表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王子さまの鼻っ柱は叩き折られる

作者: 海狸

鼻っ柱が叩き折られる『王子さま』は二人います。

金属アレルギーの描写がありますが、設定などはフワッとしております。

昔、ある王国の王子さまのお話です。


金髪碧眼のとても美しい王子さまは城内の廊下を楽しそうに歩いています。

彼はつい先頃、とても楽しいことがありました。


「伯爵家に話は通しておいてくれ。ああ、あと妃教育の手配も頼む」


侍従に命じながら歩く、齢12歳の王子さまは自分の結婚相手を見つけたのです。

今日あった祝宴で、年齢が近い貴族の娘が鬱陶しくまとわりつく中で、その輪から外れた可憐な令嬢に王子は目をとめました。

ゴテゴテとしたネックレスや、目に痛いほど輝く髪飾りもつけていない。身を飾るのはレースの入ったリボンと可愛らしい花だけと、まるで令嬢の慎ましさを表しているような姿に、王子は興味を持ちました。

近くに寄れば、栗色の髪に緑色の瞳を持つ令嬢はたどたどしく名乗ります。

その様子はまるで愛らしい小動物のようでしたし、なにより王子にまとわりついてきたり、ねっとりした声で話すこともありません。


面白い、と王子は思いました。

侍従に命じて、祝宴が終わった後、その令嬢を一人呼び出します。

小さいけど、豪華な客室に令嬢は一人佇んでいます。11歳の彼女は道に迷いやすく、初めての城に不安がいっぱいです。

ここに呼び出されたのも、なにか粗相をして叱られるのかと怯えていたのですが、王子が部屋に入ってきて、いよいよ怯えてしまいます。


震える令嬢を見て、楽しそうに笑う王子に令嬢は背中をざらざらしたもので擦られたような不快感を覚えます。

「君を私の婚約者にしようと思う」

令嬢はなにを言われたのか分からない、そんな顔をした後、ゆっくりと驚愕がのぼり、顔が青白くなっていきました。

まるで死刑宣告を受けたような顔です。


それはそうでしょう。なぜなら、さっきの会場で、王子さまに話しかけられたあと、令嬢たちの嫌味が酷かったのです。

アクセサリーもろくに付けていないこともあげつわれ、襟元を飾っていた花も、扇子で払い落とされました。

少し話しただけで、そんな風に攻撃されるのです。婚約なんてしたらこの先どうなるのでしょう。


さらに言えば、妃教育というのは大変なものです。

子どもらしい自由な時間など消えてしまうでしょう。令嬢はこの嫌な感じのする王子さまのために頑張ろうとは全く思えません。


そして王族の結婚は基本的には政略結婚です。

令嬢の家は伯爵家で、王家に嫁ぐことも不可能ではありませんが、利益になる家は国内外合わせて、他にもたくさんあります。


「殿下、失礼ながら、質問を許していただけるでしょうか…」

震える声でも失礼なことにならないように、慎重に許可を求めます。

「そんなに堅苦しくなくていいよ。婚約者なんだからね。殿下は堅苦しいし、名前呼びを許すよ」

どうやら、婚約は冗談ではないようです。

断る権限は伯爵家にはないでしょう。11歳という年齢は、決して大人ではありませんが、世間が思うほど子どもではないのです。

ここで、ただの子どもの喧嘩のように「絶対にイヤ!」と叫ぶことは許されないことは分かっています。


「なぜ、我が家なのでしょう?僭越ながら殿下の婚約者となるのにふさわしい家…令嬢は他にもいらっしゃるかと思います」


せめてもの足掻き、そう言わんばかりの問いかけに王子は、さらに嫌な笑顔を浮かべて答えます。


「君が面白そう、だからかな」


絶望に染まった令嬢の顔を楽しげに見つめ、頬に軽くキスを落とし、王子は部屋から出ました。


部屋から出た後、令嬢が泣きながら頬を拭ったことも、国内の力関係も左右する結婚を軽く見ている王族に絶望したことも、そんなくだらない理由で、これからの厳しい妃教育を受けることに怒りを覚えていることも、王子は気づきません。


廊下を歩きながら、王子はウキウキしていました。

(あの子は、本当に面白い。普通なら大喜びするのにあんなに怯えるなんて。それに、怯えた顔があんなに可愛いなんて反則だろう。これからもプレッシャーをかけてあの子で遊んで…。そういえば、結局名前を呼ばれなかったな…。せっかく、許可したのに。次会ったら、それで遊ぼう。名前で呼ばなかったら、そのたびにキスしてみるんだ。どうせなら、あのつきまとってくる鬱陶しい公爵家の娘の前でやってやろう)


悪戯を思いついた子どものようにーーー実際に12歳という子どもですが、彼には令嬢がそれらでどれだけの心労を覚えるのか、婚約者となることで、どれだけの重責がのし掛かるか、微塵も考えていませんでした。

あるのは、自分が楽しいかどうかだけ。


素晴らしい明日を心待にして、自室に入ろうとした時です。

王妃さまーーー彼の母親に呼ばれました。


「夜遅くに悪いわね。でも、小耳に挟んではいけないようなことを聞いたのよ。あなたが伯爵家の令嬢に、妃教育の手続きをするように、と指示を出している、という話をね」


王妃さまは、王子の母親ですがーーー城にいるのは稀で、普段は国内外を飛び回っています。物心ついた頃にはすでに、王子に干渉することはなく、王子にとっては母親というよりも親戚のおばさんといった感じでしょうか。

国王は王子に優しく、身の回りの世話をする女官は美形の王子に大層甘く、母親の愛情に飢える、ということは特にありませんでした。

たまに会っても王妃とは会話らしい会話もなく、物心つくまでは血の繋がった母親とはそういうものだと思い込んでいたくらいですしーーーどこか威圧感のある王妃に苦手意識があったので、進んで近寄るようなこともなかったのです。


母と子である王妃と王子の関係は、血の繋がりのある他人でした。


王妃の使いに案内された部屋では、王妃がゆったりとソファーに腰掛けています。

ブルネットの髪は優雅に胸元に流れ、おっとりと微笑んでいますが、その微笑みに冷たさを感じます。

婚約者とした令嬢になにか気に食わないことがあるのだろうかと、声を上げようとしたら、「あなたが迷惑をかけたご令嬢にはなにも問題はありません」と先手を打たれました。


ちなみに一国の王である彼の父親は、部屋の隅に置かれている椅子に腰掛けています。

彼は王妃に頭が上がりません。王子にも夫婦間の力関係は見抜かれていて、正室である母に怯えているのに、側室が3人もいることを不思議に思われています。

ちなみに、側室にもそれぞれ子どもが一人ずついますが、王子とあまり接触はないので、世間が思うような、正室の子どもがいばり散らして、側室の子どもをいじめる、ということはこの王室では起こっていません。


そんな王は、居心地が悪そうに、王妃と息子を交互に眺めています。


「さてと。あなたの婚約ですけど、それはもう揉み消しました。伯爵家にはお詫びをしましたので、今後一切、伯爵家と接触しないように」


「なっ!?なぜですか、母上!」


「なぜもなにも。なぜあなた一人で婚約を決めているのです。そもそも、今回の祝宴はあなたの婚約者を選ぶものでもありません。貴族の令嬢は私たち王族にとっては支配下にあるものと勘違いしてくれているようですが、彼らは国の為、領民の為に己の責務を果たしてくれている存在です。政略的な婚姻も行いますが、それは利益を見てのこと。王族がふざけきった理由で召し上げていいものではありません。まあ、公衆の面前でなかったので、揉み消しは簡単に済みましたが。多勢の前だと、どれだけ損害が出たことか…」


王妃はちらっと王を横目で見ます。なんの感情も宿さないその瞳に、王は冷や汗をかきます。


「確認しますが…あなたは『面白い』という、実にくだらない理由で彼女を婚約者にしようとしたと…間違いないですか?」


王妃さまは、頭に花を咲かせた王子の企みを知ってすぐ、件の令嬢が誰か突き止めーーー伯爵家に連絡をとりました。

信頼できる侍女をこっそりと遣わし、あらましを聞いてーーー王妃の脳の血管が切れそうになりました。


一方、王子はどうして王妃が怒っているのかわかりません。王妃が怒るとしたら、令嬢の家柄くらいしか思い浮かばないのです。王子からすると権力志向の王妃は伯爵よりも爵位が高い家を望んでいると思ったのです。

今、王子にわかっているのは、王妃が冷ややかな目で自分を見ていること、そしてさっきから言葉の端々で王子のことを馬鹿にしていることくらいです。


『あなたが迷惑をかけた』『くだらない理由』と、言葉にずいぶん刺があります。

ただ、言い返そうにも王妃はとても怖いです。威張っていても、斜に構えていても所詮は12歳の男の子です。

さらに言えば、勝手に婚約者に指名した11歳の令嬢よりも思慮は遥かに劣ります。


「口はあるでしょう。是か否か、ちゃんと答えなさい」

「…はい」


天使のような美貌の王子さまも、今はお母さんにこっぴどく叱られる子どもでしかありません。

助けを求めるように国王である父親を見ますが、気まずそうに顔を逸らされるだけです。その様子を見て、王妃はさらに冷たい目を向けます。


「権力しか見ない娘は嫌だといいながら、あなたは国王という権力に頼りますか。11歳の娘を侍従を使って呼び出し、怯える様を楽しみますか。あなたは現状に退屈しているようですが、退屈する暇がないような環境を用意いたしましょうか?」


扇子を、まるで教鞭のように振り自分の手をパシンパシンと軽く打つ王妃を見ていると、王妃が用意するという環境が勉強の量を増やされる、といった生易しいものではないのがよく分かります。


「で、ですがあの令嬢は他の令嬢と違います!退屈だからとかつまらないとかではありません!権力ばかりしか見ない、強欲で傲慢な令嬢と違って、祝宴中、僕に纏わりついた「金属アレルギーですよ」


王子の必死の主張を、王妃は一刀両断にしますがーーー王子は意味が分かりません。アレルギーというのは知っていますが、金属アレルギーというものは初めて聞いたのです。

王子にとってアレルギーというのは、体に合わないものを『食べて』起こるという認識なのです。

王妃も、どうやら王子が接触しただけでも起こるアレルギー反応を知らない、ということに気づいたのでしょう。簡単に世の中にはそうしたアレルギーがあることを説明し、話の筋を戻します。


「あなたの周りにいたのは、金属を使ったアクセサリーを身につけた令嬢ばかりだったでしょう。だから、彼女はあなたを取り巻く輪に近寄れなかったのです。うっかり肌に触れてしまえばその部分が炎症を起こして赤くなります。それが嫌だから近寄らなかったのですよ」


金属を使ったアクセサリーを身に纏っていなかったのも、王子を取り巻く令嬢たちに混ざらなかったのも、アレルギーが原因だから。

ゴテゴテしたアクセサリーをつけない様子に勝手に妖精のような可憐さと高慢な貴族の令嬢にはない素朴さを夢見ていた王子にとっては中々の打撃です。

ですが、ふと矛盾に気づきます。


「母上の口ぶりだと、彼女は私に近寄りたかったように聞こえますが?彼女は私が持ちかけた婚約の申し込みに困惑していましたよ」


権力に興味のない無垢な令嬢という自分の見ている夢を壊されたくないのと、先ほどからずっと自分を小馬鹿にしている王妃に一泡吹かせてやりたい気持ちで、王子は矛盾点を突きます。…突いた、つもりでした。


「当たり前でしょう。彼女は…いいえ、多くの令嬢は目立って頭に花の咲いた王族及び高位貴族に面白いと目をつけられたくないのですから。多勢と同じ行動をしていれば、目に止まることもありませんからね。本当にあなたを好きで…というより、王族の権威目当てで近寄っていた令嬢なんて、指の数程もいませんよ」


「え…?」


可哀想なものを見る目の王妃の口調には真実味が溢れています。

そして、真っ青になっている王を一瞥して部屋を出て行こうとーーーその前に再度、王子にとどめを刺します。

「ですから、件の伯爵家の令嬢には今後一切関わらないように。あなたのことを嫌がっている令嬢を珍しく思ったようですが、王族との関わりを面倒に思っている人間など、貴族と平民問わずにごまんといます。あと、あなたの『面白い』は褒め言葉でもなんでもなく、傲慢さが滲み出ている、目下の者を見下している言葉です。あなたは、多くの令嬢を傲慢だと嫌っているようですが…まずは我が身を振り返るように」


完全に王子の鼻っ柱を叩き折った王妃は、今度こそ部屋を出て行きました。

王妃の言ったことは、要約すれば『自意識過剰のナルシストも大概にしろ。お前個人には大した魅力はない。だからあの令嬢も心底迷惑がっているんだよ』というもので、自分に都合の良い回転しかしないオツムをお持ちの王子でもそのことがわかりました。


言葉もなく打ちひしがれている王子に、国王は近寄り、その肩をポンと叩きます。


「今日のこと、王妃の言ったことを頭に叩き込んで、同じ間違いを起こさないようにな」


完全に王妃の言いなりとなっている国王の発言に、王子は目を怒らせます。

そんな王子の様子を見て、国王はため息を吐きーーー長い話を始めました。


「お前に、儂と王妃の結婚した理由を話したことはなかったな」

「そんなの、権力を求めた母上が、無理に政略結婚を持ちかけたのでしょう。現に、好き放題しているではありませんか」


口には出しませんが、地味な母親が、見目麗しい父親に一方的に惚れ込んだものと思っています。

王子の容姿は、金髪碧眼の美丈夫である父親にそっくりです。もっとも、国王である父親は痩せこけ、髪は白いものが多分に混じっています。

これだけ聞くと、年齢がいっているように聞こえますが、国王はまだ40にも届いていません。

年齢以上に老け込んで見えるのはーーーー


「儂もな、王子である自分に興味を示さない王妃をーーー当時は侯爵家令嬢だったわけだが、面白いと思って婚約者にした」


当時の王妃の姿を思い出します。

美貌の王子に対して、頬を染めることすらなく、領地のために駆け回る変わり者の令嬢。生き生きとする眼差しを自分に向けたくなりました。

幼い男児のようにちょっかいを出して、彼女の視線を向けようとしても上手くいかず、強引に婚約者にしました。


聡明な彼女は王妃教育も卒なくこなしていましたが、観念して国王と打ち解けようとはせず、鬱陶しそうな視線を送ればまだいい方で、ひどい時は存在を無視していました。

そのことで、王宮の人間が彼女を責めたり、国王がセクハラ出来る環境を整えたりと、憔悴するのに十分な環境でした。

それでも彼女は可能な限り抵抗をしました。

傲慢な国王にとっては、無理やり抱き上げた子猫が抵抗している程度にしか思えませんでした。


ですがそれも次第に剣呑になっていきます。

『名前で呼べ』と言っても『ええ、“御命令”ですもの。この婚約と同じように。身分が下の私には従うしかありませんもの』と前置きしてから名前を口にしようとした時は、思わず平手で彼女の頬を殴りました。

贈り物は一度は面倒臭そうに身につけ、その後はつけてくれません。『なにがそんなに気に入らない!』と宝石を彼女の額を目がけて投げつけました。

嫉妬してくれないかと、他の女性を侍らせても特になにも言わず、陰でその女性の手助けをしようとしたことが分かった時は、首を絞めてしまいます。

いつしか、折れない彼女を面白いと思うより、息苦しさを覚えるようになりました。そのうちに、照れを隠した様子を見せて、いずれは甘く溶けていくーーーそんな予想は裏切られ続けます。

思い通りにいかないだけで当たり散らす性根を散々見せておきながら『どうして愛してくれないんだ』と嘆くような男に、魅力なんてあるわけがありません。そして、当時の国王はそのことに気付いてすらいませんでした。



国王がなによりも堪え難かったのは、彼女が領地のある方角を見つめている時です。

婚約者である自分のことはゴミのような目で見るのに、その方角を見ている時は、別人のように表情が柔らかです。

侯爵家には彼女と彼女の弟しかいません。二人は大層仲が良く、両親が亡くなった後は姉である彼女が中心となり、体の弱い弟が補佐に回っていました。

決して自分は入れない絆が、彼女とその弟の間にある、そう思うだけで腹が煮えるような思いです。


ですが、姉のいなくなった侯爵家では大変なことが起こっていました。

密かに隣国に通じていた侯爵家の叔父が領地の経営に口を出すだけでなく、弟に毒を盛り始めていたのです。

このままではいけない、と弟は無理やりに婚約者にされた姉に手紙を送りますが、姉弟の仲の良さに嫉妬した国王に手紙は燃やされました。


国王も、手紙の内容には目を通さずーーー実際に目を通していても、姉弟間でしか通用しない符号ばかりでしたので、意味がなかったでしょうが、侯爵家に売国奴が潜んでいることは誰にも気づかれません。


彼女が全てを知ったのは、侯爵家の嫡男の訃報の報せがあった時です。半狂乱になりながら、体が弱かったけど、こんなすぐに死ぬようなことはなかった、弟が自分になにか知らせようとしたはずだと、侯爵家から連絡がなかったかと、仕舞いには窓から飛び降りてでも城を抜け出そうとする彼女に、前王夫妻が待ったをかけます。


そして調査した結果ーーー弟は毒殺されたこと。

隣国と通じている叔父は、無理な徴税で武器を集め、領地は貧困に喘いでいること。

それらを全て防げるはずだった、弟からの手紙は国王が処分したこと。


そして、国が兵を侯爵領に向けて出しました。


彼女も隣国と通じていた疑いをかけられましたが、周囲と連絡が一切取れない、軟禁に等しい王妃教育のおかげで無実は証明されました。

ちなみにその時、王子は『私を騙していたのか!他の女とは違うと思っていたのに、そういう魂胆だったんだな!』と見当違いな嘆き方をしていました。

仮に王妃が隣国と通じていたとしても、自身の恋情よりも国内に敵が潜み、多くの民が巻き込まれていることを気にするべきだというのに、王宮内でそのことを気にしているのは、半分もいませんでした。


そして、全てが終わり、彼女が故郷に戻った時にはーーー


「荒れ果てていた。農地には実りがほとんどなく、生活のために若い娘は売られていたそうだ。おまけに、大々的に兵を出したせいで、侯爵家自体が国を売ったという噂も流れて、領民は誹謗中傷に晒された。王妃の弟は、地下にある一室で亡骸が見つかった…王妃が見つけたそうだ」


国王の息子である王子は、言葉もなく話を聞いています。


ちなみに、当時の国王はそれでも自分は王妃を愛している、なんでもする、一生をかけて償うとーーーつまりは、それだけのことをして置きながらも、王妃を手放さないと宣っていました。その間に、謝罪の言葉は断片的なものさえもなく、そもそも己が取り返しのつかないことをやらかした、という自覚さえありませんでした。


その発言は多勢の貴族の前で行われました。

同時に、王家の信頼も失墜しました。今回の件は、王族が一重に恋愛脳だからこそ起きた悲劇と言っても過言ではありません。

貴族に、王族の男に目をつけられないような振る舞い方が一気に広がったのもこの頃で、結婚したくない家柄では不動の一位の座を取り続けています。


彼女は、破棄しようとすれば出来る婚約をあえて破棄しませんでした。故郷の復興、隣国への復讐には王妃の立場が必要です。


貴族や有力者のほとんどは王家には見切りをつけていますが、彼女には同情的でした。

元々、貴族社会では、彼女の領地経営への熱心さは評判になっており、弟と息を合わせて統治に臨む姿は、自分の子どもたちにも見習って欲しいと羨望の的でもあったのです。

王妃となる彼女には味方が多い一方で、王家には冷ややかな眼差しが向けられました。


異例ともいえる早さで婚礼の準備は進みましたが、王子はーーー王家の頭に咲く花畑はまだ健在です。

今は、彼女は自分たちを憎んでいるかもしれない。だが、腹の中に新たな命が育まれるのを感じれば、憎しみで凍った心も溶ける筈だと、相も変わらず寝ぼけたことを考えていました。


ですがーーーー


「見ての通りだ。妻になっても子どもが産まれても、王妃の心は溶けなかった。今でも私のことを、喋る玉座の置物くらいにしか思っていない。私は、本当に愚かだった。気づかないといけないことに気づくのが遅すぎた」


子を孕めば絆され、子を産めば産まれた子どものために国王を愛そうとするーーーその考えがいかに浅ましく、命を馬鹿にしたものかと気付けたのはいつだったでしょうか。

今より幼い頃、ふざけて庭の木に登った王子が落ちた時、国王は心臓が止まるかと思いました。幸い足の骨折で済みましたが、一歩間違えれば死んでいたかもしれません。王妃にその件を報告しても顔色一つ変えなかった時でしょうか。


『それでも母親か。私の子だから憎いのか…そんなに私が嫌いなのか!』


詰る国王に、王妃は『産んだだけです。母親になったつもりはないですよ。他所様に迷惑をかけない限り、陛下と王子がどうしようと干渉致しません』と言い捨てました。

王妃という立場に収まっただけで、家族ごっこをするつもりはない、と言外に切って捨てました。

その頃には、隣国を追い詰める為に生かして置いた、裏切り者である叔父を処刑しています。結婚して数年ですが、王子を産んだ後、夜は一度も共にしていません。



王妃は自分たち父子のことを愛していない。血を分けた国王との子どももどうでもいいと思っている事実に、国王は自分自身がどこまでも否定されたような気持ちになり、とても惨めな思いをしました。

そして、その時国王は自分も王子を愛していないことに気付いてしまったのです。息子を通して王妃に愛して貰おうと思っていた。つまり、子どもを利用していたのです。

眠る幼い息子の顔を見て、国王の胸に苦いものが広がります。母親に愛されない子どもが産まれてしまったのは、他でもない自分のせいであり、それなら…自分が息子を愛するしかありません。


「だが、お前はまだ間に合う。いいか、お前が伯爵家令嬢に感じているのは恋でも愛でもなく、ただ単に、珍しいおもちゃを欲しがっているだけだ。だが、それは違う。彼女は、今悔しいと感じていたり、王妃のことを知って苦しい思いをしているお前と同じ人間だ。面白がって、囚えていい存在じゃない」


息子である王子には中々残酷な言葉です。

ですが、己の愚かさを知った国王は、甘い夢だけでなく、境遇に酔いしれるだけでなく、時には残酷なことを教えないといけないということは分かっていました。

愛さないといけない、ということで愛し始めた息子ですが国王は、息子を愛することで愛情というものがどういうものなのかやっと理解できました。

同時に、王妃と王妃の弟に降りかかったことが息子に襲いかかればーーーそのことに思い至り、当時の自分がなぜ王妃に憎まれ、貴族に呆れられ見放されたのかもようやく分かったのです。


王子にそれが伝わったでしょうか。

国王の言葉にぼんやりした様子でうなずくと、自室に戻りました。

その背中を、国王は祈りを込めて見つめます。見つめることが出来るのは、あとどれくらいでしょうか。

先代国王と王妃は『特に役に立たないから』という理由で、離宮に幽閉され、その存在もほとんど忘れ去られています。

国王も、そろそろ自室に戻らないといけません。王妃の私兵が廊下の陰から睨みをきかせています。逆らえば、痛めつけられることは学習しています。いずれは、自分も幽閉されるということは分かっています。


(だから、せめてお前だけは)


王妃は息子を愛していませんが、進んで傷つけるつもりもなく、抱いている気持ちは『無関心』に尽きます。

何事もなければーーー父親のような愚行をしなければ、比較的自由に過ごせる筈です。




後日。

王妃が国を空けるのを見計らい、侍従に婚約者にしようとした伯爵家の様子を探って来い、と命令しました。

もし、伯爵令嬢が王子についてなにか言っていたとしても、嘘偽りを言うなと。


どんな罵詈雑言も覚悟していた王子ですが、気まずそうな侍従の報告にへたり込みました。

令嬢はすでに別の男と婚約をしたそうです。10歳以上も年齢が上の相手で、垂れ下がった目に低い鼻と、あまり華やかな容姿ではありません。

ですが、令嬢は「落ち着いていて本当に素敵。誰に対しても誠実で大好きです」とベタ惚れしているとのこと。

令嬢の家族も、下手に王家と縁続きになるよりも歓迎しているようです。

そして、数日間の観察で王子の事は口の端に掛けようともしなかったと。

一方で、王妃に対する深い尊敬を口にしていたと。


「私は…謝りに行かない方がいいのだろうな」

全て、王妃の言う通りでした。

自分が謝りに行けば、伯爵令嬢は本気で嫌がるでしょう。

そして、その行為が周囲に漏れれば、僅かに残っている王家に媚びを売ろうとする貴族は、令嬢を献上しようとするでしょう。


自分個人に魅力らしい魅力がないこと、そもそも寄って来ていた令嬢達も内心では嫌がっていたこと…それなのに、女の子という女の子は自分を一目見れば夢中になり、権力を持ち、容姿も能力もある自分の人生は退屈だ、そう思っていた自分を振り返ると顔から火が出そうです。


ただ…伯爵令嬢に二度と会えない、そう思うと胸にぽっかりと穴が空いた気持ちになることには、目を逸らしました。


(面白い女の子が手に入らなかったから、悔しいだけだ)


既に王子さまの鼻っ柱は叩き折られています。

その上、失恋まで認めてしまうと当分立ち直れません。

王妃のことを、ロクでもないと思われる方がいらっしゃると思います。

ただ、この状況の王妃が息子だけは愛している、という設定はどうしても書けませんでした。

書ききれませんでしたが、国王の側室は、王妃が選んだ女性ばかりです。

政治的に有能だったり、有力な女性を選んでいます。「王の子どもは産んでも産まなくてもいい」と言っており、実は王の実子は王妃の子ども以外いません。

側室3名方も、王家のぐだぐだっぷりに呆れているので、国王には誰も惚れておらず、身分違いで結ばれなかった自分の恋人と関係を持っています。(王妃公認)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ