4 からめ手は苦手なので真っ正直に攻める
正直なところ、現在17歳であるわたくしには、わたくしのしたことは婚約破棄されて悪評を流されるほどに悪いことだったのか? それとも過剰な責めを受けているのか? 正しい判断ができません。
本来であれば親に教わるのでしょうけれど、弱腰お父様はデモデモダッテとはっきりしないのであてになりません。
お母様はわたくしが幼い頃に王妃様をかばって亡くなってしまいましたので、聞くこともできません。しゃきしゃきした女性だったそうですので、生きてさえいたならば、と惜しまれますわ。
身近な人たち、テルナ、トマ、ジバ、じいや、お屋敷の使用人達の意見は私に甘い意見である可能性は高く、
かといって貴族は政治的な裏事情があって正直な答えは期待できません。
では詳しく知らない第三者にかいつまんで説明したものへの返答はどうでしょう?
それははたして正確な答えと言えるのかしら? 見落としの可能性が捨てきれません。
正しい答えを得るためには、より正確に詳細に当時を知っていただき、より多くの意見を集める必要があると思うのよ。
ゆえに、私は世に問うことにしました。
私は正直に己のしたこと、考えたことを脚本家に語り、自分をモデルの主人公の劇を作らせましたわ。
演劇ですので大げさなところはありますが、それはまぁ盛り上げるためにはね? 仕方ないと思いますしそんなものでしょう。
公演は我が領都のみですが、時事ネタなこともあって連日大盛況です!
経済効果もかなりありましてよ?
予定外ですけどラッキーですわ!
『なぜ、どうして? たった一人、伴侶(結婚相手のことですわ)の愛を求めることは愚かなことだというの? その心を得ようとしてはいけなかったの? 愛していなければ、こんなに苦しむこともなかったのに。婚約者を愛してはいけなかったの? 愛されようと努力してはいけなかったの? 誰か、教えてちょうだい! 誰か、わたくしに愛を教えて……っ』
なかなかドラマチックなセリフに改造されておりますが、まぁまぁわたくしの当時の心情そのままではありますわね。ええ。
まじ恋愛ちょームズイ。ですわ。
『お前の貴族らしい微笑みも、気位高い言葉も気に入らぬ! 俺は純粋に俺を愛してくれる彼女がいい。正しさなどいらない。彼女は俺の心を救ってくれた、支えてくれた。お前は俺に求めるばかりで俺の欲しい言葉ひとつくれはしなかったではないか!』
殿下に言われた言葉は、正しくは「お前の言うことはもっともだが、俺にだって癒しが欲しい」でしたかしら。癒し系ってどうやってなるの? なろうとしてなれるものなの? なったとしてそれは《わたくし》なのかしら??
『ああ、王子様。なんて素敵な方なのかしら。優しくて、ちょっと偉そうで、頼りになる人。彼が恋人だなんて幸せだわ。彼と結婚できたらどんなに幸せなのかしら。でも婚約者がいるなんて……。婚約は義務的なものだとおっしゃるし、心は私のものだというけれど、彼の全てを私のものにできたらいいのに』
『私の愛しい人を奪わないで! 彼とこの国のため、10のころより努力してきたのよ。かつてはかすかにあった心のつながりが今は感じられない。ふつりと消えた優しさを取り戻すことはできないの? わたくしたちは仮面夫婦になればいいの? 彼があの子を第二妃にするように、わたくしも他の方を愛せばいいの? 体さえ重ねなければ許されるのが貴族ではあるけれど。ああ、なぜ倫理にもとる愛に進まなければいけないの。私は彼を愛しているのに! あの子さえいなければ。あの女さえ現れなければ!』
観ていてちょっと客観視できたわたくしは、今までにない視点を得ましたわ。
わたくし、倫理に反する生き方が嫌だったんだわ。
殿下の心を得たいという思いももちろんありましたけれど、このまま順当に結婚して、第二妃を許して、第二妃を寵愛する夫を見ながら恋心を終わらせて、自らも別の人を愛するなり恋を諦めた人生なりを選んでいればこんなおおごとにはならなかったのよね。
世の王妃様、貴族夫人たちはそうやって清濁あわせのんで生きているんだわ。
でもわたくしは結局、清濁あわせのむことができなかった。
そもそも貴族の中で地位を得ようと努力したのも清濁あわせのむ努力だったのに、うまくいかなかったし。
わたくしそれ苦手なのね。難しいわ。
舞台では、わたくしがあの元男爵令嬢に「殿下に近づくなんて身の程を知りなさい」「諦めなさい」とか言ったり勢いあまってビンタしたり、突き飛ばしたり(たまたまその先が雨上がりの水たまりがある場所で相手が汚れたり)、わたくしの指示ではないですけれど他のご令嬢がたにも元男爵令嬢は距離を置かれて、殿下や殿下の側近の方とよく一緒にいるようになったり、そのうち側近の方も元男爵令嬢に甘くなって婚約者をないがしろにして。
主人公と、側近の婚約者の女性のセリフがまわってきました。
『アルリア様もあきらめればよろしいのに。殿方に期待などしてはいけませんのよ。心を許してはいけませんの。嫌なことは忘れて、楽しいことだけしていればいいんですのよ。貴族に真実の愛なんて許されないのだもの』
その言葉の後で、真実の愛を語り続ける王子と元男爵令嬢の姿は人々にどううつったのかしら。
さらには婚約破棄され、社交界にわたくしの悪評が垂れ流されている現状と
そこから逃げ帰ってきたわたくしが領内改革に精を出しているところまで描かれて演劇は終わりました。
演劇の感想は、わたくしアルリアに同情するものや、貴族こわいだの、だから貴族は娯楽に異様に夢中になるのかだの、アルリアは幼いが殿下がたも同レベルなどなど、多岐にわたりましたわ。
わたくしの行動は悪だったのか、断罪はいきすぎだったのか、その答えは7対3で「やりすぎ」「不当」というわたくしの肩を持つ意見が多かったですわ。
3の意見は「王家の威信を保つためにはアルリア様を悪役に仕立て上げる必要があったのだろう」「アルリア様がいくら好きでも殿下は好きじゃなかったならしゃーない」というなかなかに冷静な意見で、少数派といえど胸にとどめおく価値はあると思いましたわ。
有意義な公演でした。満足。
「あ、アルリア」
「あらお父様、来てましたの? いかがなさいました?」
「あー、その、公演、私も観たよ。人気みたいだね?」
「ええ! 開催のたびに満員御礼ですわ!」
「あー、そ、そうか。よかったな」
「ええ!」
「あー、その」
「どうしましたの?」
「い、いやぁ。うん。私ももう一度みてから帰ろうかな? はははは」
と言いながら出て行くお父様。あやしい。
次の日、執務室の机のひきだしを見たら、やはりありましたわ。
[即刻《アルリアの悲劇》の公演を中止せよ!]
王命でしたわ。王命つかいすぎではなくって? レア度落ちますわよ。
ま、別によろしくってよ。第三者の意見が欲しいというわたくしの目的は達成されましたからね。
では即刻、中止いたしましょう。ふふふ。
明日公演予定だった会場に、中止とチケット代返却のむねを書いた紙を貼り付けさせました。
《公演中止のお知らせ。
誠に勝手ながら、公演を中止いたします。再開のめどはございません。
すでに販売された本日以降の公演チケットにつきましては、代金を返却いたしますのでチケット売り場までお持ちくださいませ。
長らくのご声援ありがとうございました》
わたくしはなーんにも言っていませんけれど?
王家からの圧力がかかったに違いない! という憶測がまことしやかにヒソヒソヒソヒソ話されて、さらには《アルリアの悲劇》を観たものの数も多いようで少ない人数だったこともあいまって、観に行きたかった人や知らなかった人たちに、自慢げに公演の話を語って聞かせる人が続出。
《アルリアの悲劇》はもみ消された名作として、名に恥じぬ悲劇だとそれはもう人々の中に浸透していきましたわ。
センロン王国などでは《アルリアの悲劇の悲劇》と題して公演中止に追い込まれた話を、続きまで加えて新たに作成しなおし(わたくしは手を出していませんわよ?)公演するなり大盛況!
殿下達の不貞は世に知らしめられることとなりましたわ。
陛下も殿下もバカよね。これから! っていうときに急にやめたら人々の関心をひくに決まっているじゃない。
まぁ放っておいても有名になっただろうから何にせよ後手後手だったのだけどね。
慰謝料もなく、謝罪もなく、わたくしに全ての罪を押し付けた形で終わったこの物語。
観た人はどう思うかしら。
わたくしは殿下とあの女へ向かって、大分しっぺ返しできたのでそろそろもういいかなぁって思いますけれど。この余波がどこまで影響するか、それが楽しみなくらいにはまだ不完全燃焼ではあるわね。
この国を売るつもりもないけれど
王家への忠誠ももう絶え果てた今、この国と民のためを思うならどこを目指せば良いのかしらね。
王家直系のお子はマイヘル殿下の他は、姉君のミーヤ王女殿下のみ。その王女殿下はレーガー侯爵家に輿入れ済みで、今は侯爵夫人ね。
王位継承権順で語るなら、レーガー侯爵家に男児がおうまれになられたならその子がマイヘル殿下に次いで第2位の継承者となられるけれど、先日女児がうまれたばかりでそれを望むのは酷よね。
となると現在の第2位、二大公爵家(我が家は除外されている)がひとつトウレー公爵家の公爵様が、殿下失脚となったなら出てくるわね。
トウレー公爵家はあの女を養子にした私にとっても気分の良くない相手ではあるし、国民感情はどうなるかしら。
王家主導で王都や各都で殿下とあの女の純愛物語が公演されているけれど、ありきたり、アルリアの悲劇をみてからだと臭いものに蓋をしたのがよくわかって薄っぺらい、アルリアの悲劇のが面白かった、ということで恋愛ものが好きな人にしか人気がないと聞くわ。うふふ。
でも、殿下に痛い目にはあって欲しいけど、国を荒らすのはやりすぎよね。
「これ以上の嫌がらせはやめますわ。でもこのまま殿下が次期国王で、この国大丈夫かしら……?」
王妃があの女で大丈夫なのかしら??
まぁ賢王のが少ないからこそ賢王が輝くわけですし、周りが優秀なら問題ないのでしょうけど、側近達もあの女に夢中だったわよね。
「……この国大丈夫かしら」
東のセンロン王国は今のところ我が国をのっとろうとかそういう意図は持っていなくて、ただ我が国が西寄りに方向転換したことで交流が減ってきているだけなのだけど
西のイーハー国王はなかなかご気性の荒いお方だと聞くわ。
もし西が我が国の覇権を狙っているなんてことになったら、めんどうなことになるわね。
ちょっと調べてみましょう。
わたくしには領民を守る義務がありますからね。
数日後、トウレー公爵家の養女となったあの女が、イーハー王国に呼び出されてイーハーの王城へ登城することになった。という情報を得た。イーハー縁故の人間が隣国の次期王妃となるのであれば、イーハー国王と面識なくてはいけないだろう。ということだそうです。
「なんだか嫌な予感がするのは気のせいかしら?」
と、思ったわたくしは相変わらず勘がよかった。殿下の心があの女にうつるのを察したくらい勘がよかった。
でもさすがにあの女がイーハー国王と恋仲になるなんて予想だにしませんでしたわ。
バカなの?
ねぇバカなの?
脳みそに神経通ってるのかしらあの女。理解不能すぎるわ。でもこれだけは言いたい。
「捨てられ殿下いい気味ね!」
おほほほほほほ!
あの女、ちょっとだけよくやったわ! 応援はしないし理解不能ですけど!
本当にこの国どうなるのかしら。