルモデルだ。実銃は存在せず、ムルイオリジナルデザインのエアガンである。


 銃を渡されると、ゆきは驚きの表情になった。


「わっ、本当に軽いですねっ!? お兄ちゃんの〝M4(エムヨン)〟よりもぜんぜん軽いっ!」

「でしょー? こいつはバッテリー込みで1.4㎏切ってるの。M4の半分以下だからね」


 ゆきはモッドTを構えてみた。本当に軽い。サイズも小さいから取り回しは楽勝だ。マガジン装弾数も260発と不足はない。


「メインウェポンとしては、若干パワー不足もあるかもだけど……」

「はい?」

「あたらなければ、どうということはないわっ!」

「あ、あたらないと困りますよっ!?」

「あははは、うそうそ。普通の電動ガンより初速と射程はやや落ちるけど、命中精度はバッチリよ!」

「ううう……、ちょいちょいサバイバルジョークを挟まないでくださいよぅ……」


 ただしモッドTのサイトは簡易的なもので、調整がまったくできない。これでは銃自体の精度がよくても正確な照準は難しい。


 そこで舞は、銃上面のアクセサリー取り付けレイルにドットサイト――レンズに投影された光点(ドット)で狙い撃つ、等倍照準器――の装着を提案した。調整機能だけでなく、ドットサイトには明確なメリットがあるのだ。


「普通のサイトは、フロントサイトとリアサイトの両方をいい感じで目標に合わせないとダメでしょ?」

「はい。とっさにやるのは難しいですよね。特に狙う先が暗いと……」

「でもドットサイトは光点を合わせるだけでいいから、簡単で視認もしやすいのよ」

「なるほど……それなら素早く正確に撃てますね!」


 ゆきは沢山の候補の中から、最軽量かつ丈夫なムルイ純正のオープンタイプドットサイトをチョイスした。


「バッテリーはリポ希望よね。取り扱いはわかっている?」

「大丈夫です、お兄ちゃんから教えてもらってます」


 リポバッテリーはリチウムイオンポリマー二次電池の略称だ。

 一般的なニッケル水素バッテリーよりも高性能であり、変換コネクター経由で電動ガンにリポバッテリーを接続しただけでも、トリガーレスポンスや連射サイクルの向上がはっきりと体感できる。

 

 しかしながらリポバッテリーは発火や破裂の危険性が高い。バッテリーチェッカーでの電圧管理もしなくてはならず、保管時にはセーフティーバッグに入れる必要もある。取り扱いには正しい知識が必要なのだ。


 また、従来のムルイ電動ガンはニッケル水素バッテリーを使う想定で設計されている為、単純にリポ化しただけでは耐久性がガタ落ちになってしまう。


「はい、それもお兄ちゃんから聞いてます。カスタマイズがいるんですよね?」

「そうね……本来、初心者さんにいきなりリポやカスタムは勧めないけど、ゆきちゃんは正志君の教えも受けてるし、モッドTをサバゲでバリバリ使うならいずれ必要になるから。じゃあ、リポ化対応の部品代と工賃も見積もりに入れるわね」

「お願いします!」

「まとめるとモッドT本体、ドットサイト、リポバッテリー……充電器、セーフティーバッグとチェッカーはあるんだっけ?」

「充電器とチェッカーはあります。バッグはないです」

「了解。じゃ、バッグとカスタマイズ関連の諸々を入れて……」


 舞はカード電卓を叩き、合計金額を出す。


「こちらお値引き後の税込み金額になっております。今なら負い紐(スリング)をおまけしちゃう! いかがでしょうか、お客様?」

「はいっ、ありがとうございますっ!! わたし、この子にしますっ!!」


 ゆきはモッドTをしっかり抱き締めた。

 モッドTはムルイ電動ガンとしては価格も安い。あれこれ買ってカスタマイズをしても予算内に収まっている。あとはこの銃を使いこなせるかどうかだが、それはゆき次第だった。

「私も決めました」

「志穂ちゃんはノーマルシリーズは選ばないわよね。新世紀? それともスーパーサイクルかな?」

「今日は買いません」

「あれっ!? どれも気に入らなかった……?」

「代わりに予約したいんですけど」

「ほほう? てことは、ズバリ! ムルイ新世紀シリーズのニューカマー、MP5A4ねっ!?」

「はい。あと少しで発売ですし……エッジ5.1がとてもよかったので、電動ガンも妥協したくなくて」

「なるほどねー。今度のMP5は実質的に別シリーズ、完全新設計の電動ガンだものね。じゃあ、一丁予約入れとくね!」

「お願いします!」

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― 新着の感想 ―
[一言] >「あたらなければ、どうということはないわっ!」 ゆっきーは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!(迫真)
[一言] 親ローンは利息が付かないのがいいですね。 これから発売する新商品を選ぶとは早くもはまってますね。
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