幸せ過ぎたあの日々
「どうして私は生きなきゃならないの?」
そうやって先生に聞くと
いつも決まって綺麗事が返ってくるから
「綺麗事だね」
って言って逃げ出した。
もしも、
こんな風に逃げ出せるならアノ大切な日々から逃げ出したいな。
私は、
矛盾したワガママを心に抱いていた。
4階の自分のクラスに逃げこむ。
べつに誰も追いかけてなんかない。
窓の手すりに手をかけた。
「そから落ちたら死ねそうね?」
優し気な女の子の声に振り向く。
短い髪
緑の名札をつけた制服
穏やかな顔立ちをしている。
名札には
名がない―――――
「誰?」
「沖 南羅〔オキ ナラ〕っていうの
よろしく 後輩」
「なっ!!後輩ってアンタ学年色1年じゃん!
私は黄色!3年ょ」
「…んー時代が違うって言うかぁー…」
困ったように南羅が苦笑する
「ハァ!?」
「べつにいいじゃん?もうさ。
ねぇ、あなたは死にたくてココに来たの?」
「だったら?」
私がキッと睨んでも
優しい笑顔を南羅は向ける。
「死ぬのは あんま良くないと思うけどぉ…」
「何?私は、生きなきゃならないって言うの?」
先生の顔がフッと浮かぶ。
その顔を私はノイズで書き消す
「いや。死ねば?勝手に」
穏やかな顔で あまりにも似合わないコトを言う
「変な奴」
「えへ★」
優しくて穏やかな南羅は、
なんとなく命の大切さを知らない私に少しだけ似ている気がした。
日が落ちる
ゆっくりと。
赤く 赤く…
私の血は、
きっとアレより赤いだろう
そうしたら、
もうアイツの笑顔も一生見れない
「死ぬのが怖くなった?」
「な!!!何 突然!!」
「泣いてるよ」
この時の南羅の声は少し冷たかった。
「私は…死にたいょ…?」
「俺も死にたいなー」
「へ?」
南羅は自らを‘俺’と言って、
あっさりと‘死’を祈願した。
顔に似合わないコトをよくする子だ
「死んだらさ。
大切なモノに気付くかな?」
「え?」
「生きてる時は、友達とか家族とか、時にはお金が大切とも言うじゃない?」
「…」
私は何が大切だろうか
「そういう子は、死んだ後
本当に大切だったのは何だったと思うのかな」
「知らない」
私は、そっぽを向いた。
答える事が出来なかった…
「私 多分 コノ世界が好きだわ」
「?」
南羅は幸せそうに笑う。
幸せそうな南羅は、
涙を流していた。
「それから…意地悪なあいつも…大好き…」
その言葉だけが静かで悲しそうな声だった
「…」
「ねぇ もしも
自分のクラスの子が教室から飛び降りて死んだらどうなるかな!?」
私は とことん‘死’に執着していた
「分からない。
私も、そうやって死のうかなぁ」
そんなコトする気もないクセに そう思うと
むしょうに腹がたつ
「じゃあ、死んでよ!そうやって!」
なんて空しい言葉…
「…いいよ」
彼女の涙は止まる。
もう溢れない。
なぜか冷酷に見えた最後の涙が
今 思い出すだけでも苦しくなる。
南羅は、私の腕を掴んで、
4階の端にある1年の教室に連れこむ
「ココが私の教室。」
「…やっぱり1年生じゃん」
「そうだけどー…あなたは後輩なの」
「意味分かんない」
「ココに私の名前はないよ」
南羅は愛しそうに空をみつめる。
私は南羅の名前を探す。
だけど、
名簿にもノートにもロッカーにも
沖 南羅という名前はなかった。
写真付きのプロヒィールにも
彼女はいなかった。
「ほら、諦めてこっち来て」
「どうなってんの?」
「それは まだ秘密」
「…」
「今って2000何年だっけ?」
「2027年」
「そっかー」
「?」
「あんた何部?」
「美術部…」
「へぇ一緒じゃん」
「ぇ?」
「さて。そんな後輩に特別披露
目を閉じて、記憶に焼き付けて」
焼き付けるも何も
目つぶってるから何も…
「死ぬ事に理由なんかないょ」
ん?南羅?
「我ながら 言ってるコト無茶苦茶やなー」
窓の手すりに乗る南羅
「!南羅!部活抜け出して何を!?」
何?コノ眼鏡の女の子。
「ゴメンね。ばいばい」
そう言って彼女は前のめりに落ちていく
「南羅!!!」
眼鏡女子の大きな声で外の部活も大注目。
遠くの部には聞こえなかったのだが、
「キャー―――――」
と叫ぶ女子テニス部の声で振り向く。
あれ?死ぬの?ちょっと待ってょ
伸ばした手。
多分、私の手じゃない。
じゃあ、眼鏡の女子の手?
違う。
もっと大きい手。
あぁ、そっか もう1人いたな
眼鏡の隣りに男子が。
あいつの手か…
「南羅!!!」
そんな声が聞こえた気がした。
届かない手。
ふと、彼女のコトを思い出す。
『私 多分 コノ世界が好きだわ』
じゃあ なんで
『それから…意地悪なあいつも…大好き…』
なんで死んじゃったの!!!!
「泣いてくれるのね」
目を覚ますと
目の前には小さく笑う南羅
「南羅…もしかして…死んでる?」
「うん」
「…」
「私が死んだのは20年前だけどね♪」
「…なるほど。
確かに先輩だ」
苦笑する私に
南羅が学級写真を見せる。
とても20年前のモノとは思えない写真だった。
「この子は親友。この子達は友達。この子が俺の彼氏で
コイツが――――」
「?」
「大切な人」
「…そうなんだ」
「ねぇ、私 1人1人に想いが言えるだけで幸せょ」
「へぇ」
「フツーの日常が大切な日々だった」
「…」
「だけど、それは
俺にはもったいなかった。」
「…」
「それに、毎日がフツーの日常じゃないから
俺は世界から逃げ出したんだ」
「…」
満面の笑みが
偽りっぽく見えた
精一杯に見えた。
「死んでまで」
「へ?」
私は南羅の頭に手を乗せる。
「死んでまでガマンしなくていいよ」
彼女は目をパチクリさせ
「ありがとう」
笑った…
温かな…本当の笑顔…。
そして、
なにかを言おうとした時。
私は、4階の教室に1人でいた。
南羅は消えていた。
代わりにあったのは、ガーデニアという花の絵。
彼女が残した
最後の言葉だった。
これは、私へのメッセージ
それは ガーデニア。
花言葉は
『私は、あまりにも幸せです。』
きっと もう会うコトはない。
私はあなたが幸せだった世界を
もう少し生きるから
『どうして、私は生きなきゃならないの?』
そんなのに答えはない。
私が生きたいから生きるの。
生きたいと思う大切な人達と…
もしも
死んでしまっても
それでは それでいい。
死んでしまったら
私は、ガーデニアを持って南羅のところに行くょ
だって 私も
幸せだもん。