神様と死活問題
ある春の昼下がりです。
咲き誇る梅の木のそばで、二人の仙人が碁を打っておりました。北側に座っている厳めしい男が死を司る北斗星、南側に座っている穏やかな男が南斗星です。
囲碁をする二人に老人が近づいてきました。年老いた男をちらりと見て、北斗は言いました。
「どうせ長生きしたいという願いだろう。そういったものは一切断っている。帰れ帰れ」
二人が少し前に、酒肉と引き換えに、早世する運命の少年を寿命を延ばしてやりましたところ、延命の嘆願をする人が殺到しました。
住まいが知れ渡り、おちおち碁もできなくなったため、梅の木の近くに居を移したばかりでした。
「まあまあ、北斗よ。話だけでも聞いてやりませんか。
あなたは見たところ、酒肴は持っていないようですが」
南斗が尋ねると、老爺は懐から書物を取り出しました。
「私は碁打ちの玄妙と申します。
お二方は、囲碁が大変強いと聞き及んでおります。私の考えた詰碁を、ご高覧に供したく存じます」
手製の本を北斗に渡すと、老人は去って行きました。
北斗は本をめくって驚きました。簡単なものから、何日も掛かりそうな難問まで、何れもが創意工夫に富み、趣向を凝らした問題ばかりでした。
二人はたちまち玄妙の詰碁の虜になりました。没頭するあまり、やがて寝食も、生死を管理する仕事も忘れてしまいました。
「北斗様、南斗様」
二人が名を呼ばれて顔を上げると、先程の老爺が立っていました。梅の木の影は夕日に照らされて長く伸びています。
「やっと解き終えたと思ったら、もう夕暮時ですか」
「いいえ。本を差し上げてから、一年が経っております」
「何。それほど過ぎていたとは」
北斗と南斗は大変慌てました。生死を司る二人が働かなくては、死ぬはずの人が死なず、生まれるべき命も生まれてこないのです。
「お前の詰碁のせいで、大変なことになってしまった。こうなるとわかって本をよこしたのか」
北斗が問い詰めると、玄妙は話し始めました。
「その通りでございます。お二方が詰碁に熱中してお務めが疎かになれば、私は生き長らえられると思いました。
余命幾ばくも無い爺ですが、どうしても秋に生まれる孫の姿を見たかったのです」
突然、玄妙がはらはらと涙を落としました。
「しかし、それは間違いでした。死の時計を止めれば、生もまた然り。娘は一年間身ごもったまま、ひどい悪阻に苦しみ続けています。
どうか、この老いぼれの息の根を止めて、前途ある若者の時を動かしてください」
南斗は老人を気の毒に思い、北斗に言いました。
「上等な詰碁に免じて、少し寿命を延ばしてやってはどうだい」
「いいや、一人でも認めると、またわんさか来る」
北斗は突っぱねました。
「だが俺は南斗ほど詰碁が得意ではないのだ。解き終えるまで、あと一年はかかるだろうな」
「では、私は先に仕事を再開させましょう」
二人のやりとりを聞いて、玄妙は跪き、地面に頭を擦りつけながら「ありがとうございます」と涙声に叫びました。
半年後、玄妙に孫が生まれました。
それからしばらくして、孫を抱えた娘に見守られながら、玄妙は息を引き取りました。
玄妙の墓の周りには、梅の花が一面に咲いておりました。