『転移の理由』
「ハッ!」
バッと起き上がると、僕はまったく知らない場所にいた。場所……と言うよりも、空間と言ったほうがいいのかもしれない。
ひたすらに何もないその空間に、僕と一人のおじいさんが立っている。さっきの出来事からすれば死んだのだと考えるのが妥当だろう。このおじいさんは死者を迎えにでも来たんだな。死神とかそこら辺かな?
僕が落ち着きを取り戻したところで、おじいさんは僕に話しかける。
「やっと目覚めたか、心葉よ」
「え、えぇまあ」
どうやらこのおじいさんは僕のことを知っているようだ。そりゃ死神とかなら知っててもおかしくはないか……。僕、死んだんだし。
「お主は今、自分が死んでおると思うとるじゃろうが、まだ死んではおらんよ」
「ぼ、僕、死んでないんですか?」
「気絶したお主の精神に直接入りこんだだけじゃ。ここはお主の精神そのものじゃな」
「僕の……精神……」
僕はまだ死んでなかった。死んではいないが、ずっと気絶しているようだ。このおじいさんは、ここが僕の精神だと言ってるけど、いまいちピンとこない。
「突然じゃがな、こうでもしないとお主に会えんのでのう。少し、お主についての話をしよう」
「僕の……ですか?」
「そう、お主じゃ。まず何から話したもんかのう……。そうじゃ、これが最初じゃの! お主をこの世界に送ったのはわしなんじゃ」
「へ?」
おっと変な声が出ちゃった。
えっと、僕を異世界に転移させたのがこの人だって⁉︎
いやまずこの人誰よ? 僕こんな人知らないぞ?
「わしは、神じゃの。お主の住む地球を含む世界やこの世界の周辺のいくつかの世界を管轄している神じゃ。無論、天族の内におる神達とは別の存在じゃがな」
「神、神さまって、それじゃあ本当にあなたが僕を……」
「そうじゃ。誠にわしがやったのじゃ。何故か、とそう思うとるじゃろ、その顔は」
もう話がぶっ飛びすぎてて顔に出てるとかよくわからんわ! どこのお話だよこれ!
目の前に急に神さま出てきて、自分があなたを異世界に送りましたって、疑問しかでないわ!
「わしの管轄する世界には、それぞれわし自身を祀っておる祠が存在するのじゃ。その祠の玉があるからこそ、その世界に干渉できる。じゃがある時、お主のいた世界の祠の玉がなにかの弾みに台座から落ちてしまったのじゃ。わしも流石に困ってしまってのぅ。どうすることもできずにいたんじゃ」
「も、もしかしてその祠って……」
「ああ、1ヶ月前にお主が直した小さな祠じゃよ。本来であれば人間が気づくものではないのじゃが、何故かお主は気付いた。見える人間がいることは、少なかれどある話じゃ。そんな人間が何度か祠の前を通ることはあった……が、誰もが祠を見ながらも通りすぎるのじゃ。そこに現れたのがお主じゃった」
「あの祠、うちの近くでたまたま見つけたんです。何もなかったはずのところに、急に祠ができていたんですよ」
あれは確かにとてもびっくりした。1ヶ月ほど前の学校帰りだった。いつもと同じように2次元のことを考えながら帰っていたっけ。
いつもの帰り道の途中で僕は急に足を止めたんだ。そのまま引き寄せられるようにして、祠の元へと歩いたのをはっきりと覚えてる。
そこには昨日まで何もなかった。その筈なのに、今ここには祠がある。割と小さなその祠には台座が置いてあった。だが、何も乗っていない。
そして、祠のすぐ横に玉が落ちていることに気づいたのだ。
それは紛れもなくただの玉だった。
けど、僕には何故か神々しく見えたのだ。
そのまま自然と手が伸び、その玉を掴んで、僕は玉を台座に戻したのだった。
そのあと特に何かがあったって事はないんだけど、凄く鮮明に覚えている。
きっとあの玉や祠の神々しさが僕の頭の中に染み付いているのだろう。
「お主が直してくれたおかげで、わしはまたこの世界に干渉する事が出来るようになったのじゃ。わしはお主に礼がしたかった。祠に玉を戻してくれてありがとう」
そう言って深々と頭を下げる神さまに、僕もあたふたとしてしまう。
「い、いえ‼︎ そんな大したことはしてないので……」
「お主のしたことは大した事じゃ!神を失えば、世界は滅びに向かうのみじゃ。お主があの世界を救ったと言っても過言ではないじゃろ」
「僕が、あの世界を救った……」
「そうじゃ、お主が救った! だからわしは、何かお主にしてあげようと思ったのじゃ。そしてお主の願いが異世界に行きたい、じゃった。わしにはそんな大層な力はない。でもお主を異世界に送ることは可能じゃ。
お主に手紙を送り、寝とる間に世界の狭間へと送りこんだんじゃ。あそこでお主が行きたいと願ったから、この世界に来たのじゃよ。お主の周りの人間には、お主がいなくなっても違和感のないよう、少しいじらせてもらった。じゃから、安心してこの世界を楽しむとよい」
僕は、自分のしたことを、自分に起こったことを、今初めて知った。僕が世界を救ったのだ!
神さまの言うことだから間違いない。
なんだか自分を誇りに思うよ。
神さまが僕をこの世界に転移させてくれたのだ。
僕の夢を叶えてくれたのだ! だから、僕はこの異世界ライフをとことん楽しもうと思う。これでもとの世界に戻ることもあまり深くは考えなくても大丈夫だろう。
そりゃ一度は戻ろうと考えるだろうけどね。
リッタと2人でいけるとこまで行く。
神さまが与えてくれたこの機会を無駄になんてできない‼︎
夢の異世界で夢を追って夢の冒険!
異世界は夢でいっぱいだ!
「お主はこんなところでくたばるような人間ではないぞ! お主には魔法の、戦いの才能がある。それはわしが保証しよう。お主のこれからの生き方によって大きく変わるじゃろうが、お主は強くなる!」
「神さま、僕を異世界に送ってくれてありがとうございます! 僕、やります! この世界でいけるとこまで行ってみます!」
「そう決めたのじゃったら、もうお行きなさい。可愛い女子たちがお主が目覚めるのを待っとるぞ!」
「ほんとにありがとうございました!」
しゅうぅぅぅ……と煙のように神様が薄くなっていき、僕の周りも靄がかかってくる。夢から覚めるまえにいつも感じる感覚だ。。
あれからどうなったのかはわからないけど、きっと大丈夫だろう。神さまはリッタたちが待ってるって言ってたし。
安心して目覚めるとしようかな。




