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聖女選定の儀

 今日は、私のこれからが決まる日だ。聖女の選定が行われるのである。

 選定の儀は広く大衆に公開される。普段は街の中心まで出かけることのない私は、大広場に向かう途中、つい物珍しくてきょろきょろとしてしまう。広場に着くと王の計らいで来たという騎士隊が、警備しているのが見えた。


どうしてあんなに騎士様がいらっしゃるのだろう。不思議に思う。

「下品なことはおやめなさいな」

「はい……ロザリー様」


 毅然として前を向く彼女は、自信に満ちていて今日も美しい。

 ふと、この世界に神は一人じゃないと以前、フィフィは言っていたのを思い出す。それが本当なら、ロザリー様に祝福を与えたのは美の女神だろう。

そんなことを思うくらい、聖女候補としてはふさわしくないとされているはずの、華やかな化粧がよく似合っていた。


「それにしても今日は警備がすごいわねぇ。……——がいらっしゃるからかしら」

 並んだ騎士達を見ながら小声でロザリー様がつぶやいた言葉に、思わず身体がこわばる。

不吉な予感がする。彼女は確かに魔王と口にした。


 魔王——魔物の王。昔、孤児院のシスターが言っていた。普段人に干渉しない魔物だけれど、中には、人をよく思わないものがいるのだと。そんな魔物が王になってしまうと悲劇が起こるのだと。


 魔物に気をつけろ、というフィフィの言葉が頭をよぎった。

「そんな、まさかねぇ」

 嫌な考えを振り払おうと頭を振る。


 一列に横に並び、儀式が始まる。私たちは大神官様に向けて頭を下げた。

 王宮から来たという使者は、朗々とした声で問いかけた。


「大神官よ。素質を持つ娘は誰か」

「ロザリー、顔をあげなさい。さあ」


 大神官様の声が響き、やっぱりか、と納得する。

大神官様がロザリー様の手を恭しく取ったその時だった。


 唐突に足元から冷気が上ってくる気がした。

怖い、怖い、怖い!


 がくがくと足が震え、立っていられなくなる。

遠くから地鳴りと、獣のような人のような不思議な唸り声がした。

「魔物だ! 魔物が出たぞ!」


大きな声が上がった。警備の騎士が叫んだのだ。

「西の通りから魔物が攻めてきた! 聖女様をお守りするのだ!」


 初めに見えたのは、四つ足の魔物だった。あっという間に広場に魔物が押し寄せる。

指揮をとっているのは人型の魔物であるようだ。

 ロザリー様が、人型の魔物に包囲されていく。

「怯むな!」

応戦する騎士達がロザリー様の周りで叫ぶが、だんだんと追い詰められ、包囲網が小さくなっていく。


「魔王様、どこにいらっしゃるのですか?」

ロザリー様が恍惚とした表情で口にした言葉に、騎士達がざわめく。


「ロザリーよ、最近お前の様子がおかしかったのは魔王のせいなのか?」

 大神官様は、ロザリー様の手を離して問いかける。


 このままでは、いけない。私は必死に呼びかけた。

「ロザリー様、しっかりなさって。おそらく、この中に魔王などという恐ろしいものはいません。まだ間に合います。お逃げください」


おそらくという予感は、だが、多分合っている。

「なんであなたなんかにそんなことがわかるのよ?」

彼女は苛立っているようだった。噛みつくように言い返されるけれども、理由は言えない。


 だって、と心の中で呟く——広場にいる彼らはきっとフィフィより弱い。

フィフィ、私の大切な友達。

彼が現れる時はもっと寒気がするし、恐怖を感じるもの。


 気がつけば、王宮からの使者という男が、すぐ側に立って、こちらをじっと見下ろしていた。

使者は青い髪に赤い瞳のまだ若い男性だ。

この人、こんな顔をしていただろうか?

頭の中の何かが警鐘を鳴らす。心臓が早鐘のように鳴っている。


男の唇が楽しげに歪んでいく。

「あなた、誰?」


 私の声は、喉奥に張り付いてカサカサだった。


「お前が……そうかお前があいつの」

 彼は、何が嬉しいのか何度も頷いている。

悪寒が増し、身体の震えが止まらない。

姿を偽るのをやめたようで、耳が尖り、その口からは牙がのぞいている。


「聖女ロザリー、会いたかったぞ。こちらへ来い。それからお前もだ。さっさとしろ」


 男は嗜虐的な笑みを浮かべ、長い爪で私を指し、手を伸ばしてくる。

私は、どうなってしまうのだろうか。


 ふとフィフィの顔が浮かんだ。

彼はどうしているだろうか。

——フィフィ。ごめんなさい。

せっかく忠告してくれたのに。


 腕を掴まれそうになった時だった。

這い上がる刺すような冷気。強い風が後ろから吹き荒れる。

「ミレーネに触るな」


 唸るような声が聞こえて、私の後ろから長い腕が伸びてくる。

その声はいつも聞いていたフィフィの声にそっくりだった。

——フィフィ? あなた本当に魔物だったの?


「貴様! 邪魔をするな、聞こえなかったのか? 負け犬の分際で、この魔王の邪魔をするなと言っている!」

 

 目の前の青い髪の男が叫んでいる。


「うるさい」

私は後ろから伸びた手に優しく目を塞がれた。グチャッと言う聞いたことのない音とともに生温かいものが降り注ぐ。


「私の腕がぁぁっ」

耳を塞ぎたくなるような悲鳴と生臭い匂い。フィフィ、よね? あなた何をしているの?


「魔王様! 貴様なんと言うことを」

先ほどロザリー様を取り囲んでいた魔物たちであろう。口々に何か言っている声が聞こえる。


「名無しの魔王よ、貴様がそこのロザリーとか言う女を娶りたいと言うから協力してやったのに、ミレーネにまで手を出すとはな。俺は貴様を許さない」


うわぁぁぁと遠くで悲鳴が上がる。これは騎士様だろうか。

「東からも魔物です! 西から来た魔物と争っています!」


「なんだと。落ち着け、落ち着くのだ!」

騎士のなかでも隊長らしき威厳のある声が檄を飛ばす。


「っ最初から裏切る気だったのか貴様」

ゼイゼイと苦しそうに魔王が言う。

「言っておく、初めに裏切ったのは貴様だ」

フィフィらしき声は、嘲笑うかのようだった。


「魔王様、おいたわしや。貴様、覚えていろ!」

あたりの気配が消えていく。後に残ったのは、よく知っている冷ややかで硬質な空気。


「ミレーネ」

耳元で囁かれて、回された腕に力がかかる。

ゆっくりとふりむかされる。


「俺がわかるか?」

視界に入ったのは、とがった耳をした、黒髪に金の瞳の男性だった。

当然見たことはない。でも多分、絶対——


「フィフィ?」

私は問いかけた。 

彼は嬉しそうに頷く。


「あなた魔王の手先だったの? 人間を滅ぼすの?」

なんで——私の側に居てくれたの? 

——魔王に頼まれて、ロザリー様を見張っていたの?


頭の中はパニックだった。

「落ち着け」


「ミレーネ、聞いてくれ。俺は、魔王に成るべき魂を持つものとして生まれた。

魔王になるべき魂を持つものとは、一人ではない。

名無しで生まれるそれらは、生まれ持った本能に従って争い合うんだ」


 フィフィは真剣な顔をしている。信じていいのだろうか。

私は黙ってフィフィの話を聞く。


「候補の生き残りが二人に減ったある日、人間が聖女候補を集めていると噂になった。名無しの俺に同じく名無しの奴は言った。魔王になって、魔王という”名”を手に入れるのは自分だ。そのためなら聖女だって利用してやる、と」


そして、聖女候補者の様子を見にきて、私に出会ったのだと言う。


「初めは魔王になることに執着していたさ。でもミレーネは俺に名をくれた。フィフィという名をもらってから力は安定し、争いを望むことは減って行った。だから、奴の下についてやってもいいかと思ったのさ。争うことより、やりたいことができたからだ」


安心させるように、優しい顔で微笑むフィフィに嘘は見えない。

ガチガチに固まっていた私の身体から、力が抜けていく。


——私、こんなに不安だったんだ。

魔物達に殺されるかもしれなかったということよりも、フィフィに、魔王に頼まれただけでおまえなんか知らないと言われたらどうしようと怯えていたことに気づいてしまった。


自然と微笑み返し、けれど、嫌なことに気づいてしまい、彼の腕を掴んだ。


「どうした?」


「フィフィ……これからどうなってしまうの?」

魔物達の争う音が少し離れたところから聞こえる。それはだんだん近くなっているようだった。


フィフィは少し悲しそうな顔をして言葉を詰まらせた。

「この争いは、俺か奴のどちらかが死ぬまで終わらない」


喉が嫌な音を立てた。

フィフィが——死ぬ? まるで、心臓を掴まれてしまったかのようだった。

背筋を嫌な汗が伝っていく。


 ただ、嫌、嫌と頭を振る。

涙を必死に堪えていると、彼の大きな手が頭を撫でた。


「落ち着け、ミレーネ。死にに行くつもりはない。俺は、万が一のことがあった時のために、仲間を増やしていた」


「仲間?」

聞き返せば、ああ、と彼は頷く。


「魔族にもいろいろいる。略奪や虐殺が好きなものをあの男が重用しているのを知った俺は、人との共生を望む穏健派を引き入れた。これは、派閥の戦争でもある。

人の街で争いが起こってしまったのは不幸なことだがな」


「おのれ! 魔物め。不幸なことだなどと、どの口が!」


 それまで傍観していた騎士隊長が、フィフィに剣を向けていた。


「やめておくんだな。俺が死んだところで、虐殺好きな魔物が喜ぶだけだ」

「ぐっ」


「……出来るだけ人を巻き込まぬように伝えてみよう」


「……感謝、する」

顔を背けたまま、騎士隊長は悔しげに言った。


「保証はないがな。さて、そろそろ、か」

フィフィは空を睨みつけている。


 振り仰げば、彼は私に視線を合わせてきた。

「ミレーネ、東へ逃げるんだ。東の魔物はお前を守ってくれるはずだ」

「フィフィ……」


 不安な顔を隠せない私に彼は笑う。

「ひとつ、お願いがあるんだが」

なあに、と真面目に返すと、まるで大切なことのように彼は言った。


「いつものように、祝福をしてくれないか?」

「わかったわ」


フィフィが長身を折りたたむ。

彼の肩に手を置いて私は祈った。

——どうか彼が無事で帰って来れますように。

どうか——フィフィを奪わないでください。


彼の黒い頭に腕を回し、額にそっと口付ける。

こんな時だというのに、なぜだか胸がドキドキした。


「ありがとう。ミレーネ」


フィフィがあんまり嬉しそうに笑うからいけないんだと思う。

「気をつけて」


そしてフィフィは空に消えた。

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