霊鉄のヴァリアント 5
田舎へ帰り始めは自分の部屋で海で死に掛けた真実を語り出す‥‥何のために生かされているのか⁈ ネフェリィはそのことに気ずく。
その日の深夜、突如地震発生のアラートが鳴り響く‼
5
実家に着いたのは昼前だった。
皆は僕の両親に挨拶をすると其々に用意されていた部屋で寛いだ。僕の実家は旧家で部屋は幾つも空いている。
僕は自分の部屋へ行きネフェリィも連れて入った。机の上に置いてある写真立ての前へ行き僕は両手を合わせると写真の人に言った。
「帰ったよ、お姉さん」
「この絵の女は誰だ?」と彼女は写真に顔を近づけて覗き込んだ。
「これは写真っていうんだ。ネフェリィ、この人が僕を助けてくれたんだ。名前は風早美鈴さん………僕より三つ年上の人だった。」
「ハジメの親類の人なのか?」
「いや、違う―――彼女は空を飛んでたんだ、MPGっていう空を飛ぶ機械でね…………彼女は僕が倒れた島の上を偶然通り掛かって僕を見つけたんだ。直ぐに降りてきて僕の様態を見て紙に状況と救助に必要なものをメモに書き記して再び空に上った、連絡を取るためだ。あの島は携帯の電波が繋がらなかった………」
「連絡は取れたのか」
「取れた………けど…向うで着陸する時、強い下降気流に巻き込まれたんだ、30メートルの高さから地面に叩き付けられて―――後から聞いた話だ。彼女は駆けつけた人にメモを渡した後、亡くなった。
直ぐに救命ヘリが駆けつけてくれて僕は何とか一命を取留めたんだ………見ず知らずの僕を助けようとした彼女の気持ちを僕は本当に理解しているんだろうか―――時々そう思うんだ。
彼女は僕を生かしてくれた、僕も誰かのためにここに居るんだ」
「それは私の事かも知れないな―――ハジメはこの世界ではありえない人間を拾ったからだ。
今、ハジメが言ったことは私の居た世界では真逆な事だ。私はこの世界で何かを知らなければならない…そう感じている」
その日の晩、皆は夜の街へ出て行き夜中に酔いつぶれてタクシーで帰ってきた。時刻は既に翌日になっていた。僕とネフェリィは皆を担ぎ出すとそれぞれの部屋に放り込んだ。
「ハジメ、お前は行かなくて良かったのか? 私なら気にかけてくれなくても―――」
「僕はアルコールが嫌いじゃないけど余り飲めないんだ、今回は皆のお世話係さ。それに君のことも放って置けない―――気にしなくてもいい」
僕と彼女は一段落すると自分の部屋に入り就寝しようとした、その時、携帯が鳴った。いつもの着信音ではなく災害を示すアラートだった。
僕は急いでテレビの電源を入れるとそこには有りえないような情報が映し出された。アメリカの西海岸でマグニチュード12クラスの超巨大地震が発生したと言うのだ。
僕はパソコンを立ち上げて気象庁のホームページを開き衛星画像を出した。そこには赤い線で示された巨大津波が日本へ向かって押し寄せていた。
「時速3百、津波の高さは………第一波で80メートル以上‼ まずいっ」
僕は慌てて両親、そして皆を叩き起こした。しかし僕の家族とネフェリィを除いて後の者は泥酔している、僕は父に向かって叫んだ。
「家の車、7人乗りだよね、急いで皆を乗せて逃げて!」
父は皆を乗せると高地の久万高原町へ行くため国道33号へ向かおうとしたが既に街中は脱出しようとする人の車で大渋滞になっていた。
「ダメだ、久万高原町に行きたいがこの渋滞では………歩いてでは遠すぎる」と父。
泥酔して寝込んでいる者以外、ネフェリィを除いて困惑していた。その時彼女が言った。
「ハジメは皆を助けたいんだな―――どんなものが襲って来るんだ」
「巨大な水の壁だ‼ 恐らく紀伊水道から瀬戸内海へ流れ込んでくる………奥まった狭い水域では津波の高さが――――僕や皆だけじゃなくて沿岸にある都市は壊滅する」
「……ハジメ、私と一緒に来い。皆ここに居てくれ、必ず助ける」
彼女はそう言って僕を車から降ろすと腕のリングに付けていた例の正方形の金属を外し道路の少し広い所へ置いた。
「ヴァリアント展開‼ 移動する!」
彼女がそう命令すると正方形の金属は直径5メートルくらいの球に変形した。そして金属の一部が開き彼女は僕の手を引っ張って中へ連れ込んだ。中には機械的なものは一切なく外側と同質のもので出来ていた。
「ヴァリアント? こいつの名前なのか」と僕は彼女に迫った。
「そうだ、私の名前で勇気、または確固とした意志という意味だ。そしてこれは私自身の霊の力なんだ―――行くぞ! ハジメ」
僕は慌てて彼女を制止した。
「まっ、待てぇっ! 前にいる車を踏み潰して行くつもりか⁉」
「………そうだった。ヴァリアント、極限まで軽く、柔らかく‼ 前進せよ!」
ヴァリアントは凄まじい加速で動き出した。
「ウワアァッ!」
僕はコックピット? の壁に映し出されている前にいた車がヴァリアントの下へ潜り込んだのを見て思わず目を伏せた――――だが、何の衝撃も伝わって来ない。ヴァリアントは何事も無いように車の上を高速で進んで行った。
「安心しろ、当たっても物が壊れたり人が怪我を負わないよう命令を与えている」
「いっその事、空でも飛べばいいのに―――」と僕は言った。
「人間が空を飛ぶという概念が私にはなかった、事象の認識のない事は無理だ―――ハジメ、水の壁が―――瀬戸内海だったかな? 水の壁がそこへ入ってくる入口はどこだ」
僕はスマートフォンの地図を開き現在地とその場所を示した。
「ここだ、徳島と和歌山の間、紀伊水道だ。間口が狭い、津波はここで一気に高さとスピードを上げて瀬戸内海に流れ込む………第一波が80メートルの高さだ、瀬戸内海の諸島部は緩衝材にはならない………ネフェリィ、何をするつもりだ⁈」
「そこにヴァリアントで壁を造るんだ。此処だけじゃない、この図の細長い陸地(本州)を全部、水の壁から守ってやる‼」
「ネフェリィ、どうして―――」
「それは後だ、この図の広い海(太平洋側)の方へ急ぐぞ!」
ヴァリアントは球の直径を大きくし、国道から逸れて目的地の方向へ一気に突っ走った。
山の尾根伝いを時速100キロ以上と思われる猛スピードで進んでいるが耐え難い動揺は無かった。ネフェリィはただ前を注視して座っているだけだった。
(この “ヴァリアント ”って乗り物は………一体何なんだ)
ヴァリアントは二時間も経たない内に太平洋側へ躍り出た。警察と消防が警戒で多く出回っている間を縫うようにして浜辺へ侵入し岩陰に入ると大きさを縮小させ途中で僕たちを吐き出した。
「ハジメ、この海の向うから大きな水の壁が来るんだな、どのくらいで来る?」
「時間か? あと4時間………午前九時半くらいか」
「ハジメ、暫くここに一緒に座っていてくれ。そして船に乗っていた時と同じようにしてくれないか」
僕たちは岩場に腰を降ろし船の時と同じように彼女の肩に手を回して自分の方へ引き寄せた。
彼女は背中に背負っていた剣を抱え込むと目を閉じて暫く動かなかった―――――――
次に目を開け顔を上げると彼女は剣を僕に渡してこう言った。
「預ける………これは必要ない。ハジメ、私は――――」
彼女の体は震えていた。
「私は自分や同族のために沢山の人間を剣の刃に掛けてきた。でも………今度は沢山の人間のために自分の命を捨てなければならない、私がこの世界で知らなければならなかったのはこの事だったんだ」
それを聞いた僕は少なからずショックを覚えた。この状況で津波から多くの人を守れるのは未知の力を秘めている彼女とその盾、戦車「ヴァリアント」以外にはないと自分でも感じていたからだ。しかし―――――彼女の命と引替えだとは思っていなかった。
「ヴァリアントを力の掛からない(非戦闘)状態で展開するなら一万八千ファーロング、この世界を包むことさえ出来る。だけど、水の壁、か………力が必要な場合は私の霊の力に比例する、ヴァリアントが力を失えば私も生きてはいないだろう」
これに対して僕は彼女に何も言うことが出来なかった。彼女と津波の犠牲になろうとしている多くの人の命、その命の秤は神にしか扱うことができないように思えたからだ。
時間は瞬く間に過ぎた。水平線が黒く盛り上がって見える、津波は真近に迫っていた。彼女は砂浜にヴァリアントを置くと膝を地面に着き両手を天に掲げて神に祈った。
「ここへ私を遣わされた創造主であり全能者なる神よ、私たちカインは殺人の罪の故に地を追われました。しかし、あなたは私たちを逃れさせるために剣と盾をお与えになりました。一体どれほどの人間が倒れたでしょう………
神よ、それでもあなたの本意が剣で打ち倒すことではなく和解と魂の安らぎを全ての者が得ることを望んでおられるのを―――――私はここで身を持って知らなければなりません。
どうか私に力を与えてください―――――」
巨大な津波は目前だった。僕は恐怖で体が動かなくなっていたがそれでも出せるだけの声で彼女に叫んだ。
「ネフェリィ、死ぬな‼ 絶対に死なないでくれ」
彼女は悲しげな表情の中に少しだけ笑みを浮かべて僕に言った。
「神が私の罪を許されれば………」
ネフェリィは立ち上がり迫る巨大な水の壁に向き直ると大声でヴァリアントに命令した。
「征け、ヴァリアント‼ 盾となり私たちとこの国を護れっ!」