『天使と小悪魔』
ふと目の前を見ると、彼女がすごく不思議そうに少しだけ微笑みながら僕を見ていた。
首をちょこんと曲げて、はてなマークが目に見えるようだ。なんか……可愛いな……。
「ふふ、面白いです。急に黙り込んだと思ったら、ニヤついてみたり悲しそうな顔したり、ため息ついたり、また少し笑ったり。とっても忙しそうでした」
「え ⁉︎ 僕そんな顔してました?」
「ずっと見ていましたから」
そう言って彼女は小悪魔のように笑っている。
……うぅ、めっちゃ恥ずかしい。
あれだな、教室で漫画読んでるときに無意識にニヤついてる感じ。それで友達に見つかるんだよな。中学の時なら3日はいじられるやつだ。
見ないでほしかったなぁ。ってそんなの無理か……。
僕も直さないとだよな。黙り込んで考えごとするところと何でもかんでも顔にでちゃうとこ。
他人の表情とか内心とか読むのは得意だけど自分の事となるとな…………頑張んなきゃだ。
「そういえば、何か困っていたんじゃ……」
「あ、そうでした。僕、言葉と文字が分からないんです。おまけにお金も道具も無くて……。とにかく誰かにを求めに一番近いこの町に来たんですが、この有様で……」
魔法や彼女の小悪魔の……天使のような性格のおかげですっかり忘れてた。一応僕は窮地に立たされてるんだよな。それをどう説明したものか……。
まず第一に自分の事を彼女にどう説明しよう。
『実は僕、異世界から来たんです。起きたらこの世界にいて、もう何が何だか分からなくて……』
まさかこんなのが通じる訳ないよな。通じてしまったらそれはそれで早く帰れそうだから良いんだけど。まさかそんな事はないだろう。
通じないという体で、こんなこと急に言われたらどう思うかな? 間違いなく変人扱いされるよね。
……このことはまだ黙っておくか。
まぁこの町を出るときにでも話すとしよう。信じてもらえるかはわからないけど。
また僕が考えに耽っていると、少女が口を開いた。
「そういえば、あなたはどこから来たんですか? 確か、日本語? がなんとかって」
「僕はここからずっと遠くの国から来ました。来た、と言うか気づいたら近くの丘の木の下で寝てて、僕も何がな何だか分からなくて……」
「うーん、寝てる最中に誰かに魔法でここへ飛ばされたのかもしれませんね。なにか心当たりとか……って魔法を知らないのにあるはずないですよね。でも魔法が使われたのは確かな気がします。そんなこと魔法でしかできませんから」
寝てる間にそんなことが起きたりするんだ、この世界。
分かりきっていた事ではあるけど、いざ言われてみると魔法って怖いな。当たり前か。魔法でバトってるアニメばっかだったし。
それにさ、気をつけようがあるのかな? 絶対ないよな……。
ま、いっか。少し目標に近づけたような気がするし!
おそらく僕に使われたのは転移魔法だろう。その存在が分かっただけでも大きな進歩だ。きっとその魔法であの世界に帰れる。
ここまでいろんなことに辻褄が合うと考えると、彼女の考えは間違っていない可能性が高いな。
今はそれで納得しとこう。
「そうですね。きっとそうでしょう。どの道振り返ってもしょうがないですし、これからの事を考えるとします」
「でも、お金もなにもないならどうしようもないんじゃ……。あ、そうだ! もし良かったら私の家に来ませんか?」
「…………へ?」
何言ってんだろ、この子。驚きすぎて変な声が出ちゃったよ……。
私の家に来ませんか? って……どゆこと?
嬉しい反面いろんなことを考えてしまう。女の子の友達なんていなかったから余計に動揺するのかもな。
「え、えーと……君の家に?」
「はい、さっきも言った通り宿屋をやってるので。少し雑事を手伝ってもらえればお金とかはいいですよ」
「それは嬉しいけど、さすがに悪いよ」
「それなら話を聞かせてください! 故郷の話を。お代はそれでいいですから」
どうしようか。でも、こんな親切にしてくれる人は他にいないだろうし、ありがたくお言葉に甘えさせてもらおう。今は生きる事が先決だ。
「じゃあ、少しの間よろしくお願いします。なるべく手伝うようにするので」
「うん、よろしくね!」
いい人がいてくれてほんとに良かった。これで何とか少しは生きていけそうだ。
この世界には分からないことがまだまだたくさんあるけど、ひとつだけわかったことがある。
向こうの世界と同じように、優しい人がいるということだ。彼女のような優しい人が。
人生の転機と言っても、周りの人が変わったんじゃない。その後もそんなに多くの人と接した訳じゃないし、優しさに触れた訳でもない。
だから、僕は人の優しさをあまり知らない。
そんな僕には彼女の優しさがとても新鮮だった。
このどん底な状況にも、少しは希望が持てそうな気がしたのだ。
よし! 何とかして彼女に恩返しするぞ!
そうして、天使のような小悪魔のような彼女に、僕はまた感謝の気持ちでいっぱいになったのだった。




