第七話 これは予想外
春の日差しがだんだんと強まりつつある今日この頃、皆さんどうお過ごしでしょうか。俺は今絶賛グレネードの雨から逃げているところです。右に左にグレネードが降ってきています。それを必死に回避しています。ダレカタスケテ。
あの後北村が戻ってきた。どうやら今川に書類を渡しに行っていたらしい(トイレじゃなかった)。その後、ゲームの中に入るためにゲートを開いてもらっているときに大佑が来た。
「遅れてすまん。電車が遅れた。」
と言いながら軽く両手を合わせて謝り、自分のロッカーのところに行って準備を始めた。
大佑って電車通勤だったかな?
大佑の準備が終わり、ゲートをくぐってゲーム内に入った。10秒間空間にいる間に大佑に今回の仕事内容を聞かれてびっくりした。てっきりもう言ったと思っていたからだ。しかしよく考えたら昨日は仕事を決めてから連絡もせずに寝てしまっていた。だから大佑にはまだ知らせていなかった。
重要なところをかいつまんで説明しているとゲーム内に入っていた。
チーターは予想外の行動をすることが多い。まるで奇〇種のように。だから作戦を立てても意味はないのだが、マニュアルのまったくない状態で戦うのは危険であるため、一応作戦を立てた。
ファラマは前に話した通り爆弾魔であるため、火炎瓶やグレネード、ことによるとロケットランチャーなんかも持っているかもしれない。しかしこれらの武器はよく見ていればよけることが可能だ(ゲームだから)。だから作戦はこうなった。
1.相手の初撃はよけない。
正確に言うとダメージを食らわない程度に、かつ相手が当たったと思うほどによける。
2.先に俺が右側に走り、すきを見て大佑が隠れる。
相手の初撃はおそらく、いや確実に煙が出るような攻撃だろう。煙の中から自分だけが先に出ていくことでおとりになり、ファラマの意識をこちらに向ける。その間に煙から大佑が出て近くの物体に隠れる。煙が晴れて大佑がいなかったらファラマは大佑が死んだと思うだろう。
3.自分→ファラマ→大佑という風に3人が一直線上になった時、大佑が背後から攻撃。
4.相手が大佑に意識を集中させたら俺が攻撃。
前回はこの作戦でいけた。今回はどうなるかわからない。そのため今回は前回と違う行動をファラマがしたら無理せずに一時退避することにした。…のだが。
まさかファラマが初めから前回と違う行動をするとは思わなかった。
ファラマはこちらの姿を確認するや否や、グレネードを大量にばらまき、ロケランを2発ぶちかましてきた。予想外の事態に驚き、統制を失ってしまって今に至るわけだ。
グレネードあたりを投げてくるだろうことは予想で来ていた。しかしあんなに投げてくるなんてチートだろ。いや、相手はチーターだった。
とりあえず俺は岩を発見してそこに隠れた。大佑に「こっちだ」と呼びかけると大佑はこっちに気づき、岩陰に隠れてきた。
岩陰は1人の時は何も思わなかったが、2人で身をひそめるので精いっぱいなサイズだった。
グレネードは絶え間なく降り続けている。岩ごと吹き飛ばす気か?
いったい何個持ってんだと思ったが、よく考えたら今回のチートは爆弾の無限化だった。このままではファラマが疲れるまでグレネードが降り続けることになるだろう。だが奴が疲れるのはまだまだ先だろう。
「このままじゃらちがあかねえぞ。」
大佑がイライラした様子でこちらに大声で話しかけた。大佑の大声もグレネードの音で聞こえ辛い。マスクをしているから顔は分からないが、相当イラついてることだろう。
「まさかこうなるとは思ってなかったよ。」
俺も大声で応答した。
「どうするよ。奴が疲れるまで待っとくのか?」
どうやら大佑も俺と同じ考えを持っていたらしい。
俺は黙って少し考えた。大佑が言うように奴が疲れて降参するのを待つか?しかしそれはだいぶ先になるだろう。よってこの案はボツ。
「さて、どうするかな。」
と大佑に聞こえないくらいの声でつぶやいた。するとグレネードの雨が少し弱まっているのに気が付いた。おや?と思った瞬間ロケランがとんできた。そしてまたグレネードの雨は強まった。
その一部始終を見ていた俺はある突破口を思いついた。
「大佑。俺が合図したらそっちから出てファラマに切りかかってくれ。」
「どうするつもりだ?」
「初めの作戦を実行する。予想外のことは起きたがそれは最初だけだ。そこまで厄介なことはなかった。」
「わかった。やろう。」
「よろしく頼んだ。」
そう言って大佑の肩を軽くたたいた。そして俺は自分の右側に意識を集中させた。大佑は左側の様子をうかがっている。
グレネードが3個同時にとんできて破裂し、土ぼこりが舞う。次も3個。その次も3個。その次も…2個!
「⁉」
俺はこのチャンスを逃すまいと思い、岩陰から出る。それと同時にファラマを見る。
思っていた通りだ。
ファラマはロケランの銃口を上に向け、左手でロケランの弾をはめながら右手でグレネードを4つ投げようとしていた。
こっちの動きに気づいたファラマは右手のグレネードを全部こっちに投げてきた。しかし俺の素早さはそこらのプレイヤーよりもかなり上げている。だからグレネードは自分にあたることなくすべて自分の後ろで爆発した。
ファラマは慌ててロケランの弾をはめ、こちらに向けてきた。2秒ほどたってから狙いを定めることができたらしく、発射してきた。
しかし俺は後ろに跳んで回避した。そしてファラマはグレネードを今度は両手に4個ずつ持って投げようとした。その後ろには大佑が刀を上段に構えて立っていた。
青い線が一直線にファラマの背中を切った。ファラマはその反動と切られたことへの驚きで持っていたグレネードをいくつか落とした。
「大佑!後退しろ!」
しかしその声が大佑に届いたころにはもう爆発していた。それと同時に2つのHpバーが残り5分の1ほどになった。
大佑が大ダメージを食らって5分の1になったのは分かる。だが大佑の攻撃を受けて体力が5分の4になり、その後グレネードのダメージを受けてまだ5分の1残っているとは。どんだけ体力あるんだよ。
だがどれだけ体力が多くても次の俺の攻撃でお前は終わりだ!
俺は刀を右側に水平よりも少し傾けて構え、大きく踏み込んだ。
10メートルほどの距離を一気につめ、ファラマを右下から左上に、左上から右下に、真ん中を下から上に切った。そのまま2メートルほど通り過ぎる。
3秒後、ファラマは一瞬黒いシルエットになり、白い数字と文字が不規則に並んで右から左に流れるというゲーム内で死んで消えるときの状態になった。
「もうチートなんて使うなよ。」
そう言うとファラマは消滅した。これで「ファラマ」というアカウントは完全に姿を消した。
「くっ…勇義。」
俺は声のしたほうを見た。そこには大佑が左腕でわき腹を抑え、右手の刀を杖にして立ち上がろうとしていた。
俺は大佑に手を貸して立ち上がらせ、肩を貸した。
「くっそぉ、おいしいところ持っていきやがって。」
「お前が悪いんだろ、合図してないのに勝手に切りかかったんだから。」
「チャンスだと思ったんだがなぁ…。お前はああなる可能性も考えていたのか?」
「ファラマがグレネード落として自爆するとは思ってなかったよ。でも奴がグレネードを両手に大量に持っているときは危険かなとは思っていたよ。お前が間違ってグレネード切るかもしれなかったからね。」
「お前は俺のこと信用してないのかよ。」
「どれだけ信用していても万全な状況でやってほしい。俺はそう思う。」
「…まったく。お前最近今川の野郎に似てきたな。」
何年も同じ職場にいたら似てしまうのだろうか。あの人のいいところだけ似るならいいんだけどな。
「お前は今川さんのこと嫌いなのか?」
「嫌いじゃねえけど…苦手だな。」
「ハハハッ。俺も同じだよ。」
「なんだよ、みんなそうなのかよ。もしかしたら卓也もそうなのか?」
「かもね。北村さんはどうなんだろう。」
「あいつのことはよくわからん。もしかしたら逆に好いてるかもしれねえぞ。時々今川に会いに行ってるからな。」
「それただ書類渡しに行ってるだけだろ。」
「そうなのか?」
「そうだよ。それに北村さんは他に好きな人がいると思うよ。」
「なに⁉誰だそいつぁ?」
「普段あんな風に接しているくせにやっぱり興味あるんだね。」
「あいつの弱みを握ってやろうと思ってるだけだ。」
「へいへい。そういうことにしといてやるよ。そんなことよりお前、ここでけがをしても痛くねえだろ?なにさもケガして痛がってるみたいにしてんだよ。」
「気分的に抑えてるだけだ。そいでもって別に痛がってるわけじゃねえよ。この世界にだって疲労はあるんだ。俺は疲れたから肩借してもらってるだけだ。」
「俺だって疲れてるんだけどな。」
そんなことを話しながら歩いていると、大型のモンスターと遭遇してしまった。
言い忘れていたが、今俺たちがいる場所は、ところどころに木が生えているが砂漠のような場所だ。だからここにスポーンするモンスターは砂漠に関する奴らばかりだ。
今回のやつはサソリ型だ。大きさは小ボスほど。「サンドスコーピオン」だ。こいつが出現するのはなかなかまれだ。
俺らは顔を見合わせた。そして軽くうなずきあい、戦闘態勢に入った。
「こんなレアmob。」
「逃さない手はないぜ。」
帰るのは少し後になりそうだ。