第一話 ウイルス討伐
ドーン!
夜の静寂を爆発音が破った。ある施設の壁が破壊されたのだ。
立ち込める土煙の中、一つの大きな影が走り去る。高さ2メートル、長さ4メートルくらいだ。その後を初めのに比べたら小さい影が追いかける。小さいと言っても高さは1・8メートルぐらいだ。
大きなほうが先に土煙から出てくる。そいつは恐竜の形をしていた。白目をむき、よだれをたらし、吠えながら必死に逃げる。そのすぐあとに小さいのが姿を現す。こっちは人の形をしている。右手には美しく光る紫の刃を持つ刀を持っている。足首ぐらいまで長いロングコートの裾を翻しながら恐竜を追う。こちらは頭にヘルメットをかぶっているため必死かどうかはわからない。
恐竜はところどころけがをしているのにも関わらず、時速60㎞出ているかと思うぐらいの速さで走っている。しかし人のほうも負けていなかった。こちらはスタートダッシュが遅かったから恐竜との距離は5メートルぐらいあるが、あと6秒もあれば追いつきそうだ。そのことを知っているからか、恐竜の白目は絶望の色を秘めているようにも見える。
6、5、4、3、2、1、
人はとうとう追いついた。恐竜の左側に並ぶと、刀を左肩に思いきり引き付けた。そして次の瞬間紫の閃光が鮮やかな線を描きながら恐竜の腹部に走った。
刀の衝撃をもろに受けた恐竜は吠えながら2メートルほど横に跳び、倒れた。
人はこのことを予想していたらしく、左足を前に、右足をやや後ろにして急ブレーキをかけた。しかし、だいぶスピードが出ていたため、恐竜が倒れた場所から5メートルほど離れてしまった。
恐竜はまだ逃げるために起き上がろうとする。しかし先ほどの攻撃がかなりのダメージを与えたらしく、右足で立ち上がるが左足が動かずにまた倒れこんでしまう。何度か同じことをした後に立ち上がれないと悟ったらしく、右足で地面を押し体を前に押しやってその場から離れようとする。
人はその様子をしばし見ていたが、恐竜が1メートルほど離れてから刀を握り直し、刀を上段に構え、一気に恐竜との距離を詰めた。そして逃げようとする恐竜の腹に上から下に縦に一発打ち込み、左に振り切った刀の刃の向きを変え、今度は左から右に横に一発食らわせた。
ギャース!
断末魔とともに恐竜のHpはゼロになった。そして恐竜のシルエットは一瞬黒くなり、白い数字と文字が不規則に並んで右から左に流れていき、消滅した。
人は刀を右に払った状態で5秒ほど静止した後、右足を左足の横にならべ、脱力した様子で両手をダラーンとたらした。少しでも気を抜けば右手の刀を落としてしまいそうだ。
人は肺いっぱいに空気を吸い込み、一気に吐き出した。そして右手に握っている刀を背中にしょっている鞘に入れる。もう一度深呼吸するべく、息を吸い込もうとすると…
「せ、せんぱ~い。やっと追いついた~。」
という声が後ろから聞こえた。振り向くとそこには背中を曲げ、足を開き、膝に手をのせてぜいぜいと言っている人がいる。しばらくぜいぜいといった後、息を整えるために彼は深呼吸をした。
「ふぅ~、やっと落ち着いた。あ~疲れた。まったく、一人で突っ走らないでくださいよ先輩。ランナースキルを持ってる僕でさえなかなか追いつけないんだもの。途中であきらめようかと思いましたよ。」
「わるい。しかし逃がすわけにはいかなかったんだ。」
「そりゃそうですけど…。あれ?あいつは?結局逃がしちゃったんですか?」
「ちゃんと倒したよ。さすがに今回は少し疲れたよ。」
「おお、討伐完了ですか?やった!」
彼はかぶっていたVRゴーグルのような形の目だけ覆うマスクを外して目を輝かせながら言った。
「やっと終わったんですね。2時間の戦闘は初めてだったので僕も疲れました。」
「おっと、忘れてないかい後輩君。帰ったら面倒くさい書類を書くという戦闘よりも大変なことが待っているんだぜ。」
新たな声が現れた。声のするほうを見るとそこには青に輝く刃を持つ刀を右肩に担ぎ、左手を腰に当てている男がいる。彼もロングコートを着てアーマーを装着し、顔だけを覆うマスクをしている。
「あっ、大佑さん。遅かったですね。僕と同じくランナースキル持ってるくせに。」
「途中でほかのモンスターにひっかかっちまってな。ちょいと倒すのに時間がかかっちまった。」
「何やってるんですか。先輩も何か言ってください。」
「何かドロップしたのか?」
「先輩⁉」
「何もなかったが経験値はうまうまだった。」
「……。」
「ん?どうした後輩君。」
「何でもありません大佑。」
「な⁉呼び捨て?なんでだよ!ていうかお前はいつも勇義のことは『先輩』って呼ぶのに何で俺は『大佑さん』って呼ぶんだよ。おかしいだろ。」
「先輩は尊敬に値するからです。」
「じゃあ俺は尊敬できないと?」
「二人ともやめろ。大佑も大人げないぞ。卓也君もせめて『大佑先輩』って呼んであげて。」
「…先輩がそういうならそうします。」
「大佑もそれでいいな?」
「…まあいいけどよ。」
これで一件落着だ。まじめな卓也君と軽い感じの大佑では意見が合いにくいのは分かるけどもう少し仲良くしてほしいものだ。まあ年がら年中けんかしてるわけじゃないからいいんだけどね。
自己紹介が遅れたな。俺は駿河谷勇義。チートバスターだ。そしてVRゴーグルみたいなのかぶってたのが長谷川卓也君。俺と同じくチートバスターだ。彼は最近なったばかりだ。最後に青い刀持ってるのが藤原大佑だ。彼もチートバスターだ。彼は俺と同じ時期にチートバスターになったらしいが、一緒に仕事をするようになったのは約四年前だ。
今回の仕事はチーターではなくウイルスの討伐だった。先ほど倒した恐竜が今回のウイルスだった。本来の作戦だったら初めの施設でけりがつくはずだったんだが、奴の体力が予想以上に多くてみんなが疲れてきたころにスキができてしまい、逃がしてしまったというわけだ。
ウイルスなのに体力(Hp)があることに疑問を持つ人がいるかもしれない。自分も初めは疑問に思っていた。だが説明を聞いて納得した。ウイルスの体力というのはデータ量のことらしい。それを俺らチートバスターが分かるように可視化されている。それがHpゲージのことだ。そして俺らが使用している特殊武器「オーソリティースティーラー」は攻撃するごとに相手のデータを奪っていくという仕組みになっているらしい。
これが俺がチートバスターになるときに聞いた説明だ。
「今何時だ?」
大佑が不意にそんなことを聞いてきた。自分で時計見ろよ。
「自分で時計見てくださいよ。」
卓也君が代わりに言ってくれた。
「いいじゃねえか別に。わけもなくしゃべりたくなる時が俺にはあるんだよ。お前らはそんなことねえのかよ。」
「そりゃあ時々はありますけど…。」
「今四時半だな。」
「午前?午後?」
「仕事を始めた時間を考えろ。」
「あはっ、そっかそっか。そりゃそうだよな。となると午後四時半か。だいぶ早いけど今日はもう上がるか?」
確かに上がるにはまだ早いが…。
「卓也君はどうしたい?まだ続けたい?」
「自分も今日は早めに上がりたいですね。明日は学校なので。」
そうだった。明日は木曜か。彼はまだ高校1年生で、高校の間は仕事ができるのは水曜だけという契約になっている。まあ彼にとっては仕事というよりも今はまだ訓練と言ったほうがいいかもしれない。先ほども言ったように彼はチートバスターになってからまだ少ししかたっていない。正確に言うと4か月ほどだろうか。
しかし今更ながら、4か月でここまで強くなれるのは正直すごいと思う。覚えがよかったのだろうか。
「先輩、何ボーっとしてるんですか。」
感傷に浸っていたら突然呼びかけられた。
「いや、何でもないよ。じゃあ今日は上がるとしますか。」
「はい。」 「おう。」
そして俺らは帰るべく歩き始めた。