『だって心葉だから』
僕がほっとしていると、横からおっさんが話しかける。
「そういや坊主、お前の持っているその剣もなかなかのものだな!」
おっさんが目をつけたのはラナリオンだった。背中で光っている剣を褒めてくれる。そりゃあ宝物庫から出てくるような代物だしな……なんて考えてしまうのも悪いかな。
気づけるおっさんの目が確かって事か。プロもプロ中のプロなんだな。
おっさんは話を続けた。
「何か魔法がかかっているようだが……見たことない波長だな。何の魔法がかけられているんだ?」
顎に手をあてて考えている。今まで幾千もの武器を見ただろうその目がラナリオンに向く。真剣な眼差しは、その坊主と言えるほどに短い髪の毛と相まって、もの凄い怖いオーラを放っている。まるで巨大な虎に睨まれるかのようだ。あれ? なんでだろ、足が震えて……。
「少し見してはくれんか?」
「は、はい! えっと……どうぞ」
僕は震えてる足をなんとか抑えてラナリオンをおっさんにわたした。
すると、さっきまでの鋭い眼差しが一瞬にして見開いた。その顔は驚きに満ち溢れ、おっさんの腕やら脚やらがガクガクと震えだす。
いや、おっさんの方が十分怖いんだけど……。虎が龍と喧嘩しているような雰囲気に抑え込んだ足の震えが止まらなくなる。
どうやらおっさんも震えが止まらないようだ。
「こ、これはまさか⁉︎ いやだがありえん! そんなことがあるはずない!」
震えたままそんなことを言っている。僕には何に驚いているのかいまいちわからなかった。
リッタもゆぅもポカンとして見ているけど、怖くないのかな? あ、やっぱり怖いのか……。よくよく見てみたら、ポカンと口を開けたまま顔が固定されてる。漫画によくある口から魂が抜け出るような感じになってる……。
それだけおっさんの恐怖のオーラが凄いって事だ。
その恐怖の元凶はさらに話を続けた。
「坊主、この剣をどこで手に入れた? いや、この剣にかかっている魔法に覚えはあるか?」
「魔法……ですか? 魔力ではなく?」
「……⁉︎ やはり魔力だったか!」
だいぶ焦っているせいか、会話がぐちゃぐちゃになっている。武器に魔法や魔力をかけて戦うのってごく一般的な戦い方だよね? この店にだって魔法が付与された武器はたくさん置いてあるし。それともまたやらかした? 僕また常識外れなことしたのか?
おっさんの驚きが何に対してなのか、やっぱり僕には理解できない。
「魔力のかかった武器がどうかしましたか? そういったものってみんなやってるものじゃ……」
「なにを馬鹿な事を言っている! 武器に固有の魔力などかけられるはずがないだろう!」
「え? どういうことです? けっこう簡単にかかった気がするんですが……」
「……この武器は国宝級かもしれんぞ」
僕の言葉におっさんが固まる。おっさんだけじゃない、リッタもゆぅも固まっている。それどころか、おっさんのめちゃくちゃデカイ声にさっきまで他の客の会話があって賑やかだった店内がしーんと静まり返ってしまった。
僕には訳がわからないよ。あんなに簡単に武器に付与できたものを本来なら出気ないはずだと言われても信じられない。
だって僕が出来たのだから。正直なところ誰にでもできる、誰もが使う戦術だと思っていた。今もそう思う。
でもおっさんや2人の反応を見ると、自分がいかに常識はずれなことをしたかが分かる。
未だに誰も何も言わないでいたが、その中でやっとおっさんが口を開いてこう言った。
「坊主、おまえ一体何者だ?」
重い口をやっと開いて出てきたのがこれだ。
そしておっさんは続ける。
「ようやく思い出したが、その剣はおそらく国庫に納められていたラナリオンだろう」
「たしかにこの剣はラナリオンです。陛下から報酬として授かりました」
「最近になって、バケモノのような少年の噂をよく耳にするようになった。そいつは1人で魔族を倒したり、ブレイズウルフを狩ってきたりしたのだと。おまえのことだな?」
「あれは1人で勝ったんじゃないですよ? あくまでもこの2人が居てくれたからです」
「1人も2人も変わらん!」
「いえ、ですから3人です……」
「だから3人も変わらん! お前ら駆け出しだろうが!」
あはは、怒鳴られちゃった。余計な事は言わぬが吉かな。
それにしても、そこまで噂が広まっているのか。なんだか嬉しいような面倒なような……。第一今の時点で面倒だし。それに扱いがバケモノってなんだよ……。
「もう一度聞くが、おまえは一体何者なんだ? 魔族など普通の人間が、それも駆け出しが倒せる相手ではない。無論ブレイズウルフもだ」
「僕はただの人間です。自分でも驚いてるんですよ? だいたい魔族との戦いが初の戦いだったんですから」
考えてみりゃそうだよな。あれが初めての戦闘だった。戦い方なんてしらないし、魔法だってまともに使ったことはない。
僕はただ、アニメで見たことを再現すればなんとかなるんじゃないかと思ってやってみただけだ。魔力覚醒のときも、魔力を武器に付与したときも。ただそれだけを考えて戦っていた。
結局は誰が何に驚こうと、僕には分からないんだ。なにせ僕は人間でもこの世界の人間じゃないんだから!
「ま、分からないことを聞かれても僕には分かりませんよ。何故か出来た、としか言えません」
「……そうか、悪かったな坊主。世界は広いもんだからなぁ。常識はずれな奴が1人いても不思議なことじゃねぇな! ハッハッハッ‼︎」
「なんだか心葉なら何をしても不思議じゃないような気がするよ。魔族をたった1人で倒すような人だしね!」
「コノハはダブルAのヒーローでわたしのパートナーなのです!」
「いやダブルAは違うでしょ!」
なんだかんだで僕だから、という感じで終わってしまった。突然こんな奴が来たから驚いただけで、よくよく考えたら魔族を倒すような奴じゃん! だと。
異世界転移、それは未知への旅立ちだ。
僕がこの世界の存在を、魔法が実現することを知らなかったことと同じように、この世界では僕の存在自体が不思議なもの、まさしく未知そのものなのだ。
僕はこの世界の人々がしていることを知らない。だけど、それでも僕にはアニメという知識がある。それはこの世界と等しいと言っても過言じゃない世界の物語だ。だから、何も知らなくてもおおまかな予想だけで過ごしていけるし、戦い方だって少しならなんとかなる。
でもこの世界にはアニメなんて存在しない。誰かが思いつかなきゃ、そして誰かがそれを書き残さなければ、誰も新しいことを知りようがない。ましてや出来ないと断定されればそのまま後世に伝わっていく。
この世界の常識と、僕の知るアニメの世界の常識のズレが、この世界の人々の未知の世界なんだろう。そのズレた部分を僕が生活の中で使えば、今日のようなことが起こるんじゃないだろうか。
かなりの暴論だけど、1つの可能性の話だ。
アニメの知識をフル活用していけば、僕は本物の主人公になれるかもしれない。
異世界最強、そんな大きく果てしなく遠い夢に一歩だけ近づけた気がしたのだった。




