2 レッツゴー改革!
領地のお屋敷に着きました。一泊しました。いい朝です!
執務室に入りましたけど、領地経営をまかされているじいやがいない。あら?
お年寄りは朝が早いはずではなくて?
「じいやー! じいやー!」
「はいはい、はいと。はいお嬢様。なんでございましょう」
手をハンカチで拭いながら扉から入ってくる。
トイレ行っていたみたい、お年寄りはトイレ近いっていうものね。そんな時にごめんなさいね。
「ちょっと出かけてくるわ! これ、予定表ね。テルナ」
「はい。セバチーさま。こちら本日のお嬢様のざっくりとした予定でございます」
受け取ってふんふんと読んでいくじいや。だがその目がわたくしに移って、しわで縁どられた目がかっぴらいた。
「お、お嬢様、スカートをおはきくださいませ! いくら町歩きといえど、庶民の女性ですらスカートをはきますぞ」
「いやよ! 汚れちゃうじゃない!」
ドレスは美しいものなのよ?
これから行くところは貴族屋敷のように掃除婦がせっせきゅっきゅと綺麗にしているような場所じゃないのよ? 汚しに行くようなものじゃない。いやよ。私ドレスは美しさを保ってこそ美しいと思うの。
汚れるなら汚れても美しく見える、それ用の服装をするべきだわ。ちょっとオシャレも加えるけどね。
「そんな、冒険者か騎士のような格好をして……」
「似合わなくって?」
「お嬢様はなんでもお似合いになりますなぁ」
「かわいい?」
「これはこれで凛々しくて素敵でございますお嬢様」
「うふふありがと!」
ころっと甘くなっちゃうじいや大好きよ!
ちなみにわたくし、茶桃色と言って、髪が傷むと桃色になり、はえたばかりの根元に近いほど茶色という特殊な髪色をしてますの。要するに毛先ほど桃色なのよ。かわいいでしょ?
でもこれ痛んでる色なの。悲しいでしょ?
目は桃色よ。かわいいでしょ?
まー見た目なんて今どうでもいいのよ。かわいいってことだけ主張したかったの!うふふ!
いざ領地へ! 行ってきます!
我が家の改革に当たってまずするべきは、そう、お金を得ることです!
物事には優先順位というものがあるのですわ。
いくら孤児を救いたかろうが、学校作りたかろうが、金がなくては戦はできぬのよ!
我が家はなんやかや言っても公爵家。
街はそれなりに栄えてますの。お金もそれなりにありますけども、わたくしがしようと思っていることを達成するには底上げが必要なのですわ。
まぁ長期的に見てすべきことならあるでしょうけれど? でももっとわかりやすく稼ごう! というならば、そう、ダンジョン活性化ですわ!
ダンジョン産のアイテムは高く売れますの。オークションなんかの手数料で領地にもお金入るんですのよ。
領地には二つもダンジョンがあるのですけど、一つはそこそこ活気があるもののもう一つがねー、人気ないのよねー、せっかくダンジョンなのに。難攻不落なんですって。
でもそれだけに一攫千金は夢じゃない!
貴族にしか使えない転移魔法(貴族の通う学園でしか教えていないためなので、がんばれば庶民も使える)で侍女一人と護衛二人を引き連れて、さびれたダンジョン町へゴーよ!
「たのもー!」
冒険者ギルドに来ました。
さびれています。
とてもさびれていますわ。閑古鳥が鳴いていますわ。わたくし閑古鳥の鳴き声知りませんけど。冒険者ギルドなのに仲間募集の冒険者ひとりもいないわ。受付しかいないわ。あと臭いわ。なにこれ。
「臭いですわ!」
「ですよね」
受付のお嬢さんが泣きそうな顔で同意しました。かわいそうに。
「どういうことですの? いろいろおかしいですけど、まずはこの臭い! あなた、説明なさい」
「聞いてくれます? 聞いてくれますお嬢さま!? これねーうちのギルドマスターの仕業なんですよぉー」
「な、まさか、これ、この充満するにおいがまさか、ギルドマスターひとりの放屁(オナラのことね)が原因だというの!?」
「さすがにそれはないです」
「そ、そう」
真顔でつっこまれてしまいましたわ。わりと真面目に考えていたわたくし悲しい。
「うち管轄のダンジョンって倍々ダンジョンじゃないですか」
「階層ごとに二倍の強さになっていく仕様でしたわね」
「そーなんです。それで深い階層まで行ける冒険者が居なくって、かといって低階層も稼げるようなところでもなくって。それでマスターが、うちにしかない低階層素材から新たなすごい薬が開発されれば、うちも潤うに違いない! って日夜研究に励んでいる結果がこの臭いなんですよ! 臭いのが嫌で、深層までもぐれる冒険者もどんどん足が遠のいていく始末です」
「悪循環ね!」
「まさに!」
「でもでもいい考えじゃないかしら? 新薬! ギルドマスターはその手に精通してますの?」
「いえ全く」
「このあたりに錬金術師はいませんの?」
「いないっすわー。そんな高給取り都会に定住に決まってますわー」
「そうなのね」
「お嬢さまは今日は田舎見学ですか?」
「わたくしは領地経営のための社会見学ですわ!」
「まーエライ。いい貴族様になってくださいねー。どこのお家の方なんですか?」
「ここよ!」
「ここ??」
「わたくしシバンニ公爵家の娘ですわ!」
「へ……」
頬杖ついてぐだぐだしていた受付のお嬢さんが数秒固まりました。それからしゃきっと立ち上がり、扉をあけてこちらに出てきます。
「こ、これはご無礼をいたしました。ささ、臭くて申し訳ありませんけど、椅子でもどうぞ。お茶、お飲みになります? あ、そちらのお付きの方達も」
「気になさらないで。それで、あなたに聞きたいのですけれど」
「はい!」
ピシッと立った。
「あなたがもし一流冒険者になったとして、この町のダンジョン目当てにしばらく定住してもいいかなと思います?」
「えーっと、それは、本音と建て前どちらをお望みです?」
「本音で!」
「では。絶対嫌です!」
「なぜ?」
「まず、よく来ることになるギルドが臭いとか嫌です!」
「そうね」
「でも儲かるなら我慢しますけど、第6階層で出てくるアンデッド系モンスター対策には神官を連れて行かなくてはいけないんですが、神官は殺生が嫌いとか言って戦場では役立たずなやつばっかりなんです。だからそこから先に進むのが困難なんですよ!
運良くいい神官を仲間にしたとしても、アンデッドなんて早々出てこないうえに、神官の回復魔法は治癒魔導師の回復魔法に速度で劣りますから、ほかの冒険では役立たずです。
なので一時的な仲間にするのがセオリーなんですけど、そんな不確実な仕事やる神官いませんて。普通に町で治療に明け暮れてるほうが安定してもうかりますし。ダンジョンとか危険だし。で、まともな神官ほど参加してくれないんですよ。
なのでこのせいで7階層以降に行けない。しかし通常ダンジョン換算64階層にあたる7階層からやっとトップ冒険者の戦場になるのにそこへ行けないとなると、うまみがないです。あと町もさびれてて宿屋もちょっとランクが低いです」
「ふんふん。すっごく貴重な意見ね。ありがとう。あとは何かあるかしら?」
「でももし、もしアンデッドゾーンをクリアできたなら、通常128階層にあたるハイレベルなアイテムや魔物素材がたった8階層進むだけで手に入るとか、美味しいと思います!」
「なるほどなるほど。つまり問題は、臭いと、神官ね」
「あと、現状期待されていなさすぎるのでダンジョン内の依頼が一個もありません! 近所の魔物討伐とかそんなんばっかりで、全然ダンジョンシティっぽくないです!」
「なるほど。ちなみにダンジョンには何が?」
「数少ない6階層突破パーティの情報によれば、7階層で目立ったものといえば武器防具に大活躍のミスリルでできたミスリルゴーレムに、アダマンタイトタートル、8階層にはエリクサーの実、虹色の果実、夢の砂でしょうか」
ミスリル、アダマンタイト、は武器防具として優秀な素材です。
一流ほどこの素材の武器防具を持っているものであるが、得るにはその二種の魔物を見つけなきゃいけないんだけど、これがなかなかいない。生息地がないの。ダンジョンの深い階層でたまに出るねーって感じのレアものよ。
エリクサーの実はそのままエリクサーの素材として重要な実。
四肢欠損、脳障害、神経障害、記憶障害、シミ、シワ、ソバカス、視力、筋力、成長力、気力、あらゆる病と老化現象を治してくれるので需要はあるが、実がないの。
不老長寿のエルフたちだけがその生息地を知っているというが、エルフの森は人間不可侵。
入れば殺されても文句が言えないのである。何度かそれで戦争あったけど人間のぼろ負け。そりゃそうよね。見えてる負け戦だったわ。よくやるわ。
またエリクサーは飲み続けないと意味がないので、一回飲んだだけでは寿命もさほど伸びはしない。ただ若返ったり回復したりするだけかな。
虹色の果実は、すっごい美味しいのはそうなんだけれど、本領はそこじゃないの。
その果汁を薄めた水を大地にまくと、10年は連続して作物栽培しても手間いらずな栄養豊富な大地になるのよ。なお濃度が高いほど年数も伸びる。あと味もとても美味しくなるそうよ。
干ばつがあっても育ったおかげで飢えずにすんだといわれているわ。水もいらないのね。
夢の砂は、この砂を身にふりかけると、その人が会いたい人の姿を目の前に作り出してくれるらしい。触れることはできないけどね。
運命の人に出会いたいと願えば、あったことがなくてもその姿が
亡くなった人に出会いたいと願えばその生きた姿が見られるの。しかも生前の記憶を持った状態なので会話もできる。
運命の人のパターンでは、あなたはどこにいるのか?とか、そういった話もできるし
亡くなった人のパターンでは、死んだという自覚はなく、願った人が一番「この人らしい」と思う暮らしをしていた時の姿で現れる。
もしくはこの砂で育てた植物は花びらがキラキラと輝いてとても美しいらしい。この花を枕元に飾っているといい夢を見られるそうよ。
どれもこれも人の欲望に火をつける品物。
我が家も虹色の果実は三つくらい欲しいわ。あれ腐らないらしいし。
「あらあら、永遠に需要のありつづける高価格商品じゃない?」
「そうなんですよ! 行ければ! 行けさえずれば! そのほかにも魔力の種とか、時空のカケラとか、高価買取商品の宝庫なのに!」
魔力の種は、自力不可能と言われる魔力を増やすことができる種よ。
元の魔力量の1,5倍にするこの種。食べ続ければ世界最強も夢じゃない!
時空のカケラは、小さなバッグなのに中身は大容量! という夢のバッグを作るための材料。に、なると目算されているもの。
まだ実現されていないのよね。世界に3個だけしかなくって、いずれも国宝として守られているので、錬金術への使用拒否されている。そのうちの一つが我が公爵領から産出した。まさにこのダンジョンからね。
通常、ダンジョンの100階層より上は強さ比べというより根性比べといわれているわ。
もちろん敵は階層ごとに強さをあげていくのですけど、それ以上に、
だだっ広い階層を、どこにあるか分からない階段探してさまようのが一番厳しいと聞いていますの。
広いからアイテム探しも大変だし。しかも100以降は階層につき1組のパーティしか入れない。入り直したら入り直したで、内部地図が変わっている。
だから進むのがきついのですって。
そんなめんどい100以降階層を三段飛ばしのようにたった8階層だけでいけるとなれば、このダンジョンも盛況するでしょう。
9階層目に挑戦して死んじゃう人もいそうですけどねぇ。
「なるほど。初期投資が必要ね。ありがとう。なんとかしてみるわ」
「本当ですかお嬢さま!」
「うふふ。まっかせなさーい!」
「よろしくお願いしまっす!」
カクッと90度に腰を曲げる受付のお嬢さん。とりあえずは、女の子をこの臭い空間においておくのはかわいそうなので、臭い対策からしましょうか。
と、いうわけで初期投資いたしました。
まず領都にいる錬金術師のところの弟子2号くんをかの町へ派遣。防臭のしっかりされたアトリエを提供し、低階層素材でなんかできないか研究してもらうことになりました。2号くんは錬金術師によくいる感じの研究大好き人間なので、喜んで研究しているそうな。
なお2号くんに師匠の一番弟子の座を奪われるのではないかと戦々恐々していた肝のちっさい1号くんは領都でのびのび仕事しております。
次に宿屋。
元からあった宿屋をつぶしてはかわいそうなので、領都から有名宿屋のコンサルタントを引っ張ってきて、宿の改革を命じました。経営上は地方宿屋が有名宿屋の傘下入りという形になっていますが、改革費用は半分領主持ちです。
このコンサルタントが優秀でしてね、ダンジョンではなく近くの山にあった花畑を観光名所として売り出しました。観光客が訪れる宿として、ダンジョン関係なく経営回復してしまいました。
「天空の花畑」という名のついた山の花畑は、小さな山のくぼ地一面に桃色の花が敷き詰められたように咲いていて、それはそれは美しいんですのよ。
今ではそこにミツバチ放って養蜂業もはじまりました。
「天空のハチミツ」お土産に人気ですのよ。
もちろんお宿もVIP対応可。スイートルーム完備です。
そして目玉のダンジョン攻略。
このついでに孤児対策をからめてみました。
神官というものは実技能力の高いものほど信心も深くていい人なんです。これに神殿内での階級は関係ありません。
そこで、領内の孤児院のうち、経営困難におちいっているところの子を半数ずつ連れてきまして、孤児院の併設された神殿をここに新設。
この子達に十分な教育と生育環境を我が家で保証する代わりに、Aランク以上の冒険者にダンジョン攻略パーティへの参加を頼まれたら、手助けしてくれる神官募集。ということにしました。
またこのダンジョン攻略に必要な神官側の心得(血への耐性とかですね)も低階層で鍛えるというフォロー付きです。
すると
我も我もと、こころざし立派な神官が集まってくれましたわ。
なんか、神殿の階級無視で集めているところにも惹かれたそうです。そういう考えもありますわね。
ちなみに経営困難の孤児院は子供の数が減ったので困難というほどではなくなりました。
さらにこころざし立派な神官たちが、ダンジョン攻略での分け前をあちこちに寄付したい(でも神殿ではピンハネされそうなので領主様お願い)というので私の方で孤児たちに平等に恵みが行くように手配しました。
ですがなにぶん、ダンジョンの稼ぎが軌道に乗ったらその稼ぎはケタ違いのものになってしまいますので
そうなったら他家の領地にまで手を出して欲しいという要望も来ることでしょう。
それまでにとなりの貴族とは仲良くならなくてはねぇ。
ま、まずは私を認めさせなくてはね。
やれるところまでやっちゃいましょう。
そんなこんなしていたらあれから半年もたってしまいましたわ。
かつてまばらにしか人のいなかったダンジョンの町を、今では多数の冒険者たちが歩いています。
先日と同じメンバーで冒険者ギルドの扉を開けようとすると、中から冒険者が扉をあけて出てきました。
「おっとごめんよ」
「かまいませんわ」
はちあわせ! 入り口で人とはちあわせですわ!
あの閑散としていたギルドで!
おめでたいわぁ。
中に入れば、ガヤガヤと人の話し声。
人数は少なめですけれど、ここは特殊ダンジョンですものね。これでも多い方だと思いますわ。
むしろほどよくすいていて良いのではなくて?
先週、錬金術師の二番弟子の彼が「ハゲ予防薬」(回復はしない)を開発して、その材料にこのダンジョン素材が必要だということで、低ランクの冒険者も今は訪れているんですの。
受付のお嬢さんも、頬杖つくひまもなく笑顔で働いています。
空だったとなりの受付にも女性が1人。
彼女たちの後ろではせっせと仕事する職員が3人は見えますわ。
冒険者の数もそれほどではないので、手が空いたあの受付のお嬢さんのところへ行きます。
「おひさしぶりね」
「あ! お嬢さま!? わぁ! 来てくださったのですね。ありがとうございます。お会いしたかったです。私お礼を言いたくて、また会えるかなぁって思っておりまして。本当にありがとうございました。ギルドが活性化したのもそうですし、そのおかげで私の給料がアップしたのもそうなんですけど、臭いが、あの臭いがなくなったっていうのがもう、もう! 本当にありがとうございます!」
「ふふふふ、うまくいってよかったわぁ。この調子でうまくいくといいのだけど」
「きっと大丈夫ですよ! お嬢さまなら!」
「ふふ、ありがとう」
ギルドを出て、孤児院併設の神殿へ行く。
わたくしがアルリアと知った神官たちに祈られまくられて、今ならアンデッドゾーンも突破できそうな気がするわ。行かないけどね。
わーわー楽しそうにかまってちゃんしてくる可愛い子供達に、わたくしの王子様にふられましたエピソードを語って聞かせて
「どんまい」
となぐさめられてから、改革した宿屋のスイートに一泊して帰りました。
いいお宿になってるわね。でもまだまだね。公爵令嬢を満足させるにはまだ足りないものがあるわ。そう。
「シャンプーをハゲ予防薬入りのものに変えてください」
「かしこまりましたお嬢さま」
別にわたくし悩んでませんわよ?
でもここで使用することにより、購買意欲が高まったり、ハゲ予防薬発祥の地というインパクトを与えることもできるでしょ?
名産は推していかないとね?
そうそう、そういえばダンジョンの8階層に出るアイテムや魔物はランダムでしたわ。
高ランク冒険者によるエリクサーの実取り放題にはなりませんでした。人間エルフ化計画も不可能そうですわね。
でもそのおかげで市場価格は安定して高値をキープしているし、同レベルのレアアイテムが出てくるので冒険者の収入としてはそう問題にはならないようですわ。
それにエリクサーの実には劣りますけれど最高位のポーション(回復薬)のレア素材「はぐれ雲」という雲みたいな白い粒子の塊の素材や、マナポーション(魔力回復薬)の素材やらやらあるので、高ランク冒険者たちが他のダンジョンを攻略する準備として活用という使われ方もしはじめましたわ。
え、ここのダンジョンをさらにもぐるのはしないのかって?
うふふふ、それは死に行くようなものですわ……ここ何階層まであるのかしらね?