3 修道院へ追放だ!
婚約破棄から半年、そろそろ次の改革を。と思っていたところでの来客でした。
「アルリア! なぜ修道院へ行っていない!」
「あら殿下お久しゅう。早く帰ってイチャイチャラブラブしたらどうですかー。ていうか修道院って何です? 初耳ですわ」
私を切り捨てた元婚約者の第一王子殿下でした。こんな遠方にわざわざくるとか、ひまなの?
あら、恋心うずかないわね?
相変わらず美しいブルーの瞳ですけど、かつてはサファイアより美しいわ! とか思っていましたけど今はガラス玉以下にしか見えませんわ。
「な、なん、は……? お前アルリアか?」
殿下、わたくしの変わりように目を白黒させていますわ。そりゃあそうよね、だって私の貴族教育が本気出したの殿下との婚約が決まった10歳の時からですし?
「そうでーす! ちゃお!」
「ちゃ、ちゃお?」
「いま民間で流行っている隣国の絵物語(紙芝居みたいなやつ)のあいさつですわ。ご存知ないんですの?」
「し、知っている! 私が知らないことなどないからな! センロン語だろう!」
それ元ネタであって小説の言葉じゃないわよね。どうでもいいですけどー。
「そうですかー。ではわたくし忙しいんですの。さようなら」
「あ、ああ。って違う! お前! 修道院へ追放したはずだろう!? なぜここにいる! お前がいるとミレーナが不安がるじゃないか。さっさと大人しく修道院へ行かないか!」
「修道院ねぇ」
そんな話本当に聞いていないんですけれど?
お父様がもじもじしてわたくしに話せなかったってところでしょうかね? ゴソゴソ。あ、あった。
当たりですわ。
先日お父様がこちらにいらして、特に何かするでもなく「よくがんばったな」「すごいな」と言いつつでもなんか隠している感じで何かなーと思っていたのですが、こういうときは私の部屋の机の引き出しの中に、そっとラブレターのごとく関係書類を入れておかれるんですのよね。まったく。青春か。
ふむふむ?
国王陛下と第一王子殿下の連名で、わたくしに修道院への追放が決定された。と。
ふむ?
お父様言い含められちゃいましたの?
私が被害者ですのに。慰謝料は?
まぁ! まさか泣き寝入り? 泣き寝入りですの!? なんていう弱腰!
あ、お父様の代名詞でしたわね。公爵家当主のくせに……あ、イラってきた今。
ぐしゃっと書類を握りつぶして、殿下に向き直る。
一応目上なのでニラみはしませんわ。
「わたくしが修道院へ行けば良いんですね?」
「そうだ。今すぐ、行け」
「かしこまりました」
すっと頭を下げて、お出かけ用品を侍女に持たせ、近くの修道院へ手紙を出す。
修道院。というだけで指定修道院はなかったのでご近所でいいわよね。
パカパカお馬さんのひく馬車にゆられ、窓から景色を眺めていれば、町行く領民たちから手を振られたり頭を下げられたり。
うふふ。わたくしったらお嬢さま。
手を振る子供は可愛いなー。ばいばーい。
さて、着きましたわ修道院。
「シスター。世話になるわね」
「遠いところご足労ありがとうございますアルリア様。侍女の方はいかがなさいましょう」
遠くないけどね。馬車で半日よ。
「テルナは帰ってちょうだい」
「お嬢さま!?」
「せっかくだもの、わたくしの庇護者のいない生活、取り組んでみるわ」
「お嬢さま……かしこまりました」
泣きそうな顔になりながら馬車にゆられ去っていくテルナ。かわいそうなことをしちゃったかしら。
でもでもせっかくだもの、未知の体験! 楽しみたいじゃない?
「まずは身を清めることからでございますアルリア様」
「はいシスター」
「これ以降は私が年長者として指導してまいりますゆえ、言葉遣いも変えますことお許しください」
「ええ、シスター」
「こちらにいらっしゃい」
という本格シスター生活を、3泊ほどして満足しました。手紙を書いて、テルナに迎えにきてもらいます。
「お嬢さまぁー! ご、ご無事で」
「まぁまぁ泣かないでテルナ。とても有意義な時間でしたわ。シスター。ありがとうございました」
「あなたに神の祝福のありますことを」
「あなたにも」
両手を組んで私の幸を祈ってくれるシスターに、わたくしも祈り返します。
とても充実した3泊4日でした。ありがとう。なんだか身も心もスッキリした気がするわ! うふふ!
というわけで帰ってきました領主館。
お父様に「帰りましたー」と手紙を書いて、次の事業に着手します。
そうですねぇ
ダンジョン関連の売り上げもあって我が公爵領の財政は潤沢になったことですし、かねてよりの懸念だった慈善事業への税を取り消し。およびこれにより出てくるだろう騙り対策として慈善事業認定課の新設と、事業内容の監視員の新設。といきましょうか。
監視員は今は各有力者からの推薦の中から選定するしかないのでしょうけれど、いずれは平民用の学校を充実させてそこから採用としたいわね。
先日いた修道院では、周辺にいる子供への読み書き計算、天罰があるからより良く生きましょうという道徳教育がされていましたけれど、あれだけではねぇ。
現在の平民向けの学校は修道院および神殿にまかされていますが、それは慈善による活動であって仕事ではないのよね。
慈善事業への税制の廃止。
これをエサに他家にいる慈善活動家のうち教育に熱心なかたを引き込めないかしら。
長い目で見ると我が家の繁栄の助けにもなると思いますのよ。
「じいやー!」
「はいお嬢さま」
まずは情報収集ですわ!
慈善活動家の誘致、予想以上にうまくいきましたわ。うまくいきすぎて怖いくらいですわ。
学校はそういくつもさくさく作れるものではありませんから、しばらくは晴れの日のみ開催される青空教室となりますが、活動家の方がよい指導者をつけてくれましたので、出だしとしてはまずまずではないかしら。
教育者に問題があれば手紙をわたくしに出すように、と各生徒の親たちには手紙を持たせてありますわ。
うんうんいい感じね。
しかも子供だけじゃなく、大人でも生徒になりたがる方まででてきたの。そうよね。子供のうちに学べなかったのだものね。大人になってから学んではいけない理由なんてないわ。
このままいけば我が領内の識字率はもちろん、数学力、社会力、言語力、さらに精神面も向上していくんじゃないかしら。楽しみね。
さて次は、とじいやに集めさせていた情報を精査していると3ヶ月ぶりに王子が訪ねてきました。
婚約者だった時よりも熱烈に会いにきてくださるなんて、ほんと、正当を知らない人よね。
「アルリアー!」
「ご機嫌うるわしゅう殿下」
「うるわしくない! なぜ! 貴様がここにいる!」
「なぜってここ私のお家ですもの」
「お家ですもの、じゃない! お前の家は修道院だろうが!」
「還俗しました」
「げんぞく?」
「シスターであったものが、それをやめて俗世に帰ることを言いますわ」
「そ、そんなことは知っている! なぜ還俗しているんだ!? 私は修道院へ追放だと言っただろう!」
「ええ、ですから、不承不承わたくしは行く気もなかった修道院で数日過ごしましたわよ。シスターとして」
「数日だと!? それでは追放ではないではないか!」
「この書類」
バサリ、とわたくしは机の中からお父様がラブレターのようにわたくしへ渡した書類を出して、殿下の前に置きました。
「書かれているのは、修道院に入りそこで暮らすこと。ですね」
「そうだ! お前は一生そこにいなければならん! わかったらここから出て行け!」
「あらあら? 殿下、一生、なんてどこに書いてあります? それに還俗してはいけない。とも書いてありませんわよ? ねぇ、わたくしなにも悪いことしてないわ? どうしてそんなに責めますの? 殿下こわい」
お父様も弱腰ながら最低限(還俗はできるように)はがんばったのだと思うの。そこは評価しますわ。
「こ、こわ、はぁ!? お、お前、そんな、へ理屈じゃないか!!」
「へ理屈だろうとなんだろうと沙汰はもうくだりましたし。わたくしは実行致しました」
バサリ、と今度は修道院に入ったことを示す書類と、還俗したことを示す書類を重ねて出す。
「陛下のご命令に従ったわたくしへの言葉がなぜ罵倒なのかしら? これは国王陛下と殿下の署名付き。陛下と殿下は1度言ったことを反故になさいますの? わたくしとの婚約を一方的に破棄したように」
「きさま……!」
殿下が怒りのオーラを放っていますが、わたくしも負けません。わたくし怒ってますの。殿下にも、陛下にも、丸め込まれたお父様にも。
絵にしたなら二つのオーラがしのぎを削ってばちばち干渉しあう光景が描かれたことでしょうけれど、描くならわたくしのオーラの方を大きくしなさいね。
「そもそも殿下とわたくしの婚姻は、隣国王室の血をひくサーバン公爵家が力をつけ過ぎたのを危惧してのものです。王都に近い公爵家であり国内派である我が公爵家に力をつけさせようという意図あってのもの。東のサーバンに対抗して西のトウレー公爵家にミレーナ男爵令嬢を入れて均衡をはかったおつもりのようですけれど、さてそううまく行くかしら?」
「何が言いたい」
「トウレー公爵家もまた西の、王族ではないものの伯爵家の血を引くお家。西のイーハー、東のセンロン。我が王家は西をとったとセンロン王国およびサーバン公爵家の方々は思ってらっしゃいますわよね。これ、昨今の民間で絵物語として広く興行(ストーリートミュージシャンのように紙芝居を語って聞かせる娯楽)されている話の元になっている本ですが。《古くからパーティに尽くしてきた主人公を切り捨て、新たに美貌と胸しか取り柄のない女を仲間に入れた冒険者パーティが、主人公の恩恵を失ってまたたくまに瓦解していき、反対に主人公は周囲に認められて最後に昔の仲間に勝って終わる》という話が描かれていますわ」
「そんな庶民向けの本がなんだというのだ。しょせん作り話だ。夢を見るのは勝手であるし、我が王家はサーバンを捨てたわけではない」
「これ、センロン国から入ってきた話ですのよ」
「なに?」
「他にも似た話がたくさん入ってきていますわ。逆にイーハーからは《かわいらしい女の子が、いじめっ子のいじめに耐え抜いて素敵な王子様と結婚する》というストーリーが入ってきていますね。どちらも人気ですけど。ふふ。まるで誰かの人生のようですわね?」
「……何が言いたい」
「作者の違う物語は決して交錯することはありませんけれど、現実はどうかしら? 強いのはどっち? 恋に恋するお姫様? それとも復讐に燃える元メンバー?」
「そんなもの作り話だ!」
「ふふ、そうですか。どう思おうとご自由に。わたくしには関係ありませんもの」
「は? あるだろう! お前だってこの国の公爵令嬢だろう!」
「ふふ。その身分を捨てさせようとしたくせに。わたくしにそれを言うんですの? 殿下が?」
ぐっと歯を食いしばって、殿下が視線をそらした。
勝った。
「わたくしが守るのはわたくしの領民と関係者のみ。もはやわたくしは未来の王妃ではありませんので。殿下はお姫様とご相談なさったら? きっと素敵なストーリーが展開しますわ」
「ちっ……お前の還俗は認めてやる。ダンジョン運営だのもうかっているようだしな。その成果は認めてやる。その調子で国に尽くせ。だが忘れるなよ。公爵家は王家の下だ。命令には逆らえない。決してな」
「心得ております」
「ふん」
ふふふ。
ちゃお。殿下。
わたくしはセンロン派になりましたのよ。
ま、国を売るつもりもないので教えて差し上げましたけど、そういう危機的状況ですのでね、わたくしにかまっていないでそっちでてんやわんやしてなさいな。
さて、次はどれに手をつけようかしらね。
どの国に属そうとも、大事なのは地の力。民の暮らしが繁栄しているか否かですわ。
金は力なり。
金は民なり。
我が国に伝わるこの言葉、かんちがいして民から搾取する貴族が多いですけど、本来の意味は
だから民を育み慈しみ大きく育てよ。
というものですからね。
目を向けるべきは隣国? それとも愛する人?
いいえ、足元ですわ。