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5 乙女ゲーム続編進行中! とは誰も知らない

「殿下がイーハーへ戦をしかけると言っている……」


「とめなさいよ」


父親に向かって思わず命令口調になるのも仕方がないわ。意味がわからないわ。

戦争? は? 戦を甘く考えすぎじゃないの。恋物語のアクセントじゃないのよ、作り話じゃないのよ、現実なのよ、人の命がかかっているのよ!?

わたくし一人が恋に負けて泣くのとはわけが違うのよ。なに考えてるの。何も考えてないの? そこまで自己中だったなんて……まぁ片鱗(へんりん)はあったわね。


「婚約者を奪われた正当な理由があるからといって、開戦は間近だ。王命には逆らえない。私も領兵をつれて出陣するよ」


「お父様……」


「お前には苦労をかけたな。育て方をどうするのが正解だったのか、もうよくわからなくなってしまった。今の好きにしているアルリアは楽しそうで、はじめからこうしてやれればよかったのかなと思ったり、そんなの無理だろうと思ったり。すまないな。貴族家当主に女はなれないが、入り婿(むこ)をとるまでの間の暫定的(ざんていてき)な権利は与えることはできる。頼んだよ」


お父様からシバンニ家の紋章のついた書状を渡されました。


「……帰ってきてくださいよ。わたくし、家族はもうお父様しかいないのよ」


「がんばるよ。アルリア、風邪をひかないようにね。体を大事にするんだよ」


「はい。お父様も」


「ああ。私に万が一があった時は、暫定(ざんてい)ではない次期公爵が必要になってくる。いい男がいたら婿(むこ)にとるといいよ。アルリアがいいと思う人を探しなさい」


「……そんな人いるかしら」


「こだわりがないなら、分家のバロウ・カーツなんかがお父様はおすすめだよ」


「バロウ? まぁ悪い人ではないわね」


子供の頃に会った記憶があるけれど、よく泣いている子供だった。お父様みたいなタイプよね。それダメじゃない?

今は子爵家次男ということで普通に騎士になっているという情報はあるけれど、それ以上のことは知らないわね。


「一度会ってみなさい。昔とは違うから」


ふうん?




お父様が領兵と共に出陣した。

お帰りになることを祈ってる。


わたくしはわたくしがするべきことをしましょう。

まずは領兵出陣により減った領内警護の対策ね。こういう時は自警団に領兵に近い権利を与えるということになってはいるのだけど、良心を頼りにしてはいけないわ。殿下のように楽へ走る人はどこにでもいるのだから。前回の領兵出陣の際には、自警団の中に賄賂(わいろ)を民に要求するものがいたそうよ。わたくし同じ愚はおかさないわ。


自警団に権限を与えつつ、領内に残った警備兵(領兵は軍隊で、警備兵は警察のようなもの。領兵がいるときは仕事を共有している部分が多いので数は少なめ)に監督を任せましょう。

とりあえずはそれで様子見ね。


あとやっていないことは?

あ、バロウに会いに行かなくっちゃね。


あと私がやりたかったことは、発明家と芸術家の育成が最後かしら。

愛妾文化の廃止はさすがに反発が強いだろうし。長い目で考えましょう。


発明家と芸術家は現在、娯楽大好きな貴族がパトロンになることで育成されているのが現状だけど、それでは人によって幸不幸が分かれすぎると思うの。貴族の趣味嗜好(しゅみしこう)と同じものを作りたい人はいいけど、そこから外れた人が日の目を見ないわ。


林の中のあばら家で、家族に支えられて細々とつづけていた芸術家が、日の目を見る前に亡くなって死後に作品が評価されて今では国一番の有名人。というのは悲劇としては面白いけれど政治としては()骨頂(こっちょう)だと思うの。社会の被害者だわ。悲劇があったからこそ作品が輝くとか、そういうのもあるかもしれないけど。

人間だもの完璧な社会なんて無理だけど、逆に言えば(ひろ)える命は拾ってもいいってことじゃない? 必死ですくいあげようとしても指のすきまから落ちてしまう人は落ちてしまうのよ。それなら拾える限りだけでも拾いたいわ。


とはいえ苦労をしたからこその作品の輝きってあると思うの。

苦労を知っているからこそ生み出せるものってあると思うの。

だから生活を満足させるばかりが支援ではないわ、支援は必要最低限。そこから上へ行けるかは実力次第。でも命の保証はする。

そんな支援ができるようにしたい。


保護施設があればいいのかしら?

でも芸術家も発明家も個性的だから一箇所にまとめて詰め込むのは危険かしら。まとめておくことで生まれる新発見もあると思う。それなら、選択式にしましょうか?


芸術家、発明および研究家を住まわせる支援(しえん)(やかた)を作りましょう。

その館に入居希望ならそれもよし、

いやだ一人がいい、というならば各地域の最下層の住まいを提供。場所の選択は自由。

家は古いけど郊外の静かな場所に住むもよし、都会の下層民の住む家で暮らすもよし。


毎年ちゃんと活動を続けているならば衣食住および必要経費の提供は継続。

活動の意欲なく、住処(すみか)を得るためだけに芸術家や発明家を名乗っているようなら支援打ち切り。その判断をくだすには、世の芸術家や発明家に相談して、判断ポイントをまとめておかないといけないわね。判断が難しい場合はアドバイスをもらえる協力関係も取り付けておかないといけないわ。


支援の館はどこにでも作れるわけじゃないから、領都近くの田舎町にしようかしらね。

いいところを探さなくっちゃ。


また忙しくなるわ。

その前にバロウに会いに行っておかないと忘れるわね。手紙出しておきましょう。






お久しぶりの王城です。バロウは今、王城の騎士をしていますのよ。今回の戦には出ないような守護騎士で、いわゆる警備兵の特別王城バージョンですわ。騎士だけに体は鍛えているでしょうけれど、貴族の認識では文官に近い騎士ですわね。戦場からくる情報を精査して管理するのもこの騎士団の役割ですので、今忙しいかも。

ご迷惑かしら?

でもこれからは戦後処理もふくめてずっと忙しいでしょうし、今忙しくて無理なら来年も忙しくて無理でしょうね。気づかっていてはなにもできませんわ。

気にしないでいこー!


「登城許可は?」


門番に止められました。緑の騎士服。彼も守護騎士ですね。


「奥には入りません。騎士団の区画に用がありますの」


騎士団の区画なら、伯爵以上の貴族なら出入り自由よ。一般市民も城の外周は出入り自由だから、騎士の訓練場に見学に行く女性とかいるわ。あまり押しかけられても迷惑するので、退去命令を出す権利は全騎士に与えられていますけどね。


「承知しました。魔法をかけますので指をお願いします」


それは入城者管理のための魔法を指先に付与するためのものだけれど。


「あら、わたくしは出入り自由のはずよ?」


「戦時中ですので警戒を強めております。ご理解ください」


「ああ、それなら仕方ないわね。いい心がけだと思うわ。どうぞ」


「失礼いたします」


緑の制服の騎士が、太い腕輪みたいな鉄の塊を指先に通すと、ぽっとピンクの小さな光が爪に灯りました。


「あらかわいい。ピンクなのね」


「男性の場合は青く光ります」


「へえ」


気づかいなのか、魔法的な意味があるのか分かりませんけれどかわいいからいいわ。

お付きのテルナとトマ、ジバの指にも光が灯されました。

それじゃ、と騎士区画(きしくかく)へ。

バロウは守護騎士団をさらに細分化した分隊の1つをまかされている分隊長らしい。







「整理整頓しなさいよ」


ぶしつけに思わず言ってしまったわ。貴族教育かたなしね。

バロウがいるという部屋に入ってまず目についたのは書類の山。たぶん山ごとに種類わけされているのでしょうけれど、仕事というものはね、探し物をする時間が一番時間を無駄にするものなのよ。

整理整頓は仕事の基礎よ、基礎。

先祖代々、我が公爵家ではそれを徹底して教え込まれていますから、部屋は綺麗なの。


「誰だ?」


「私アルリア・シバンニと申しますわバロウ・カーツ。おひさしぶりね」


「ああ、もうそんな時間か。手紙をいただいています。すみません、あと少しだけ待っていただけますか」


「かまいませんわ。こんな時に来たわたくしも悪いもの。ところで整理整頓だけならわたくしたちで手を出しても良いかしら?」


薄茶色の紙の山の隙間から、黒髪の男の目がこちらをのぞきこんだ。目の色は見えない。


「あ、頼んでいいのか? アルリア様たちなら問題ありません。お願いします」


戦況などの重要書類があるから、整理整頓したくても誰にでも任せられるものではなかったのでしょう。

その点、カーツ家の宗家であるシバンニ家のわたくしと、そのお付きは問題なしね。他の人から見たら別の意見も出るでしょうけれど、わたくしたちとしては問題なしなの。


「要件別にまとめますわ。白紙はあります?」


「そこ」


どこか指を指しているようですけれど、手、見えない。

書類の山をくずさないように気をつけて(もともと崩れてるものも結構ありますわね……)手の先を見ます。本棚の方を指していました。どれどれ。


発見した白紙に、種類ごとにメモを書いて、ぱっと見て何の書類がどこの床に置かれているのか分かるようにしました。本棚はいっぱいいっぱいなのではじめから床です。しかしそれでは床面積が足りませんので、王城の侍女、侍従に声をかけて備品室から棚を持って来させました。


室内の美観は犠牲になりましたが、書類は整理されましたわ。

整理している間にも、新しい書類が届けられてその辺に放置されていくという熾烈な戦いがありました。


「ふう」


やりきったわ!

新規の書類は重要なものがあってはいけませんので、すぐ執務机においてもらえるよう机をすっきり片付けました。扉をあけてすぐ顔が見えます。ぱっと見て緊急のものでないならメモを貼り付けて所定の位置に置くようにすれば、もう雑然とした部屋にはなりません。

それすらものぐさして部屋を荒らすようなら、それはもうこの人の責任ですのでわたくしはどうでもいいですわ。

そんな人に次期公爵はふさわしくないので、これまで通り宗家と分家の関係性をたもつだけです。

なにはともあれ、達成感!


「おお、すごい。必要書類がすぐ見つかる。ありがとうございますアルリア様」


まだ仕事中だったバロウが、青い瞳を輝かせて笑いました。殿下の青より色みのうすい青ね。


「ふふん。当然ですわ」


どんなもんよ。


「って、そうではありませんわ。わたくしあなたとお話ししに来たのでした」


「ああ、そういえば。すみません手伝っていただいてしまって。しかし助かりました。次から次へと届いて、整理しようにも侍女には任せられず」


「隊長、また新規ですよー!」


「ああ、ありがとう」


「すげぇ片付きましたね!?」


言っているそばから騎士が書類持ってやってきました。感想だけ言ってさっと出ていきます。

バロウはメモをつけて所定の位置に置きました。よろしい! わたくしたちの苦労は水の泡にはならず活用されていきそうね! 達成感!


バロウは無造作に後ろでひとつにくくった黒髪をかいて、わたくしが座っているソファの対面に座りましたわ。

分隊長の執務室の応接セットなので、まぁこじんまりとはしていますが、座れればいいのよ。ええ。わたくしよく働いたわ。

テルナが生活魔法でお湯を沸かしてお茶を入れてくれました。わたくしたちだけでなく、テルナとトマとジバも飲むよう命じつつ、わたくしたちはソファでほっと一息。


「戦況はどうなの?」


「へたしたら勝てそうで困る。こちらからすれば城攻めが一番厳しいのですが、あの血気盛んなイーハー国王は保身を忘れて戦場に出てきているんです。そこを突ければ勝ててしまう。でも勝ったらあのイーハーを占領することになるんですか? 我が国が? あの気性の荒い国民を? ありえない。旨味がない」


「そうよねぇ。お友達にはいいけど、敵にはしたくないわよねイーハーの方たちって」


イーハー国民は短気である。だが感情を発散させてしまえばさっぱりとしてもいる。意見の相違があっても、じゃあ残念だけど諦める! とあとくされない人たちだ。

隣人としてやっていく分には悪くはない。だがこの人たちに嫌われるのは。


「めんどくさいわ」


感情の発散がどういう形であらわれるか。想像するだに恐ろしい。


「王城内も反戦一色ですよ。この戦で勝っては未来に禍根(かこん)を残すことになる。負ければイーハーに何されるか分からない。国内でも王太子に不満のある貴族が大半で、次代の政治が不安視されている。戦そのものが愚策です」


「王子の側近は今どうなっているの?」


「殿下のご学友は軒並み実家に返されています。殿下はもう傀儡(かいらい)にしようという方向で決まっています。が、裏の王となる次期宰相を誰にするかで揉めに揉めて。優秀な官僚たちがまぁ命の危機でして、守護騎士も当然まきこまれるのでてんてこ舞いですよ」


深いため息をつく。


「なるほど」


部屋に積み上がった書類たちを見る。

うん。どの派閥の誰がどこに配属されただの、医療師がどうの、毒がどうのって、そういうことね。


「そこを抑えるのが王家でしょう。陛下と王妃陛下はなんと?」


「陛下と王妃様はそれぞれ別の者を推薦(すいせん)していますよ……」


「まぁ……」


混沌。混沌だわ。混沌としているわ我が国内。

でもそんな混沌情勢を把握(はあく)してちゃんと仕事しているバロウの評価はわたくしの中でどんどん上がっていっていますわ。泣いてないしね。


「ん、んー、ところで話は変わるのですけれど」


「なんでしょう?」


わたくしを見る水色の瞳に、にっこりと笑いかけます。


「わたくしと結婚しません?」


時間が停止したような一拍ののち。


「ええええええ……」


顔を手でおさえてしまいました。


「あら嫌ですの? 大出世ですし、喜んでいただきたいところなのですけど」


「いえ、いえ、いや、ええええ」


「あ、もしかして好きな女性がいたりします? でしたらわたくしも他を当たりますわ」


お付き合いしている方とかいたら悪いわよね。あとで調べさせましょ。


「いや、好きな人はいませんが……アルリア様と結婚というと、次期公爵ですよね?」


バロウのうつむいていた顔が上がってくる。


「ええ」


「私はいわゆる文官騎士の教育しか受けていないので、公爵をやれる器かというと疑問が」


「ふふ。公爵の地位だけですぐ飛びついて来ない、その慎重さがあれば十分ですわ。教育なんてあとからつけ足せばよろしい。前向きに検討なさって? わたくしも他に適任者がいないか探しますけど、バロウはお父様の推薦(すいせん)する人だから、できればあなたがいいですわ」


「公爵様が?」


お父様は色々だめな人ではありますけど、そんなお父様なのに我が公爵家が繁栄しているのは配下に恵まれたからですわ。わたくし、お父様の人を見る目は信頼しておりますの。

わたくしの性格をあれこれ言って洗脳教育したのはどうかと思いますけれど、でも今の貴族社会を生きていくなら必要なことでしたわ。わたくしは普通の生きる道から外れましたけれど、それでもこれから貴族社会に復帰したとき、洗脳されながら身につけた経験は役に立つと思います。

そういう意味では、わたくしという人を見る目も、間違いではなかったと思いますのよ。


「……考えておきます」


「忙しさにかまけて忘れられても困りますので期限をもうけますわ。1年。1年以内に答えを出してくださいませ。そして1年して了承の答えをいただいたときには、すぐ準備して婚姻(こんいん)いたします」


もともとわたくしと殿下の婚姻は学園の卒業1年後でした。今から1年後もそう早いわけではないわ。

お互いを知る時間がない? 政略結婚なんてそんなものですよ。

王子との結婚では、子供ができたら王太子ではない子のうち優秀な子に公爵家を継がせる予定でしたの。お父様もまだ若いし、王家に逆らわないし、ほどほどに弱いから王家にとっても都合がいいゆえのお父様の公爵続行だったのですけど、王子と仲違いという大問題が起きてしまいましたわね。


「承知しました」


バロウの目は、未来を見据えるものでした。彼なりによく考えてくれることでしょう。


「色よい返事をお待ちしておりますわ」





さて、と支援の館についてあれこれ奔走している間になんか戦が終わりました。あっけない。早い。

結果は引き分けだそう。

引き分けってなにそれ。生き死にをかけた戦争で引き分けって、引き分けって。

ほんとこの戦は意味がわからない。でも勝敗つくより政治的にありがたいわ。


「ただいま帰ったよ」


「お父様」


弱腰なよなよした笑顔。

見たとたん、胸にぐっと熱いものがこみ上げてきた。

領兵と共に領館に帰ってきたお父様にぎゅっと抱きつきました。な、泣いてないわよ。泣かないわよこんなことで。でも嬉しいわ!


「ふふ、奥さんのことを思い出すな。意地っ張りでなかなか弱さを見せてくれないんだけど、たまにこうね、甘えてくるんだよ。アルリアは本当に母さん似だ」


前から似ているとは言われていましたけど、お母さま、そういうところもわたくしに似ていたの?

それで公爵夫人として普通に活動して、王妃様のお茶友達になってたの? こんな性格で? すごい……尊敬。生きていたならわたくしも貴族として生きるのが上手になるコツとか教えていただけたのかしら。


館の中では、お父様といろんな話をしましたわ。わたくしからはバロウと会ってプロポーズしたことなど話して「バロウは驚いたろうなぁ」と、お父様は同情気味な顔をしていましたわ。なぜ。

戦後処理があるのでお父様は再び王城へ。わたくしはわたくしの仕事にもくもくと励んで数日。


なんか殿下が来たんですけど。


婚約者時代より普通に話しかけられている気がするわ。


「何用ですの?」


テルナのいれてくれたお茶を飲みながら会談室で話をする。

はぁーお茶が美味しい。癒し。視界を封じたい。


「話を聞いてくれるか……?」


両足の上に拳をおいて、うつむきがちにしている殿下。赤茶の髪のつむじが見える。

弱り切っている殿下とかめっずらしー。おほほほ。


「どうぞ」


好奇心で聞いて差し上げても良くってよ。


なんでもあの戦で、マイヘル殿下は単騎(といいつつ護衛付きで)イーハー陣営に斬り込んだそう。奇襲ね。お父様からも聞いているわ。そのまま死んでくれてもいいなぁと思ってそうな顔でしたわ。なんてったって王子が奇襲作戦をするという無謀行為を、誰も強くは止めなかったんだもの。みんなの心は1つだったのね。


奇襲先で王子はイーハーの国王と剣を交えた。

そこに割り込んできたあの女ミレーナ。戦場にいたそうよ。相変わらず破天荒(はてんこう)。彼女に一騎討ちをとめられたそう。

『お願いやめて! もうやめて』だって。それで話をしたらしい。


『どうしても、ダメなのか。ミレーナ』


『ごめんなさい……でも私、もう』


とミレーナ元男爵令嬢が涙目でイーハーの国王の野生的な瞳を見たらしい。その目は完全に恋する乙女のそれで、殿下は心が折れたのですって。けっ。


『アルリアも……こんな気持ちだったのかな。その男を殺してやりたいよ。でも、俺はアルリアのようにはならない。身を、ひくよ、君が好きだから……君の幸せを願うよ。幸せになるんだよ。ミレーナ』


わたくしをだしにしないでくださる?

軽くバカにしないでくださる?


『マイヘル……ありがとう』


いやいやいやいや意味がわからないわ。意味がわからないわ。なにこれ。ありがとうってなに!?


「殿下も怒りなさいよ!? なにいい子ぶってるの!? 不快じゃないの!?」


話の途中だけど、たまらず声を荒げてしまったわ。貴族教育かたなしね!


「彼女の幸せのためなら……」


いらっ。


「はぁあああ?? 大事な約束である婚約ひとつ守れないやつの幸せなんか願うんじゃないわよ! はっ!」


気づいちゃった。


「あ、殿下も婚約ひとつ守れなかったものね……共感したのね……納得したわ」


不快と怒りで逆立ちそうだった毛が、しゅーんと落ち着いた気がした。

そうよね、殿下も約束ひとつ守れない人間だものね。

約束ひとつ守らないことへの怒りがないんだわ。普通なんだわ。納得した。納得したわー。そっか。そうなのね。同類だから怒らないのね。怒ったら自分のことも責めることになるものね。精神安定のためには不貞を許すしかないんだわ。

なるほどー。

不誠実な人ってめんどくっさい性格してるわね!


「ぐ……そ、そういうわけでは」


「じゃあどうして怒らないの」


「だから、彼女の幸せを願ってだな」


「へぇー」


絶対信じないけど。言うだけ無駄だからいいわ。わたくしは勝手に納得したし。


「それでだな」


イーハー王国と不愉快な仲間たちの話は続く。お茶が美味しい。テルナが新しくついでくれたわ。おトイレ近くなりそうなくらい飲んでるわね私。はぁ


『ふんっ。身を引くってーなら、俺も追撃はやめてやろう。俺にはミレーナがいれば十分だからな。な? ミレーナ』


とイーハーの国王、今更だけど名前をカーグスという。カーグス国王がミレーナ元男爵令嬢の腰をぐいっと引き寄せて片腕で抱きしめたらしい。ぽっと顔を赤らめた姿は愛らしく、殿下の心はきゅうっと切なく鳴いたそうよ。うざい。


そんなこんなで意味不明なまま開戦した戦は意味不明なまま終了した。

我が国の死者300余名、イーハー王国側の死者250余名。

……納得いかないわ。


「ふられて、お前の気持ちがよくわかった。今更だが謝罪だけ。すまなかった。お前も傷ついていたんだな。アルリアの悲劇、今なら俺も観てみたい」


「あ、そう」


(あき)れすぎてまともな言葉が出てこない。

こんな王に従わなければならないなんて世の不運。

王家の権威を失墜させたいけど、それにより影響を受けるのは国民なのよね。国内派貴族の我が家は、私の改革により人々から一目おかれるようにはなりましたけど、王家との不仲も有名ですので王家の権威回復にはつながりません。


王家はどうでもいいわ。未来を予想して、国のためになる道はなに?

中央集権は、よほどの賢王が生まれない限りこのまま失敗の道を進むでしょう。

さすれば地方分権が進んで、貴族間格差が大きくなるわね。その間を取り持つ王家が使えないとなれば独立の機運が高まるのでは?

そうなっても我が領は繁栄できるだけの基盤をつくってはいるけれど、小さな貴族領地は大きな領地に吸収されるのかしら。


不良領地の押し付け合いが目に浮かぶわね…。搾取される未来もあるかもしれないわ。

そうなると犠牲者が増えすぎて夢見が悪いわね。


王家が無能で地方が強いのはいいですけど、王城の官僚、文官だけは有能であってくれないと貧民が困るのね。

でも優秀な人間ってそうそういないわよ。となると母数を増やして優秀な人材を発掘するべきね。

やっぱり平民教育が重要だわ。そして優秀なら権力の中枢近くにも採用されるようにしなくては。まずは我が領で実施して、王家に「こんなに優秀な庶民を育てましたのよー? あら、そちらまだ平民官僚ひとりもいないんですの? 遅れてますのねぇ、おほほほほ」って自慢してあおっておこうかしら。


「それで俺の婚約者の座が空いたから、お前と婚約し直せたらいいんだが」


「お断りします」


嫌よーこんなボンクラ支える王妃とかとっても大変じゃない!

やだわー。


「……そうか。俺も一番それがいいのだとは分かっているが、ミレーナをいじめたお前を妃にしたのをミレーナが知ったら悲しむだろうなと思ってさ、なるべく避けたかった。断ってくれてありがとう」


うざい。なにこのミレーナ至上主義うざい。軽蔑と失望と気持ち悪さでどんどん体感温度が下がっていくのだけど。


「これ以上わたくしの前であの女の話をしないでくださいません? 不愉快ですわ」


「あ! そ、そうか。そうだな。そうだよな。俺もミレーナがイーハー国王の話をしてきたら……いや、すまない。またミレーナのことを言ってしまった」


「それで、わたくしに断られて、これからどうしますの」


「国内派の貴族家の娘から順当な者を選んで婚姻することになるだろうな」


ということはいまだ婚約者がいない年代の娘。かなり年下になるんじゃないかしら。


「せいぜい若い子に愛想つかされないよう、いい男になることですね」


「いや、たぶん相手は年下ではなく、上だ」


「うえ??」


「俺は、気が強くて婚姻できなかったり婚姻拒否してきたような女性と婚姻して尻に敷かれた方が、国にとっていいだろう、という母上の言葉に父上も俺も反論できなくてな」


「へぇえ」


王妃様ったらご慧眼(けいがん)! さすが、息子のことをよくわかっているししめるところはしめるわね。王妃様を守って死んだお母様も報われるというものだわ。慰謝料はくれないけど。……はっ!

今更だけど慰謝料もらったら領地改革にまわせるお金増えるじゃない! やっぱりもらいましょ。ええ。ちょっとあとで婚約書類の確認とかしましょう。領地の方はだいぶやることやって落ち着いたしね。

お父様はダメでしたけどわたくし諦めないわ! ふふふふふ。

王家に逆らわないのが公爵家の決め事ではあるけど、不義などあれば意見して良いのもまた公爵家の強みよ。まずは話のわかりそうな王妃様に話を通しましょ。


「その第一候補としても、年上ではないがアルリアがあがったんだが」


一瞬でいろいろ思いついて考えていたから、殿下のその声がものすごく場違いなものに感じました。

今更(いまさら)感しかない。


「お断りしますわ」


今は殿下より慰謝料のが欲しいわ。


「一年遅いのよ」


一年前なら慰謝料より殿下が欲しかったわ。


「そうか……何度もふられるのはキツイものがあるな」


「わたくしもっとキツかった自信ありますわよ」


「……そう、だな。今思えば俺の態度はほめられたものではなかった。すまなかった」


殿下が頭を下げた。

赤茶の髪が目の前にある。

非公式の場。でも、あの高慢な殿下が頭をさげるなんてかつてでは考えられなかったことだ。

わたくしをふったり戦をしたりとろくでもない王子ではあるけど、成長したのね。


「でも許しませんー!」


殿下が、正直驚いた、というような顔でわたくしを見ると「すまない」と言ってまた頭を下げた。


「戦で命を落とした兵士や騎士もいるんですのよ。あなたが謝るべき相手はわたくしだけじゃないんですの。そのことよくよく考えて、良い王になってくださいましね?」


あと慰謝料払ってね。いい王なら払うものよ。今はまだ言わないけど。

王妃様に話を通して後押ししてもらうの。殿下のことは信用してませんのでね。

顔を上げた殿下の顔には、なんとも言えない微苦笑がうかんでいた。

ガラス玉より汚いと思っていた青い瞳が、ちょっとだけ綺麗に思えた。


「アルリアは、俺が思うよりずっといい子だったんだな」


「今ごろ気がつきましたの? そうですわ。わたくし殿下の婚約者でいるために、自分の性格隠し通すくらいにはいい子ですのよ? 思い知りまして?」


「ははは! そうだな。俺は見る目がなかったのかもしれないな……」


遠い目で部屋のすみを見た殿下が、その言葉とつなぎあわせてミレーナ元男爵令嬢のことを考えたのかどうかは、わたくしには分かりませんわ。

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