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6(終) 続編ハッピーエンドのその後の話

イーハー国王が暗殺された。


それは国王がミレーナを溺愛するあまりに、正当な血筋の王妃陛下を第二妃に格下げし、ミレーナを王妃にしたことから始まった。

もともといた第二、第三、第四、第五の妃殿下たちは不要だといって臣下に下げ渡した。(そもそも(めと)りすぎじゃない?)

さらに、すでに生まれていた正当な王位継承者である王子王女たちの継承順位を下げ、ミレーナがこれから産むだろう男児を第一王位継承者にすると宣言したのが終わりの始まりだった。



「イーハー、センロン、両国にケンカを売った後始末にわたくしがひっぱりだされるなんてどういうことですの」


馬車に揺られて王城へ。対面の席ではお父様が馬車酔いして顔を青くしています。酔い止めポーション飲むの遅れてしまったから、まだ効果出ないみたいね。


「あの娘の被害にあった同士ということじゃないかな」


「言われてみればそうね」


「両国の使者がアルリアを代表に指名したんだ。たの、たの……ぐぅ」


「無理してお話にならないで」


震えるように小さくうなずくお父様。

逆に、馬車の中で書類を読むことすらできるわたくし。

お母様、丈夫に産んでくれてありがとう。

ああもーわたくしの華奢(きゃしゃ)な肩に国の命運がのっているなんて、これで成果出したら女公爵も許されるかしら? うふふ。でも公爵とかいう社交も大事な役割はめんどうだから婚姻相手に丸投げもいいと思います!


パカパカではなくダカラッダカラッと速度を出す馬に引かれてやってきました白亜の王城。

今度は門番に止められたりせず、馬車のまま中へゴー。




話し合いです。

センロン王国使者の銀髪の紳士に

「アルリアの悲劇の悲劇が好きなんですよ」

とかいうリップサービスを受けたり、イーハー王国使者の茶髪の老紳士に

「我が国では近々、マルー王妃の受難という演劇が公演される予定ですが、その際同時公演でアルリアの悲劇を公演したいと考えております」

とか営業かけられたりしました。


そんななごやかなおしゃべりから、裏のある会話がはじまります。

きつい。私に腹芸をしろだなんて人生とはなんと厳しいものなのでしょう!

わたくしがこんな性格だとアルリアの悲劇を見て分かっていたからこその交渉指名な気もしますわ!

でも負けないわよ!


長くなった話の要件だけまとめますとこうです。


ひとつ、

ミレーナ元男爵令嬢の処遇はイーハーの一存で決めて良い。

これがどのようなものとなっても我が国は文句を言わない。それをもって両国間のわだかまりは無くなったこととする。

(我が国にはあんな女をイーハーに送りこみ戦争をしかけた責がありますが、イーハーにも我が国の王太子の婚約者の女を略奪婚して王太子にケンカを売った責がありますので、ケンカ両成敗ということで互いに許しましょうってことです。

でもあの女は我が国の貴族なので我が国で処罰し甘い判決になったらイーハーは許せないので、敵国ともいえるイーハーで処分させてよね? です)


ひとつ、

わたくしの新しい婚約者としてイーハーの国の者を、という願いと、センロンの国の者を、という願いが衝突しましたので、間をとって我が国のどっちの国にも関わりのない貴族を婚約者とする、ということでまとまりました。

(バロウで良いですね。そもそもその条件の者にすでにプロポーズしているとは言っていませんわ。あくまでわたくしは両国に気づかった最善策として提案した。という体をとってこそ両国も納得するというもの。二国間協議を別々に行うではなく三国協議という状況にした宰相お手柄です)


ひとつ、

次代の国王はマイヘルでもいいが、彼の子の王位継承順位は下げ、ミーヤ元王女殿下で現レーガー侯爵夫人の子をトップの継承者、次々代の王とする。

(本当はマイヘルを廃嫡して欲しいとの声がありましたが、そうなるとちょっと遠めの王家の血のトウレー公爵家が引っぱりだされてきますが、トウレーはイーハー縁故の公爵家でもありますので、今の情勢でそれはよくない。なので王の権威を減らし、しっかりした者で周りを固めるのでそれで受け入れて欲しい。で了承を得ました。

でもあの王子の子供なんて信用できない。子供に罪はないが、継がせるなら両国とも貿易量を減らす所存(しょぞん)。とのことなので、ミーヤ元王女殿下を引っぱりだすことになりました。そっと側に控えていた侍従を通してこの案でいいか上層部に問い、オッケーいただいています。

まぁ殿下もスペアとなる第二王子がいたら廃嫡(はいちゃく)になっててもおかしくない事態ですしね。彼の子がミーヤ王女殿下の子の次に継承順位あるだけましでしょう)


ひとつ、

三国とも、次代の王族は二国に留学すること。

(これから三国、仲良くしましょうってことですね。まぁ実態はお互いの国へのスパイという意味もあると思いますけど。今代のセンロン国王は平和主義、イーハーも今は戦後でさらなる争いは望まない。ということでこんな感じでまとまりました。最初は我が国の王族だけ他国留学をと言われたのですが、見識を広めることは王の治世の役に立ちますわねとか持ち上げて持ち上げて三国ともに、という方向でまとまりました。下手したら我が国の王族だけ人質よろしく留学を義務付けられるところでしたわ。怖い怖い)





両代表とお別れして、わたくしは自分に与えられた客室のベッドにダイブしました。

ふっかふかーつかれたー!

わたくしがんばりました! この国のためにがんばりました!

わたくしを指名した理由は、わたくしが今は一番信用に足るから、とのことでしたわ。交渉不慣れなところにつけこんでというのもあるとは思いますけど。三国協議という形にするなら宰相ではなくアルリア様で、ということで二国が提案したのですって。私に会ってみたいというのもあったそうよ。光栄ですけど二度とごめんだわ……。不向きなことをして脳みそが痛い。


両国からは、傀儡(かいらい)政治の裏の王、宰相に、無理なら宰相の補佐官に、イーハー縁故のトウレー公爵家もしくはセンロン縁故のサーバン公爵家の人間をつけてくれという提案をされましたがなんとか断りました。三国会談ですのでね、そこを活用して、トウレーはセンロンに不慣れで、サーバンはイーハーに不慣れなのでそれぞれの国が望むように動けない可能性がある。

として最終的にはイーハーvsセンロンの舌戦がちょっと巻き起こりましたが、それなら両国のことに詳しい別のものがいいでしょう。でこの話は流れました。


または、マイヘルの新しい婚約者をそれぞれの国と仲良い貴族家からとってくれというのを、すでに相手決まってますのでまた婚約破棄なんて受け入れがたいわと(まだ決まっていないらしいけど国内派なのは決まってますからね)断ったり。


では次代の王族同士で婚約を結びましょう、という話も出ましたが、わたくしという婚約破棄の前例がありますのでね、年頃になって気があう者がいたときは。という話になりました。どこかの国の誰かが一人でも殿下みたいに育ったら、婚約者が不幸になりますし、新たな火種の危険はさけたいのです。


というかトウレーもサーバンもまるで両国の傀儡であるかのように扱われていますけど、公爵家なのにそれでいいのかしら。単に配慮するだけならいいのだけど。


またわたくし個人的にセンロン派になっていましたので、近頃はセンロンの衣服や本を輸入して、我が倍々ダンジョン産の最高位ポーション(練金術師の秘薬)を輸出したり、ハゲ防止薬を宣伝したりしていました。

その話をしたら、イーハーも秘薬は品薄だけど錬金術師は優秀なものがそろっているので、素材の輸出をしてほしいとおっしゃいまして、輸出することになりました。ハゲ防止薬もお試しでまずは少量持って行ってくださるそうです。

いかに防止されようと、増えはしないので、需要としてなりたつか疑問とのことですわ。イーハーの人って短気だものね。

我が領のダンジョン依頼がまた増えましたわ。繁盛繁盛。よろしくってよ。


わたくしセンロン派になったのに、あっという間に両国派になっちゃいましたわ。




「向かない腹芸してつかれましたわ。明日はのんびり王都を見てまわってから帰りましょう」


というわたくしの目論見(もくろみ)はもろくも崩れ去りました。


「お嬢様、王妃陛下より明日の茶会への招待状だそうです」


明日ぁ。


「それは、出なくてはいけないわね……」


忙しいわ我が人生。

でもちょうどいいわ。慰謝料について話しましょう。

婚約時の書類に慰謝料に関しての記載はありましたけど、ちょっと効力弱い感じなのよね。すでに陛下から、わたくし有責で修道院行き、という沙汰(さた)がおりていますので、責はわたくしにあるというのが公的な結論になってしまっていますの。


でもこれは今後の貴族社会の政略結婚、特に王家との政略結婚に暗い影を落とすものになると思うのです。

悪しき前例として貴族たちに政略結婚へ二の足を踏ませるものになると思いますのよ。

力の強い方が弱い方をふみにじっても国家がそれを認めて、抗議を受け入れてくれないならば、政略結婚に価値がないということになりますわ。自由恋愛主義の人にとっては朗報でしょうけれど、政略結婚によってお家を大きくしていきたい人たちにとっては嫌な流れです。


王妃様の真っ白に漂白された美しい封筒(ふうとう)を切り、手紙を拝読します。


「ええー」


また面倒なことになっているんですけど。ちょっとこの国わたくしに負担かけすぎではなくって?






やってきましたお茶会。

(すそ)のピンクから胸元の赤へグラデーションしていくドレスで王家の庭園を歩きます。

青い空、鳥の鳴き声にあたたかな日差し。目指す先には、白い猫足のテーブルと椅子のセット。周囲には護衛騎士と給仕の侍女が複数人。

先に来ていた方が立ち上がり、わたくしに頭を下げました。

話しかけてこないのは、高位貴族が先に声をかけないといけないからです。


「オリヴァナ様、お久しぶりです。研究は順調ですか?」


その女性は、貴族女性にしては短い肩までの黒髪に、意志の強そうな青い瞳をしています。顔を上げるときりりとした顔でふっと笑みました。騎士服が似合いそうな方ですわ。

青いシンプルなドレスは色がとても鮮やかで素敵ですが、そのデザイン5年くらい前のものですわよね。オリヴァナ様、絶対ドレス数着しかもっていないわね。金銭的な理由ではなく、いらないからという理由で。


「失敗もありますが、それもまた楽しいです。常に順調ですよ。まわりは色々言いますがね」


「ふふ、お噂はかねがね聞いておりますわ」


「噂があるのですか。あまり耳に優しくない内容でしょうね」


お隣の席に座ります。


「でもオリヴァナ様がお茶会に参加とは想像しませんでしたわ」


「私もですよ。茶会なんて参加している暇があったら、最近入手した異国の魔法術書を読みたいのですが」


「王妃様のご招待では断れませんものね」


権力には逆らえない貴族の悲しい(さが)ですわ。と思って言いましたら、オリヴァナ様がきょとんとした顔で首をかしげました。


「え? いえ、ただのお茶会なら何度も断っていますよ」


「え」


「今回は参加したなら研究資金をくれるとのことなので来ました」


「まぁ……」


わたくし、自分のことをなかなか自由に生きているご令嬢だと思っておりましたけど、上には上がいましたわ。びっくりですわ。王妃様からの招待を断り続けてきたの!?

今回は研究資金につられて来たの!?

ツヨイ。

この方強いわ。ご家族はさぞ胃を痛めておいででしょう。でもそんな自由さ好きよ。


と話をしていましたら王妃様がいらしました。

黄色の生地に白のレースが重ねられた上品で美しいドレスです。

殿下の赤茶の髪は王(ゆず)り、王妃様は美しい金の髪をしておられますので、ドレスとの色合いもあってきらーんって輝いて感じられますわ。ま、まぶしい。心理的に。


二人立ち上がって頭を下げます。


「アルリアさん、オリヴァナさん、よくおいでくださいましたね。ありがとう。どうぞお座りになって」


ほああ、耳が幸せ。良い声してるわぁ。

やわらかすぎず、かといってきつくもない、コロコロと玉がころがるような軽やかで耳に心地よい王妃様の声。王妃様の魅力ってまぁ顔も確かに綺麗だけどその声が一番の魅力だと思うわ。声素敵。いい声よねー。殿下もまぁいい声してましたけど、きっと王妃様の血ね。陛下はただのなんか(いかめ)しい声だから良いとか悪いとか分からないわ。


頭を上げて、王妃様がお席に座られるのを見守ってから、わたくしとオリヴァナ様も椅子に座りました。

侍女が三人に新しいお茶をいれます。


「お二人ともお忙しいところごめんなさいね。でも今話さなくてはいけないことなの」


「はい」


「まわりくどい言い方をしてはオリヴァナさんには伝わらないので、はっきり申し上げますわ。アルリアさん。実はね、オリヴァナさんを次のマイヘルの婚約者にしたいと思っているの」


やっぱりかー! 参加者としてわざわざ名前が書かれていた時点で察したけど本気ですかぁ。たしかに面白い手だとは思いますけど本気!?


「はい」


内心を押し隠してうなずきます。


「アルリアさんには彼女の説得に力を貸して欲しいのよ」


「お言葉ですが陛下」


「なにかしら」


「オリヴァナ様はたとえ命令であろうと己に利のないことはなさらないお方ですわ」


「ええ、わたくしもそう思いますわ」


「ですので、殿下の不貞を引き金とした婚約破棄で、わたくしにすべての咎をかぶせて慰謝料ひとつない王家に魅力を感じる方ではございません」


うん、とオリヴァナ様が真顔でうなずいています。素直。


「そうね。ではこれならどうかしら」


パンパンと王妃様が手を叩かれると、お城から侍従が、ダンジョンの奥地にありそうな宝箱を大事そうに運んできました。


「アルリアさんにはご苦労ばかりおかけしてしまったから、これはあの子の不貞による心理的苦しみへの慰謝料と、契約違反による違約金、そして我が王家との和解金よ」


ぱかりと開かれた宝箱。中にはジャラジャラと金貨と宝石の山。

侍従がわたくしに手渡した書類には、我が公爵領の半年分の税収に相当する金額が記されていました。

うへぁ。

王妃様太っ腹……。文句なんてもう、ぐうの音も出ないわ。


「婚約破棄における陛下とマイヘル連名の書類は残ったままですが。新たに付け足して、以上の要件の書類を作成します。これで(ほこ)を収めていただけるかしら」


本気だわ、王妃様が本気で解決しに来ているわ。これにノーと言える貴族がいるの?

あ、オリヴァナ様以外で。


「は、はい。でもこんな大金どこから……」


「ふふふ。わたくしのポケットマネーよ」


「王妃様の」


「わたくしが個人で運営している事業がいくつかあるのです。遠い国との交易にもからんでいますのよ。オリヴァナさん」


目を丸くしていたオリヴァナ様が、王妃様を見ます。


「次代の王妃となる方にならわたくしの個人的な事業を継がせても良いかと思っているの。異質な魔法形態をとる遠い小さな島国とも交易があるのよ。()の国で魔法の知識は門外不出。文書化もされずに口伝で伝えられているらしいわ。でもその術はこちらと違って心理作用が強く、罪人の尋問(じんもん)にも使えるほどの幻術が発展しているの」


「それは興味深いですね!」


「でもあの国における最も偉大な魔法使いは王族のみで、他国にその詳しいところは教えることはできないそうよ」


「そんな国があるのですか! 不思議な国ですね」


「ええ、王家はそれを危惧してもいるそうなの。王家の血が弱まっているのですって。そこで他国の専門家である我が国の魔法使いに相談したいそうなのだけど。国の秘儀だから、平民ではだめ、ただの高位貴族でもだめ、そう、王族ならば対等に話しても良い。というのだけど私も陛下も息子も娘も、よく分からなくてね」


「なるほど」


「あなたがマイヘルの妃になったらお願いしたいと思うのだけど」


「おお」


「マイヘルの婚約者になっていただけるかしら?」


「それは、すごく魅力的なお誘いです……!」


「でもそうすると王妃教育を受けていただかないといけなくなるし、もっと周りに気を使って行動してもらわないといけなくもなるわ」


「……それは厳しいですね」


「でもわたくしの事業も個人的に引き継いでいただきたいから、空いた時間にする研究はお金に頓着(とんちゃく)せず励むことができると思うわ」


ぴくんとオリヴァナ様が反応しました。

分かりやすすぎる。

いいのかしらこの方を次代の王妃にしちゃって。まぁ普通国家交渉の場に出るのは王だし、これからは宰相がその任を負うでしょうし、これからの王妃がやることといったら貴族との社交と権威づけくらいのものか。あとは王家だけが持っている魅力で惹きつけることができれば……ああ、それにその異国の魔法を使うつもりなのね。

でもその魔法、大丈夫なのかしら。

あの殿下やミレーナ元男爵令嬢みたいな人が人の心を操る幻術を使えてしまったら世の不運になるのでは。そこはすでにその力で国を治めている異国の風習から学びとっていくのかもしれないけれど。


んんん。そもそもわたくしここにいていいのかしら?

今もしかして聞いちゃ危ないこと聞いてる?

なんでこんな大事な話を外で、って、あ! 防音魔法使っているわ王妃様!


「悲しいけれど、我が王家はこれから徐々にお飾りの王家となっていくと思いますの。でもそれは同時に、仕事ばかりしなくてもいいということ。研究する時間は多くありますし、その研究成果により王家の価値を高めることも可能だと思いますの。王妃、やってみません?」


「……お答えする前に、ひとつ質問に答えていただけますか」


わたくしオリヴァナ様のことよくは存じ上げませんけれど、この短い時間お話して分かったことが一つあります。

この方は、世間で言われているような研究バカでも魔法研究が好きすぎる異常者でもなくて、


「その異国の術には、王家の威信のためだけでなく、人の役に立つ力もありますか」


「あります。我が国では不治の病とされる病も、()の王は治してみせました。また、彼の国でモンスターの大量発生による被害がゼロなのも、王がモンスターの動きを封じ込める術に()けているからです」


オリヴァナ様は、世のため人のため、友情や恋愛や政略より研究を選んできただけなのだと、


「分かりました。次代の王妃。つつしんで勤めさせていただきます」


「よろしく頼みますわ」


「はい」


ちょっと我が道を行くだけで、この方は先を見据えて行動する優しい方なのだと思うのです。

だって眼差しがとてもあたたかいんですのよ。


「そしてアルリアさん」


「はい」


王妃様の青い瞳がこちらをむきます。マイヘル殿下の瞳と同じ色合いの青。


「王家が取り入れるこの新しい術がもし、未来で民にあだなすようなことがあったなら。そのときは彼の国に救援要請をする役割を、シバンニ公爵家に(たく)します」


「はい。つつしんで拝命いたします」


それでわたくしも巻き込まれたのね。お金を自然とみせびらかせてオリヴァナ様を釣り上げるためのエサにされたのかと思ったわ。重大な役目を仰せつかってしまった。

え、いきなり命令されて嫌じゃないのかって?

公爵家は王家の犬なのよ。命令されたらちょっと嬉しいのよ。わたくしも信用されて頼られたって思うと今ちょっと嬉しいわよ。仕方ないじゃない。こんなだから殿下にもさっさと惚れちゃったのよ。悪い?


「すっかり紅茶が冷めてしまったわ。新しく入れてくれる?」


防音魔法をといて、王妃様が侍女におっしゃいました。

オリヴァナ様がとんちゃくせずに、目の前にある美味しそうなお菓子に手を伸ばします。


「ん! これ美味しい。アルリア様もどうですか?」


目をキラキラさせてすすめてくださるオリヴァナ様。見ているとなんだか毒気が抜けていく方です。所作はちゃんとしていますし、どこも間違ってはいないのですが、普通の貴族令嬢は紅茶より先にお菓子は食べませんわ。礼儀ではなく、お菓子にがっついていると思われたくなくて。

そういうことを気にしない強さにも、自由な風を感じて素敵に見えるのかもしれませんね。まぁだからこそ反発する方もいるでしょうけどね。


防音魔法も消えて、風が吹いてきます。

絵に描いたような傾国の悪女ミレーナによって荒らされたのも、未来から見ればいい転換点となるのかもしれません。

あ、傾国のという言葉の後につくのは美女が本来ですが、あの女は美女というより悪女なので悪女ね。

美女は美しいがために罪作りなのであって、ミレーナのような次から次へと恋がうつろい悲劇を呼び起こす女は傾国の美女じゃなくて傾国の悪女で性格悪女よ。





数日後、イーハーでのミレーナへの処罰が決まりました。


ミレーナは毒杯を渡され自死させられたそうです。

でも本当にそうかしら?

国を荒らした悪女をそんな楽に死なせるかしら?

カーグス元国王のあわせて5人もいた妃たちの怒りがその程度でおさまるかしら?

わたくしだったらそうね、顔を焼けただれさせたうえで罪人の刻印を押して、遠い異国に放逐(ほうちく)するわね。そのまま死ぬもよし、そんな状態でもたくましく生きるならいっそあっぱれなのでそれもよしよ。血を残されてこまるような家の者でもないので放逐で問題ないでしょう。


マイヘル殿下はミレーナがどうなったのか真実が気になっているようだけど「調べんじゃないわよ」と王妃様と国王陛下とオリヴァナ様と宰相に釘を刺されて、ぐっとこらえたらしいわ。お父様談。



次代の宰相候補は、王妃様推薦の方で決まりそうとのこと。

王陛下もまだ諦めてはいないから、両名を現宰相補佐につけて最後は宰相様がお決めになるそう。

血で血を洗う争いになりそうなんだけど、まぁ政治はそんなものか。近寄るべからずね。





そんなある日。


「アルリア様」


ノックがして入室を許し、空いた扉から屋敷にいるはずのない人の声が入ってきて顔を上げました。


「まぁバロウ。どうしましたの。まだお忙しい時期でしょう?」


「ああ。でもこれは直接お伝えするべきかと思いまして」


「なあに?」


バロウがわたくしの隣まで歩いてきて、ひざまづきました。わたくしを見上げる水色の瞳。緊張の色が濃いです。

彼は懐からアクセサリーを入れる箱を取り出して、開いてみせます。

そこにあるのは真紅の宝石のアミュレット。

宝石の下に家紋が刻まれたプレートがぶら下がっています。これはやはり。


「あなたとの婚姻を望みます。受け取っていただけますか」


赤は我がシバンニ家に連なる家で公的な場で使われている色。決まりはありませんが風習です。他家でも決まった色があって、赤の家もありますし、青の家もあります。婚約を申し込む時には、相手の家の色の宝石に、自分の家の家紋をつけたアミュレット(神殿に加護をつけてもらうお守りで、形は自由なのですがプロポーズのアミュレットはブローチで、が貴族の風習です)を差し出すのです。

殿下との婚約のときのアミュレットは昔はわたくしのへやに飾られていましたが、今は宝物庫にポイされていますわ。


「よいのですか。まだ半年ですけれど」


ふっとバロウが優しく笑みました。


「アルリア様が俺に会いに、公爵令嬢がいるにはふさわしくない隊長室にきてくれて話をする時間がどんどん楽しみになりました。二人で出かける日も待ち遠しくて。結婚したならあなたともっと一緒にいられる。こんなに嬉しいことはありません」


はじめはわたくしが、息抜きになるからと無理やり連れ出していたデート。最近はバロウの方から誘ってくれるようになっていて、いい調子だわとは思っておりましたが。


「……それって」


「あなたが好きになりました。だから隣を歩かせてほしい」


「公爵になる覚悟ができたのですね」


「ああ。俺が引っかかっていたのは騎士という役割を離れることでした。守護騎士は確かに文官騎士ではありますけど、それでも護衛の仕事はあります。俺はその役目が好きで、守るために命を投げ出すのも苦じゃないと思っていた。でも公爵は逆に守られる人間でしょう。そこで決めかねていたんです」


彼のその気持ちは、交流を続けているうちにうっすら聞いて感じていました。


「でも、アルリア様を守りたいと思いました。(から)いものが苦手なのに辛いものが好きで、涙目になりながら食べる可愛いあなたを」


カッと顔に熱が集まりました。


「可愛いなんて」


「可愛いですよあなたは」


アミュレットを執務机に置き、わたくしの手を握るバロウ。


「こんな華奢な手で、人のためになる治政を模索(もさく)するあなたが、俺にはとても可愛く素敵に思えます」


「あ、ありがとう」


「俺にその荷物を半分、分けてくれますか」


水色の瞳が、優しくて心強くて、ほっと安心したらなぜか涙があふれてきた。ぽろりとこぼれ落ちていきます。


「はい」


つかまれた手に力を入れれば、温かく大きな手がぐっと包み込んでくれました。

たったそれだけがこんなにも頼もしく、ありがたいものなのか。

わたくしは今はじめて、奥深くまで心を開いた気がしました。









アルリアの悲劇。イーハー王国で再演するならば、脚本にその後を加えて、タイトルも改題した方が良いかもしれません。だってわたくし今しあわせなんだもの。

アルリアの半生

なんてどうかしら。普通すぎるかしら。でも他に思いつかないわ。

ああ、そうだわ。どういうタイトルがいいかバロウに相談してみましょう。わたくしはもう一人で抱え込まなくていいのだものね。





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